幕間2 魔王城にて
大陸北部、魔人族の国タルタロス。
その王都の中心部に位置する、石造りの独特の威圧感を放つ巨大な城こそが、魔王城であった。
人間なら誰もが恐れる、魔王の住む城。
だが実際にそこに住んでいるのは、恐怖の象徴されるようなおぞましい存在ではなかった。
城の一階、食堂にて。
壁や食卓に設置された燭台が、部屋を暖かな光で照らしている。
大陸北部にある国なので、年中凍えるような寒さをしているが、暖炉のおかげで、中は過ごしやすい温度となっていた。
そこでは、おそらくは姉弟と思わしき小柄で金髪の魔人族が食事をとっていた。
どちらも見た目的には十二、三歳程度にしか見えないだろうが、長い年月を生きた、魔王と副王である。
二本の長い黒紫の角が生え、手入れされた長髪を持つ少女が、魔王ヴィヴィアン。
そして四本の短めの黒紫の角が生えており、少し長めの髪を後ろで結んでいる少年が、副王ヴィンセント。
「今日は静かね」
「でも仕方ないよ。ガディウスは人間と戦闘中で、グローザは休みだし」
「しかしこうも静かだと、普段の騒がしさが恋しくなってしまいますなぁ……」
今この城にいるのは、魔王と副王の二人と、その護衛をする四天王の一人であるアブラムという褐色肌の男性のみ。
「それで、今日の夕食は如何ですかな?」
「今日も美味しいわ。いつもありがとね、アブラム」
「いえ。これが私の使命ですので」
今日の夕食はステーキだ。
丁寧に下準備された肉は柔らかく、軽く噛むだけで旨みの詰まった肉汁が溢れ出てくる。
それに、かかっているオニオンソースが臭みを消し、良い感じに風味付けしてくれているため、とても食べやすいものとなっていた。
「……アブラムも食べないの?」
「いえ。他の方が返ってくるまで、待とうと思いまして。今は貴方方の護衛をしなければなりませんから」
「そう堅くならなくてもいいのに……ガディウスが討伐隊は足止めしてくれてるし」
「其の通りだよ、アブラム。貴様も少しは休みたまえ」
瞬間、そこにいる誰もが、ある一つの席に視線を向ける。
まさか戻ってくるとは思わなかった、とある人物が、魔王城へ戻ってきていた。
「久方振りだな。此処へ戻ってくるのも何ヶ月振りか……」
数ヶ月に一回くらいしか戻らないジェナが、久しぶりに帰還したのだ。
そして何事もなかったかのようにナイフとフォークを持ち、二人と混ざってステーキを食していた。
「ジェナ……もう、びっくりしたじゃない!」
「すまないな、良い調査結果が出てきたものでね。報告へ来た次第だ」
突然出てきたことに驚いたジェナに、ぷりぷりと怒っていたヴィヴィアンだったが、調査報告という言葉を聞いた瞬間、スッと静かになる。
「調査結果……何か良い情報が分かったのね?」
「ああ。取り敢えずこのノートを。これは、とある教会の研究所から見つけたものだ。……アブラム、読むといい」
「ハッ」
ジェナは食事中の二人に配慮して、アブラムへノートを渡す。
彼はパラパラとノートをめくっていき、流し読みしていく。
そうして一分程度で、簡単にではあるが全て読み切った。
「……どうだった、本の内容は?」
「簡単に説明しますと、複数の研究グループが、アイン教の内部で設立されているようですね。しかし、これはまた、どうして人間内でこのようなことが……」
「ちょっと見せて」
食事を中断し、ヴィヴィアンはノートを受け取るとそれを読み始める。
そうして読み進めていくと、途中で思わず「えっ」と声を出し、固まってしまった。
「えっ……アルフレッドを殺すための研究? なにそれ……」
「恨みであのような人を殺すなど、人間の考えることはよく分からない……。人間にとっては、彼は救世主のはずでは?」
「魔人族は、人間程の強い欲望を持てないようになっている。故に分からんだろうが……此れが人間というものだ。欲望の為なら、悪を為すことも厭わない人間も、一定数いる」
魔人族は長命であり、数日間何も食べなくても生きていけるくらいには、身体も丈夫である。
食事も水分補給も少なくて済むため、古来は生存のために食料をそこまで貪欲に求めなくても、割と普通に生きることができた。
そのためなのだろうが、魔人族は短期的な利益より長期的な利益を求める傾向が大きく、欲求に支配されないほどの忍耐強さを持っている。
