41 脱出

 血煙が漂い、灰が舞い上がるセレイド。

 とても騒がしかった数分前とは打って変わって、周囲は静寂に包まれていた。


「……これで、敵は全て死んだな」


 周囲を見渡し、掠れ気味の低い声で言うカーリー。

 アルフも同じように周りを確認し、耳をすませるが、聞こえてくるのは炎の音と時折吹く風の音くらい。

 何らかの生き物の悲鳴や鳴き声は、少なくともアルフの耳には入ってこなかった。


「うん。これで多分、敵はいなくなった」


 アルフが一息つくと同時に、王国のような世界は消え去り、元の崩壊した村の景色へと戻る。


 カーリーから見ると、彼は明らかに昔よりは弱くなっている。

 だが同時に、昔とは異なる異質で不可解な強さを手にしていた。

 そして何より、その右目の下に刻まれた奴隷の刻印が、彼女の目を惹いて仕方がなかった。


 アルフが王都を去ってからの数ヶ月の間に何が起きたのか、カーリーは尋ねようとする。


「……アルフレッド、お前に聞きたい」

「もしかして、これのこと?」


 だが聞きたいことはアルフも予想がついていたのか、右目の下に刻まれた奴隷の刻印を撫でながら言う。


「ああ。王都を出てから、お前の身に一体何が起きた?」

「うん? いや、王都は出てませんよ? 気づいたら奴隷商の所にいて、奴隷になってたって感じです」

「は?」

「細かい話は歩きながらしましょう。ミル達と早めに合流しないと」


 ここから先の話は、先に村から出た四人を追いながら話すこととなった。




◆◇◆◇




 村を出て、深い林へと入る。

 植物が生い茂り、視界がかなり悪いが、なだらかで坂がほぼ無いのは本当に不幸中の幸いだ。


「……スキャン」


 歩きながら、アルフはカーリーのステータスを改めて確認する。




===============================


 体力:30412

 筋力:51079

 知力:1423

 魔力:1065

 敏捷:52803

 耐性:968


===============================




 その数値を見て、アルフは頷いた。

 ちゃんと、自分の知っているカーリーと同じステータスだ、と。


「うん、流石に偽物じゃないですよね」

「……あの戦いを見て、まだ偽物とでも思っていたのか?」

「いえ、あの戦闘の時点で本物だと思ってましたよ? だってキメラを魔法を使わずに消し飛ばせるの、現状ではあなたしかいませんし。まぁ、ステータスを見たのは念のためです」

