17 予想外の報酬

 ログレスから帰還したアルフ達は、色々と荷物を置いたり着替えたりした後に、クロード行きつけの店で遅めの昼食をとっていた。

 時間的にピークを過ぎているのと、隠れた穴場的な場所だからなのか、客は少ないどころか、アルフ達だけだった。


「あ~、生き返るわ~……」


 今までの張り詰めた空気から開放され、クロードは甘いお酒を勢い良く飲んでいく。

 他の人達は飲めないが、その分料理をどんどん注文し、今までのストレス発散に精一杯食べている。


「つーかリリー、どんだけ食うんだよお前……」

ひひゃいやふぉいひいほへおいしいので……!」


 その中でも特に狂っていたのが、この中で最年少のリリーだった。

 彼女はその小さな身体には似合わないような恐ろしい量の料理を、口の中へと放り込んでいく。

 どうやら彼女は、あの地下から出たことがなかったらしく、こうして食事を食べることすらもが初めてなのだという。

 だからこそ、初めて出会った美味しいものを、たくさん味わおうとしているのだろう。

 とはいえ、残りの四人の食べた量と同等の量を食べているとなると、流石に狂っていると言わざるを得ない。


「それでさぁアルフ、あの腕の防具ってどうやって作り出したの?」

「あ、私も気になりました。どうやったら、あんな風になれるんですの?」


 そうして食事を楽しんでいると、ふとこうして、先程の話が出てくる。

 色々と衝撃的なことを教えられたり、知ったりしたので、どうしても先程のジェナに教えられた話に関することが話題になることが多かった。


「ああ……こいつのこと?」


 アルフは何も無い場所から、腕の防具を出現させる。

 それこそ、まるで最近の彼が使う三種の武器と同じように。


「正直よく分からないんだよなぁ。何でこいつが出てきたのか」

「ふぅん……じゃ、試しに俺が付けてみてもいい? 何か分かるかもしれないし」

「まぁ別にいいけど……何が起きるか分かんないから、気をつけろよ」


 そう言うと、アルフは防具を外し、クロードに渡す。

 そうして防具を受け取って手に持つと、彼は目を丸くし、その場で固まってしまう。


「どうした?」


 アルフが声をかけると、クロードはハッと正気へと戻り、防具を見る。


「……ヤバいな、これ。お前の想いというかなんというか、そういうのが詰め込まれてる。少し持っただけで、飲み込まれそうになった」

「え? 俺は何も感じなかったけど……」

「そりゃあ、自分が作り出したモノなんだし当然じゃねぇの?」

「そっか……そうか、そういうものか」


 そう言いながら、クロードは防具を返却する。

 防具はアルフの手に渡ると、一瞬でどこかへと消えていった。


「でも、今俺の使ってる大剣とかと似た性質だな。というか飲み込まれるって……」


 そんなクロードの様子を見て、アルフはボソリと呟く。

 こういった性質を見ていると、アルフは今使っている大剣や、ジェナから受け取った黒剣やレイピアを思い出す。

 というのも、意識したら出現させることができるという点が非常に似通っているためだ。

 また、触れると自分が飲み込まれそうになる、という性質も全く同じ。

 となると、今使っている武器三種も、古代魔法によって生成されたものではないか、と思ってしまう。


 そんな考えは飲み込み、アルフは話へと入っていく。


「……ただ、不思議なもんだな。ステータスが呪いだとはねぇ。魔法を封じてるってのは、ガチで本当っぽいし」

「そう、ですわね。魔人族の言葉でも、流石にあそこまで根拠を出されたら……」

「嘘だとは言えないよなぁ」


 ジェナの言ったことはすべて嘘だと、そう断言することはできなかった。

 もちろんアインの真の目的など、信じられないこともいくつかあるが、少なくともステータスや魔法についての話は、アルフの実演も合わさり、事実だも思わざるを得ないものだった。


「なぁアルフ。実際、ステータスを消したら強さ的にはどうなるんだ? 魔法の封印が消えるといっても、今までのステータスは消えるし」

「そこは人によるんじゃない? 俺みたいに、元が高いステータスの人にはデメリットでしかないけど、低い人にはメリットでしかない。教会を抜きにして考えれば、足枷が無くなるようなものだしね」

