88 たった一人の楽団
クリスハートの姿をしたアインと対峙する、シャルル。
その後ろには、ミルが不安そうに軽く震えている。
「そうか……四天王達が言ってたな。ジェナが復活させたって……」
アインが復活したことは、一応魔人族の四天王達から話だけは聞いていた。
だがまさか、クリスハートを乗っ取る形で現れるとは思っていなかった。
だが、シャルルにとってそういうことは、別段どうでもいい話だった。
気になるのは、アインの目的だ。
「お前は、何をするつもりだ?」
それを、特に何も包み隠すこと無く尋ねる。
「何をするか? まぁ簡単に言えば、ボクがこの世界の神として君臨する。それだけ――」
「イヤァァァア!!」
そこに、声が響く。
キメラに襲われる中年の女性が、シャルルとアインの二人を見てこちらへと走ってきた。
特にアインは、外面だけはクリスハートなので、王都の人々からは信頼されている。
助けてほしいと願って駆けてくるのは、当然のことだろう。
だが、ここにいるのはクリスハートではない。
アインは振り返り、女性の姿を見ると、
「死ねブス」
冷たい声で呟き、手をかざして赤い熱線を放ち、女性を消し飛ばした。
光線が消えるとそこには、死体はおろか、血痕すら残っていなかった。
「は……? 神を名乗るクセに、そんなあっさりと、人を殺すのか……?」
こんなあっさりと、冷酷に、あの女性をブスと罵り、殺した。
こんな暴虐な神など、シャルルは聞いたことがなかった。
あまりの邪悪っぷりに、思わず一歩後ろに引いてしまう。
「ん? ああ、あんな歳を取った女、ボクにとっては無価値だからね。だから殺した」
そしてさらに、アインは邪悪な思想を語る。
人の命を何とも思っていないように、平然と語るその様子には、人の汚い所をよく知るシャルルも、身体を震わせ恐怖する。
「無価値……? 人の命が、無価値……?」
「ああ。アイツみたいな劣化してたり、ブサイクな女は、ボクの世界にはいらないんだよ。あーいう奴等に限って、キーキー喚いてうるさいしなぁ。それに見ていてイラつくし、気持ち悪いし」
アインにとって、歳を取った女や、不細工な女は、完全に無価値なのだ。
それどころか、見ていてムカつくとか、気持ち悪いとか、とにかく悪く言う。
「やっぱ女ってのはさぁ、綺麗で可愛くて、男に従順で素直な子がいいよなぁ。ああいや、ツンデレとかもいいな……まぁ、性格は洗脳すればどうとでもなるか。やっぱ見た目クソな奴等はどうにもならないし、死んだ方がいいな」
「……お前」
シャルルは青筋を浮かべながら、大鎌を振るい、風の斬撃を放つ。
それはアインに脚を斬り落とすような形でクリーンヒットした……が、何も効いておらず、傷一つ付かない。
「んん? ムカついた? よくいるんだよねぇ。こういう話をしてると、ムカついて攻撃してくる奴。でもさぁ、考えてみてよ」
シャルルに、語りかける。
「シャルル、お前はどうしようもないブサイクと付き合おうと思うか? ニキビまるけで太っていて、フケや膿だらけの汚らしい女と、付き合おうと思うか?」
「……」
シャルルは、何も言えなかった、言えるはずがなかった。
だって、自分だったら、アインの言葉通り、不細工と付き合いたいかと言われれば、付き合いたくないから。
態度には出さないが、正直に言うと、積極的に関わりたくないとすら思っている。
だから、何も言えない。
言ったら、吐き気がするほどに邪悪なアインの思想が、正しいことを認めるようなものだから。
「フハハっ! そう、思わないんだよ! お前らも見た目で女を選別してるってのに! こういう時だけいっちょ前にボクのことを否定する! いやぁ、いいねぇその顔! 本心では否定しきれなくて何も言えない悔しそうな顔してさぁ!」
それを表情から察したアインは、大きく口を開けて笑う。
「な? 分かったろ? ブサイクとか歳取った奴とか、病気で醜くなった奴とか、そういうのは無価値だから、死ねばいいんだよ。あのアルフレッドでさえ、同じような考えなんだからさ」
「は? アルフが、同じ……?」
