第八章 英雄に魅せられた者達の反逆

84 暴動

 アルフがジェナを倒しに向かってしはらくした後。


 依然として、王都は静まり返っていた。


「……なんだか凄く、静かですね」


 違和感というか、むしろ不気味さを感じるほど静まり返った王都に、ヴィヴィアンはついそう言ってしまう。

 彼女もこの王都には一回しか来たことは無いが、それでも異常だと分かるくらいには静かだったのだ。


「だな。周りから物音一つ聞こえねェ。……確かお前、シャルルだったか?」


 ガディウスもヴィヴィアンの意見に同意しつつ、シャルルにあることを尋ねた。


「うん?」

「聞いた話じゃあ、周りの音を聞き取れるんだってな? 実際どうなんだ? 大量の人死が出てたりとかはしないのか?」

「ちょっと待って……」


 シャルルは風を操り、周囲の音を聞き分けていく。

 ステータスは失ったが、スキル由来のこの魔法の技術は失われていない。

 王都全域に向けて微弱な風を発生させ、その反響から、周囲の様子を探る。


「一応、完全な無音では無いから、人は生きてるよ。けどほぼ全員、明らかに活動を停止しているというか……動きを止めているというか……」


 その結果として、王都の住人が全滅した、というわけではないことは分かった。

 だが、ほとんどの住民が、普段とは明らかに異なる様子を見せているらしい。


「音を聞く感じだと――」


 その時だった。


「ッ……!」


 王都中の微弱な音を聴き取っていたシャルルだけが、異変に気が付いた。

 王都中の、動きを止めていた住人が、一斉に動き出す、そんな音を聴いた。

 しかもその大半の人が、何らかの金属音を響かせて、何かを手に取っていた。

 恐らくは、金属製の……包丁、ナイフ、鈍器等だろう。

 それらの武器を取った理由は……


「まずい、何かが始まる……!」

「あ? 何か分かったのか?」

「あの音からして、包丁かナイフか……? 王都にいる住人がそれらを一斉に手に取った。多分、僕達を殺すために」


 洗脳されていない人達……つまりはカーリーやシャルルをはじめとした人達や、魔王であるヴィヴィアン、四天王の残り三人を殺すためだろう。


 そして、異変はもう一つ。


「そ、空が……!」


 ミルが、真っ先に気が付いた。

 全員がそちらを向くと、そこは、割れた空が現れていた。

 空間が裂け、夜空よりも黒い色が現れ、そこから豆粒のような何かが大量に飛び出してきている。


「待て、あれは……キメラと、クローン兵か?」


 遠目からだから分かりにくいが、そういった類のものに最も触れてきたダニエルが目を凝らしながら言う。

 そして数秒で、彼は確信する。


「……やっぱり! 早く戦闘準備を! あの空の奴等は敵だ!」


 それらがキメラとクローン兵で、自分達を殺しに来た刺客だと。

 おそらく、空間に穴を開けて出てきたことから、ジェナが密かに保有していたものだろうことは、この場にいる大体の人が察していた。

 魔王達を裏切り、アインを復活させ、そして今、この王都を滅ぼそうとしている。


「とりあえず……まずは陣地を作りましょう。この家を中心に地形を変えるので、揺れに気をつけて下さい」


 そこで真っ先に手を上げたのが、アブラムだった。

 元は魔王であるヴィヴィアンの護衛を勤めていた四天王の一人だ。

 それ故に戦場に出てきたことは一度もなく、人間側には一切の情報が無い、謎に包まれた人物だ。


「……確かアブラムだったか。そういえば、お前の情報は無かったな。何をするつもりだ?」


 カーリーが尋ねる。


「地形を変えるのです。まぁ見ていて下さい」


 そう答え、アブラムは地面に手を付ける。

 すると、大地が大きく揺れ始める。


「わっ!?」

「おっと……これは、本当に地形が……!」


 転びそうになるミルを支えるシャルル。

 そのシャルルが、地形が変わっていることに真っ先に気が付いた。


 アルフの家を中心に、地形が隆起し、大きな台地が形成される。

 それに対して周辺の土地は陥没し、下へ下へと沈んでいく。


「……これで充分でしょう。ここまで登ることのできるステータスを持つ人も、そう多くはない」

「ああ、なるほどな。洗脳された奴等を無力化したってことか」


 アルフの家を中心にできた台地。

 その周囲は、ちょっとした谷となっており、台地への道は急な崖となっている。

 そこを超えなければ、魔王や四天王、あとはシャルルやカーリー達の待つ場所にはたどり着けない。

 だが流石に、そんな人は滅多にいない。


 アブラムのスキルは、土属性魔法に特化したものとなっている。