「あっそっかぁ……教会がある以上、ステータスを消すのもあまり良い手とは言えないな」


 クロードが色々と考えて唸っていると、リリーが尋ねてくる。


「もしかしてクロードさんは、ステータスを消してもらいたいと思っているんですか?」

「えっ? ああ、まぁ……俺のステータスは敏捷が高いけど、他はそこまでだからな。スキルもアレだから、決定力に欠けるし。だからステータス消してもらった方が強くなるんじゃね? って思って」

「いや、やめといた方がいい。クロードの場合は、ステータス消失が強みの消失になる。高い敏捷で素早く動いて毒を盛るってのが戦闘スタイルな以上、あんまりオススメはできないと思う」

「そうか……」


 そう簡単なことじゃねぇかとぼやきながら、クロードはため息を吐いた。

 どうやら、最近は冒険者としてはあまり上手く行っていないらしい。

 毒を使い始めてからは、かなりのスピードでランクが上がっていったみたいだが、四級ともなると、流石にこれ以上はキツいらしい。


「まぁ今回の依頼が達成できれば、しばらくの間は何もしなくても生活できるくらいの金になる。今日くらいゆっくり楽しもうぜ〜」


 そうして一時間くらい、アルフ達はのんびり昼食を楽しむのであった。




◆◇◆◇




 そして翌日。


 アルフはクロードと共に、依頼者であるデニス・アルベルトの邸宅へと向かっていた。


「そういえば、お前も元々はここら辺に住んでたんだよな?」

「まぁ、元は騎士だったしね」

「ん~……羨ましい」


 現在二人がいるのは、王都の中でも高級住宅地が立ち並ぶ西区だ。

 この辺りは、金持ちの屋敷が多く立ち並んでおり、加えて騎士の家も多いのもあり、治安が非常にいい。

 少しだけ哀れみや侮蔑に似た視線は感じるものの、他の地区のように、変なことをされることはない。


「この辺りに住んでたってことは、アルベルト家についても知ってたりするか?」

「ある程度は。元は商人の家だったけど、最近は不動産業を中心に行っていたはず」

「やっぱり知ってるのか」

「まぁこの辺りでも特に上手くいってる大商人の家だし……ほら、他の家と比べたら分かるでしょ?」

「……でけぇな」


 たどり着いた場所には、周りと比べてもかなり広い敷地に、大きな屋敷が建っている。

 屋敷の門の前に立つと、傍らに立つ兵がアルフ達に声をかける。


「何の御用でしょうか」


 丁寧な物腰で尋ねてくる兵に、クロードも丁寧に返す。


「私は、デニスさんから依頼を受けたクロードというものです。今回は、その件でこちらへ伺いました」

「なるほど、貴方達が……主から話は聞いております。どうぞ中へお入りください」


 彼はそう言うとあっさりと門を開き、二人を敷地内に招き入れる。

 とはいえ、庭がかなり広いため、屋敷まではそれなりに距離がある。

 まっすぐ庭を進み、両開きの扉の前に立つと、クロードはベルを鳴らす。


 しばらくして屋敷の扉が開くと、初老の執事が出てきた。

 クロードが軽く事情を説明すると、執事は「お待ちしておりました」と丁寧に頭を下げる。

 そして彼の先導で、二人は客間へと向かった。


 屋敷へ入り、廊下を右へ曲がってすぐの所にある客間に、二人は通された。

 アルフは椅子に腰掛けると、あの懐かしいふかふかな感触が返ってきて、昔を思い出してしまう。


「どうしたんだアルフ? そんな変な顔して」

「いや、この感触……懐かしくてさ」

「昔を思い出したってことか」

「実際はたったの二週間前なんだけどね。でも、そんな気はしないんだよなぁ」

「ああ。俺ももう数ヶ月経ったかのような感覚だわ」


 それから使用人が持ってきた紅茶と焼き菓子をつまみながら、昔の話を色々としながら、デニスが来るのを待ち続けた。

 それで結局、来たのは十分ほど経った後だった。

 わすがに額に汗が滲んでおり、彼が相当多忙な身であることが想像できる。

 おそらく、今も急いで仕事を切り上げてやって来たのだろう。


「お待たせしました。今回は二人なのですか?」

「ええ。今回は依頼の話だけですので」

「そうですか。あの二人にも、今度礼を言いに行かなくてはいけませんね」


 ハンカチで軽く額の汗を拭くと、デニスは向かいの椅子に座った。

