87 分断
古代魔法に飲み込まれて怪物と化したアイゼンと対峙するクロード。
ォォォオオオオオ!!
雄叫びか衝撃か、何かが広がり、身体を揺らすような感触を感じる。
同時に三人の足元から黄金の光が発される。
「っと……まぁ俺には効かないけど」
とはいえ、クロードは全くの無傷。
黄金の光は、衣服や翼、嘴状のマスクや髪といった、クロードの黒に触れた瞬間、消え去り、無力化されるから。
一応顔面の肌色の部分に当たれば効果はあるが……それはクロード自身も分かっているので、翼を利用して厳重に守っており、問題なかった。
「二人は、まだまだ行けそうか。なら、殺れ」
だが彼が作り出した巨人二人は無傷とはいかず、表面の肉や骨に、わずかに液体が付着している……ように見えた。
でも外傷自体はそこまで無さそうということで、攻撃命令を出す。
「グォォォォオオオオ!!」
「グラァァァァアアアア!!」
まずは直接のぶん殴りと蹴り。
アイゼンも怪物と化して巨大化したが、巨人達は、それよりも大きな肉体を持つ。
圧倒的質量と速度から放たれる一撃は、あらゆるモノを打ち砕き、塵へと変える強力な攻撃だ。
怪物と化したアイゼンも、流石にその場で留まることはできず、吹き飛ばされる。
が、浮遊能力でもあるのか、少し吹き飛ばされたところで、停止し、そのまま地面に再び降り立つ。
オオオオオオオオオ!!
「……無傷?」
そして何よりも、攻撃が効いているように見えない。
少なくともクロードの目には、その衣服や装飾は、何も傷付いていないように見える。
つまり、物理は効かないのか?
そう思った彼は、巨人達二人に別の指示を出す。
「拘束しろ」
同時に彼は翼を舞わせながら、怪物へと接近する。
怪物は拘束に抵抗する様子を見せることはなかった。
一応、二発の落雷が、それぞれの巨人達に落ちたが、それでも、少し汗を書いている程度に見えた。
「フッ、そのままそのまま……」
そして、クロードは怪物に手を触れた。
「死ね、アイゼンさん」
怪物と化したアイゼンは、クロードの黒手袋に触れた。
古代魔法により具現化された装備の一つであるそれに触れたら、たとえ直接でなく、衣服の上からであっても、敵対者は問答無用で死ぬ。
つまり、アイゼンはここで終わる……そう思っていた。
コォォォオオオオ!!
「クッ……!?」
クロードに対し、重力のような何かが働き、アイゼンから離れるように吹き飛ばされる。
瓦礫の山に激突し、身体を強く打ち付ける。
「痛ぇ……けど、俺の死の手が……効かない……?」
軽く背に痛みが走るが、クロードにとってそんなことは、そこまで重要ではなかった。
問題なのは、先程触れた時、殺せなかったことだ。
いや、殺せないだけでなく、一切効果が無かったようにも見えた。
「まさか、肉と骨が無いから……?」
薬師であったからこそ分かる着眼点。
怪物はおおむね人型をしており、法衣のようなものを身に纏ってはいるが、中身は人間ではない。
そのためなのか、法衣の中身は空っぽなのだ。
つまり、腐り落ちる肉や骨が存在しないということだ。
流石のクロードでも、古代魔法でも、存在しないものを腐らせることは不可能だ。
つまりこの怪物に、クロードが触れて肉体を腐らせようとしても、意味が無いというわけだ。
「チッ、こりゃあ長い戦いになりそうだ……」
面倒臭そうに、クロードは呟いた。
◆◇◆◇
その後しばらくは、泥試合が続くばかりだった。
クロード側の攻撃は怪物には一切効かず、巨人達が殴り飛ばしても蹴り上げても、少しのけぞったり吹き飛ぶ程度で、身体には傷一つ付かない。
いや、それどころか、巨人達の口から放たれる熱線をモロに浴びたというのに、それすらも一切効いていないようだった。
対する怪物側も、クロード達に対して有効打を与えられずにいた。
落雷、黄金の光、肉体の直接爆発、その他複数の攻撃を行ってきたが、それらがクロードに効くことはなかった。
巨人達には少しは効いていたらしいが、それもほんの少しだけで、実質的には無傷と言ってもいいくらい。
「本当に何すればいいんだ……?」
互いに有効打は無く、無意味な攻防を続けるだけ。
クロードも、彼の作った巨人も、さらには怪物と化したアイゼンも、古代魔法の影響か、魔力が無限に湧き続けてくるので、本当に無限に戦えてしまう。