「そうか」


 キメラを殺す方法は二つ。


 第一に、キメラの体内からアインコアを取り出す。

 そうすることで、コアを通してアインから供給されていたエネルギーが欠乏し、生命を維持できなくなるからだ。

 様々な魔物を組み合わせられ、改造させられた魔物に生命を与え、動かすには、どうしてもアインの力が必要となるのだ。

 それがなくなると死ぬのは、考えれば当然のことだ。


 そして二つ目は、キメラの肉体を消し飛ばすこと。

 キメラは、というかコアを埋め込まれた生物については、基本的に非常に高い再生能力を有している。

 それこそ、肉体を切断したとしても生き続け、再生してしまうほどに。


 だがそれも、肉体が無ければ意味が無い。

 どれだけアインの力が素晴らしくても、無から肉を再生させることはできない。

 つまりキメラの肉体を消し飛ばすほどの衝撃を放つことができれば、あるいは一瞬で燃やし尽くすなどができれば、キメラは倒せるのだ。


 とはいえ、そんなことができる人間など滅多にいない。

 燃やし尽くす方法ならともかくとして、純粋なパワーでゴリ押ししてキメラを倒すことができる人は、アルフの知る中ではカーリーしかいなかった。

 いや、カーリーほどのステータスを持つ人でもないと、近接戦で倒し切るのは不可能なのだ。


「それで、こっちの話だが……アルフレッド、何があったんだ? どうして、奴隷なんかになっている?」


 それはそれとして、カーリーはずっと聞きたかった。

 アルフの右目の下にある、奴隷の刻印のことを。

 そして、彼の身に一体何が起きたのかを。


「俺にも分かりません。寝て起きたら奴隷商と所にいたから、情報はほとんどなくて……」


 だが、アルフにも理由は分からないし、犯人が誰かも分からなかった。

 そもそも、情報がゼロに近い。

 一応、騎士団時代の友人であるノアの話から、犯人は家の誰かであることは予想できるが、逆に言うとそれしか分からない。


「……寝て起きたら、か。そう言うってことは、家で寝て、起きたら知らない場所にいたってことか?」

「そんな感じです。ちょっと前に、偶然ノアと会ったんですけど、あいつの話からして、多分犯人は家の誰かでしょうね」


 そのことを、アルフは包み隠さずカーリーに話した。

 黙々と静かに話を聞いていたカーリーだったが、全ての情報を聞き終えると、


「……クソが胸糞むなくそわりぃ」


 そう、吐き捨てた。


「こっちでも犯人は探してみる。こんなふざけたことをするクズは、必ずブッ潰す……!」

「すみません、色々と」

「勘違いするな、お前のためにやるわけじゃない。ただ私が不快に感じたから調べるだけだ」

「……そうですか。一応同じ件で、ノアが色々調べてくれているみたいなので、協力してみてはどうでしょう?」

「なるほど。なら帰ったら話を聞いてみようか」


 そんな話をしながら、二人は景色の変わらない林を歩いていく。

 先に行ったであろう四人の痕跡は見つかることはなく、耳を澄ませながら歩いているが、何も聞こえてこない。


 十分ほどそうして歩いていると、アルフは明らかに高い頻度で周囲を見渡すようになってきた。

 周囲から見ると、どう見ても挙動不審としか思えない、そんな様子だ。


「おいアルフレッド。少しは落ち着け」


 流石に見苦しいというか、鬱陶しく感じてきたカーリーが軽く注意するが、


「い、いえ……落ち着いてます」


 アルフには自覚が無いのか、そう言った。

 無自覚の人にこれ以上言うのもあまり意味が無いということで、カーリーは具体的なことを言うだけで終わった。


「……なら、落ち着きなくキョロキョロするのをやめろ」


 おそらくは、ミルが無事かどうかがかなり心配なのだろう、表情には出さないように心がけているようだが、態度にはかなり出てしまっている。


「……変わったな」


 ボソリと、カーリーは呟く。


 ステータスがあった頃と今とでは、アルフの性格も態度も、戦闘スタイルも、多くのものが変わっていた。

 高いステータスを活かした力押しの戦闘スタイルは、ステータスを失ったことで、技量と特殊な魔法を活かしたスタイルへと変わった。

 これまでは高いステータスの影響で感情の起伏はほとんど見られなかったが、ステータスを失ったことで、人間らしい感情が表出するようになった。

 細めに引き締まった身体はあまり変わらないが、以前と比べると少し筋肉がついた……ように見えなくもない。


 今もこうして、アルフは仲間のことを心配して、ソワソワしている。

 心配しているからこそ挙動不審になっていたのだろうが、今までそんなことは一度もなかった。

 いや、昔も人を心配するときは心配していたのだろう。

 ただ、今のように表情や態度には一切出なかっただけで。


「人ってこんなに変わるもんなんだな」

「うん?」

「ああいや、なんでもない」


 カーリーは鼻から大きく息を吐き、口をつぐんで前へと進む。


 そんな時だった。


「見つけた」


 わずかに髪を揺らす風と共に、シャルルの声が二人の耳の中へと入っていく。


「ちょっと待ってて、すぐにそっちへ向かう」


 またしても柔らかな風が吹くと、言葉が耳に入ってきて聞こえてくる。

 おそらくは魔法で、遠くから風の魔法を利用して声の音を送ってきているのだろう。


「シャルルか」

「うん、来たよ。二人とも無事みたいだね?」

「はやっ!?」


 まだ声が聞こえてから数秒しか経っていないにも関わらず、シャルルは木の太めの枝に腰掛けた状態で現れた。

 アルフは一瞬驚いたが、すぐに落ち着き、周囲を確かめる。

 だが付近にはミルやリリー、ダニエルの姿は見えない。


 その様子を見て、アルフの心中を察したシャルルは、すぐに彼に必要な言葉を出した。


「アルフ、心配しないで。追手は全部撒けた……というか、リリーが殺したからさ」

「リリーが?」

「うん。肉に覆われた森みたいなのを作り出して操ってたように聞こえたから……多分アルフと同じ、古代魔法を使えるようになったんだと思う。正直アレは、僕よりも強いかもね」

「リリーが、古代魔法を……? いや、父親への想いで、って感じなのか?」

「詳しくは僕も知らないしなんとも。とりあえず行こう。ミルがやらたと心配してるからさ」


 そうして、シャルルの後ろをついていく。

 そしてついにアルフ達は、林から出て細道へと出ることができた。


「っ、ご主人様!」


 アルフが林から出てくるやいなや、それを見つけたミルが飛び込んでくる。


「ご主人様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

「ハハハ、大丈夫だよミル。そっちも……怪我はなさそうでよかった」


 ミルの安全が確認できたからだろうか。

 アルフがホッと息をつくのと同時に、古代魔法によって作られた装備は煙になるようにして消える。

 アルフはそんなこと気にせず、胸に抱きついてくるミルを片手で抱きしめ、頭を撫でて宥めるのであった。


「さてと……じゃあ僕はやることがあるからここで。カーリー、後は頼んだよ」

「わかったよ。じゃあまあ、王都に戻るか」


 全員の無事を確認したところで、シャルルは個人的な用事のために、残る五人は王都に向けて歩を進めるのであった。

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