86 巨人兵

 薄紫の光が、王都全域へと放たれる。

 王城辺りから放たれたそれは、それなりに距離の離れた台地……アルフの家の所まで届いていた。

 そして同時に、戦場に異変が起こる。


「っと……なに、身体が……?」

「あん? この、感覚は……」


 これまで他の人達と比べるとかなり動けていた魔人族達。

 特に前線に出ていたガディウスとグローザは、紫の光を浴びたその瞬間に、身体への違和感に気が付いた。

 急に速度が出なくなり、力が入らなくなったのだ。


「あの光は……王城辺りからか?」


 後衛からの支援に徹していたシャルルは、自らのスキルを利用して、光が放たれたであろう王都の様子を探る。

 風を飛ばし、音を感知し、それを耳へと運ぶ。

 そこの様子を直接目で見ることは不可能だが、音の情報量はかなり多く、大抵の場合は、かなり正確な情報が手に入るのだが、


「クロード? が、放ったのか? これを? それにクローン兵を倒した……ステータスも持ってないのに?」


 今回得た情報は、意味が分からないものだった。

 王城にいたっぽいのは、クロードと彼を狙う人達。

 そしてあの光を受け、数体のクローン兵が、おそらくクロードを殺すために王城に降り立ったらしいのだが……彼は何らかの手段で、一瞬で殺したのだ。

 クローン兵を殺せるほどのステータスも、スキルも持っていないはずなのに。


「シャルルさん? どうか、したのですか?」


 急に難しい顔をし出したシャルルを見て、隣りにいたミルが尋ねる。


「ああ、いや。王城で何かが起きたっぽくて。でも何が起きたのかが分かんないから――」


 もう少し何かを話そうとしていたシャルル。

 だがその瞬間、地面が大きく揺れ動く。


 いや、地面を揺らすかのような咆哮が、ここまで響いてくる。


「なっ……なんだ、アレは!?」


 突如として、巨大な怪物が姿を現した。

 数こそ少なく、それこそ十体程度ではあるのだが……それらが王都全域に分散して出現したのだ。


 シャルルはもちろん、他の人達からも遠目で見ることしかできない。

 しかしその全員が、怪物の恐ろしい気配を感じ取っていた。

 特に魔人族以外の人達は、数ヶ月前、蒼い炎を纏ったアルフを見た時と同じような、本能に訴える畏敬に似た感情が呼び起こされる。


「まさか……!」

「シャルルさん、あれ、古代魔法……です、よね……」


 だがシャルルは、ミルは、これまでにそういった存在と対峙していたが故に、すぐに理解した。

 アレは、古代魔法を発現し、そして古代魔法に飲み込まれ、恐るべき力を得た、元人間だと。


「おいシャルル! 今王都で何が起きている!?」

「さっきの紫の光! アレは何だったの?」


 そんな中、ガディウスとグローザが戦線を離脱し、シャルルの元へとやって来た。

 あの紫の光、そして身体に生じた異変。

 それらの原因を、シャルルなら探知できていると踏んでのことだろう。


「いや、待て……ん? とりあえず二人共、自分達をのステータスを確認してくれ。多分俺の予想だと……ステータスが、消えてるはずだ」

「あ? ステータスが消え……は? マジ? えっ、ちょっ、なんで消えてんの!?」

「まさかあの光のせい!?」

「多分そう。今気付いたけど、王都中の人達も、あの光を浴びて正気を取り戻したらしい。アルフの“状態異常無効化”と同じような効果があったのかもな、あれ」


 そうシャルルは考えていたが、それはそれとして、緊急事態ではあった。

 なぜなら、主力として前線を守っていた魔人族のステータスが、消えたのだから。


「いやいやいやそんなこと言ってる場合かよ!」

「私達が完全に無能になったら、この戦場は……」


 終わる、そうグローザが言おうとした時、彼ら目掛けて、十体以上のキメラが飛来し、襲い掛かる。


「おっ、おい! 敵だ! 死ぬ気でやるぞ!」


 そうしてキメラに向けて魔法を利用した遠距離攻撃を行う。

 しかしキメラは、肉体を完全に吹き飛ばすか、コアを破壊するか、そのどちらかを行わなければ殺せない。

 空飛ぶキメラの翼を焼こうが、斬り落とそうが、一瞬バランスを崩す程度で、すぐに再生してしまう。

 そうして、あの数秒でやられると、今この場にいる全員がそう思った時。


「ギャォォォォオオオオオ!!!!」


 彼らを、恐ろしいほどの暴風が襲う。


「まずっ……」


 ステータスがなくなった現状では、一瞬で吹き飛ばされてしまいそうなほどの風、むしろ衝撃波と言ってもいいかもしれない。

 シャルルは目を瞑りながらも、必死でそれらを打ち消し、後ろにいるミルを、魔人族達を守る。

 そして、風が収まったところで、ゆっくりと目を開ける。


「な、んだ、この……怪、物は……」


 そこにはキメラの姿はなかった。


 代わりに、全長五十メートルはありそうな、人型の巨大な怪物がいた。

 それは拳を突き出したかのような様子で、付近にいたキメラを、クローン兵を吹き飛ばされていた。

 おそらく先程まで迫っていたキメラは、その拳で吹き飛ばされた……もしかしたら、そのまま肉体まで消し飛んだのだろう。


 皮膚は剥け、肉は肥大化し、骨張った、その怪物は、真っ赤な目をシャルル達の方へ向けた。

 全員息を飲んで、身構える。


 しかしその怪物はシャルル達を数秒見ただけで、何もしなかった。

 むしろシャルル達に背を向け、構えを取るようなポーズをとる。


「敵、じゃないのか……?」


 直接攻撃はして来ない。

 先程の暴風とも言えないほどの恐ろしい衝撃波は、怪物のパンチの余波だと考えると、こちら側を害するつもりはないのかもしれない。

