第三章 嫉妬と執着
18 見違えるほどの変化
新たな家に住み始めて五日。
アルフはなんだかんだで、リリーとの暮らしにも慣れ始めてきた。
特殊な生まれであるリリーは、その影響なのか、まだ七歳か八歳程度にしか見えないが、見た目以上に大人びており、頭も良い。
唯一、社会常識は欠落しているものの、それを理解してからは、何かがあったらアルフに逐一聞くようにしているようで、特に問題は起きていない。
そんなリリーを連れて、アルフは買い出しに出ていた。
アルフに奴隷の刻印が無ければ、歳の離れた兄妹のように見えることだろう。
「アルフさん、荷物持ちましょうか?」
「や、これくらい大丈夫。それよりもリリーは、お父さんを探した方がいいんじゃない?」
「……そうですね!」
現在は、食材の買い出し中。
ついでに、リリーの言う“パパ”という人物を探すために注意して歩いていく。
一応、リリーに似顔絵は書いてもらったのだが、かなり上手に描かれており、特徴は分かりやすかった。
癖の少ない黒髪で、眼鏡をかけており、目元には濃い隈ができているというのが、分かりやすい特徴だろう。
とはいえ、あまり成果は出ていないのだが。
王都全域を探して回ったというわけではなく、アルフ達がよく行く中央部や東区くらいしか見ていないが、聞き込みでも情報は出てこない。
だからこうして、出かけるときはリリーを連れてって、周りに注意するように言っているのだ。
今日も朝の割と早い時間だというのに、人がそこそこ多い。
真っ昼間と比べるとかなり少なくはあるが、特に王都の中央区と東区の境にある露店通りについては、朝は特に賑やかである。
家からかなり近い場所にあるので、アルフ達は基本、そこでの買い物をして一日が始まる。
今日もリリーは、道を行き交う人達の顔を見上げて“パパ”を探している。
「おはようございます」
「おう! いつもありがとな!」
毎日通っているので、店の人には顔を覚えられてしまっている。
だが邪険にされることはあまりなく、むしろこうしてフランクに接してくれるくらいだ。
「今日の良い肉とかあります?」
「今日はいつもと変わりないなぁ。まぁその中だと、俺的には水鶏の胸肉とかか?」
「じゃあそれで。あー……いつも通り三人分」
「ほいっ、今日はちょっとサービスしとくよ〜!」
さらに気前の良い店主の場合は、こうしておまけしてくれることもある。
リリーを連れているというのも、少なからず影響があるのだろうが、貰えるものは貰っとくという考えで、会計をしたら軽く礼を言って去っていく。
「いや〜、東区に近いけど、案外良い場所だよここは」
「他の場所では、こういうのは少ないんですか?」
「俺の知る限りだと少ないなぁ。中央に行くと
「じゃあここの店はそうじゃないの?」
「ああ。でも別に悪い意味じゃあなくてさ。良い意味でアバウトなんだ。だから気分でまけてくれたりする店がそこそこある。それが俺達からするとありがたいんだよねぇ」
当然ながら、こういう店にはそれなりに当たり外れがある。
外れの店に関しては、ぼったぐりで、強引に商品を売りつけてくる場合もあり、気をつけなければならない。
ちゃんとしていないが故に、こういった当たり外れが出てくるが、その分当たりは、普通のちゃんとした店で買うより割安になったりするのだ。
そうして一日分の食料を買い終えると、二人は一旦家へ戻ろうと歩を進める。
「……持ちましょうか?」
「ごめんね、少しだけ頼むよ」
流石に一日分の荷物を両手に持つのは中々にキツイものがある。
アルフは比較的軽い袋をリリーに渡し、協力して持って帰ることに。
家も露店通りからかなり近く、あまり治安の良くない東区の中でも入口の安全な場所にあるので、あまり周囲に気をつけなくても、問題なく家までたどり着けた。
だが、その時だった。
――やっ、やめてください!
「っ!」
「……どうかしましたか?」
「いや……ミルの、声がした……」
家の東方面から、ミルの声がした……気がした。
とはいえ、ミルの姿は見えないし、聞こえたのもさっきの一節だけ。
普通なら気のせいだと、無視してしまうところだ。
「……リリー、荷物を家に詰め込んどいて。俺はちょっと言ってくる」
「は、はい!」
だがその声がミルのようなものだったからなのだろうか、不安に思ってしまう。
アルフは荷物を家の前に置くと、右腕に防具を出現させ、風を残して走っていった。
「どこだ……どこにいる……!」
人を避けて走るのが面倒に感じ始め、アルフは途中で建物の屋根へ登る。
一飛びで屋根まで跳び、空を駆け抜ける。
――助けてっ、たすけてご主人様!
