82 二千年の恨み

 四肢は何枚にも折りたたまれ、完全に再起不能にされたアルフ。

 その前にジェナがいるが、何故か彼女は、トドメを刺してくることはなかった。


「……なんで、トドメを刺さない」


 アルフは尋ねる。


「貴様は、此処で死んではならない。まだ、生きて貰わねばならない」


 尋ねてみると、どうやらまだ、殺すタイミングでは無いとのこと。

 少なくとも今は、殺すつもりは無さそうだということは分かったが、殺さない理由は何か、それは全く分からない。


 しかしどうしてもアルフには、ジェナがただアインを復活させたいだけだとは思えなかった。


「……お前は、アインを復活させたかったのか?」

「ああ」

「何で?」

「理由はまだ言えないな。まぁ、只の破滅主義者では無いとは言っておこう」


 少なくとも、ただアインの力で世界を壊したいとか、そういうわけではないらしい。

 もしそうだとしたら、アルフが魔王討伐部隊に加わった時、ジェナが直々に止めに来るわけがない。

 アインの力で世界を滅ぼしたいのなら、むしろ、わざとアルフを通し、ヴィンセントを殺させればよかったのだから。


「……おっと、移行は終わったようだ」

「は?」

「さぁアルフ、貴様等人間の崇める神、アインがやって来るぞ」

「なっ……!」


 無理矢理身体を上げて、目の前を、魔王城があったであろう方向を見る。


 すると、アルフの耳に、階段をゆっくりと上るような、そんな音が聞こえてくる。

 そしてついに、ジェナの作り出した領域内に、その姿を現す。


「……なっ、え?」


 その姿を見て、アルフは言葉を失った。


「兄、さん……?」


 そこにいたのは、アルフの兄、クリスハートだったのだから。

 これまでずっと見てきたのだ、見間違えるはずがない。

 絶対に、何があろうが、その姿は、クリスハートだった。


「ああ、



 だがその笑みは、ひどく邪悪な、歪んだものだった。

 人を見下し、冷笑する、不快になるような笑顔。


「フヒッ……ヒャッハッハッハッハッハッハ!! ついに、ついにボクは! 古代魔法を扱える肉体を手に入れた!」


 “ブレイヴ”と、クリスハートの姿をした何かは呟く。

 すると、古代魔法が強制発動させられる。

 ただしそれは、これまでクリスハートが扱っていたものではなく、彼の肉体の中にある、別の魂から呼び起こされる、完全なる別物。


 瘴気のような黒がクリスハートの肉体を纏い、頭には禍々しい装飾がされた黒の王冠が。

 衣服も、これまた禍々しい雰囲気の豪華なマントを羽織り、その下にも、まるで悪の王と言わんばかりの雰囲気の服を身に纏う。


「ッ、おっ、お前、は……!」


 アルフは震える。

 かつて、かなり前、夢で見た姿そっくりだったから。

 邪悪な王のような衣服を身に纏った存在。

 彼は、腕を大きく広げて、高笑を上げ叫ぶ。


「ボクの名は! この世界を支配する者、アイン! ついに、ついに! 全てを支配する力を手に入れた!」

「やっぱり……! 兄さんに、何を!?」

「あ?」


 ジーッと、クリスハートの姿をしたアインは、アルフの方を見つめる。


「凄いねぇ……お前を奴隷にした張本人のことを、まだ心配してんの?」

「……え?」

「だーかーらー! クリスハートが、お前を奴隷に落とした犯人なんだよ! この身体を手に入れた時に、昔のことは全て知ったから、これは確実だ。なぁジェナ?」

「そうだな」


 その言葉にアルフは、呆然と目の前を見つめるだけだった。

 まさか、あの兄が、クリスハートが犯人だなんて、思わなかった、予想すらしなかった。

 裏切られた気分だった。


「どうやらクリスハート、随分とお前を憎んでたみたいだなぁ。ま、そのおかげでこの身体が手に入ったわけだけど!」

「何を、どう、したんだ……?」

「簡単な話さ! なぁジェナ?」

「ああ。クリスハートに『アインの持つ無限のステータスを移す』と言って、騙した」

「そう! ステータスを移しながら! その裏でクリスハートの人格をボクの人格で上書きして! 新しい、古代魔法を使える肉体を手に入れた! それこそが、真の目的だ! いやぁ面白かったぜぇ! あんな簡単に騙されてくれるんだからさぁ!」

