85 死と浄化を司る黒鳥
倉庫を出たクロード。
王となった彼ではあるが、今はそんな気配すら無い。
簡素な衣服を身に纏っただけで、他は武器すら何も持っていない。
「いたぞ! いたぞぉぉぉお!!」
「こっちだ! 殺せ、殺せェェえ!!」
どこからか、叫び声が聞こえてくる。
同時に聞こえてくる無数の足音、そうして現れたのは、血走った目をした二十人以上の人達。
騎士、使用人、教会の修道女など、その中には王宮で何度も見た人もいる。
その全員が、クロードを殺すために武器を握っている。
「こうして見ると異常だな」
性格は豹変し、穏やかな人も、冷静な人も全員、狂気的な目を向けてきている。
明らかにおかしい、異常だ。
「……治療を、始める」
クロードはそんな人達と向き合うことにした。
彼等の治療を行い、洗脳を解く方法を見つけ出すために。
「けど……」
しかし、今のこの広い場所は、色々と危険過ぎる。
今は倉庫を背にしているからマシだが、開けているため、それ以外の方向からは攻撃され放題だ。
「流石にここじゃダメだよなぁ」
クロードは高く跳び、倉庫の平たい屋根に乗ると、そこから前方に向けて大きく跳躍。
数十人の敵を飛び越して地面に着地すると、建物の中へ走っていく。
ある程度狭い場所であれば、相手の攻撃への対処 がしやすいと考えてのことだろう。
「チッ、追うぞ!」
洗脳された人達は、クロードの後を追う。
洗脳されて知能が低下したのか、あるいは別の要因なのか、クロードを追う人達の行動は明らかに単調になっている。
「追ってきてるな。というか、あまり思考ができてない? 搦手が全く無いし」
クロードも、それには何となく気づき始めていた。
それなりに長い時間逃げていたが、洗脳された人達は、周囲との連携はできておらず、我先にと自分を殺すために攻撃してくる。
その攻撃も、武器を使う騎士のような人についてはそこまで変化は無いが、魔法中心で戦うような人達は、殺傷力のある、強力な魔法しか使ってこない。
逆に言えば、直接的な殺傷力が低かったり、全く無い魔法は使ってくることはない。
故にクロードとしては、対応がしやすかった。
それこそ、こうして考察しながら走れるくらいには。
「しっかし、治療すると言ってもなぁ……普通の方法じゃ無理だろ。洗脳を、状態異常を消す……本当に、アルフの代わりをしなきゃなんないのか……」
洗脳を解除する方法は数少ない。
一応、精神操作系の魔法への対処法としては、光属性のとある回復魔法が有効ではある。
だが今回の洗脳は、おそらくアインが行っているもの。
アインが行った洗脳を普通の魔法で治せるとは、クロードは思えなかった。
それこそ、アルフの持つ“状態異常無効化”レベルでなければ、不可能だろう。
「でも、やらなきゃいけない。思考を巡らせろ……!」
それでも、クロードは諦めない、諦めるわけにはいかない。
自分がやらなければ、王都は終わる。
王として、それは何としてでも防ぎたかった。
そうして逃げ回って約十分。
洗脳された人を見て回ったら、クロードは色々と理解できてきたことがあった。
やはりと言うべきか、洗脳された人達は、クロードを追う時になると極端に思考が単調になる。
クロードを見つけるまでは協力して探している様子が確認できたが、見つけるとその協力体勢を全て無視し、とにかく自分の手で殺そうと動き出す。
だから連携は全くダメで、敵同士で足の引っ張り合いのようなことも、たまに起きていた。
追跡についても、ただ後ろから追いかけてくるだけで、先回りなどは全くしてこなかった。
攻撃方法や追跡方法についてもそうだ。
魔法攻撃が単調になっているとは言ったが、武器による攻撃もかなり単調になっているっぽいのが分かった。