 そして待ちきれないと言った様子で、クロードへ問いかける。


「それで、薬の方は……?」

「ええ、完成しました。こちらを」


 そう言って、赤褐色の液体の入ったビンと、小さなカップのようなものをテーブルに出す。


「朝食後と夕食後に、このカップ一杯分を飲むようにしてください。それで良くなるはずです」

「そうですか……! ありがとうございますっ! これで、これで妻を救うことができます……!」


 よほど嬉しかったのか、デニスの目の端には涙が浮かんでいる。

 勢いよく立ち上がると、彼は何度も何度も、二人へ頭を下げ、感謝を伝える。

 興奮がおさまったところで、デニスはゆっくりと椅子に座り直し、息を吐く。


「さて、報酬についてなのですが……事前の話通りでよろしいですか?」

「ええ、問題ありません」


 そうしてテーブルへ出されたのは、数枚の書類と鍵だった。


「ではまずこちらから。東区の土地と住宅の権利書となります。そしてこちらは、家の鍵ですね」

「ありがとうございます。ということでアルフ、これはお前への報酬」

「えっ?」


 軽く頭を下げて、土地と住宅の所有権という大きな報酬を受け取ったクロードは、流れるようにそれをアルフへ渡した。

 流石にこれには、アルフも戸惑いを隠せずにいた。


「いや、え? 何で、俺に?」

「正直、お前がいなかったら俺達は確実に死んでたし、これくらい貰えるくらいの働きはしてたよ。だから別に問題無い」

「それでもこれは流石に……」

「あとはまぁ……お前らに家を出てってもらわないと、家が狭いんだよ。あそこで応接やら薬の調合やらをやんなきゃいけないし、寝床も必要だし。ぶっちゃけ三人も一緒に暮らすとやりにくいからさ。受け取ってくれ」


 トントンと、にこやかな笑みで背中をたたくクロード。

 流石にここまで言いくるめられたら、アルフも黙って縦に頷くことしかできなかった。


「……すみませんね、見苦しい所をお見せして」

「いえいえ、構いませんよ。それであとは、こちらをがお金での報酬となります」


 そう言って、麻袋を渡されるクロード。

 中身を確認して、硬貨の枚数を数えて金額を確認すると、大きく頷いた。


「確認しました」


 そう言うと、クロードは立ち上がり、礼をする。


「奥様の病気が快方へ向かうことを願っています。それでは、失礼します」


 それに倣ってアルフも一礼し、邸宅を去っていった。




◆◇◆◇




「……ここ、だな」

「はい。ここですね……」


 翌日、半ば強引に追い出されたアルフとリリーは、王都の東側の区画にある一軒家の前に立っていた。

 ちなみにミルはというと、治療のために、もう一週間ほどクロードの家で寝泊まりするとのことだ。


 そして肝心の家はというと、普通に三人から四人くらいは暮らせそうな、そこそこの大きさの一軒家だった。

 冒険者ギルドがある影響で様々な人が集まる王都の東区は、他と比べて治安が悪いのだが、ここは東区の中でも端の方にある、言ってしまえばマシな場所だった。

 冒険者として暮らしていくのなら、ここ以上にうってつけの場所はなかった。


「というかリリー、俺についてきてよかったのか?」

「はい。ずっとあそこにいても、クロードさんの仕事の邪魔になりそうなので……それに、忙しそうですし」

「まぁそれもそうか」


 そんな風に喋りながら、家の扉に鍵を差し込み、開ける。

 ゆっくりと扉を開くと、外の空気が家に入っていき、床に薄く積もった埃が舞う。

 予想していたほど酷い状況ではないものの、家全体にホコリが積もっているとなると、丸一日は掃除に費やさなければならないだろう。


「おおぅ……予想よりはマシとはいえ、けっこう掃除が必要そうだな」

「そうですね……一緒に頑張りましょう! そして何よりも……」

「パパを探す、だっけ?」

「はい。あのノートに書いてあったことが本当なら、王都やその近くに、パパはいるはず……!」


 アルフとリリーと、それと今はいないがミル。

 色々と訳ありな三人だが、アルフとミルは平穏な生活を手にするために、そしてリリーはパパと再会するために、これからも奮闘していくのであった。

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