80 ああ、ボクの封印を解いた恩人よ。ボクを殺そうとする愚か者に、生を後悔させるほどの苦痛を与えるがいい。
ミルの涙が止まったくらいに、アルフの方も完全に落ち着いたらしく、不快な幻覚による身体の不調も治っていた。
「アルフさんも、ある程度落ち着いてきたみたいですね」
「ああ、まぁ……吐き気も無くなってきましたし、とりあえず何とか。というか」
アルフは、べったりくっつくミルの頭を撫でながらも、リリーに尋ねる。
「……本当に、外には誰もいなかったのか?」
外から音はほとんど聞こえてこない。
人の出す生活音すら途切れ、ほぼ完全な無音と化している。
聞こえてくるのは、風が吹く音くらい。
人の気配は無いが、姿を隠し、奇襲の機会を伺っているだけなのではないか。
アルフは、アインは魔法による洗脳が得意だと、少し前にヴィヴィアンから聞いている。
故に、奇襲のような姑息な手を使ってくる可能性が高いと踏んでいた。
「え? いや、本当に誰もいなかったはず……見てきますか?」
「まぁ、実際に見た方が安心できるか。ミルは……」
「……!」
アルフ達の会話を聞いたからなのか、今までべったりくっついていたミルは、さらに腕に力を入れる。
離れたくない、という意思の現れだろう。
実際にミルの顔を見てみると、今にも涙がこぼれ落ちてしまいそうな、悲しそうな、あるいはとても不安そうな表情をしていた。
「……離れるのも、今のミルにとってはダメか」
今の精神状態のミルだと、離れるのはむしろ悪手、彼女を苦しませる結果となるのは目に見えている。
故に、
「ちょっと外見てくる。ミルもおいで」
「う、うん……」
「けど、何があるか分からない。気をつけてね」
「分かりました……」
ミルも連れて、外に出てみることにした。
玄関へ向かい、扉を開けて、外を慎重に確認する。
特に何も無い。
少し外へ出て、確認してみるが、確かにリリーの言う通り、人は全く出歩いていないし、人の出す物音も一切聞こえてこない。
それと、今外に出て気付いたことではあるが、先程まで王都の空に浮かんでいた魔法陣が消えていた。
おそらく、すでに何らかの役割を果たしたためだろう。
「……ご主人様?」
警戒して周囲を見渡していたアルフに、ミルが声をかける。
「ん、ああ。とりあえず、この辺は安全――」
その時、アルフの頭部向けて何か巨大なモノが振り下ろされる。
「ハァッ!」
「――っ!?」
反射で、自由な右腕を上げ、頭を守る。
同時に、恐ろしいほどの膂力、それにより放たれる衝撃が、アルフの腕だけにとどまらず、ミルをも襲う。
「がぁっ……!?」
「やあっ!!」
後方に吹き飛ばされつつも、アルフはミルを掴みながら受け身を取る。
そして、肉が裂け骨が砕け、文字通り皮一枚で繋がっている腕と、そんな風にした犯人を見る。
そこにいたのは、目を真っ赤に充血させ、殺意の感情を爆発させたカーリーだった。
「アルフレッド……!」
だが依然として、周囲は静まり返っている。
「洗脳……!」
とにかく、カーリーが洗脳されていることは理解できた。
アルフは左手で千切れかけの右腕を支えると、その傷口を中心に炎が発生する。
古代魔法による炎により、たったの数秒で、右腕は完全に修復される。
そうして万全になったアルフは、ため息をつく。
「あまりやりたくなかったけど、仕方無い」
領域が形成される。
街は赤く染まり、空も朝焼けのような赤い空へ。
「は……?」
そして、カーリーは思わず声を上げ、驚く。
光すらをも超える、刹那の間に行われたワープで、アルフはカーリーを手元へ移動させると、彼女に触れて“状態異常無効化”を発動させる。
しかし流石はカーリーと言うべきか、それとほぼ同時に、彼女の大剣も振り下ろされる……が、それはアルフに当たる寸前の所で止まった。
「……え?」
洗脳は、ギリギリの所で解かれた。
「え、いや、まて……私は、洗脳されてた……?」
「よかった、正気に戻ったんですね……」
「……ああ、まぁ」
洗脳されていたとはいえ、アルフに対して殺意を抱き、攻撃をしていたという事実、それを覚えていたためか、カーリーはバツが悪そうにそう言った。
◆◇◆◇
アルフとミル、ダニエルとリリー、そこにさらにカーリーも合わさり、もう一度情報を共有した。
「洗脳してきたのは間違いなくアインだ。これは確実」
「やっぱり……!」
「アルフがいなかったら、あのまま殺してたかもしれない……本当に助かった」
