33 かつての友人
色々あったが、アルフとミルは家に帰ってきた。
「はぁ、疲れた……」
「……? 何があったんですか?」
「ミルを攫おうとする人に会った。ね、ミル?」
「はい……」
家には既にリリーも戻ってきていたみたいで、今はアルフがその愚痴を呟いていた。
「まぁ確かに、ミルを狙う人が多いとは聞いたけどさ……まさかこんな頻繁に来るとは思わないって……」
「そ、そうですね……」
「これじゃあミルを連れて遠出とか、当分無理だよなぁ……」
このことがアルフにとって何が嫌かといえば、ミルと安易に一緒に出かけることができなくなることだ。
外に出るだけでミルが危険に晒されるなど、彼からしてみればあってはならないことなのだ。
とはいえミルを家で待機させるのも、それはそれで留守中に襲われる可能性があって危険なので、そこも頭を悩ませる要因になってしまう。
前日のカトリエルの話からして、ミルを何とかして連れ去ろうとしている人は多いように感じる。
だがアルフは、誰がミルを連れ去ろうとしているのか分からないので、原因となっている人物、つまりは依頼人を対処するという方法がとれない。
しかも彼女を狙う人物の中には、権力者もいるとの話なので、適当な対応はできないときた。
「……本当にどうしよう」
これからのことに頭を悩ませていたアルフ。
そんな時、玄関をたたく音が聞こえてきた。
コンコンコン。
「アルフさーん! いますかぁー!」
「あっ来た。ちょっと出てくる」
扉越し壁越しからも聞こえてくる、アルフを呼ぶ声。
呼ばれた本人は、声で誰が来たのかをすぐに把握し、玄関へと向かう。
「お待たせ……うん、ノアだけだな?」
「ああ、とりあえず今日は俺だけだ。んで、色々と聞きたいことがあるんだけど……」
「それは中で話す。ほら、入って」
「はいはい、おじゃましま~す」
やって来たのはノアだった。
襲いかかってきた人達を捕まえた後に、ここへやって来たのだという。
家の中に案内し、女の子二人を見た彼は「どこでこんな可愛い子達と知り合ったん?」と尋ねられた。
特にミルについては一目見ただけで「こんな可愛い子が奴隷!?」と驚いていたほどだ。
見る人によっては軽薄に見える態度ではあるが、これでも一応騎士ではあるようで、特に警戒しているミルに対しては、ある程度の距離を取るように配慮はしてくれていた。
「いやぁ、まさかあのアルフレッドが奴隷に、ねぇ……もしバレたら大変なことになるなぁこれ」
「なるね。というかノア、自己紹介」
「ん? そういえばしてなかったっけか。色々と驚くことがあって忘れてたわ!」
自己紹介をまだしていないことを思い出し、ノアは初対面のミルとリリーの方を向いて言う。
「はじめまして、騎士のノア・ブレストだ。アルフとが騎士だった頃からの知り合いで、今日久しぶりに会った、って感じだな」
「騎士……ご主人様、騎士だったんですか?」
「うん。というか、俺自身の境遇とかそういうの、あんまり話してなかったなぁそういえば」
そんなこんなで軽い自己紹介を終え、本題へ。
ノアは椅子に腰掛けると、詰めるようにアルフへ尋ねる。
「それでアルフ、お前どうして奴隷なんかになった? こっちでは“状態異常無効化”のスキルを手にして、家族に迷惑かけないために家を出たって聞いたけど? 誰かにやられたのか? 犯人に目星とか――」
「ちょっ、待て待て待て!」
「ん、おぉ、悪い」
「……とりあえず、情報の整理からしない?」
そうしてアルフは、自分の知っている全ての情報をノアへ話した。
第一に、“状態異常無効化”のスキルをのせいで弱くはなったが、勘当を言い渡されてはいないこと。
第二に、自分は何者かによって奴隷商に売られて、殺されそうになったこと。
最後に、自分を奴隷商に売った人物は、自分のことを殺そうとしていたということ。
他にも細かな情報はあるが、奴隷になった経緯等についてを細かく説明した。
「なるほどねぇ。当主……父親は勘当する気はなかったけど、誰かがこっそりアルフを奴隷商へ売った、ってところか。ん~……でも候補が多過ぎるな」
「候補が多い……?」
「ああ。ミルちゃんやリリーちゃんは知らないだろうけど、アルフって騎士団内でかなり嫌われててさ。それだけじゃなくて、貴族の中にもそういう人はかなり多かった」
「え? ご主人様が、どうして……」
「悪いことをした……のは、なさそうだし……」
ミルとリリーは、アルフとそれなりに過ごしているため、良い面も悪い面もある程度は理解している。
ミルはアルフに対する評価が高過ぎるのでアレだが、リリーでさえ、アルフは良い人、悪い人なわけがないと思い、信頼している。
それ故に、恨んでいる人が多いというノアの言葉には、困惑せずにはいられなかった。
「まぁ普通の人が聞いたらそういう反応になるわな」
「どうして、なんですか?」
「おぉ、ミルちゃん随分と興味津々だね? 昔のアルフは寡黙で静かで、初対面だと緊張しちゃうかもしれないけど、本当に優しくて、街で困っている人がいたら、どんな人だろうと手を差し伸べて助けるような人だったんだよ。少なくとも、悪いことはしていないし、そういう疑惑も無い。けど……」
「けど……?」