日もある程度登り始めて、人の数も増え、探すのも難しくなっている。
声だけはわずかに聞こえてくるが、それがまた焦りを生んでいく。
だが、見つけた。
アルフが、自分が買ってあげた服を忘れているはずがなかった。
白黒のドレスのようなメイド服を着た銀髪の少女が、おそらくは冒険者と思わしき男二人に捕まっていた。
「ミル……!」
通りへ降りると、膝を曲げ、ミルへ向けて全力で走り抜ける。
するとアルフを中心に炎が舞い上がり、同時に熱風が吹き荒れる。
銀髪の少女、ミルの所までたどり着くと、男達の手をはたき落とした。
「あ……? なんだお前、俺らはそこの娘に用があるんだ、さっさとどけ」
「そういうわけには。この子、連れなので」
「あー、はっはっは……でも奴隷なら……潰すか」
男の一人が、流れるように腰から剣を抜き、アルフへ向けて振るう。
咄嗟に飛び退くが、剣と共に放たれた鋭い
「おっ……こいつ普通の奴隷じゃねぇ。本気でやるぞ」
「ああ、二人相手に勝てると思うなよ!」
そう言って男達は、アルフへ襲いかかる。
普通なら、こういう街での喧嘩は誰かが止めようと応援を呼ぶことが多いが、奴隷であるアルフが相手なので、応援を呼ぶ人はいない。
アルフは敵の強さを分析するために“スキャン”を使ってステータスを確認する。
===============================
体力:3217
筋力:3549
知力:1255
魔力∶1570
敏捷:5091
耐性:967
===============================
===============================
体力:4016
筋力:3059
知力:4806
魔力:1077
敏捷:4093
耐性:1250
===============================
「つっよ……!」
二人の剣を受け止めながら、アルフは呟く。
ログレスの教会で出会ったあの化物と同等の速度であり、さらに剣の技量もある。
ステータス的には、三級か二級相当の冒険者の可能性がある。
本気を出さなければ逃げ切れないと即座に判断したアルフは、大きく地を踏む。
ドンッ!
そんな音と共に炎が燃え上がり、アルフを中心に地面を覆い尽くす。
そして黒剣を出現させて握ると、その黒の刀身は赤熱化し、赤い輝きを放つ。
これには男達も警戒し、アルフから大きく距離を取る。
が、いつでも攻撃できるようにと考えてか、炎の領域からは出ないという判断を下した。
「焼き斬れ」
アルフは斬り上げるかのように剣を振る。
当然ながら、剣が男達に届くはずがない。
そう、届くはずがない、そのはずなのに。
「なにっ……剣が!?」
「ぐぅぅ……熱ッ!」
その代わりと言わんばかりに、地面の炎は舞い上がり、鋭い斬撃となって襲いかかる。
炎の領域内で、アルフの炎熱の攻撃を回避するのは至難の技。
その熱は肉を焼き斬り、剣を断つ。
カランと、相手の剣の刀身が落ちると、それはドロドロに溶けていき、
「おいっ、逃げるぞ! こいつはやべぇ!」
「ぐぅぅ……クソっ、ああわかったよ!」
完全な初見殺し、それに見事に嵌まった二人は、歯を食いしばって悔しい思いや苛立ちを抑えながら、撤退していった。
しばらくは剣を構えてい警戒していたアルフだったが、周囲を見渡し、敵がいなさそうなのを確認すると、剣をしまい、炎を消す。
そうして落ち着ける状況になると、アルフは膝を少し曲げて、ミルの目線に合わせる。
紫色の肌は顔や手には見当たらず、腕の包帯は取れていることから、おそらく完治したのだろうと分かる。
今までは変色した皮膚が作り出す不気味な雰囲気で隠れていたが、こうして見ると、とてつもない美少女である。
おそらくセシリアが色々してくれたのだろう、今までのくすんだ銀髪は艶が出て整っている。
さらに、栄養不足故に血色の悪かった肌は、今や白磁のような透き通る白肌となっていた。
そして顔立ちも、今まではあまり目立たなかったが、青く澄んだ瞳と、スッと通った鼻梁に桃色の唇、それらが完璧に並んでいるという、非の打ち所が無いものだった。
今のミルは、誰だろうが美少女と答えるような、そんな子へと変貌していた。
この見違えるほどの大きな変化に、思わずアルフは見惚れてしまうが、すぐに声をかける。
「……ミル、大丈夫だったか?」
「はい……すみませんご主人様、また助けていただいて……」
自分なんてと言いたげな表情で落ち込むミル。
自分なんて価値がないと、そう思うからこそ、このような罪悪感が生まれるのだろう。
「いいんだよそれくらい。それよりも、ミルが無事でよかった」
「で、でも……」
「俺が助けたくて助けたんだ。ミルが気に病む必要は無いよ」
そう言って、アルフはミルの頭を撫でる。
今までと同じく、自分の価値なんて分からないので、少々困惑したような表情をしているミル。
だがその頬はわずかに、ほんの少しだけ紅潮していた。
「さ、帰るぞ。家の場所は分かるか?」
「はい。クロードさんに教えてもらったので、一応は」
「そっか。じゃあ行こうか」
そうして、今度は二度とこういうことが起きないようにと、二人は手を繋いで家へ帰るのであった。
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