34 その言葉の意味は

 それからアルフ達が何事もなく過ごしている時、別の場所では、密かに動き出している人がいた。


「……“インビジブル”」


 アルフ達に対して取材してから約一週間後、カトリエルは自身の持つ“隠密”のスキルを用いて、中央の大教会地下にある研究施設へ潜入しようとしていた。

 潜入する理由は、アルフの依頼でダニエル・ヘクターという人物を探すことだ。

 彼女は自らに魔法をかけることで、光の屈折を操作し、姿を隠す。


「ついに地下に入る時が来ちゃったかぁ……嫌な予感しかしない……」


 以前からカトリエルは、教会の地下に謎の研究施設があることは把握していた。

 こういった隠された秘密や真実を探ることを楽しみにしている彼女からしてみれば、本来なら既に調査をしているはず。

 だが彼女の本能のようなものが警鐘を鳴らしていたのだ、ここより先には行くなと。


 しかしアルフの依頼があったことで、入らざるを得ない状況となった。


「ふぅ~…………っし、行こう」


 カトリエルはゆっくりと地下への扉を開け、階段を降りていく。

 薄暗い石階段を足音を立てないように降りていき、一番下まで降りきると、そこには無機質な大部屋があった。

 やはり薄暗く、どこか物々しい雰囲気がある空間ではあるが、そこで何人かの白衣の研究者が部屋の椅子にかけ、飲み物を飲んで休憩をしていた。

 その研究者の胸元には、“レプリカ”と書かれたネームプレートがあった。


「レプリカ、か。教会の研究組織の一つ……」


 カトリエルは納得して小さく呟く。

 どうやらこのは、“レプリカ”の研究施設のようだ。

 教会の下には三つの研究組織があるはずなので、他の組織は別の教会の地下にあるとかそんな感じだろうと、彼女は考えた。

 捜索対象であるダニエルは“ネクロア”という研究組織の関係者らしいので、ここにはいない可能性が高いが、とりあえず探索するようにした。


「こっそり行こう……」


 大部屋には、入ってきた道以外にも、それぞれの壁に一つずつ、計三つの道がある。

 とりあえずカトリエルは、左側の壁にある道から進むことにした。


 道を覗いてみると、それは長く長く続いており、複数の鉄の扉で区切られた部屋があった。

 カトリエルは慎重に、近い場所から順番に確認していく。


「……音はしない、よし」


 一つ目の扉の近くへ行くが、そこには“培養室1”と掘られている。

 中から人の歩くような音が聞こえないことを確認すると、カトリエルはゆっくりと扉を開け、中を確認した。


「……っ!?」


 瞬間、彼女は息を飲む。

 そしてすぐに目を逸らし、静かに扉を閉める。


「ハァ、ハァ…………なに、アレ……?」


 もう一度、今度は覚悟を決めて腹を括り、ゆっくり扉を開けて中を確認する。

 そこには……緑色の液体で満たされた培養槽が十機、設置されていた。

 その中には、白いワンピース姿に、長い金髪の女性が入っており、眠っているようだった。


 だがそれだけでは、軽く驚くことはあれど、ここまで狼狽することはない。

 では何故ここまで動揺していたかというと、


「全員、顔が同じ……?」


 全員、容姿が完全に一致していたからだ。

 髪の長さ、顔立ち、身長や体型、間近で見たわけではないので断言はできないが、少なくともカトリエルから見れば、全く同じようにしか見えなかった。

 そしてそれは、ステータスも同じ。




===============================


 体力:15000

 筋力:15000

 知力:15000

 魔力:15000

 敏捷:15000

 耐性:15000


===============================




===============================


 体力:15000

 筋力:15000

 知力:15000

 魔力:15000

 敏捷:15000

 耐性:15000


===============================




===============================


 体力:15000

 筋力:15000

 知力:15000

 魔力:15000

 敏捷:15000

 耐性:15000


===============================




「ステータスも、同じ。しかも、何、この……」


 全員が、全く同じ数値を持っているのだ。

 しかも全ての数値が高水準なので、もし敵に回ったら、限られた人しか勝てないことだろう。

 それこそ、特級冒険者であるシャルルだったり、元特級の騎士であるカーリー、あるいはアルフレッドの兄であるクリスハートなどといった、この世界でもトップクラスの実力者でなければ相手にならない。