「アルフは強過ぎた。そのせいで、政治に関わる偉い人達や、騎士団内の人達の多くに嫌われた」
アルフ、いやアルフレッドは、圧倒的に強かった。
その十万を超えるステータスはあまりにも強力で、スキルを持たないにも関わらず、最強の名を欲しいままにしていた。
そう、最強だったのだ、誰も手がつけられないほどに、理不尽なほどに。
ノアは少し俯くようにして続ける。
その声色は、今までよりも少し暗くなっている。
「アルフ自身は気にしてなかったみたいだけど、騎士団内では陰湿な嫌がらせが本当に酷くてさ。友達とかそういう人も、俺含めて二人、いや三人……まぁそれくらいしかいなかった」
「そんな……ご主人様は優しい人なのに、どうして……」
「アルフは強過ぎたんだ。やろうと思えば、それこそ一人で国を壊滅させることができるくらいには。だからアルフ……いや、元々アルフのいたレクトール家に強い権限を与える必要があった。謀反を防ぐために」
「謀反……? ご主人様がそんなこと……」
「ああ、性格を知ってる俺達からすると、あり得ないってなる。けどそうじゃない人達からすると、可能性があるだけで警戒するんだよ。んで、権力を与えた結果、その原因でもあるアルフが多方面から嫌われたってわけだ」
アルフレッドのいたレクトール家は、唯一政治的な強い権力を持つ騎士の家だった。
その理由は、アルフレッドの謀反を防ぐため。
当時のアルフレッドの強さはあまりに恐ろしく、どんな方法を使っても止められないことは確定していた。
魔法で作り出した強力な毒は効かず、魔法による洗脳も効かず、剣で斬りかかったらむしろ剣の方が折れ、さらにはマグマの中に落ちても当然のように無傷で生存する頑強さ。
さらには三年以上眠ることなく、食事も水も摂ることなく生き続けられる上、一切休むことなく、数ヶ月間戦い続けることができる底無しの体力。
それに加え、さも当然のように空中を駆け、水上を走り、その本気の攻撃一発で、標高三千メートル超えの大山を一瞬にして更地にするほどの機動力と破壊力。
こんな化物が謀反を起こす可能性など、考えるだけで恐ろしいというもの。
だから王家はレクトール家に公爵家と同等の権力を与えたが、それによって同じ騎士や、貴族から反感を買うことになった。
貴族からすると『騎士ごときが権力を持つなんてあり得ない!』となるし、騎士からすると『なんであの家だけ権力を持ってるんだ!』となってしまうわけだ。
「まぁそういうわけだから、恨んでる人はかなり多い。そいつら全員、アルフを奴隷にした犯人の可能性があると考えると……まぁいっぱいいる。ちなみにアルフは、犯人に目星とか付いてたりする?」
「…………まぁ、一応は」
「おっ、マジか。誰なんだ?」
「父さんか、兄さんか、使用人……まぁ言ってしまえば、あの日家にいた人の中にいると思ってる。あまり疑いたくはないけど」
「なっ……」
血の繋がった家族が、犯人の可能性が高い。
このことを聞いたノアは、思わず声を上げて驚く。
「……ノア、俺が“状態異常無効化”のスキルを持ってることが公に知られたのはいつ?」
「え、ああ。確かお前の誕生日の次の日だな。まぁ騎士団や貴族内での機密だから、一般人には知られてないだろうけど」
「だったら確実に、犯人は家の中にいる。外部に情報が漏れた可能性もゼロじゃないけど……」
「それは無い。レクトール家に泥棒が入ったとか、そんな話は一度も聞いてない。でもそうなると確かに、身内が犯人って可能性があり得るのか……」
トントントンと、ノアはテーブルを何度か指でたたきながら、考えをまとめ上げる。
「俺から見ると、犯人が父親って線は無いな。ちょっと前に話したけど、やたら心配してる感じだし。兄は……話したことないし分からんけど無いと思う。多分使用人の中に、他の家のスパイが混ざってたとかじゃない?」
「順当に考えるとそうなるよなぁ。ま、ある意味奴隷になれて良かったとも思ってたりするし、今はどうでもいいけど」
「えっ? いや、ああ……そういう……」
アルフの言葉に一瞬困惑を通り越して唖然としたノアだったが、視界の端に映ったミルを見て、全てを察した。
「ま、お前が良いと思うのならそれでいいけど」
一息つき、ノアは立ち上がる。
「じゃあそろそろ行くわ。俺の方で、お前を奴隷にした犯人をちょっと探してみる」
「そうか。気をつけろよ」
アルフは玄関に向かうノアについていく。
そうしてドアを開け、家を出ようというところで、アルフは聞き忘れていたことを思い出し、尋ねた。
「あっ、そういえば……ティナとカーリーさんは元気?」
「元気にしてるよ。あぁでもカーリーさんは、お前がいなくなってつまらなそうにしてるかな? とりあえずこっちは平和だよ」
「そっか。それはよかった」
数少ない友人のことを尋ねるが、どうやらアルフがいなくなってからも、あまり変わっていないようだ。
それを聞き安心したアルフは、表情を綻ばせる。
「じゃあな。またその内来るわ」
「おう」
そうして、長いようで短い再会は終わり、ノアは帰路へついた。
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