「ん? 知らないのか? アイツ、ミルの前にもう一人奴隷飼ってたぞ。そいつ、病気で紫色の肌しててさぁ……多分気持ち悪かったんだろうな。アイツがある程度強くなったら、もう都合の良い肉盾は用済み、気持ち悪いから、どっかに捨てて帰ってきて、今までのうのうと暮らしてたってわけ。現に、今はもう紫色の肌の奴隷はどこにもいない。やっぱ見た目なんだよなぁ」
嘲るアインに、もうシャルルの目は冷めきっていた。
ムカつくとかブチ殺したくなるとか、そういう次元を通り越して、狂っていると、いやそれ以上に、哀れみを覚えてしまうほどだった。
だが、目的はこれでほとんどハッキリした。
アインはそれを直接言ってはいないが、彼の言動とこの出現場所からして、これからやることは一つ。
「……とりあえず、お前は殺す」
「へぇ? このボクを殺す? できるのか? ステータスの無いお前が?」
「できなくてもやるんだよ。どうせお前、ミルが目的だろ。こっちはアルフに頼まれてんだ、ミルを守れって。お前みたいなクズに、ミルは渡さない」
「フッ、ククク……その通りだよ。あんなアルフみたいな奴がミルを持ってるなんてあり得ない。ボクが何としてでも奪わせてもらう……けど、ステータスを持たないクセに、守るってよく言うねぇ。じゃあ、やってみろよ。ボクを殺してみろよ。まぁお前じゃ無理だろうけど」
余裕の現れか、アインは無防備に立ち、指を動かして挑発する。
「……なら、やらせてもらおう」
シャルルは勢いよく接近し、大鎌を振るう。
アインの首に目掛けて大鎌を振り、頭と胴体を切り離そうとする。
ガキンッ!
だが、攻撃は効いていない。
皮膚、筋肉、骨、人の身体はそれらで形成されている。
そのはずなのに、首に当たった瞬間、金属と金属がぶつかり合ったかのような音を発生させ、鎌は止まった。
「言ったろ? お前じゃボクは殺せない。格が違うんだよ」
あまりに強すぎる、硬すぎる。
こんなの、下手したらステータスがあった頃のアルフすら超えているかもしれない。
シャルルは、アインのステータスを確認する。
===============================
体力:5409326
筋力:5097123
知力∶4709931
魔力:5980639
敏捷:5214786
耐性:5893264
===============================
「百万超え……アルフの、十倍以上……」
「ああそうだ。アイツですら、誰も傷付けられなかったんだろ? ボクが傷付けられるはずがない」
あまりにも強すぎるアインの数値。
その数値を見たシャルルは、警戒して一歩飛び退く。
「さて、そろそろボクも戦おうか。一応ハンデで……」
そう言いながら、アインは懐から果物ナイフを取り出し、シャルルへ向ける。
「コイツだけで、お前を殺してやるよ」
「……」
みすぼらしいナイフだが、それでも可能と思えるほどのステータスなのだ。
シャルルは極限まで警戒レベルを上げるが、
ドス。
「ッ……!」
「あー遅い遅い」
気付いたら、アインは後ろからナイフを刺してきていた。
指してきた箇所は左肩、まだマシな部位……ではあるが、それ故に、シャルルの血の気は引いていく。
遊ぶつもりだということが、痛めつけて、ゆっくりと殺していくという意思が、感じられたから。
「クッ……」
「トロいなぁ」
ザクッ。
今度は前から、左の前腕をザクリと突き刺される。
あまりにもステータスが、敏捷が高過ぎて、移動する姿すら認識できない。
ゆっくりとナイフが抜かれると、その腕から大量に血がとめどなく流れ出る。
太い血管が傷付いてしまい、血が止まらない。
「おいおい弱すぎるなぁ? そんなんじゃ、いつでもミルを奪えちゃうぞぉ?」
「ク、ソ……なら……!」
シャルルは勢い良く全方位へ向けて大鎌を振るい、飛ぶ斬撃を乱れ撃つ。
あまりにも速すぎて、アインの姿は捕捉できないが、そういう相手には、とにかく弾幕を張ることだ。
自分にできる限りの斬撃を放ち、アインへの攻撃と共に、自分の身を守ろうとする。
「あーもうね……」
だが、シャルルの耳元で、声が聞こえた。
ザクッ。
今度は右肩に、痛みが走る。
「その程度で、ボクを止められるとでも?」
全ての斬撃をあっさりと回避し、アインは、シャルルの右肩をナイフで突き刺した。
