35 絡み合う思惑

 大教会地下の応接室にて。

 白衣を着た黒髪の女性、イザベル・キャラハンは、気難しそうに眉をひそめていた。

 それもそのはず、この隠された研究施設に、外部からの侵入者がやって来たのだから。

 そのせいで“キマイラ”のリーダーとの対話が強引に終わらせられてしまった。


「……流石にこのような事態は、予想できませんでしたね」


 この応接室は結界で守られており、よほどの実力者でもない限り、魔法による盗聴は不可能であり、直接聴きに来るしかない。

 とはいえ、まさかやって来るとは思わないものだ。


「侵入者……イザベルさん、誰が入ってきたんですか?」


 部屋にいたもう一人の男性……“キマイラ”のリーダーであるネモは気怠げに尋ねる。

 齢二十にしてリーダーに抜擢されるほどの才能ではあるが、目元には濃い隈が浮かんでおり、紫がかった髪にも白髪が混ざっている。


「私も目を見ただけですし……女性ってことくらいしか分からないですね。人造人間レプリカを二体ほど放ちましたが、どうやら見失ったようですし……誰かと協力しているんでしょうか?」


 イザベルの体内にも、当然ながらアインコアは埋め込まれている。

 本来であれば、生きた生物に埋め込むとアインに肉体を乗っ取られてしまうが、彼女に埋め込まれているコアは特別性だ。

 そのため、肉体を乗っ取られるという心配はなく、他のコアを埋め込んだ者達と視覚や聴覚を共有することができるのだ。

 実際、今までアインに乗っ取られていないのが、その証拠となっている。


 そうして、放った二体の人造人間レプリカと感覚を共有したのだが、侵入者らしき人物は見つからなかった。


「やはり見つかりませんねぇ。犯人探しは諦めるべきでしょうか?」

「新型……“ミル”だっけ? それ出せばいいんじゃないですか? 一番ステータスが高いんでしょう?」

「あれは切り札です、今出すべきではありません」


 もしかしたら、最もステータスの高い最新型である“ミル”を使えば、一応犯人を発見できるかもしれない。

 だがイザベルは、それを良しとしない。


「先程も言いましたが、アレはアルフレッド対策です。それ以外に出すつもりはありません」

「ふーん……確かアルフレッドの恋人だっけ? よく本人の遺伝子を使わずに作ったもんだ。相当苦労したんじゃないですか?」

「ふふ、苦労はしましたね。だからこそ、本来の目的以外では使いたくないのです」


 おそらく“ミル”という美しい人造人間を、自分の作品として見ているからだろう。

 イザベルは新型の人造人間レプリカを、最高傑作のあれを、本来の目的以外では使いたくないと、そう思っているようだ。


「ハァ……」


 この意味の分からない無駄なこだわりに、ネモはため息をつく。


「じゃあ僕は帰る。おいヌル、どうせ見ているんだろ? 空間を開けろ」


 帰ることをイザベルに伝えるとすぐ、何も無い空中に声をかけるネモ。

 するとすぐに、二人のものとは違う声が、部屋内に響く。


『話シ合イハ終ワッタカイ? ソレデハ、空間ヲ開コウ』


 まるで魔法で人工的に作り出したかのような聞き取りにくい声がする。

 だが少なくとも、この部屋内にはイザベルとネモしかいないし、そういう設備もない。

 なのに、空間内に黒い亀裂が発生し、人一人が簡単に通れるくらいの大きさになる。


「……よく結界をすり抜けることができるなぁ。この部屋内には魔法による干渉ができないはずじゃ?」

『フフ、此レデモ私ハ二千年以上生キテイル。其レニ、結界魔法ハ私ノ最モ得意ナ分野ダカラネ。サァ、通ルトイイ』


 ヌルという謎の人物が作った亀裂に、ネモは入っていく。

 そうして彼が通り抜けたところで、亀裂は小さくなっていき、消えた。


 応接室がイザベル一人になったところで、彼女は尋ねる。


「……一つ聞きたい」

『侵入者ノ事ハ教エラレナイ。私ノ配下トイウ訳デハナイガ、詳細ヲ教エルト私ノ利益ニ関ワル』

「そうですか、なら仕方ありません。キメラや人造人間レプリカの製造に協力してもらっていますし、無理強いはできませんしね」


 イザベルは応接室に出ていこうと扉の方へ近づくき、ドアノブを握る。

 が、そこで振り返らずに尋ねた。


「ヌル、あなたの目的は?」


 今までよりも低い声で、警戒するように。

 ヌルは相変わらず無機質な声で、その問いに答えた。


『世界平和ダ』

「……“キマイラ”はともかく、私達“レプリカ”は、世界平和を望んでいます。私達は……人々をアインの呪縛から解き放つ。あなたが裏切らないことを祈っていますよ」


 そう言って扉を開け、イザベルは去っていった。

 誰もいなくなった応接室だったが、彼女が去ってから数秒後、部屋内に声が響く。


『アインの呪縛から解き放つ……ふふ、お前達如きが出来るはずが無いだろう?』


 それは今までの無機質な声ではなく、イザベル達を嘲笑うかのような女性の声だった。




◆◇◆◇




 人造人間レプリカからの逃走に成功したシャルルとカトリエルは、王都付近にある森に避難していた。

 薬草の群生地であるせいか、わずかに鼻をツンと刺激するような匂いが漂っている。


 シャルルはそんな森の中にある廃村内の建物の一つに入ると、椅子に腰掛ける。

 部屋内は廃村だというのに、かなり整理されていることから、シャルルがよく利用していることがうかがえる。


「こんな場所ではあるけど、とりあえず座りなよ」

「……ありがとう」


 ひとまず助けてくれたことに感謝を示すと、カトリエルは椅子に座り、一息つく。

 そうして心を落ち着けたところで、シャルルを睨みつけ、ゆっくりと尋ねる。


「……シャルル、だよね? 一応聞いとくんだけど、何で私を助けたの? あなたにメリットは何も無いはずだけど?」

「いやいや、ちゃんとメリットはあるさ。なんせ君は僕と同じで、教会の研究組織を調査していたんだから」

「へぇ……あなたも教会を調査していた、と」


 内心ではかなり驚くカトリエルだったが、シャルルはそんなこと気にせずに続ける。


「と言っても僕にできるのは、施設内の音を聞いて情報を集めることだけ。君のように施設に侵入はできないから、広範囲の情報は集められるけど、詳細な情報になると難しいんだよね」