故に分からないのだ、権力欲しさのためだけに、アルフレッドという最強の男を殺そうと企む人間の短慮さが。
「はぁ、人間の救世主を殺そうとするなんて……こんなクソみたいな奴ら、殺していいんじゃないの?」
その筆頭が、副王のヴィンセントだ。
彼は争いを好まず、平穏を求める。
故に、それを壊そうとしてくる人間のことは良く思っていないし、こんな欲望に塗れた人には死んでほしいと思っているのだ。
「ちょっとヴィンセント、殺すのは絶対ダメよ!」
「……分かってるって。でも、こういう人を人と思わないような奴を見ると、ムカつくんだよ」
「まぁ、副王様の気持ちも分からなくは無いですがね。見ていて不快になるのは、私も同じですから」
そして魔人族は、人間と比べても結束がかなり強い種族だ。
というのも、魔人族が住む大陸北部は非常に寒く、そこに住む魔物も、数少ない獲物を喰らうために強く進化した個体ばかりだからだ。
古来から仲間と協力して戦ってきた種族であり、独りになると死がほぼ確定するからこそ、結束を重んじる。
だからこそ、こうして同族同士の裏切りのような行為には、人一倍敏感なのである。
普段はほとんど表情を変えないジェナが、この内容にはわずかに眉をひそめていたことから、魔人族の気質はよく分かるだろう。
「そういえば、アルフレッドの現状はどんな感じなの? あの人がこっちに来たら、戦闘配置を変えなきゃいけないけど……」
「安心するといい。今後アルフレッドが討伐隊に入って此処へ来ることは、確実に無くなった」
「確実に? 何を根拠にそんな……」
「アルフレッドは、其の兄であるクリスハートの手により、奴隷に堕ちた」
このことが伝えられた瞬間、全員が絶句する。
人間の間では英雄と謳われるほどの存在が、まさか兄のせいで奴隷になってしまうなど、一体誰が考えるだろうか。
「奴隷、に……?」
「信じがたいことではあるが、事実だ。アルフレッドが『状態異常無効化』のスキルを得たのを好機と捉えたのだろう」
「……」
「……」
アルフレッドが戦場に出てくることがなくなったとはいえ、流石にこれは胸糞悪いと言わざるを得なかった。
一応、金に困って仕方無く身内を売るといった考え方は、聞いてて悲しくなるが理解はできる。
だが、別に金に困っているわけでもないのに、身内を売って奴隷にするなど、魔人族からしてみると理解すらできない、狂った行動なのだ。
誰もが何も言えなくなり、黙り込む。
ヴィヴィアンは青ざめ、ヴィンセントとアブラムの額には青筋が浮かび上がり、ジェナは無言で目を閉じている。
それぞれの態度は異なるが、共通してるのは、弟を売ったクリスハートに対して、不快感や殺意といったマイナスの感情を抱いているという点だろう。
「ただいま〜」
「おっす〜、討伐隊のやつら追い返してきたぞ〜って、お前らどうしたんだ?」
そこへ魔人族が二人、帰ってくる。
一人は青肌に赤い髪、額から伸びる角という、人間がイメージする魔人族そのままの姿をした男性。
もう一人は、コウモリのような翼を生やした、長い緑髪をした気怠げな女性。
四天王であるガディウスとグローザが、呑気な感じの雰囲気を出して帰ってきた。
「ちょっと二人とも! これ見てよこれ! とんでもないこと書いてたんだよ!?」
「あ? おいおいどうしたんだよ魔王様よぉ……って、ジェナさんが帰ってきてる!」
「ウソっ、三ヶ月ぶりくらい!?」
「久し振りだな。まぁ、読んでみるといい」
久々のジェナの帰還に驚きつつも、渡されたノートを開いて読み始める二人。
最初は普通の研究者の日記だと思って読んでいたが、今までの人達の反応と同じく、途中で固まってしまう。
「は……こいつらイカれてんじゃねぇの?」
「最強の人間を殺すって、何考えてんの?」
この二人からしてみても、書いてある内容に困惑していた。
「加えてもう一つ。アルフレッドは、兄のクリスハートの手により奴隷に堕ちた」
そこへ、ジェナが微笑を浮かべながら付け加える。
それを聞いたガディウスは、持っていたノートを落とし、呆然と立ち尽くす。
「ん? ちょっと? 大丈夫、息してる?」
「……ああ」
目の前で手をブンブン振りながらグローザが言うと、彼は反応した。
だが、流れるように後ろを向き、魔王城を出ていこうとする。
「ちょっとガディウス、どこ行くの?」