そんな状況が続き、やがて同じ攻撃を繰り返し、敵の出方を伺うという、そんな千日手のような状態となってしまった。
そうしてクロードのやる気と集中が解け始めてきた時、戦場に変化が起きた。
「グォ、ォォォ……」
クロードと共に戦っていた二人の巨人、その身体が、急速に溶け始めたのだ。
大量に、汗のようにも感じられる臙脂色の液体を流しながら、肉や骨を液状化させていき、その場に崩れ落ちてしまう。
そして巨人達は、足が溶け、腕が溶け、頭が溶け、その場に崩れ落ち、完全に停止してしまった。
「は? いや、まさか、これまでの攻撃が蓄積して……?」
一瞬混乱しかけるも、クロードはすぐに状況を把握。
同時にこのような状況になった理由も、何となく推測していた。
おそらくは、あの怪物の攻撃の効果だ。
普通の人がアレを受けると、あっという間に肉体が溶けて死ぬだろう。
だが巨人達はあまりにも頑丈過ぎて、肉体の表面、つまりは剥き出しの筋肉や外骨格がわずかに溶ける程度にしかならなかった。
が、それを何度も受けてしまったとなると、流石に影響も少しずつ大きくなり、やがて無視できないものになったのだろう。
そうして戦力を失ったクロードだったが、意外にも彼は、全く焦っていなかった。
「台地を守る奴等も傷付いてるし、頃合いか」
そう言うと、黒い翼を大きく広げ、再び紫の光を王都へと放った。
「甦れ、再生せよ」
すると、目の前で崩れ落ちた巨人二人の肉体が、急速に再生していき、元の状態へと戻っていく。
溶け出した神経は修復され、身体が動くようになる。
筋肉が、骨が修復され、立てるようになる。
そうして、巨人は再び立ち上がった。
「あっやべ……って、ん?」
だがここで、クロードはとあるミスをしてしまったことに気付く。
単純に、古代魔法に慣れていなかったというのもあるのだが……彼は、ついでに市民も回復させようとした結果、間違って、敵すらをも全員回復させてしまったのだ。
そんな中、クロードは再び戦闘へ集中し、怪物を見たのだが、その時、あるものを見た。
それは怪物の法衣の中、からっぽのはずのそこに、骨が見えたのだ。
巨人を癒す治癒の光、それを浴びてから数秒だけだったが、集中していたから、それが本当のことだと確信できていた。
何が起きた?
そう考えて数秒で、クロードは結論を出した。
「……ハッ!」
そして彼は目を見開き、マスクの中で笑みを浮かべた。
「怪物になったお前が俺の言葉を理解できるかどうかは知らねぇが……俺の古代魔法は単に、触れた人を即死させたり、化物にしたりする能力ってわけじゃあない。そんなのは、俺も望んでないしな」
怪物の杖に電気のような何かが走る。
するとクロードの身体が、予兆無く爆発してしまう。
が、彼にはほぼ効いていない。
辛うじて顔面がわずかに焼けているが……自身を治癒することで、一瞬で火傷は消え去った。
「俺のこの力は、人々を救うためにある。敵の場合は殺すが、それも人々を守るためだ。そして味方の場合は、市民の場合は、俺がやろうと思った場合は……」
そして、クロードは怪物の前へとたどり着き、手を、触れる。
「この手は、強力な回復の力となる」
怪物の肉体を、回復させていく。
クロードの回復魔法、それは肉体の欠損等を含めたありとあらゆる病気や障がいを取り除き、正常へと戻していく。
死んでいない限りは、誰であっても、どれだけ深刻な状況であっても、完璧に治療することがでにる、最強の治癒魔法だ。
「ァァァァァアアアアア!!」
それが怪物に使われると、法衣のような外套の中から煙を発生させながら、今まで発していなかった声を上げた。
そして、法衣の中に、骸骨が見えた。
何故そんなことになるのか、クロードには理解できなかったが、一つ、確信していた。
「今だ! 殺れ!」
この現れた中身に攻撃すれば、倒せると。
クロードは敵の法衣を掴んだまま、巨人達に向けて叫ぶ。
「コォォォオオオオォォオオオ!!」
すると、巨人達は大きく口を開き、そこにエネルギーを集約させる。
そして、膨大なエネルギーを、光線にして怪物へと放つ。
そして、周囲を極光が包み込む。
