21 悪意と殺意と憤怒、そして罪悪感
日用品の買い物をして、アルフ達は家へ戻る。
その間に、少し柄の悪そうな男に襲われることはあったが、速攻で撒いて逃げたので、そこは何とかなった。
だが家に到着し、玄関のドアノブをひねろうとした瞬間――
「やめろっ、やめろ化物がぁぁぁぁ!!」
――聞こえてくる、恐怖と狂気に飲まれた男の絶叫。
しかもそれが、
「え……リリー! 無事か!?」
慌てて扉を開けて、リリーがいるであろうリビングへと向かう。
そうして走って向かうと、そこには荒されたリビングがあった。
一部の家具は倒れ、割れた食器類が散乱し、破片が地面に落ちている。
そして何よりも、リリーだ。
地面には、彼女のものと思われる大量の血液が付着し、頭が落ちて、溶けて臙脂色の肉塊に戻りかけている。
そして、部屋の中央には、頭の無い人型の化物が、片腕を大きく変形させて、男を包み込んでいた。
服装は、リリーの着ていたものと全く同じ。
その化物の腕の肉の端から見える人間の腕は、あり得ない方向へ曲がり、男は苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げている。
そんな部屋にアルフ達が入ると、人型の化物が肉体の一部を変形させ、落ちた頭と結合させながら言う。
「あっ、たダいま」
「……リリーで、いいんだよな?」
「うん。チョっと頭が崩れテるから、声がオカしいかもだけど……ちょっトまってて」
化物……リリーはそう言いながら、結合させた頭を首にくっつける。
するとあっという間に頭と胴体は結合し、声も正常に戻る。
「あー、あー……うん、治った。ごめんね、こんな所を見せて。この人、すぐに片付けるね」
「えっ、片付けるって……」
そう言うと、リリーはさらに腕の肥大化させ、男を包み込んでいく。
「おっ、おい! お前らなんでたすっ――」
そして肉に完全に飲み込まれる。
肉の中でのたうち回る様子が、外部からも見て取れるが、その肉塊を、リリーは大きく圧縮する。
バギベギベギ!
「――ッ!」
腕の中から一瞬だけ、くぐもった悲鳴が聞こえたが、それは一秒も満たぬ間に途絶え、肉塊も動きを止めた。
その後もリリーの腕は、咀嚼するかのように伸縮を繰り返し、その度に肉が爆ぜる音や、骨が砕ける音が響く。
そして、完全にグチャグチャにして小さくしたのか、腕を少しずつ小さくしていき、化物は元のリリーの姿に戻った。
おそらくは、飲み込んで吸収したのだろう。
「……ふぅ。もう、本当にびっくりしました」
そして、何でもないように伸びをするリリー。
「ちょっ、ちょっと待て! 今のあれ、どう見ても殺したよな!?」
「へ? あ、うん。襲ってきたから……それに、ミルさんのことを攫おうとしてたみたいなので……」
「でもだからって、流石にやり過ぎ――」
「部下も、いるみたいですよ? 私、取り込んだ人の記憶が見れるんだけど……リーダーに命令されてここに来たみたい。名前は……エスターだって。数十人単位で部下がいるみたい」
数日前に「エスターって一級冒険者には気をつけろ」と、クロードから言われている。
何らかの情報網から家を特定し、ここへ部下を送ったのだろう。
「だから、逃したらさらに危なくなってたよ? アルフさんは殺すのはダメって言うけど、二人が傷つくくらいなら、私は殺すよ」
「……そう、か」
リリーは人間じゃないし、人間と暮らしたこともない。
一応、元となった人間の記憶を持ってはいるらしいが、常識という点では、普通とはかけ離れているとしか言いようがない。
まさか、人を殺してはならないという、人間なら当たり前に持つ倫理観を持たないとは、流石にアルフも思わなかった。
一応、殺すのは良くないことと理解しているみたいだが、絶対にしてはいけないこととは思っていないみたいだ。
彼女にとっての“人を殺してはならない”という常識は、普通の人間にとっての“嘘をついてはいけない”という常識と同列なのだ。
本来なら叱りつけるのが普通なのだろうが、アルフからしてみても、このまま逃してしまえば、報復があることは容易に想像がついていた。
つまりは、リリーに助けられた、ということになる。
「……とにかく、助かったよ。ありがとう」
だから、叱るに叱れなかった。
「ただ……これ、色々な意味でどうしよう?」
それはそれとして、アルフは部屋を見渡し、肩を落とす。
幸いなことに、大きな家具は壊れていないが、食器類はかなりの数が使い物にならなくなっている。
