32 予想外の遭遇
翌日、リリーをクロードに預け、二人は中央の方へ遊びに行くことになった。
クロードもため息をつきながらも「楽しんでこいよ」と言っていたので、何となくアルフとミルの関係性を察したのだろう。
それに関してはリリーも同じで、クロードに預けることを伝えた時は「楽しんできてね」と言ってくれたりもした。
そうして今は、二人で王都の中央辺りをのんびりと散策していた。
「今日はまだ人は少なめでよかった」
「そうですね。流石に昨日みたいに人が多いのは……」
事件で色々と騒がしかった前日と比べると、今日はかなり人が少ない。
その分視線がアルフとミルに集中するにはするのだが、二人はそれを一切気にしていないようだ。
やはり相思相愛であることを二人が理解し、それによりできた余裕があるからこそ、周囲の視線を気にせずに済んでいるのだろう。
特にミルは、アルフと繋がる手を見て、顔を見て、わずかに口角を上げている。
端から見ると分かりにくいが、とても喜んでいた。
「ミルは何か見たい物とか、欲しい物とかある?」
「……なんだろう、思い浮かばない。ここにはいっぱい物があるけど……何がしたいんだろう? 何が欲しいんだろう?」
だがそれはそれとして、ミルはまだ子どものようなものだ。
奴隷である期間が長過ぎたせいで、自分の欲望というものが分からなくなっているのだ。
だがそれでも、歩きながら考えに考えていると、ふとミルの目にある店が留まった。
「……ご主人様」
「うん? 何か行きたい場所とか見つけた?」
「はい。あのお店、行ってもいいですか?」
ミルが指差した先にあったのは、普通の花屋だった。
「花屋か……なんかちょっと意外だ。それじゃあ行こうか」
「はい」
ちょっと意外だと感じながらも、アルフはミルを連れて花屋へ向かう。
だが確かに、店頭には綺麗な花々が並べられており、落ち着くというか、普段はあまり感じないような心境になるというか、アルフはそんな感覚を覚えていた。
世界のことをあまり知らないミルが、こういう自然の綺麗なものに惹かれるというのは、必然なのかもしれない。
「……」
ミルはアルフから手を離し、花屋に置いてある花を黙々と見ていく。
横から見てみると、その瞳は普段よりも輝いているように見えた。
まさに興味津々というべきだろう。
普段の感情の変化が分かりにくいからこそ、こういった普段と異なる様子は目立つ。
「どう、何か見つかった?」
「えっと……全部綺麗なので……」
「そっか」
「ご主人様は、どれがいいと思いますか?」
「どれ? そう言われてもなぁ……普通に全部綺麗だし。花の良し悪しとかも分かんないし……」
そんなことを時折話しながら色々見ていると、店主と思われる老婆がやって来る。
「何かお探しですか?」
見知らぬ人がやって来たからか、ミルはすぐにアルフの後ろに隠れるようにする。
老婆の雰囲気は柔らかなものであるとはいえ、ミルにとっては見知らぬ人というだけで、警戒の対象なのだろう。
「いえ、そういうわけでは。今はまだ見ているだけで……」
「そうでしたか。どうぞゆっくり見ていってください」
奴隷に対して嫌悪感を出すことなく、老婆はアルフ達の応対すると、置いてある花の手入れを始めた。
魔法で花々に霧を吹きかけて土を湿らせ、ポット内から生えた雑草を抜く。
ポットの土が減っていたら、追加で入れて、ちゃんと根から水を吸収しやすいようにする。
「……」
その様子に興味を示したのか、ミルはアルフの後ろから顔を出し、老婆の行動を観察する。
それをしばらく続けていると、安全だと判断したのか、ミルは自ら老婆の方へ近づき、観察を続けた。
「お嬢ちゃん、何か用かい?」
「ひぇっ!? あ、あの……」
だがいざ話しかけられると、どうしても警戒してしまうようで、おどおどとした様子を見せるミル。
それでも何とか、自分の言いたいことを自分の言葉で伝えようとする。
「えっと……すごく丁寧に、お花の手入れをしているから、その……」
「ちゃんと手入れしないと、枯れちゃうからねぇ。水をあげないと枯れるし、雑草抜かないと弱るし、放っておくといつの間にか土がなくなってくからね」
「そうなんですね……」
ミルにとっては、はじめて知ったことだった。
普通に暮らしている人であれば当たり前のように知っていることではあるが、ミルはこれまで過酷な環境で生きていたためか、生きるための知識以外がほとんど無い。
こうして花を育て、手入れする姿を見ることですら、今の彼女にとっては新しいことであり、興味を惹くことであった。
「随分と興味があるみたいだけど、植物を育てたことはあるのかい?」
「いえ、ありません……」
「ふむ、なら……ちょっと待ってて」
ミルの肩をポンとたたいて、老婆は店の奥の方へと向かう。
それからしばらくすると老婆は、透明な小さな袋を持って戻ってきた。
袋の中には、複数の黒い種子が入っている。
「これを持ってくといい」
「え……?」
「せっかく興味を持ってくれたんだ。もしよかったら、育ててみてね」
そしてそれを、ミルへ渡した。
ミルの手をとって、そこに袋を置く。
「あの、本当にいいんですか?」
今までは静かに見守っていたアルフだったが、これには疑問に思ったのか、尋ねてみる。
すると老婆は軽く笑みを浮かべ、答えた。
「別にいいのよ。さっきも言ったけど、せっかくこの子が興味を持ったんだ。だから実際にこういうのに触ってもらって、好きになってくれたら嬉しいねぇ」
老婆はただ、ミルに園芸や植物が好きになって欲しいと思って渡したのだ。