 土属性魔法は、他の属性と比べると汎用的で扱いやすいものではないが、彼の場合、その練度を極限まで上げて、超広範囲の地形を操作出来るレベルにまで至った。

 特に今のような防衛戦においては、サポート面で無類の力を発揮する。

 一定以下のステータスや、特定のスキルを持たない兵を、完全に無力化できるのだから。


「私は要塞を作っていきます。他の方には、空からの敵の迎撃をお願いします」


 洗脳された王都の住民のほとんどを無力化することはできたが、強力な敵は残っている。

 飛行能力を有するキメラやクローン兵、それらは台地などお構い無しに、空から攻撃を仕掛けてくる。

 アブラムは他の人達に、空からの敵の迎撃をするように伝えた。




◆◇◆◇




 アブラムから敵の迎撃を頼まれたその時、


『ミルを守り抜いてみせろ。アルフに託されたのだろう?』

『王都を襲う敵を倒せ。アルフが居ない今、貴様が“最強”なのだから』


 不意に、シャルルとカーリーの脳内に、そんな言葉が響く。

 その声の主は、ジェナだ。


「うん?」

「あ?」


 二人は一気に警戒度を上げ、周囲を見渡す。

 が、当然と言うべきか、ジェナの姿は無い。


「あの、どうかしましたか?」


 明らかに雰囲気の変わった二人に、ヴィヴィアンが尋ねる。


「ジェナの声が聞こえた」

「ああ。敵を倒せとか何とか言ってたな」

「え? 僕にはミルを守れって言ってたけど?」

「え? えっ? でも、私には何も……ミルちゃんも、聞こえませんでしたよね?」


 どうやらヴィヴィアンには、ジェナの声は聞こえなかった様子。

 なので気になったのか、シャルルの近くで震えるミルにも尋ねてみるが、


「いえ、何も聞こえませんでした……」


 彼女にも、聞こえていなかったようだ。

 となると、恐らくはシャルルとカーリーの二人にのみ聞こえた声なのだろう。


「……ということは、お二人にだけ?」


 ジェナがわざわざそんなことをした理由は分からないが、裏切られた側であるヴィヴィアンとしては、警戒せざるを得なかった。


「とりあえず、聞こえてきた言葉は気にしないでください。今は、やるべきことに集中しましょう」

「そうだな。と言っても、聞こえた言葉通りの行動をすることになるだろうな」

「僕もだね。アルフには頼まれちゃったし」


 が、カーリーは最初から目の前の敵を倒すことに意識を向けていたし、シャルルはミルを任されていた。

 とりあえず今は、言葉は無視して、自分達のやるべきことに全力を注ぐことにした。




 しかし、全力は出せない。

 あの言葉は、二人の脳裏にこびり付き、無意識の中に広がっていくのであった。




◆◇◆◇




 そして、ジェナの声を聞いたのは、あの二人だけではない。

 アルフの家からかなり遠く離れた場所にある王城。


 そこにいる、国王となったクロードは、王城の使用人や騎士達に命を狙われ、必死で逃げ惑っていた。


「クソッ、何が起きてやがる!? あの声か? あの声が原因か!?」


 クロードは、アルフの“状態異常無効化”の影響下にある。

 一応、彼にもアインの声自体は聞こえていたが、それ故に洗脳されることはなかった。

 そのせいか、アインに洗脳された人達に狙われていたのだ。


「しかもあの空の奴等は……ハァ、ハァ……ジェナに魔法を教えてもらってなかったら五回は死んでた……」


 ステータスは無くなったが、国王になる前に、ジェナが魔法を教えてくれていたのが幸運だった。

 特に身体強化系の魔法がとても優秀で、それがあるだけで、高めのステータスを持つ騎士達からも逃げ切れていた。


 今はなんとか物置まで行って隠れ、息を整えていた。

 その時だった。


『クロード、無事か?』


 声が聞こえた。

 その声を、クロードは聞いたことがある。

 小声で、何も無い場所に声をかける。


「ッ、ジェナ……!」

『ああ、私だ。今はアルフと戦っているから、単刀直入に言う』

「えっ、なんで?」

『私の目的は、アインを殺す事。其の為に、私はアインを復活させた』

「……は? アインを、復活?」

『復活させた結果、四天王の他にも、アルフと敵対してしまった。其れが現在アルフと戦っている理由だ』


 あまりに突然の出来事と、嘘が本当かも分からない言葉に、クロードは困惑する。

 ただクロードは、アルフとは違い、ジェナ本人から事情を聞いた。

 そのため、ジェナに対する信用はそこまで失われることはなく、すぐに冷静になり、詳しいことを尋ねることができた。


「……事情は一応分かった。けど何でわざわざ俺に?」

『現状、私の話を信じてくれる人は貴様だけだった。他の者は、先に四天王の話を聞いているが故……』