「……はぁ、なるほど。つまり情報交換ということですか?」

「そういうこと」


 シャルルの意図を理解したカトリエルは、別に断る必要性も感じなかったので、情報交換に応じることにした。


「それで、私からは何を話したらいい?」

「うーん……とりあえず、目視で確認できた情報が欲しい」

「分かった。知ってることは全部話すから、あんたは教会関係の情報……特に“ネクロア”に付いて教えて」

「もちろんだよ」


 そういうわけで、カトリエルは自分の見聞きした情報を伝えた。

 重要な情報は三つ。

 第一に、“レプリカ”は人造人間を作っており、そのステータスが非常に高いこと。

 第二に、その人造人間の中でも“ミル”と呼ばれる新型は、十万を超えるステータスを持っていること。


「は? ミル? え、いや……もしかして、その姿って……」


 それを聞いた瞬間、シャルルは今までの笑みを崩し、明らかに動揺する。

 わずかに震えた声で尋ねてくるので、カトリエルハ容姿についても話した。


「アルフって知ってる? 東区に住んでる奴隷――」

「いや、いい。アルフの名前を聞いた時点で理解した。そうか……ミルと同じ姿をしているのか……」

「あ、知り合いだったんだ。まぁでも、似てはいたけど全く同じってわけではなかったね」


 シャルルは目元を隠し、大きくため息をつく。

 この事実がかなりショックだったのだろう、足は震え、貧乏揺すりが聞こえてくるようになる。


 そんな態度が若干気になりはしたが、カトリエルは最後の情報を伝えた。

 “レプリカ”と“キマイラ”が、明日にも同じ教会直属の研究組織である“ネクロア”を潰そうとしていること。


 それを聞き、シャルルは伏せていた顔をゆっくりと上げる。


「……そうか、ならアルフ達に伝えないとまずいな。あの家に住んでるリリー……その父親が“ネクロア”のリーダーだから」

「それはそうだけど……でも“ネクロア”の本拠地が――」

「それは僕が知ってる。王都の外にあるセレイドって村が、そのまんま“ネクロア”の拠点になっている」


 こればかりはカトリエルも完全に予想外だった。

 どうやらシャルルは、他のあらゆる教会の研究施設の場所についても全て把握しているらしい。

 そして“ネクロア”の研究施設は、そのセレイドという村に全て集約されているのだとか。


「えっ……なら早く――」

「ダメだ。色々やる前に、まずは相手側の戦力を考えないといけない。敵の戦力について何か分かったりはする?」

「えっ、えっと……確かレプリカ……多分人造人間? が五体来るって話。全員ステータスがオール15000で……あと、キメラも来るっぽい」

「なるほど。それに加えて“ネクロア”の蘇生した人間も潜在的には敵で、アルフはミルを連れてると考えると……」


 詰めるようにまくしたてるシャルルに気圧されつつも、カトリエルは知っている敵戦力を答えた。

 それを聞いて、彼はぶつぶつと呟きながら思考をまとめ上げ、小さく頷いた。


「流石にアルフと僕だけじゃしんどいね。援軍を呼ぼう」


 そう言うと、シャルルは魔法を発動する。

 彼の周囲にわずかに風が吹くと、一瞬にして静かになる。

 それから三分ほど、周囲は静寂に包まれるが、魔法が上手く行ったのか、彼はしっかりと頷いた。


「よし、これで何とかなる。カトリエルだっけ? あとは僕達でやるから、君は事が終わるまでここで待機。薬草の臭いのおかげで魔物は寄り付かないから安心して」

「あ、うん。とりあえず、死なないでね? 私、帰り道とか分かんないし……」

「もちろん。ここで死ねないよ」


 そう言うと、シャルルは風のように消えてどこかへと行ってしまった。




◆◇◆◇




 それとほぼ同時刻、騎士団の訓練所にて。

 ノアは友人であるティナと共に、アルフレッドに関する情報収集に励んでいた。