魔法と比較すると分かりにくかったが、攻撃が明らかに、胸や頭部、首といった急所を狙うようになっていた。
逆に、直接命に大きく関わらない四肢は、一切狙ってこない。
「知能低下、じゃねぇよな。あいつらの様子からして、怒りや殺意で視野が極端に狭まってる感じか」
王城の屋根の上で、密かに息を整えているクロードは、地上で自分のことを探し回っている人達を見ながら考える。
おそらく、洗脳された人達は思考が操作され、自分に対する強烈な怒りや殺意が埋め込まれている。
クロードはそう考察した。
「俺の言葉……は多分無理だな。セシリア……は、多分追われてるだろうしダメ。というか普通の魔法で対処できるのか? マジでどうやれば――」
その時だった。
クロードの視界が反転する。
景色が回り、身体が宙に浮くような感覚に陥る。
「――え」
その時、王城の屋根の上に見えた、一人の少女。
真っ白の綺麗な髪に、整った顔立ちの、可愛らしい少女……一瞬で視界から外れてしまったが、ミルにそっくりな姿をしていた。
「さぁ、国の人々に殺されなさい、クロード」
「おまっ……!?」
そして、風の音に紛れて聞こえた声も、言葉遣い以外は本当にミルそっくりだった。
思わず手を伸ばそうとしたその時に、クロードはようやく気が付いた。
自分の身体が、地面に向けて落下し始めていることに。
「いたぞっ! 上だ! 上だ!」
「魔法だ! 撃てぇぇ!!」
魔法で吹き飛ばされたのか、蹴飛ばされたのか、そのせいで受け身がとれる状態ではなかった。
このまま地面に叩きつけられたら、死ぬ。
いやそれ以前に、したから聞こえてきた声、それからして、身体が地面に叩きつけられる前に、魔法で吹き飛ばされてしまうだろう。
「ッ……!」
身を凍らせる程の死の恐怖。
クロードを支配した恐ろしい恐怖に、脳は過去の記憶をフラッシュバックさせた。
◆◇◆◇
「薬学を教えてほしい?」
「ああ、教えてくれ。妹を……妹を救いたいんだ……!」
薬師を目指したのは、十三歳の頃。
病弱な妹の状態が、本格的に悪化し始めた時だった。
昔から病気がちだったが、その頃は特に酷く、まともに外を歩ける日もほとんどなかった。
でも、その時は本当に貧乏で、教会に連れて行くほどのお金も無かった。
もちろん薬を買うお金も無い。
どうするべきか。
そう考えた末に、俺はとある薬師の元へ行き、薬学を教えて欲しいと頼み込んだ。
一縷の望みを賭けてのことだった。
薬学は、一部のスキルを持つ人でなければ、全く理解出来ない学問。
当時十三歳の俺が、スキルを持っているわけがなく、もちろんその知識を理解できるわけもなかった。
そのことを分かっていても、一ミリの可能性でもあるのならと、俺は可能な限りのお金を持って頼み込んだのだ。
するとその薬師は、笑った。
「お金まで持ってくるとはなぁ……そこまでやるなら教えてやる。まぁスキルも持たないお前じゃあ、学んでも無意味だろうがな」
そうして、俺は薬学を教えてもらうこととなった。
が、その薬師の言う通り、全くの無意味だった。
スキルを持たない俺が薬学を理解できるわけがなく、意味の分からない知識が頭の中に積み重なっていくだけだった。
“薬師”の使える魔法も、一応教えてもらったが、当然使えるわけがない。
辛うじて分かるようになったのは、薬草の種類や効能についてくらいだ。
そうして無駄に時間を浪費している内に、妹は死んだ。
色々な薬草を採集してきて、すり潰して、適当に混ぜ合わせて自作の薬を作って飲ませたりもしたが、効くわけがなく……本当に、無意味だった。
とても悲しかった。
けど、何故か涙は出なかった。
叫ぶこともなく、ただひたすらに、自分の無力さに打ちひしがれていた。
それからしばらくして、十五歳になった日。
俺は、自分の脳内に蓄えられたバラバラの知識が繋がっていくのを感じながら目覚めた。