「お、お前……!」


 甲高い笑い声を上げるアイン。

 それほどまでに、この古代魔法を扱える姿が嬉しいのだろう。


「せっかくだ、見てみろ、ボクのステータスを! さぁ、ボクを“スキャン”してみろ!」


 アインに髪を捕まれながら、アルフは言われた通り、クリスハート……いや、アインに対して“スキャン”を利用し、ステータスを見た。




===============================


 体力:∞

 筋力:∞

 知力∶∞

 魔力:∞

 敏捷:∞

 耐性:∞


===============================




「む、げん……!?」


 そのステータスに、アルフは震えた。

 無限など、聞いたことがあるだけの数値だ。

 その値があれば、本当に何でも出来る、まさしく神の持つステータス。


「見たか! 見たな!? そう! ボクは無限のステータスを手に入れた! 前はあの忌まわしきロウェルに知力を奪われた……だが再び! ボクは神の力を取り戻した!」


 失われた“知力”のステータスすらをも、肉体を変えたことで再び手に入れた今、もはや自分には隙は無い。

 アインはそう、断言した。


「さて……せっかくだ。ジェナ、コイツの傷を治せ」

「傷を治す? 構わないが、一体何をするおつもりで?」

「別に大したことじゃない。古代魔法を試してみるだけだ。無限の知力のおかげで、何が起こるかは手に取るように分かるが……実際に、やってみたいじゃないか」


 つまりアインにとって、アルフとは活きのいいサンドバッグでしかない。

 古代魔法を試してみるための、ちょうどいい感じの相手、その程度なのだ。


 アルフの折れた手足は、抉れた腹は、吹き飛んだ右腕は、まるで時を巻き戻すかのようにして回復していく。

 そうして傷が完全に癒えた所で、アインは言う。


「さぁ“立て”」

「ッ!? か、身体、が……!?」


 その言葉だけで、脱力していた身体が勝手に動き出す。

 自分の身体のはずなのに、自分の身体じゃなくなったかのような、そんな違和感に、言葉に出来ない恐怖を感じた。


「さて、ここから戦闘だ。好きにしてみろ」


 その言葉と共に、アルフは解放される。

 身体の違和感は感じないし、ジェナによる速度の操作を受けている感じもない。


「……」


 アルフは、じっとクリスハート、その皮を被ったアインを見詰める。

 そして、手元に炎を出す。

 近接戦はあまりにも分が悪いと、アルフはそう判断した。


「殺す!」


 そして、矢のようにして炎を放つ。

 アインの寸前で破裂し、大爆発を起こす。

 アインが動いた様子は無かった、にも関わらず、


「止まって見えるなぁ……」


 半笑いの声が、後ろから聞こえてくる。

 剣を抜いて振り返り、そのまま斬撃を放とうとした瞬間、


「“武器を捨てろ”」


 アインの絶対的な言葉が、脳に響く。

 その言葉を認識した、理解したアルフは、自らの意思に反し、右手を開け、武器をその場に落とした。


「“そのまま土下座しろ”」


 そして次の言葉にも抗うことはできず、アルフはまるで許しを請うかのように、アインの方へ向き、膝をつき、額を地面に擦りつける。


「くっ、ソ……身体が、勝手に……!」


 アルフの意思とか精神力とか、そんなものは関係無い。

 アインの命令を聞き、理解した時点で、終わり。

 アインの命令を、必ず遂行してしまう。

 命令に逆らうことは、不可能。

 それが、アインの得た古代魔法。


「……お前は、無限のステータスの意味を知っているか?」

「なに、を……」

「無限のステータスは本当に凄くてねぇ……無限の知力があれば、過去現在未来全てを見通せる。無限の敏捷があれば、どこへでもワープできる。無限の魔力は言わずもがな、無限の体力と耐性があれば、どんな攻撃だって無力化できる!」