さらに、リリーが先程殺した男についても、問題はある。
エスターという冒険者の部下らしいが、戻ってこないとなれば、また刺客を送り付けてくるだろう。
それにこの家へやって来たということは、この家にいることは確実にバレている。
遅かれ早かれ、確実に襲われるであろうことは確定しているようなものだった。
「ま、まずは追加で買い出しだな……」
とりあえず、解決できることから解決しようと、アルフは再び中央の商店街へ向かうのであった。
◆◇◆◇
食器類を買って帰り、食事の時間になった。
普段は三人で協力して作っているのだが、ミルの要望で、アルフは今日は休みとなった。
どうも、今までよくしてくれたご主人様のために、自分達だけで美味しい料理を作りたいとのことだ。
そうして、ミルとリリーが作ってくれたスープと野菜炒めを食べながら、アルフは考える。
「……どうするべきか」
意図せず、ボソリと声が出る。
ミルが攫われる可能性が出ているのだ、何とかしなければならない。
だが敵がどこに潜んでいるか、それ以前に容姿すら分からない。
さらに潜在的な敵も加えると、数え切れないほどになるだろう。
――ミルを、奪われるかもしれない。
そう思うと、自分の中で黒い焦燥感が生まれ、肥大化していき、胸を締めつけていくのを感じる。
単純な庇護欲と似たようで違う重い何かが、胸の中で大きくなっていくのを感じる。
この感情は、治療を終えて可愛らしくなったミルを見たことで生まれ、急速に成長し続けた。
最初の庇護欲から始まり、愛情、被依存欲、独占欲、警戒心……それらが混ざり合って、黒く黒くなっていき、心を塗り潰していく。
今やミルを守ることができるのは、自分だけなのだ。
ミルは、自分に頼ることを約束してくれた。
今まで虐げてきた人や、白い目で見てきた人とは確実に違う。
だから――
「……ご主人様?」
「んえっ? どうした……?」
そんな思考によって、気づいたら手を止めていたようで、ミルが声をかけてくる。
「えっと、美味しくなかったですか……?」
恐る恐るといった感じの表情、そこからは不安なのが容易に見て取れる。
そんな表情を見ていると、胸が痛む。
ミルの悲しそうな、不安そうな表情を見たくないという想いは前と一緒のはずなのに、今では何故か、とても苦しくなってしまう。
「……いや、美味しいよ。ちょっと考え事をしてて」
ぱくりと、再び料理を口へ運ぶアルフ。
塩味がしっかりと付いてて、野菜から出た汁の味もあり、とても美味しい。
これも、ミルが自分のために頑張って作ろうとしてくれたのだ。
「……ありがとう、ミル」
「へ? ……いえ。ご主人様がしてくれることと比べると、これくらい全然……」
「いやいや、こういう時は『どういたしまして』って返すもんだよ?」
「そうなんですか? ……どう、いたしまして」
少したどたどしくはあるが、ミルは礼を言う。
アルフはそれを見て頷く。
「まぁそれはそれとして……明日からは、かなり警戒しないといけない」
そして、話を切り替える。
ミルが攫われる可能性が出てきたとなれば、三人で対策しなければならない。
リリーも一対一なら、余程ステータスが高い相手でなければ勝てるだろうが、集団相手だと流石にキツいだろう。
ミルを攫うために、リリーを攻撃してくるかもしれないから、しっかりと考えねばならない。
「あっ、もしかしてアルフさん、ずっとそのことを考えてたんですか?」
「まぁそうだね。ミルが狙われるとなると、ミルだけに単純に留守番させるのも悪手だろうし……」
「私も、一人か二人が相手なら大丈夫だと思うけど、それ以上はちょっと……」
少なくとも、ミルを一人にさせるのは危険。
リリーについても、相手が一人か二人くらいなら大丈夫だが、三人以上になってくると、流石に勝てなくなるだろう。
「……やっぱり、三人行動を心掛けた方がいいかも。俺なら、余程強い相手じゃない限りはどうにかなる」
「あっ、ご主人様なら確か……」
「そう。囲まれても全員でワープできる」
ここ数日の冒険者活動を通して、アルフの古代魔法は強力というか、使い勝手が非常に良いということが分かった。
まずは炎の領域の展開、この炎は任意の対象だけを焼いていき、他の人や物には一切影響を与えない。
加えて炎の領域内であれば、アルフは無条件で領域内の好きな場所へワープすることができる。
この能力が非常に使い勝手が良く、領域を半径二十メートルくらいまで広げることができるため、敵を撒くという用途で考えると非常に役立つ。