 そんなことを考えていると、


「ギャォォォォオオオオオ!!!!」


 再び、空気が震える。

 王城側から聞こえてきたのでそちらを向くと、そこには、


「怪物……」


 今ここにいる、巨大な怪物。

 それと全く同じ存在が、破壊された王城から現れる。


「王城で、何が起きているんだ……!?」


 音だけでは分からない何かが起きている。

 この状況も相まって、シャルルは恐怖を感じていた。




◆◇◆◇




 クロードは、助けた人に手を触れる。


「力を与える。これで一時的に、人を超えた力を手にするはずだ」


 ほとんどの人は、逃げてしまった。

 しかし四人だけは、逃げずに残ってくれた。

 その四人に、一人ずつ力を与えていく。


 クロードは、そっと額に手を当てる。

 淡い紫の光が手から放たれ、十秒ほどその人を照らした。

 そして、その人は、


「グ、ォォォオオオオオ!!」


 皮膚が、引き裂かれる。

 肉が肥大化し、骨が巨大化し、巨大化して巨大化して……天を突くほどの大きさの怪物と成った。


「……!」


 が、理性を失った様子は無い。

 怪物と成った人は驚いているようで、自らの肉体をまじまじと見ていた。


 だが、それはクロードも同じ。


「……この巨人とは、視覚が共有されるのか」


 自分の目から見える光景と、上空からの俯瞰したような光景、視界が二つある。

 そして後者は怪物……巨人の視界だと、クロードはすぐに理解した。


「あの敵のキメラやクローン兵が全ていなくなったら、元に戻すよ。力の使い方は、多分頭の中に入ってるはず。さぁ、戦えるか?」


 クロードが怪物に尋ねると、巨人は頷いた。


「そうか。なら……あそこだ。あの台地にいる奴らを守れ。必要ならそれを襲う敵を倒すんだ」


 その言葉を聞くと、巨人は街を破壊し、数歩で台地まで走り、そのままの勢いでパンチを放ってキメラを消し飛ばした。

 その余波が、クロードの方まで伝わってくる。


「おぉう……とんでもない強さだな……って、シャルルに、魔人族? 言動的に味方……っぽいけど」


 そして巨人との視界共有。

 魔人族の四天王や魔王の姿が見えたが、どうもシャルルやリリー、ダニエル、カーリー達と共闘している様子だ。


「……あの、私達は?」


 巨人の視界から情報を得ることに集中していたら、クロードに声がかけられた。

 そちらを向くと、残った三人が困惑した様子を見せていた。


「さっき見た通り、一時的に怪物と化す。もう一度聞くが、それでもいいか?」

「大丈夫です」

「はい!」

「そのことを分かって、志願したので」


 クロードはわずかに驚くが、嘴状のマスクの中で笑みを浮かべる。


「分かった。なら一人ずつ行くぞ」


 そうして、クロードは三人を巨人へと変えていく。

 最初の巨人とほぼ同じ姿と力を得て巨大化した三人は、クロードの前に並ぶ。


「さて、お前は台地の防衛だ。台地にいる人達は必ず守るように。そして残りの二人は――」


 その時、再び声が響く。


『どうやら、古代魔法を発現したみたいだな』


 再び聞こえてくるジェナの声。

 その声に言葉を返そうとしたクロードだったが、その前にジェナは続ける。


『貴様にもう一つ頼みがある。今、王都に古代魔法に飲み込まれた怪物が十体居るはずだ』

「は? 怪物?」

『奴等は謂わば、古代魔法を強制発現させた存在だ。故に暴走しているが……それでも、其処らのキメラやクローン兵とは格が違う』

「なんで、そんなことが……」

『何人かの中に存在する“枷”……理性を取っ払った。元はアインを油断させる為の保険だったが……すまない、処理を頼む。礼は後でする』


 言うだけ言って、ジェナの声は途切れた。

 目を細くして、クロードは明らかに不機嫌そうにため息を吐く。


「……チッ、分かったよ」


 だが、イラつくとは言っても、やらければ罪の無い市民が死ぬ。

 ジェナの話が本当なら、現れた怪物は、古代魔法を暴走させた元人間ということになる。

 そしてクロードは、そういった存在に一度殺されている。

 そんな危険な存在を、放置はできない。


 クロードは、残りの二人の巨人に向けて言う。


「お前達は、俺と一緒に怪物退治だ。なんでも十体の怪物がこの王都にいる……っと」


 怪物を倒しに行こうと、そう言おうとした時、クロードの後ろから、凄まじいプレッシャーを感じた。

 一瞬、肌を刺すような恐怖を感じてしまう。


「お前は……」


 振り返るとそこにいたのは、法衣姿の怪物だった。

 巨人ほどとは言わずとも、全長二十メートルくらいはありそうな大きさ。

 加えて、白に金色の刺繍がされた法衣とフード、その中に顔は、中身は、存在しない。

 加えて腕も無く、二つの杖が腕の代わりのように宙に浮いていた。


 そんな姿だというのに、クロードは、この怪物の元となった人間が誰なのかが分かった。


「アイゼンさん、そんな姿になったのか……」


 教皇で、色々とやってくれたアイゼン。

 彼が、理性を消し飛ばされ、古代魔法で暴走し、怪物と化した。

 でも、元が知っていた人だったとしても、殺さねばならない。


「すみません。市民のために、死んでください」


 そう言って、クロードは怪物に指を差す。


「さぁお前達、こいつを殺すぞ」


 その言葉と共に、二人の巨人は動き出した。

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