 アルフの頭を踏みつけるアイン。


「つまりお前は、どうあがいても勝てないってわけだ。別にボクが古代魔法を使わなくても、どうせお前は負ける。というか無限の魔力があれば、クリスハートとは違って、“ブレイヴ”も永続させれるしな」


 つまり、無限のステータスがある時点で、アルフの勝率はゼロなのだ。

 無限の知力で、アルフの思考は全て筒抜けに、無下の敏捷で、何処へでもワープ可能、無限の耐性と体力があれば、あらゆる攻撃を無傷で抑えられる。

 そして、無限の魔力があれば、本来なら反動が大きい“ブレイヴ”を、反動無しで永続的に扱える……つまり、古代魔法を永続使用可能。

 むしろこれで勝てと言う方が無茶というものだ。


「……まぁ、ある程度内容は理解したし、もういいや。ジェナ、コイツ殺してよ」

「構わない。しかし、アイン様が直々に殺すと思ったのだが……」

「最初はそう思ったんだけどねぇ」


 そう言ってアインは、アルフの目を見る。

 反抗的な、今にも噛みつきそうな獣のような、殺意の籠もった目だ。


「コイツの目を見ると、どうしてもロウェルがチラつくんだよ」

「……ロウェル?」

「忌々しい……ボクの知力のステータスを奪ったクソ野郎だ……まぁ、まさかコイツも同じことをしてくるとは思わないけど、念には念を入れて、な?」


 ロウェル。

 かつてアインと戦い、その最期に、アインの知力のステータスを奪った、まさしく英雄。

 そんな人物と似た気配、あるいは雰囲気を放つアルフを、放置することはできなかった。


 とはいえ、過去の経験から警戒しているのか、アインは自分で処分するのではなく、ジェナに処分させることにした。


「まぁ、私の方で殺しておこう」

「頼むよ。ボクはのんびり見とくからさ」


 そう言うと、アインはどこからともなく出現させた黒光りする玉座に腰掛け、悠然と二人の様子を眺める。


 その内の一人、ジェナは、アルフの前に立つと、しゃがみ込んで、口を開く。


「……殺す前に、少し話をしようじゃないか」

「は?」

「貴様との付き合いも、思った以上に長くなったからね。話したい事の一つや二つ、有るものだよ」


 本格的に関係ができたのは、アルフが奴隷になってから。

 しかしそれからは、なんだかんだでジェナには色々と助けられたりした。

 彼女としても、何か思う所もあるのだろう。


「……私は“次元魔法”を利用し、老化を極限まで遅くする事で、長い年月を生き続けてきた。貴様との出会いは、私の長い人生に彩りを与えてくれた」

「……それで?」

「彩りと云えば、ヴィンセントもそうだった。落ち着いている様に見えて、中々に子どもらしい所もあって、見ていて飽きなかった。それに、彼の“破壊”のスキルが、何よりも魅力的だった」