「いえいえ。でも“状態異常無効化”を使ったんで……」
「ああ……ステータスは消えたな」
カーリーは、自分に対して“スキャン”を利用し、ステータスを確認しようとする。
しかし、見れなかった。
というより、今はもう存在しないから、見れるはずがなかった。
カーリーは“状態異常無効化”により、状態異常の一つであるステータスが消えてしまったのだ。
あの、彼女の強さの全てだった高いステータスが消え、ほぼ無力と化した……というわけではない。
「けどまぁ、アルフの話だと、これで私のスキルがようやく活きるようになるんだろ?」
「多分、ですけどね」
カーリーのスキルは“身体強化”。
文字通り、肉体を強化するスキルではあるのだが、ステータスがある人が持っていた場合、ステータスの効果が優先されてスキルの効果が発動しないため、完全に無意味なスキルと言われていた。
しかしスキルがなくなった今、このスキルは、価値を発揮するようになった。
「まぁ全盛期ほどの力は出せないだろうが、それなりには戦える。心配するな」
そんな話をしていると、どこからか声が聞こえてくる。
『なんか面白い話してるねぇ?』
シャルルの声だ。
どこにいるか分からないが、どこかから彼らの話を聞いているらしい。
『アルフ、君に会いたいって人達がいたから、その人達連れて向かうよ』
その声を最後に声が途切れる。
それから二分ほどすると、シャルルが建物を伝ってやって来て、五人の元へと降り立つ。
「っと、王都の外にいたから遅くなっちゃったか」
「じゃあ洗脳は……されてない、ってことでいいのか?」
「ん? 洗脳? まぁ多分されてないよ。それで、珍しい人達ってのが……」
シャルルに遅れて、四人が降り立つ。
それは、ここにいるはずのない人達であった。
「えっ……魔王と、四天王……なんでここに!?」
それは、魔王ヴィヴィアンと、ジェナを除く四天王の三人だった。
四人とも無傷ではあるが、精神的に動揺しているのか、明らかに余裕が無さそうな感じである。
そしてアルフはもう一つ、違和感に気が付く。
「いや待て、確かアインは、ヴィヴィアンさんが死なないと復活しないはず……なのになんで……!?」
「違うんです! アレはウソで! 私は封印の巫女じゃないんです! 本当の巫女……いや巫覡のヴィンセントは、ジェナに……!」
「……は?」
ヴィヴィアンは、封印の巫女ではなかった。
彼女が巫女であるという情報は、本物であるヴィンセントを守るためのフェイクだったのだ。
だからこそ、本物であるヴィンセントに最高戦力であるジェナの護衛を付けていたわけだ。
だがそんなことよりも、ジェナがヴィンセントを殺したことが……つまりはジェナが裏切り者であったことが、アルフには信じられなかった。
「いや、待て。ジェナが裏切り者? じゃあ今までは何で……」
「何でアルフさんの足止めをしていたのか、それは分からないけど……とにかく! このままだと世界が終わる! 今すぐジェナを倒し、て、アインを殺さない、と……」
最初は強かったヴィヴィアンの口調も、ジェナを倒すという言葉が出た途端に、一気に弱くなってしまう。
それは、今まで仲間だった人を殺さないといけないからじゃない。
本当に、彼女を殺せるのか、殺す方法があるのか、そう思えてしまうほどに強いからである。
「あの、アルフさん。どうかお願いです」
少なくとも魔人族の中に、ジェナを倒せる人はいない。
いや、魔人族全員で戦おうが、ジェナは勝てないどころか、一瞬で蹴散らされ、敗北すると予想できる。
人間でも同様で、そこらにいる人では、どれだけ束になろうが勝つことは不可能だろう。
唯一勝てるとすれば、特に強力な古代魔法を扱うことができるアルフくらいだろう。
少なくともヴィヴィアンは、そして今ここにいる四天王達三人は、そう考えていた。
そして、ヴィヴィアンはアルフに向けて頭を下げる。
「どうかジェナを止めて、世界を救ってください。お願いします……!」
唯一、世界を救うことができる可能性があるとすれば、それはアルフだけ。
ヴィヴィアンは願う、世界が救われることを。
「顔を上げてください」
アルフはヴィヴィアンに、優しく声をかける。
そして彼女が体勢を戻したのを確認すると、彼女を見て続ける。
「……そんなもの、誰に言われなくてもやります。多分今、アイツに勝てる可能性が一番高いのは俺だから」
おそらく今、ジェナを除いて最も強いのはアルフだ。
つまり、相性差を抜きにして考えれば、ジェナとの戦闘で最も勝率が高いのもアルフと言える。