渡した種子についても、春が終わる頃には花が咲くそうで、しかも弱毒を持っているからか、虫に食べられる心配も無いと、初心者向けのものを選んでくれたらしい。
それに、種子自体はかなり数が残っているそうで、別に気にしなくてもいいそうだ。
「……本当に、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
「ふふ、いいよいいよ。二人とも、頑張ってね」
アルフ達はその感謝を伝えると、老婆は優しく見送ってくれた。
これには、心が暖かくなった気がした。
◆◇◆◇
それから服屋なども見て回っていると、ちょうどいい感じの昼時になり、二人は良い所で食事を済ませた。
やはりと言うべきか、奴隷という身分のせいで最初は不審に思われ、客からも店の人からもジロジロと見られたりしたが、ちゃんとお金は払ったので、そこは問題無いだろう。
「あの、ご主人様……?」
「大丈夫。高かったから、ミルはそこを心配してるんでしょ?」
とはいえその値段は中々に高かったようで、ミルはちょっぴり心配になっている様子。
アルフとしては、値段よりもミルと一緒に楽しみたい、ミルに楽しい思いをさせたいという考えだから、そこまでは気にしていないみたいだが。
「ミル、食事は美味しかった?」
「それは、はい……」
「ならそれだけで嬉しいよ。流石に頻繁には行けないけど……またこういうこと、しよう」
「はい……!」
そうしてアルフとミルは、ゆっくりと家へ帰るのであった。
だがその前に、金属の良質な装備を身に纏った三人の兵が現れた。
「おいお前、その女奴隷をよこせ。渡さなければ殺す」
「……は?」
「たかが奴隷を殺したところで、罪には問われないからな。死にたくなければ早くよこせ」
おそらくは、どこかしらの貴族か何かが、ミルを手に入れるために差し向けた刺客だろう。
前日の取材でカトリエルは、ミルが多くの人に狙われていることを言っていたから。
「ああもう……」
アルフは苛立つ。
大事な人を奪おうとするだなんて、この大切な時間を邪魔するだなんて……と、殺意に似た何かが沸き立つ。
ドン!
大きく地面を踏み込むと同時に、世界が赤く塗り替わる。
青空は真っ赤に染まり、街の建造物は赤と黒に塗り潰され、そして地獄のような熱風が吹き荒れる。
周囲の人々は、意味の分からない状況に困惑し、ザワザワと騒ぎ立てる。
「ムカつくなぁ……ミルを奪うなら……」
アルフは古代魔法を発動させ、装備を纏い、大剣を取り出す。
その大剣はバキバキと音を立てて崩れていき、そして新たなる姿を見せた。
青錆がこびり付いた黒い大剣は、その青錆がボロボロと崩れていき、燃えるように赤い刀身へと変貌を遂げた。
さらに身に纏う防具も、鮮やかな赤がみるみるうちにドス黒い色へと変わっていく。
まるで、アルフの感情と呼応するように。
「潰す……!」
そして、新たなる姿へ、進化を遂げた。
「ひ、怯むな! 命令通り女奴隷を連れて行く――」
「消えろ」
そんな進化を遂げたアルフを前に、ただの兵程度が勝てるわけがなく……アルフが大剣を一振りした際に発生した炎と衝撃波にやられ、地面にめりこんで倒れてしまった。
「……ふぅ」
敵はいなくなった。
アルフは大剣をどこかへ消し、装備も消す。
すると赤くなっていた空は元へ戻り、街も完全に元通り。
唯一、兵士がめり込んだことで崩れた道路だけは元通りではないが、それ以外には一切の被害は出なかった。
「ミル、怖い思いをさせちゃったね。さ、早く帰ろう」
「う、うん……」
狙われていることを自覚したアルフ達は、急いで帰ろうとした。
だがここで、アルフは嫌な予感を感じ取った。
「ッ!」
急いで振り返るとそこには、仮面で顔を隠した人物が、空中から襲いかかろうとしていた。
慌てて大剣を取り出して撃退しようとしたが、その時、
「どらぁ!」
そのさらに上から男が降ってきて、仮面の人物を地面に撃ち落とした。
そのまま男は、地面に撃ち落とされた人の上に着地すると、慣れた手付きで拘束し、ロープで腕と脚を結んで動けないようにする。
よく見てみると、その男の服装は軽装ではあるものの、胸の部分には、この国の騎士団のエンブレムがあった。
「よっし、拘束完了。そこのお二人、無事でし、た……」
そしてその男の声を、アルフはよく知っていた。
かつてのアルフレッドにとっては、数えるほどしかいなかった友人。
運が良いのか悪いのか、今目の前にいる人物が、そのかつての友人の一人だった。
「ちょっ、ちょっと待て……も、もしかして……お前、アルフレ――」
「それ以上言うなノア」
その男の名は、ノア・ブレスト。
長身かつ眉目秀麗で、短い金髪をした男性で、今でも周囲の女性達は色めき立っているほどには美形だ。
そして何より、かつてのアルフレッドの同期であり、その中でも数少ない、彼を慕っていた友人の一人である。
「ッ……やっぱり、やっぱり……! なんで……どうしちゃったんすか!」
「あー……それはまた後でだ。えっと、紙とペン……」
「あっ、はい!」
アルフが紙とペンを欲すると、ノアがすぐに渡してきた。
それを受け取ると、アルフは自宅の住所を書き、渡した。
「ここ、今の俺の家の住所。とりあえず今は、他の人には絶対に教えるな。いいな?」
「はいっ!」
「あと、俺のことは今はアルフって呼んでほしい。じゃあ、そろそろ行くから」
なんだかんだで色々とあったが、こうして事態はおさまったことで、アルフとミルは静かに帰ることができたのであった。
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