しかもアルフだけしかワープできないわけではなく、領域内にいる人であれば、誰でも領域内の好きな場所へワープさせることができるのだ。
もちろん、領域内の人達がどこにいるのかは、アルフの手の内だ。
この能力のおかげで、アルフ達は何度襲われても、簡単に敵から逃げることができたのだ。
「ワープ……私は実際に見れてないけど、そんなこともできたんだ……」
「ああ。古代魔法とやらにも慣れてきたからな。使えば使うほどに、馴染んでいく感じがする。そういうわけだから、一応は大丈夫……なはず」
問題は、明後日。
明日はいつもの食材の買い出しをする以外に、外出する予定は無いし、する必要も無いので問題無い。
だが明後日は、ミルの経過観察ということで、クロードの家に行くことになっている。
「とりあえず、特に気をつけるべきは明後日だな。流石に明日に急に攻めてくる可能性は無いと思いたい……」
攻めてくるとしたら、おそらくエスターという冒険者と、その一団だとアルフは考えていた。
そもそも今日、家にやってきたのがその部下だったし、部下からの連絡が途絶えたとなれば、確実に警戒するだろう。
となれば、翌日すぐに襲ってくるとは考えにくい。
そんな真面目な話をしながらの食事を終えると、三人は歯を磨き、風呂へ入って眠りにつくのであった。
◆◇◆◇
翌日。
軽くパンを食べたアルフ達は、早速朝の食材の買い出しへと向かう。
目的地は、いつもの露店通りだ。
「よし。じゃあ気をつけろよ」
「はい、ご主人様」
「わかってます」
三人で家を出る。
狙ってくるならミルだと考えてか、アルフもリリーでミルを挟み、周囲を警戒して歩いていく。
そして家を出て、大通りに出た少し歩くと、
ヒュンッ!
「ッ!?」
「っ……なに、これ……?」
一迅の風が吹くと同時に、アルフとリリーの頬に軽い痛みが走る。
反射で触れてみると、血の赤が指に付く。
「ど、どこだっ……」
慌てて周囲を見渡すが、道は普通に歩く人ばかりで、それ以外の場所にも、怪しい人の気配は無い。
そうこうしているうちに、
ブゥンッ!
風が通り過ぎ、二人の髪の毛先が宙を舞う。
「リリー! 今すぐクロードの所へ行け!」
「えっ? ちょっ、ちょっと!?」
アルフは思考を即座に止め、リリーに叫ぶ。
同時にミルを担いで、大通りから裏路地へと駆け込んだ。
本来なら、東区の裏路地はならず者が潜む危険な場所なので、安易な気持ちで入るべきではない。
だが今回の場合は、大通りで姿を晒していると、攻撃を受ける可能性があるため、どうしても裏路地に入るしかなかった。
「ご主人様……大丈夫、ですか?」
「ああ。これくらいの傷なら問題無い。というか……止んだな」
やはりと言うべきか、裏路地に入ると風による斬撃が来なくなった。
おそらくは、アルフ達からは見えないどこかから監視されており、その場所から魔法で攻撃されたのだろう。
だが、対処する方法が無い以上、裏路地を進むしかない。
「ミル、俺から離れるなよ。ここでは何が起こるか分からない」
「は、はい……」
アルフは大剣を出現させ、臨戦状態で裏路地を歩く。
何が起きてもいいようにと、かなり慎重に、忍び足で歩く二人。
道は狭くなっていき、日は登っているというのに、どんどん薄暗くなっている。
そして五分ほど歩くと、そこに複数人の男がたむろしていた。
「おっと、ようやく来たか……」
「すっげぇなぁ……エスターさんの言う通りじゃねぇかよ」
その数は六人。
言葉からして、アルフ達がここへ来ることを最初から予想しているようだった。
「クソっ、それなら――」
「後ろに逃げようってか?」
倒すのは簡単だが、ミルが攫われる可能性がある以上、戦闘は避けたい。
そう思って来た道を引き返そうと振り向くと、そこにも男が六人。
その中の一人、短めの茶髪の男が口を開く。
「“ちょっとだけ、話をしようぜ”」
ビクッと、心から身体が震え上がる。
アルフは一瞬だけ、心に直接声をかけられたかのような気がした。
だが気がしただけで、影響は無い。
「流石っすねぇエスターさん! こいつら本当にここに来やがった!」
「ああ、だが気をつけろ。こいつら、俺の『暗示』が効かねぇ。警戒して戦うぞ」
茶髪の男……おそらくは、この男がエスターなのだろう。
彼が声をかけると、全員が武器を構える。
使用する得物は、剣や槍、あとは遠距離武器だとクロスボウ。
密かにステータスを確認したが、エスターだけはそれなりに強いが、古代魔法を使えば全員相手でも余裕で片が付くレベル。