「まぁ、偏見というか、細かい事情までは伝えられてないってことか。でも、何で封印を解いた? 殺すためには必要なことだったのか?」

『ああ。異次元に封印隔離されたアインへの干渉は、流石の私でも不可能でね。異次元空間への僅かな穴を開けるのが精一杯だ。だから殺すには、一度封印を壊す必要があった』

「それに伴う犠牲はどうするんだ? 多分かなり出るだろ?」

『減らす努力はしたが……少なくない数出るだろう。特に貴様の居る王都に……私はアインを油断させる為とはいえ、大量のキメラとクローン兵を解き放った』

「キメラと、クローン兵……確かアインコアを埋め込まれた……!」

『事実上の、アインの配下だ。恐らく其れが今、王都の空を埋め尽くしているのではないか?』

「そうか、さっき見たあの豆粒みたいな奴は……!」


 クロードは思い出す。

 突如として空が割れ、そこから大量の何かが飛び出してきたことが。

 それが、アインコアを埋め込まれた敵、キメラやクローン兵なのだろう。

 幸いなことに、その飛び出してきたモノの九割以上が、王城から離れた場所に急に現れた台地へと向かっていたので、王城にいるクロードは無事ではあった。

 だが、いつ王城へやって来るか分からないし、住人を殺戮し始める可能性すらある。


『さて、クロード。貴様に頼みがある。難しい事だろうが、聞いてくれ』

「ああ」

『……貴様の居る王都、そして其処に住む住人を、守ってくれ』

「俺が……王都を守る……?」


 ジェナに頼まれたのは、無理難題のような話だった。

 現状クロードにとっての敵は、あのキメラやクローン兵だけでなく、洗脳された王都の住人達全員だ。

 流石に敵が多過ぎて、王都を守るだなんて、それどころか生き残ることすら難しい状況なのだ。


『現在、アルフは王都に居ない。そしてシャルルやカーリーは、ステータスを失った。此の状況で、王都の中で最も強いのは……クロード、貴様なのだ』

「俺に、アルフの代わりをやれと?」

『ああ。やらなければ、人々は互いに殺し殺され、やがて王都は滅びる』

「でも、俺に英雄アルフの代わりなんか――」


 不可能だと、そう言おうとした時。


『貴様は薬師だろう?』


 ジェナは、そう言った。


『王になる前、貴様は薬師だった。薬を作り、病を治療していた。今から行う事も、其れと同じだろう?』

「同じ……?」

『人々の洗脳を解き、此の狂った世界に希望をもたらす……王であり、薬師でもあった貴様に、其れを頼みたい』


 人々の洗脳を解き、治療する。

 アルフの“状態異常無効化”と同じように。

 そうしなければ、人々は互いに殺し合うことになる。


 クロードは国王になってから短い。

 加えて何のしがらみも無い所から王になった上、アルフという見えない後ろ盾があったため、良い意味で自由に制度改革を行えた。

 それも、教会に薬師潰しを辞めさせたり、奴隷制を事実上の廃止にさせたりと、人々を守る方向のものばかり。

 私欲に走らず、そういったことができたのは、国王としての意識が、国を発展させようと、人々を守ろうとする意識が強かったからだ。


「……ああ、分かった」


 故にクロードは、ジェナの頼みを受け入れた。

 たとえ不可能に近くとも、国王として、薬師として、やるべきことがある。

 アルフがいない今、そして他の強者もステータスを失った今、動けるのは、自分だけなのだから。

 クロードは、決意を固めた。


『助かるよ。最後に一つ』


 ジェナは、クロードに向けてアドバイスをする。


『人は窮地にこそ、力を発揮する』

「……」

『だから、覚悟を決めろ、勇気を振り絞れ。恐怖に向き合い、未来を紡げ。私からは、これだけだ』


 それを最後に、ジェナの言葉は聞こえなくなった。


 にも関わらず、クロードの中では、ジェナの声が無限に聞こえてくるようだった。


「覚悟を決めろ、勇気を振り絞れ。恐怖に向き合い、未来を紡げ……」


 言葉を反芻する。

 そして、自分に与えられた役割を、使命を、口にする。


「この狂った世界を、人々を治療する。それが俺の使命……」


 自らの胸に手を当て、しゃがみ込み、何度も深呼吸をする。

 死地へ飛び込む、心の準備を行う。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


 そうして、彼はゆっくりと立ち上がり、今いる物置きの扉の前へ、ゆっくりと進む。


「何をすればいいか、全く分からない。けど、そういう時は、まずは……相手と向き合わないとな」


 人々患者と、向き合う。

 何とかして、活路を見出す。

 クロードは決意し、扉を開けた。

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