意味の分からない知識でしか無かった薬学が、急に理解できるようになったのだ。
さらには、あの薬師に教えてもらった魔法。
それが使えることにも気が付いた、気が付いてしまった。
ここで俺は確信したのだ。
俺は“薬師”のスキルを得たのだと。
この日、俺は一日中泣いた。
なんでなんだと。
いっそのこと、こんなスキルさえ得なければ、理解しなければ、こんなに悲しまずに済んだのに、と。
妹を治せる可能性があった薬が、スキルを得ただけで作れるようになったのだ。
その製法も、材料も、とても簡単なものだった。
なのに、なんで、作れなかったのだと、涙を流し続けた。
そして、俺は決心したのだ。
大切な人を失う苦しみ、それを他の人達には味わってほしくない。
だから、そういう人達を救える薬師になろうと。
当時、薬師という職は規制されていた。
隠れて活動していた薬師もいたが、当然かなり少なく、それ故に薬は貴重で、値段も非常に高かった。
だがそれでは、貧乏な人達に薬が行き渡らない。
貧困で苦しい生活をしている人達ほど、病気になりやすいのに。
だから、貧乏人からはお金をあまり取らないようにした。
苦しむ人を、悲しむ人を、薬による治療で減らしたかったから。
◆◇◆◇
全身が、燃え上がる。
皮膚が焼け、肉にまで熱が到達し、全身に激痛が走る。
「……ッ」
それでも俺は、手を伸ばす。
下から、俺を攻撃してきた人達に向けて。
このまま洗脳されたままなら問題無い。
けどもし洗脳が解かれたら、その時は確実に、絶対に、あの人達は絶望する。
自分の手で、国王を殺してしまったのだと。
「
あいつらを、救う。
ありとあらゆる病を、治療する。
そして、彼らを苦しみから、解放する。
◆◇◆◇
燃え上がるクロードの身体。
そこから、翼のような何かが生える。
同時に、炎の中でローブのような衣服も形成されていく。
「なっ、なんだ、アレは……!?」
そして、新たなる姿となったクロードは、炎を払い、漆黒の翼を羽ばたかせながら、地面へと降り立つ。
真っ黒な羽でできたローブに、カラスのような鋭く長いクチバシ型のマスクを付け、背からは大きな黒翼を生やした長身の男性。
目元以外は黒で覆われたその男……クロードは、そのクチバシ型の長いマスクの中で、口を開く。
「治療を、始める」
その言葉と同時に、翼が大きく広げられ、クロードの胸元に紫の光が集まる。
その輝きは一瞬にして解き放たれ、王都全域を照らした。
「……ある地域では、カラスは清らかな存在とされているらしい。高い知能があるから、医者とか薬師と連想されて、そうなったんだろうな」
ある地域では、カラスは邪悪を清める存在とされている。
それと同様に、クロードの放った光は、異常を消し去り、人々を清める効果がある。
そう、それこそ、ステータスの呪いが無くなるほどに。
アルフの“状態異常無効化”と完全に同じ効果を持つほどに。
王都全体を照らした紫の光。
それを浴びた全ての人のステータスは消え、洗脳は解かれた。
「なっ……え、お、俺は、何を……」
「ウソ、私、国王様を……!?」
「なんで、そんなことを……!?」
クロードの周りにいた人達も、突然洗脳が解かれたことで明らかに困惑している様子。
それどころか、国王であるクロードを攻撃していたことにパニックになったり、その場に崩れ落ちる人もいるほど。
クロードに起きた変化に、本能的に距離を取ろうと全員が動いている。
そんな彼らの間に、先程クロードを突き落としたであろう少女が現れる。
目の前で対峙すると、本当にミルと似ている。
けど、背丈が微妙に高い気がするし、顔立ちも少し大人びているように見える。
確実に、本物のミルではない。
「お前は……ミル、じゃないな」
「はい。私はアイン様の配下。古代魔法を解放した貴方を、抹消します」