「……あの
尋ねても、それだけしか言わないし、足は止まらない。
「ちょっ、ちょっと! 流石に人を殺すのは――」
「ァア? あのクズ野郎を殺す邪魔をしようってのかテメェは!」
「うわっ!?」
そして、ブチギレる。
殺しを止めようとした、味方であるはずのグローザに向けて、本気の大火球を放つ。
が、ギリギリのところで風の魔法で相殺し、なんとか焼却は逃れることができた。
「オレはなァ……あのクズ野郎にムカついてんだ……! あんな胸糞悪ィことするヤツは、必ず! 爆ッ、殺――」
「させるかバカァ!!」
「ぐおっ……じゃあ最初にテメェをぶっ潰してやるよ! 止めれるもんなら止めてみやがれや!」
そして、大喧嘩が始まる。
それだけでなく、喧嘩を止めようとヴィンセントまで参戦してしまい、対処ができない始末。
魔王城はとてつもなく頑丈な造りをしているので、四天王同士の喧嘩が起きても、そう簡単に崩れることはない。
だが家具とかは普通に壊れまくるので、早めに何とかしなけれなならない。
「ちょっと二人とも! もうっ、ジェナ……っていない!?」
魔王のヴィヴィアンであっても止められそうにないほどの大喧嘩なので、この中で一番強いジェナへ止めるように頼もうとした。
が、その時にはジェナはもういない。
今までステーキを食べていたはずなのに、そのプレートやフォークやナイフすらもが無くなっていた。
代わりに、
『私は止めない』
とだけ書かれた紙が残されていた。
「なんでよぉぉぉぉぉおお!!」
魔王は絶叫する。
「ちょっとアブラム! 止めるの手伝って!」
「勿論です!」
結局、この大喧嘩を止めるのに三十分かかるのであった。
◆◇◆◇
城が大きく揺れる。
そんな中、ジェナは一人で魔王城の地下へと降りていく。
閉じられた扉を開けて、開けて、開けて……結界に阻まれたら魔法を使い、結界には触れることなく、強引に内部へ侵入し……そして最奥へたどり着く。
「久し振りだな」
そこには、恐ろしく巨大な何かがあった。
元々は人間なのだろう。
だがその身体の大半は機械で補強され、複数の人間の臓器が移植されている。
特に脳については、百個以上がその機体の中に組み込まれており、そこから体表にある目に神経が繋がっているのが見える。
そんな異形の存在が、部屋全体から伸びる鎖によって、拘束されていた。
ジェナは段差に腰掛けると“スキャン”を行い、目の前の異形のステータスを見る。
===============================
体力:∞
筋力:∞
邪悪な知力は消滅した。報復を受ける時だ。
魔力:∞
敏捷:∞
耐性:∞
===============================
そして、この異形の存在のステータスは、アルフレッドを超える異常だった。
何らかの影響で、知力のステータスだけ消えてはいるものの、それ以外の数値は、全てが無限を示していた。
そして、ただ見ただけでは分からないが、このステータスにだけは、魔法を封じる効果は無い。
なぜならこの異形の存在は、ステータスという概念を生み出した張本人なのだから。
そう、目の前にいるのは、ほぼなんでもできる神のような生物――アイン――だった。
「あいつ等は人々の犠牲を減らすため、アインを封印を存続させ続けると云っているが……」
魔王も副王も四天王の皆も、その全員の目的は“アインの封印を維持し続けること”である。
唯一、ジェナを除いて。
彼女の目的は、魔王達とは確実に相容れないものだ。
「私は、あいつ等とは違う。目的の為であれば、如何なる犠牲も厭わない」
ジェナはアインへ向けて言うが、一切の反応を見せない。
魔王による特殊な結界が、アインの世界へ対する干渉を防いでいる。
そしてその逆も、同じように防ぐ。
故に、ジェナの言葉がアインに聞こえることはない。
「だが、まだ、その時じゃない。少なくともアルフの古代魔法が完全なものになるまでは、待たなければな」
ジェナは立ち上がる。
「さて、動こうか。やらねばならないことは多い」
そう言って、ジェナはその場から消えていなくなった。
それを感知する者は、感知できる者は、誰一人としていない。
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