「一瞬で終わらせる。ミル、ここから動くなよ」
「は、はい……」
そうしてアルフも大剣を構え、今にも戦闘が始まるというその時。
「やぁ君達、ちょっといいかな?」
「は? なっ……お、お前は!?」
後ろから、男性の爽やかな声がする。
その姿を目にしたエスターは、目を丸くする。
そしてアルフとミルには、聞き覚えのある声だった。
二人は警戒しつつ振り返る。
「やぁ、二人とも。四日ぶりくらいかな?」
そこにいたのは、常に笑顔を絶やさずに微笑む、ある意味で不気味な男、シャルルだった。
その手には、以前は背に担いでいた大鎌が握られており、いつでも戦闘できる状態だ。
「周りの君達も用事があるみたいだけど、しばらく待ってもらってもいいかい?」
「は、はい……どうぞお構いなく……」
エスターは震えながら、シャルルの言葉に頷き、後退りする。
他のアルフとミルを囲う人達も、同じように恐怖で震えている。
「……何の用だ、シャルル?」
「うーん……今はまだ君達を傷付けるつもりはないから、そこまで警戒しなくてもいいよ?」
「そう言われて止めるわけないだろ」
「ま、それもそうだ。それで……一つ、謝罪がある」
そう言って武器を背負うと、シャルルの顔から笑顔が消える。
代わりに浮かんできたのは、後悔、あるいは罪悪感といった感情だった。
「もう一度苦痛を、恐怖を与えることを、許してくれ」
だが、そんな曇った表情も一瞬で消える。
「ミルっ……!?」
慌ててミルに覆いかぶさるアルフだったが、その時にはもう手遅れ。
確かに一秒前には隣にいたはずなのに、消えている。
「クソッ!」
即座にシャルルにミルが攫われたと判断し、アルフは炎を最大領域に展開する。
そして、周囲の建物までもが火の海に包まれる前に、一瞬でアルフは建物の屋上へと跳び上る。
「おっと……伝聞で知ってはいたけど、中々に不思議な能力だ……」
そして幸運にも、その屋上にはシャルルがいた。
ほとんど勘で移動したが、それが奇跡的に的中して、彼を捉えたようだ。
「ご主人様!」
「ミル! 今すぐ助けるからな!」
シャルルの腕の中で、ミルは叫び、腕を伸ばし、助けを求める。
「……うん。やはり君は、あのクズ共とは違う。安心して託すことができる存在だ」
「何を言っている?」
「なに、こちらの話さ」
そう話しているうちに、アルフは密かにシャルルのステータスを覗き見る。
===============================
体力:7410
筋力:8236
知力:14255
魔力:8905
敏捷:35961
耐性:7089
===============================
だがそのステータスは、特級に相応しいおぞましい数値だ。
特に敏捷は三万を超えているため、やろうと思えば即座に追跡を振り切り、ここから逃げることも可能だろう。
アルフとしては、それが微妙に引っかかった。
「本当に、お前は何をしたいんだ?」
「僕がしたいことは二つ。一つは、依頼人の要求通りに、ミルを送り届けること。そしてもう一つが……」
そう言ってシャルルは大鎌をゆっくりと抜き、アルフに向けて言う。
「アルフ。君が託すのに本当に相応しい者か、見定めることだ」
そう言うとミルは彼の手から離されるが、同時にその周囲に暴風が吹き、彼女は空高くへと上がっていく。
手足を動かそうとするミルだが、その風が強過ぎるのか、全く動くことはできず、炎すら届かない高所へと到達した。
「さぁ、ミルを救いたければ、僕を倒してごらん」
「ああ……やってやるよ!」
これでは、強引にミルをワープさせて逃げ出すことすら不可能。
つまり、ミルを捕らえている風を作り出しているであろうシャルルを倒さない限りは、助けられない。
シャルルを倒す、その想いは、今まで熱くなかった炎に熱を与える。
これには思わず、シャルルも一瞬だけ顔を歪め、足元をチラッと見てしまう。
大剣を構え、アルフは一気に接近する。
「ハァァァァアッ!!」
あまりに直情的な、大剣の振り下ろし。
シャルルほどになれば、普通なら回避は容易だろう。
だがそれは、アルフも当然理解している。
だから切り札を、タネが割れていない一回目なら絶対に決まる一撃を入れる。
炎の領域は、アルフの思うがまま。
場所も、向く方向も、すべてが自由自在。
炎の領域内限定のワープ。
それでアルフはワープし、シャルルの背後を取る。
「ッ!?」
だが、ワープした瞬間、アルフはシャルルと目が合った。
ザシュッ!