さらにそこに、三人のクローン兵がやって来る。
彼女らも、ミルに似た容姿をしていた。
「あー……“レプリカ”のクローン兵か」
クロードは目の前のクローン兵のステータスを確認する。
===============================
体力:120579
筋力:112340
知力:147099
魔力:143208
敏捷:137410
耐性:129145
===============================
他の人達についても、今この場にいるクローン兵は全員このステータスだった。
はっきり言って、勝てる気がしない戦力差。
「でも何でだろうな……全員高いステータスなのに、負ける気がしない」
クロードの目は、笑っていた。
「さっきは、カラスは清らかな存在と言ったけど、それは一部地域の話だ。それとは別のある地域では……死をもたらす不吉な存在とも言われている」
クロードは翼を軽く羽ばたかせ、羽を自分の周りに舞わせながら、続ける。
「人々に害をもたらす奴等は、死を以て浄化――」
クロードに、落雷が落ちる。
氷に包まれる。
発火し、炎上し、爆発する。
ミルと似た姿のクローン兵達の攻撃が、クロードを襲う。
しかし、
「……やっぱり、大したことないな」
クロードには、何も効いていない。
氷も水滴も付いておらず、衣服や翼が焼けている気配すら無い。
完全なる無傷だった。
「魔法じゃ俺は倒せねぇよ。来いよ、お前ら全員同時に相手してやる――」
言葉の途中で、四人が一斉にクロードへ襲いかかる。
真正面から、横から、背後から、全方位から物理的に攻撃を仕掛ける。
全員、ほぼ同時にクロードの身体を掴みかかり、力を合わせて拘束しようとした。
ジュゥゥゥゥウウ……
しかし、クロードに触れたその瞬間、クローン兵達の身体は、衣服は、腐っていく。
そのスピードは尋常ではない……という次元を超え、触れた瞬間に全身の肉という肉が蒸発し、衣服は溶け、骨だけになってしまうほど。
腕に触れた、首に触れた、羽に触れた、それだけで、骨だけとなり、ガランガランと音を立て、バラバラになって崩れ落ちた。
「フッ……味方には治癒を、敵には死を。お前らは、俺に触れたら即死だ」
クロードは、触れたのが味方なら、その人のありとあらゆる傷や病を癒やすことができる。
それは、欠損すら元に戻したり、見えない目を見えるようにしたり、さらにはステータスですらをも消し去ることができるほどの強力な効果となっている。
また、この効果を受けた者は永続的に、アルフの“状態異常無効化”とほぼ同様の効果を得ることとなる。
加えて、自分自身を自動的に治療し続けているので、もし自身が何か怪我しても、一瞬で治ってしまう。
だが敵が触れてきた場合、傷や病が癒えることはなく、肉が腐り落ち、即死する。
舞う羽に触れても死ぬし、衣服に触れても死ぬ。
敵の魔法攻撃についても、翼や衣服に当たった瞬間に消滅し、ほぼ完全に無力化される。
唯一触れても問題無いのは、皮膚を露出している部分だけ。
そこに触れても肉が腐り落ちることは無いし、魔法攻撃もそこだけであれば効く。
が、髪の毛や眉毛、その他衣服といった黒に一ミリでも触れたら、一瞬で骨となり、死ぬ。
「さて、君達」
目下の敵を全て排除したクロードは、これまで襲ってきていた人達に声をかける。
「えっ……こ、国王様?」
「な、何でしょうか……」
残っているのは四人のみ。
他の人達は、恐怖か何かで逃げ出してしまったのだろう。
「少し、手伝ってほしい。この王都を救うために」
戦力は四人、しかし充分。
クロードはそう判断し、彼らにとある提案をした。
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