 いや、もし全員が同時に襲ってきたら、そういった人達ですら負けるかもしれない。


 しかもこの部屋は“培養室1”だ。

 1があるということは2もあるわけで、続けて別の部屋を見ていくと、培養室は五部屋あることが分かった。

 他の部屋だと“コア製造室”や“タンク室”などと言った部屋があったが、同じ人間が複数人眠っているインパクトと比べるとかなり薄かった。


 だが、最後の部屋。

 ここでカトリエルは、再び驚くことになる。


「……“ミル”」


 彼女は、一番奥にある部屋の名前である“ミル”という名前を呟く。

 思い浮かぶのは、一週間前に取材を行った際に出会った奴隷の美少女。

 女性であれば誰もが羨むような、男性であれば誰もが欲するような、まさしく絶世の美少女と呼ぶべき子が、ミルという名前だった。


 カトリエルは恐る恐る、扉を開ける。

 そして中を見て、目を見開き、言葉を失った。


「……!」


 培養室と同じように、部屋には十機の培養槽が設置されており、内部は緑色の液体で満たされている。

 だが、その中にいたのは……肩くらいまで伸びた銀髪の、フリフリのゴスロリチックなメイド服を着た美少女だった。

 そしてそのその顔立ちは、明らかにミルと似ていた。


「…………いや、でも、ミルちゃんじゃない」


 だがよく見てみると、細部がミルとは異なっているように見えた。

 確かに顔立ちは整っているし、目や鼻や口といったパーツの形状も同じもののように見える。

 だが、その配置が微妙に違うからか、培養槽で眠る少女達は、ミルと比べると若干大人びて見えるのだ。


 そうして部屋を見ていると、カトリエルは、他の部屋、特に培養室の少女達と比べるも、明らかに異なる点を見つけた。


「メイド服……他の子は無地の白ワンピースだったのに。それにステータスも……」


 それは、服装とステータスの二点だ。

 他の培養室で眠っていた少女達は、容姿が部屋ごとに異なることはあれど、全員無地の白ワンピースを着ていることは共通していた。

 だがこの部屋の少女達だけは、まるでミルを真似たかのようなメイド服を着ている。


 そしてステータスも、他の部屋の少女達とは異なる数値だ。




===============================


 体力:120579

 筋力:112340

 知力:147099

 魔力:143208

 敏捷:137410

 耐性:129145


===============================




「というかこの数値ってもしかして……アルフレッドの……!?」


 その数値は、はっきりいって異常といってもいい数値だった。

 それもそのはず、その数値はかつてのアルフレッドと全く同じだったのだから。

 しかもそれが、合計で十人もいる。

 もしアルフレッドがステータスを持っていたとしても、ここの十人が同時に相手になると勝てないだろう。


「“レプリカ”……国家転覆でも起こそうっての……!?」


 こんなのを見せられたら、そう思わざるを得ないというものだ。

 だが驚いてばかりでも仕方無いと、カトリエルは何度か深呼吸をして切り替え、元の大部屋に戻ると別の通路へと向かった。


 そして、最初に降りてきた階段の真正面にある通路に入ってすぐの扉に到着した。

 そこには“応接室”と掘られている。

 扉には窓が無いので内部が見えず、声も聞こえないので、カトリエルはゆっくりと、ドアノブをひねる。


『――を潰す?』

「ッ!?」


 その瞬間、わずかではあるが部屋の中の声が聞こえるようになった。

 思わず身体が震えて音を立てそうになるが、なんとか堪え、そのまま慎重に、中の声を聞こうとする。


『ええ。約一週間前に起きたエリヤの覚醒、あれは危険です。故にアイン様は、エリヤを蘇らせた“ネクロア”を潰せ、と仰っておられるのです。なので僕は、明日にも“ネクロア”を潰そうと考えています』

『へぇ~…………まぁ確かに映像は見ましたが、それならば先に殺すべきはアルフ……いえ、アルフレッドでは? 不完全とはいえ、彼も覚醒しているという点においては同じでしょう? それに貴方が率いる“キマイラ”は、アルフレッドを殺すことを目標に掲げてきたではありませんか』

「(なっ……!?)」


 片手で口を抑えながら、会話を聞き続けるカトリエル。

 とりあえず、中で話しているのは二人で、その内一人は男性で、もう一人は女性っぽいことが声で分かる。

 そして男性の方は、話の流れ的に、教会の研究組織“キマイラ”のボスだ。

 どうやら彼は、“ネクロア”を潰したがっているようだ。


『……一応、アルフレッドを殺す算段は付いているつもりです。ただ、まだ色々と準備ができていなくて。その準備に必要な新型キメラも、今は温存しておきたい。それに旧型も、半分くらいがアルフレッドや魔人族に蹴散らされて数が少ないし。というわけで、戦力が足りないから“レプリカ”にも手伝ってほしいんだ』

『なるほど。見返りは?』

『“ネクロア”の所持する技術を全て“レプリカ”へ受け渡す、というのでいいかな?』

『……分かりました。貴方の計画に、人造人間レプリカを五体出しましょう』

『新型は?』

『出しませんよ。あれはアルフレッドが完全覚醒した際の抑止力として残しておきたいのでね。それより……』


 一体誰が話しているのか。

 ゆっくり、ゆっくりと、カトリエルは扉を開いて中を確かめようとしたその時、


『……どうやら鼠が入り込んでいるようで』

「ッ!!」


 カトリエルと、部屋にいた女性の目が合った。

 口角を吊り上げ、瞳に狂気を宿したサディスティックな表情で、女性はカトリエルの目を見た。

 瞬間、彼女は反射的に通路を駆け、階段の方へと向かう。


「(まずいまずいまずいっ! 入り込み過ぎた! 早く、早くはやくはやくッッ!!)」


 全速力で階段を上がり、地上まで上がり、教会の外へ出たカトリエルは――


「……え」


 ――その瞬間、身体が宙を舞う。


 あまりに突然のこと過ぎて呆気にとられている彼女に、男性が優しげな声で尋ねる。


「やぁ、君は随分と無茶なことをするんだね」

「あ、あなたは……シャルル!?」

「ああ、シャルルだよ。事情は後にして、今は逃げよう。人造人間レプリカが三体起動したみたいだし」


 その男とは、シャルル。

 どうやら彼も教会に探りを入れていたようで、ちょうど逃げ出してきたカトリエルをキャッチしたとのことだ。

 そうして二人は一旦、王都から少し離れた森へと逃げるのであった。

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