そこから今度はすぐに抜かず、グリグリとナイフを動かし、肩肉を抉っていく。
「く、ぁああッ……!」
「いやぁ、いいねぇ。現実でもゲームでも、楽して勝てるチートが一番楽しいんだよなぁ。俺ツエー状態、サイッコー……!」
「クソ、が……」
悲鳴を上げながらも脱出を試みようとするシャルルだが、その高すぎる筋力で身体を掴まれているせいで、動けない。
だがその悔しそうな笑みは……一瞬だけ、したり顔へと変わる。
「……なん、て、な」
その時、シャルルの真後ろ、ちょうどアインが立っている場所。
そこに、放たれた無数の斬撃が収束し、飛んでくる。
「ッ!」
気付いた時にはもう遅い。
アインが気が付いた時には、斬撃は目の前まで迫っており、回避するのも、シャルルを盾にするのも間に合わない状態。
アインは諸に、無数の斬撃による不意打ちを食らう。
「クッ……」
が、近くにいるシャルルも無事では済まない。
斬撃の一部がシャルルの身体にも掠り、身体をわずかに斬り裂いていく。
全身に切り傷ができ、出血し、自分までもがボロボロになっていく。
そして、斬撃が止んだ時には、アインは、
「……チッ、血まみれじゃん」
完全に、無傷だった。
全身に血が付着していて出血しているように見えるが、それは全て、シャルルの血だ。
アインにとってあの斬撃は、蚊に刺された時の痒み以下の、攻撃でも何でもないものだったのだ。
「ったく、面倒なことしやがってッ……!」
ただ、血で汚れたのは嫌だったのか、シャルルを軽く蹴り飛ばす。
アインにとっては軽く小突く程度の攻撃、しかし素で百万を超えるステータスを持つ人物の“小突く”なので、あっさりとミルの後方の壁まで吹き飛ばされてしまう。
「シャルルさん!」
驚き慌てて、ミルは瓦礫に埋もれかけたシャルルに駆け寄る。
辛うじて無事ではあるが、頭の他にも、太い血管のある手首等も含めて全身に傷が付いて、血を失ってしまっていた。
ミルの声に反応してゆっくりと立ち上がりはしたが、フラフラとしていて、ダメージを受けているのは誰から見ても明らかであった。
「ミル……僕は、大丈夫だ……」
武器は先程のアインの蹴りによって手を離れ、遠くに落ちてしまっている。
だが、もう一つ。
カラン。
「ん?」
アインが真っ先に反応する。
上の方から、シャルルの近くに音を立てて落ちた。
が、別段アインは気にも留めない。
「……なんだ、ただの笛か」
なんせそれは、本当に何でもない、どこにでもある金属製の笛だったのだから。
かなり年季が入っていて汚れており、一部は少し凹んでいたりする、魔法による何かが施されているわけでもない、ただの笛だ。
「おっと……いつの間にか、落ちてたか……」
ゆっくりと、シャルルはその笛を手に取った。
「アイン、お前には分かんないだろうけどさぁ……」
そう言いながらも、シャルルの声色も表情も、これまでとは比較にならないほど穏やかだ。
「この笛を吹くと、妹が落ち着いてすやすや寝るんだよね。もう十年くらい前の話だけどさ」
「へぇ。お前、妹なんていたんだ? そんな気配、欠片もなかったから意外だな」
「まぁ、このこと話したのはアルフだけだしな。懐かしいな……久しぶりに吹いてみようかな?」
血を流しながらも、シャルルは笛を口へ持っていき、軽い演奏を始める。
おそらく彼の腕は中々にいいのだろうが、笛もサビがあって、凹みもあって、単純に物が悪いからだろう……時折音が外れたり、出にくいような音もある。
オーケストラ等の木管楽器と比較したら、あまりにもお粗末な演奏だ。
「……え」
だが、それを聞いたミルの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
彼女自身も、何故涙が出てくるのか理解できていない。
シャルルの演奏も、これまで一度も聞いた記憶が無かったはず。
でも何故か、安心できるような、懐かしいような、そんな暖かい気分にさせる、演奏だったのだ。
「なっ……なにが!? いや、魔法は何も発動していないはず……! 何が起きている!?」
それを見て、アインはとにかく困惑していた。
ミルが泣き出した理由を、最初はシャルルが特殊な魔法を使ったからと思っていたが……魔力の流れからして、魔法は確実に使っていないはずなのだ。