「ぐぁっ……!?」
「……うん、やっぱりワープして死角から襲ってきたね。完全に予想通りだ」
アルフの腹部に大鎌が突き刺さり、胴体を貫通する。
ゆっくりと抜かれると、そこから血がドクドクと流れ出ていく。
あまりの激痛に、アルフは膝を付いてしまう。
左手で傷口を押さえるものの、止まることはなく、血まみれになっていく。
アルフ達以外誰も知らないはずの古代魔法の力を、シャルルは知っていた。
知った上で、背後に回ってくると予測を立て、一瞬で背後へ向いたのだ。
「なん、で……どうして、これを……」
「さぁ、どうしてだろうね?」
そう言うと、シャルルは抜かりなく、風で自身の身体を浮かせ、ミルを捕まえる。
「ご主人様っ! ご主人様ッ!!」
「安心して。内臓は傷付けてない。薬師のクロードがポーションを飲ませれば、すぐに治るさ」
何も言えないほどの激痛が走るが、ミルの悲鳴を聞くだけで、アルフの胸にそれ以上の痛みが走る。
「クソっ……がぁぁぁぁあ!!」
最後の一撃で、アルフは勢いよく剣を振る。
すると炎の斬撃が空中を飛び、シャルルの眼前にまで迫るが……
「無理だよ」
風に阻まれ、かき消される。
「じゃあ、僕は行かせてもらうよ」
「おいっ、お前……っ!」
無理矢理立ち上がろうとするが、動くだけで激痛が走り、膝をついてしまう。
助けに行かなければならないのに、身体が震えて、言うことを聞かない。
「っ、きた……!」
シャルルの残像が見えた方向を見つめていたアルフだったが、ふと、ある人物の気配を感じる。
炎の領域に、クロードとリリーが入って来たのを感じた。
◆◇◆◇
「うおっ!?」
「わっ! アルフさん……って、その傷……!」
道を走っていたら、突然目の前に現れたアルフに、クロードとリリーは驚き、一瞬後ずさる。
だが、腹部からとめどなく流れ出る血を見て、クロードは即座にアルフを裏路地へと運んだ。
「よかった、ポーション持ってきといて……ほら、飲め」
「あ、ありがとう……」
苦い回復ポーションを一気に飲んでいく。
すると、まず苦痛が消える。
そして傷が急速に塞がっていき、減った血液は増えていく。
そうして一分もする頃には、アルフの腹部を貫通するほどの傷は、完全に治ってしまった。
「にしても、なんでお前ほどのやつがこんなことに……?」
「シャルルだ……あいつにやられて、ミルが攫われた」
「は……? シャルルってあの特級の? えっ、マジで!? あいつマジでこの街にいるの!?」
「ああ……」
クロードも、シャルルが王都へやって来ていることは噂程度には聞いていたらしいが、まさか本当に来ているとは思っていなかったのか、かなり驚いていた。
「でもこれは厄介なことになったな……ミルが攫われたといっても、特級が相手だと……」
「ああ。でも何とか取り返したい。多分ミルは、前のご主人様の所へ連れてかれてるから」
「え? なんで分かるの?」
アルフは、前日にサリエリから聞いたことを説明する。
ヘルムート家の当主であるエリヤは、奴隷を虐める趣味を持っていること。
その家にはかつて、銀髪の整った顔立ちの女の子の奴隷がいたこと。
そしてその奴隷は、急に肌が紫に変色していったことを。
「俺は、ミルをあんな人に渡したくない、だから……って、クロード?」
「……」
それを聞いたクロードは、完全に黙り込んだ。
そのまま、ゆっくりと立ち上がり、普段よりも低い声で喋りだす。
「……アルフ、殺しに行くぞ」
「え?」
「ミルに毒を盛ったクズを、ブチ殺しに行くぞ」
その細い目は赤く充血し、額には青筋が浮かんでいる。
普段はおちゃらけた感じのクロードが、本気でキレていた。
「十分くらい待ってろ。麻痺毒を調合して持ってくる」
「えっ? あ、うん」
それだけ言うと、クロードは走って家へ戻っていく。
普段見ることのないクロードのブチ切れた表情に、アルフは驚き、気づいたら炎は消えてなくなっていた。
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