それから数十秒後、ようやく光が晴れる。
そこに立つのは、クロードただ一人。
怪物は、身に纏っていた法衣と、二本の大きな杖を残して消えていた。
おそらくこれで、倒したのだろう。
「……まさかここまで苦戦するとは思わなかった。敵に回復魔法をかけるとか、普通思いつかねぇよ」
倒しはしたが、時間がかなりかかってしまった。
そもそもの話、古代魔法自体が特殊なので、それに飲み込まれた怪物も、倒し方も特殊なのだろう。
そういった、いわゆる弱点を見つけ出せば簡単に倒せる……かもしれないが、それを見つけるのも難しい。
「はぁ、こりゃあ時間かかりそうだ……」
そうぼやきながらも、クロードは他の怪物を探しに、巨人を連れて歩き出した。
その姿を、密かに見ていた人物が一人。
「チッ、アルフレッドとリリーに加えて、アイツもか……」
クリスハート、その肉体を乗っ取ったアインは、クロードの一連の戦いっぷりを目撃していた。
アルフ達に逃げられると同時に、彼はジェナの魔法でしばらく動けなくなってしまっていたが、それも解けたので、こうして王都へとやって来た。
そして王都に来るやいなや、新たな古代魔法の使い手が生まれたことを知り、彼の中に苛立ちが募っていた。
忌々しいロウェルが持っていたモノ、封印されるきっかけとなったモノ、それを持つ人物が、三人に増えたのだから。
「……だが、古代魔法使い相手には絶対に近付かねぇ。ロウェルの時の二の舞は、絶対に避ける」
だが過去の経験から、アインは直接手を下すことをしなかった。
古代魔法持ちに対しては、手下をけしかけることで始末することにした。
「とりあえず、何人かにアインコアを埋め込んだ。配下はできた。やるべきことはやったし、後は……台地の奴等の分断だな。あの巨人には、近付きたくないし」
◆◇◆◇
台地。
アルフの家があるそこは、二人の巨人が守りだしてから三十分ほどしたが、その結果、とんでもないほどに安全になった。
「この巨人達、強いですね……」
「ああ。僕達が戦わなくてもよくなるほどとはねぇ。まぁ楽でいいけど、カーリーなんかはちょっと悔しがってるんじゃないかな?」
理由は、巨人があまりにも強すぎるから。
五十メートル以上の体躯、そこから放たれる拳は、あまりにも威力が高過ぎて、キメラやクローン兵の肉体をいとも簡単に、一気に消し飛ばしてしまう。
それに加えて、自らの肉と骨から生成した大槌を振るったり、口から放たれる光線で空を薙ぎ払ったりと、ただひたすらに、攻撃能力が高かった。
もちろん身体もとてつもなく頑強で、そう簡単には傷付かないし、傷付いたとしても、あの大きさ故に、致命打になることはない。
それにより、これまで台地を守っていたシャルルやカーリー、あと魔人族の四天王達は、暇になってしまっていた。
何かあった時のため、周囲の確認だけは怠っていないが、特にシャルルなんかは、臨戦体勢を解き、ミルとお喋りしていた。
『散れ』
すると突然、どこからか声が響く。
瞬間、景色は一瞬だけ暗転し、台地にいた人達は、身体が宙に浮く感覚を覚える。
もちろん、シャルルやミルも例外ではなく、
「うおっ……まずい! ミル、捕まれ!」
宙に投げ出され、自由落下を始める。
幸いにも高度は高くなく、一軒家の屋根くらいの高さから落ちているらしいが、それでも、ステータスを失った彼らには、大きな致命傷となってしまう。
何とかミルの腕を掴むと、シャルルは風を操りわずかに身体を浮かせることで、落下を遅くする。
そしてゆっくりと、安全に着地した。
だが着地するやいなや、彼はミルを後ろに下げた。
「……なるほど。お前がやったのか」
理由は、そこにいたのが敵だと、本能的に確信したからだ。
「クリスハート……じゃないな。誰だ?」
そこにいたのは、クリスハート。
見た目はそうだが、シャルルには、それがあのクリスハートとは思えなかった。
何となく、目が、雰囲気が、異なっているような、そんな気配がしたのだ。
「流石は特級……洞察力凄いねぇ。そうだ、ボクはクリスハートじゃない……この世界の神、アインだ」
シャルルは、ミルは、アインと相対する。
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