 今から殺すアルフのことを、そして殺したヴィンセントのことを、ジェナは思い返しているのか。

 何となくしみじみと感じに、彼女は続ける。


「あのスキルは本当に素晴らしい。物質を粉々にするだけでなく、概念ですらをも破壊する事が出来る。私の求めていたスキルの一つだった」

「はぁ……って、求めていた……?」

「さて、話は終わりだ。そろそろ終わらせよう」


 妙な言い方に違和感を覚えたアルフだったが、ジェナは話を終え、立ち上がる。


「此の領域内に居る者の時間は、私の掌の上。領域内に入ったが、逃げられると思うな」

「ま、まて……なっ……!」


 アルフは、目を丸くする。

 だがそれは、ジェナに対してではない。


「フッ……れ――」


 目を丸くしたアルフ。

 その顔を見ながら、ジェナは笑みを浮かべ、呼んだ。


「――ヴィンセント」


 目を丸くしたアルフ。

 その視線は、ジェナの、その後ろにある玉座に座るアイン……の、真後ろにいた一人の魔人族の男に向けられていた。


「ッ!」


 アルフの視線、そこから異変に気が付いたアイン。

 しかし、気付いた時にはもう遅い。

 ジェナの言葉が、アインの脳に響く。


「領域内に入ったが、逃げられると思うな」


 この言葉は、アルフではなく、アインに向けられていたものだった。


 無限のステータスを、無限の敏捷を持っていても、それを出力するのは、脳だ。

 思考速度を、領域効果で極限まで遅くさせられたアインに、背後からの不意打ちが回避できるはずがなく……


「破壊!」


 アインの背に当てられた、小さな手。

 そこから放たれる、軽い衝撃波。


 それは、概念すらを破壊する致命の一撃となる。


「グハッ……!?」


 軽く吹き飛ぶアイン、その目に映ったのは、


「なんで……なんでッ、お前が生きている!?」


 小柄な体躯に、綺麗な金髪、そして紫色の四本の短い角を生やした少年。


「ヴィンセント!」


 それはジェナが殺したはずの、封印の巫覡、ヴィンセント。

 即座に手を伸ばし、アインは彼を殺さんと動く。


 が、その時にはヴィンセントの姿は消え、ジェナの後ろにワープさせられていた。


「待て、何でお前がそいつを庇う、ジェナ……!」


 困惑した表情で、アインはジェナを見る。

 その身体はわずかに震えていた。


「……何故か? 私の味方だから、だが? 彼の“破壊”は、最重要要素だった。何せ――」


 そして、ジェナは震えるアインへ指を差す。


「お前のステータスを“無限”を破壊出来る数少ない能力だからね」

「は……?」


 目を丸くし、アインは自らのステータスを確認する。




===============================


 体力:5409326

 筋力:5097123

 知力∶4709931

 魔力:5980639

 敏捷:5214786

 耐性:5893264


===============================




 そこに、無限は無かった。

 無限は、“破壊”されていた。


「お前は私の事を信用し過ぎた。もし欠片でも疑って、真の正体を探っていたら……防げたと云うのにね」

「真の……ッ!?」


 ジェナの何でもなさそうな言葉。

 それを聞いたアインは、青ざめ、震え出す。


「そんな、まさか……お前、は……! 二千年も、生き続けてきたのかッ……!?」

「ああ、其の通りだ……お前を殺す、其の為だけに、二千年間生き続けた……! そして、準備を続けて来た……!」


 ジェナの髪から、色が抜けていく。

 まるでまやかしが、イミテーションが消えるかのように、その真の姿が露となる。


 黒い衣服を身に纏った黒髪の女性。

 黒髪は色が抜け落ち金髪へ、そして真っ黒な瞳は、色鮮やかな碧色へと変わっていく。

 その姿を、アルフは知っている。

 魔王城で一度、ヴィンセントに、写真を見せてもらっていたから。


「ジェーナス!!」

「ようやく気付いたか、アイン!」


 そこにいたのは、間違えようがない。

 二千年前に実在したという、三英雄の一人、ジェーナスだった。


「ついに、ついにだ……! 態態わざわざお前に協力までして、復活させ、油断させ……漸く、無限を破壊すると云う第一段階が完了した!」

「ハッ……確かに無限は破壊された。が、その程度で弱くなったと思うな――」

「いや、弱いさ」


 アインの思考が、行動が、極限まで減速させられていく。


「止まれ」


 そして、アルフ、ジェーナス、ヴィンセント視点から見て、アインは完全に静止した。

 それと同時に、領域はパリンと、音を立てて破壊される。


「さぁ、一旦退くぞ」


 ジェーナスの言葉と共に、アルフとヴィンセントはワープさせられ、その場から姿を消した。


 残ったのは、その場で立ち尽くすアイン一人だけであった。

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