かといって、近くから何かしらの魔法を使っているような、そんな気配も無い。
では、何が起きているのか。
これまでなら無限の知力で即座に理解できていたが、今はそれが無いため、何も分からない。
そうこうしている内に、シャルルの一分と少しの短い演奏は、終了した。
「……アイン。僕はただ、笛を吹いただけだよ」
「は? ミルの反応からしてそんなこと、あり得るわけが――」
「それにしても……」
喚くアインのことは無視して、シャルルはミルの方へ向き、柔らかな笑みを浮かべる。
「まったくなぁ。昔はこれで泣き止んでくれたのに……」
「あ……」
そしてゆっくりと、ミルの頭を撫でる。
最初はミルも一瞬驚いたが、まるで決壊したかのように、どんどん涙が流れ落ちていき、嗚咽を漏らす。
「う~ん……なんか昔に戻ったみたいだなぁ」
感慨深く、昔を思い出すように呟くシャルル。
「けどもう大丈夫。後は僕が……お兄ちゃんが、何とかするからさ」
そして、再びアインと対峙する。
「なっ……まさか、まさかまさか! テメェ……テメェの妹ってのは……!」
「ああ。ミルはただ一人の妹だ」
おそらく、明かすつもりはなかったのだろう。
それでもここで明かしたのは、兄として、死んでも妹を守るという覚悟の現れだろう。
「俺は、妹を守れなかった。奴隷にしてしまった。だから、そこから救い出したアルフに託すことに決めたけど……」
元々は、妹を守れなかった、奴隷にしてしまった。
そんな状況からアルフは、妹を救い出した、だから密かに託すことにした。
しかし今は、
「でも、今この場所にアルフはいない」
ここに、アルフはいない。
戻ってくる保証も無いし、戻ってきたとしてと、時間は相当かかるだろう。
この状況で、ミルを守るべきは、
「だからこそ、兄である僕が、死んでもミルを守る」
兄である自分だ。
武器も何も持たないけど、今手にあるのは大切な宝物でありながら、何の武器にもならない笛だけど、それでも、戦うのが兄なのだ。
それが、シャルルの矜持なのだ。
「プクク……ヒャッハッハッハッハ!! 妹に懐かれてるイケメンの兄なんて、普段ならムカつくのに! ここまで弱いと笑えてくるなァ!」
そんな、傍から見たらやせ我慢としか思えない言動に大笑いするアイン。
「笑われてもいいよ。僕は、死ぬ気で妹を守る。もう涙は流させない。それが、僕の覚悟だ」
その言葉と共に、世界は薄暗く変わる。
まるでコンサートホールのような広い空間。
シャルルが立つのは、大きな舞台の上、その中でも一段高くなっている、いわゆる指揮台の上。
その後ろには無数の楽器が並べられているが、シャルル以外にいるのは、ミルだけ。
ミルは、後ろの特等席らしき場所にいる。
「なっ、ん、で……!? 古代魔法だろ……!? こんな簡単に使えるわけが……!」
意味が分からなかった。
アインが最も恐れる古代魔法を、クロードに続き、シャルルまでもが発動した。
アルフが古代魔法を発動させたのは理解できる、元々桁違いに強かったから。
リリーが古代魔法を発動させたのも理解できる、生まれが特殊で、本質は人間ではなく、その皮を被った異形だから。
でも、シャルルは違う。
強くはあれど、アルフ程ではないし、出生や血筋が特殊というわけではない。
なのに、古代魔法を発動させた。
「死ね……死ねッ!!」
が、古代魔法に目覚めたての今であれば、まだ殺せる、まだ何とかなる。
アインは慌ててエネルギー砲を発し、シャルルを消し飛ばそうとする。
しかし、攻撃がシャルルの前まで来ると、何かに消し飛ばされ、消える。
「……さあ、演奏を始めよう」
シャルルの衣服がいつの間にか変わり、紺色の燕尾服のようなものを身に纏う。
そして言葉と共に、彼の右手に大鎌が現れる。
ただしその大鎌はこれまで使ってきていたものと違い、刃が五線譜のような、あるいは音符にも見えるような形状となっている。
それを振るうと同時に、舞台に置かれた楽器がひとりでに動き出し、たった一人による大演奏が始まった。
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