 とはいっても、アルフレッドの父親であるアルヴァンに話を聞いただけなのだが。


「アルヴァンさんの話を聞くに、アルフを奴隷にした犯人は多分兄のクリスハートだ」

「うーん……血の繋がった兄がしただなんて信じられないけど、証拠を考えるとそうなっちゃうよね……」


 兵舎の廊下を歩きながら、金髪にポニーテールの小柄な少女であるティナは、残念そうに息を吐く。

 彼女もノアと同じく、騎士時代のアルフの数少ない友人の一人である。

 彼女としては、アルフはもちろんだが、兄のクリスハートも尊敬していたので、アルフを奴隷にした犯人である可能性が非常に高いことを知り、失望に近い感情を抱いていた。


 そもそもの話、アルフレッドは“状態異常無効化”のスキルを得たので、家に迷惑をかけないように出ていったという話だ。

 そして父親のアルヴァンいわく、その話を最初に持ってきたのが兄のクリスハートだったのだ。

 他にも、わざわざレクトール家に尋ねて使用人にも軽く話を聞いたが、全員がクリスハートの言葉でこの事実を知ったと言っていたので、犯人はほとんど確定したようなものだ。

 何人か辞めた使用人もいたので、まだ断言こそできないが、二人の中では、兄のクリスハートが犯人と決まったようなものだった。


 理由は分からないが、クリスハートはアルフレッドを恨んでおり、弟が“状態異常無効化”のスキルを得たのを好機と考え、こっそり売った。

 だがそれがバレては困るので、父親や使用人には『アルフレッドは家を出た』と伝え、事実を隠した。

 これが、ノアとティナが予想した犯行の手順だ。


「それでこの話、アルヴァンさんには伝える?」

「いいや。俺的には犯人はクリスハートで確定なんだけど、客観的には違う。もしかしたら辞めた使用人がやった可能性もあるし」

「そうだよねぇ。どうしよ……」


 そんな話をしていると、ノアはドンと、誰かにぶつかってしまう。

 思った以上に話に熱中していたようで、人がいることにも気づかなかった様子。


「すみません……って、カーリーさん?」


 そこにいたのは、身長190センチはありそうな長い赤髪の大柄の女性、カーリーだった。

 元々は特級の冒険者で、今はスカウトされて騎士ではあるが、彼女の残した伝説は数知れず。

 騎士団内でも多くの人が一目置く存在だ。


「ノアとティナか。悪い、考え事をしていた」


 最近は、というかアルフレッドがいなくなってからは、少し機嫌が悪くなり、覇気も失われてしまった。

 だが今は、冒険者時代の彼女のトレードマークでもある黒い革製のロングコートを着て、大剣を背負っていた。

 そして表情からも、以前のような覇気を取り戻したのが見て取れて、赤の瞳からは熱意がふつふつと燃えているのが分かった。


「その服装……どこかへ行くんですか?」

「ああ……冒険者時代の後輩からの依頼があった。本来なら行く気がなかったんだが……アルフレッドに会えると聞いたからな」

「はっ?」


 カーリーの言葉に、ノアは唖然としてしまう。

 一応彼女もアルフの友人ではあったのだが、戦闘狂という性格を考慮して、彼女にだけはアルフレッドの情報は伏せていた。

 なのにこの情報をどこから仕入れたのかと、ノアは頭の中でぐるぐると考えを巡らせる中、カーリーは続ける。


「安心しろ。確かに戦いたい気持ちはあるが、今回はそのつもりはない。あいつらだけでは敵が多くて手が足りないらしいから、援軍に向かえって話だからな」

「えっ、なら私達も――」

「やめとけティナ。相手は全ステータス15000の人造人間五人、お前達が来ても即死するだけだ」

「っ……!」

「安心しろ、私が何とかする」


 そう言って、カーリーは二人の間を通り過ぎていく。

 ノアとティナは、まるで鬼のような気配を放つカーリーの後ろ姿を見るしかできなかった。

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