「ただ、流石にアイツとの戦闘にミルは……」
しかし、相手は強い。
少なくとも、これまでに戦ってきた相手の中では一番強いと予想される。
アルフ目線では、数ヶ月前に戦った巨大キメラなんて足元にも及ばないほどの敵、それがジェナだ。
不安で震えているミルではあるが、流石に彼女を連れて行くことは、できない。
「……だ、大丈夫、です!」
苦肉の想いで置いていくことを伝えようと決意するのとほぼ同時に、ミルは声を上げる。
そして、アルフから少しだけ離れる。
「私は、大丈夫……です。だから、ご主人様……」
声が震えている。
身体が震えている。
怖いのは、苦しいのは、誰の目から見ても明らかだ。
それでも彼女は、アルフのことを想って、アルフのために、自ら決断した。
「がっ……頑張ってください……!」
「……分かった」
改めてアルフは、勇気を振り絞ったミルの頭を撫でる。
そして今度はシャルルに向けて、
「じゃあシャルル。ちょっとの間、ミルを頼む」
ミルを守るように頼んだ。
何があっても、基本的には一箇所に留まることができるし、遠距離から敵を狙い撃つこともできる。
もちろん近接も強いし、何より王都全体をカバーできるほどの凄まじい探知能力がある。
戦闘における苦手分野も少ないこともあり、彼が誰かを守るという意味では最適だろうと、アルフはそう考えた。
「ん? 僕でいいのかい?」
「能力的に、一番守るのに適してると思って。あと、割と信頼できる」
「なるほどねぇ……ま、何とかするよ。あ、それと……」
シャルルはあることを思い付き、アルフに頼み事をする。
「さっきカーリーにやってたみたいに、僕にも“状態異常無効化”かけてよ。僕が洗脳されたら、流石に危ないでしょ?」
「あー……多分大丈夫だと思うけど、そう言うなら掛けとくよ」
“状態異常無効化”は、アルフとしてはあまり使いたくないものだ。
特にシャルルのような高いステータスを持つ人の場合、単純に大幅な弱体化になってしまう。
だが、自分から言ってくるのならと、アルフはシャルルに対して“状態異常無効化”をかけた。
これでシャルルはステータスを失い、あらゆる状態異常への耐性を手にした。
「さて、俺は行く。確か魔王城は北だったっけ?」
「はい、魔人族領は北です! そこからは……すみませんが、そちらで探していただけると……」
「いえヴィヴィアンさん、充分です。それでは、行ってきます」
そうしてアルフは、古代魔法により武装を顕現させ、わずかな炎を巻き上げ、姿を消した。
◆◇◆◇
地面を蹴って、空気を蹴って、空気を蹴って、空を跳び。
跳んで跳んで跳んで、寒空の中を突き進む。
全力で駆け出し三十分、ようやくアルフの視界に、魔王城が見えてきた。
そして魔王城の門前に降り立つ。
「……待っていたよ、アルフ」
ジェナは最初から予知していたかのように、そこで待ち構えていた。
彼女が立つ場所から半径五十メートルは、まるで決戦場のように、雪は溶け、大地が剥き出しになっている。
「何も言わなくて良い。私を殺しに来たのだろう?」
ジェナは不敵な笑みを浮かべる。
「残念ながら、今の貴様では私を倒せない。幾ら古代魔法が強かろうと、身体能力、技術、魔法……私は全てに於いて、貴様を上回る」
「……そう言われるとムカつくなぁ」
ジェナの大口に対してそう呟きながら、アルフは領域を形成する。
どんよりとした暗い空は赤くなり、何も無い魔王城周辺が、一瞬にして巨大な街へと塗り替わる。
「無意味だ」
しかしそれは、一秒も保たずに砕け散る。
「……は?」
ジェナは結界術に秀でているのは知っている。
だが、それにしても、ここまで一瞬で破壊されるとは、アルフは思わなかった。
「私のスキル“次元魔法”は、時間と空間を操作する魔法を扱えるようになる。空間……そう、結界術に於いて最も重要な物を、自由に操る事が出来る」
「チッ……」
「覚えておけ。私の前では、領域は一切の意味を成さない」
空間を実質支配しているジェナがいるこの場所では、アルフは領域を形成できない。
それにより、自分にとって有利な環境形成、それによる相手への必中魔法攻撃、領域の利点全てが封じ込められた。
「それでも、貴様は戦うのか?」
「ああ」
「そうか……なら私も、貴様を完膚無きまで叩き潰そうではないか」
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