64 変革

 薄暗い空、荒れ果てた大地。

 見ず知らずの場所に、アルフは立っていた。


 そしてそこには、黒い豪華なマントを羽織り、王冠を載せた王がいた。

 そしてその王は、見た目麗しい女性を椅子にして座り、その上で金髪で長い耳をした、美しい女性を愛でていた。

 当のその女性はかなり嫌がっているようだが、それでも王は、その女性を我が物にしようとしていた。


 ただし、その王のような格好をした人物の顔だけは、アルフにはぼやけて見えなかった。


 対して女性の方の顔は見えた、見ず知らずの人だと分かった。

 そんな、一度も見たことが無い人のはずなのに、アルフはその顔に、妙な既視感を覚えていた。


(なんだ、これは……)


 謎の場所、そして見たこともない人。

 加えてアルフ本人は、身体を動かすことも、声を発することもできず、ただその光景を見ることしかできない。

 アルフは他にも周りを見ていく。


 そして、王の目の前には、一人の男が、まるで屈従するかのように、地面に膝をついていた。

 おそらく騎士か何かであろう男だが、その顔にも、やはり見覚えはなかった。


(いや、待て。あの武器は……)


 ただし、男の持つ三種の武器だけは例外だった。

 それは、かつてアルフが使っていた、禍々しき大剣、レイピア、剣の、三種だった。

 そして防具についても、その三種の禍々しい装飾と似たような雰囲気を纏っている。


「――ェル、貴様では――には勝てんよ。さて、ジェ――――はいただこう」


 王が笑いながら言う。

 嘲笑するような、不快な物言い。

 しかしその声の一部には、ノイズがかかっており、アルフには上手く聞き取れなかった。


「ッ……そ――――こと、絶対に――――ものか……!」

「そうかそうか……じゃあ命令だ、“自らの――を――落とせ”」

「なっ、あっ……や、め」


 王は、目の前で膝をつく男に何かの命令を下す。

 すると男は、身体をゆっくりと動かし始める。

 しかしその顔は、全身に力を入れているからなのか強張っている。


 男は、王の命令通りの行動をしようとするためなのか、腰に差した剣を抜く。

 そしてその剣を自らの脚の付け根に押し当てると、勢い良く、自ら切断した。


「ッアアアアア!!」

「フッハッハッハッハッ! 良い光景だ! いくらお前が――――――を使えようが、僕の――には――――ない!」


 おそらくは、言葉を強制させるような、いわゆる洗脳の類の魔法を、王は使っているのだろう。

 それに逆らえない男は、自分の脚を切断した。


「もはや――――のはお前だけ! あとは――――、お前さえ――――ば! ――さえ、――――せば……」


 ノイズがかかった王の声。

 しかし唯一、最後の言葉だけは、アルフの耳に鮮明に響いてきた。


「これで僕は、ついにこの世界を支配できる……!」


(……!)


 その言葉を聞いた瞬間、アルフの脳内に、ある情景が流れ込んでくる。


 男は奴隷にされ、美しい女は王の所有物となり、永遠の忠誠を誓った。

 いや、洗脳により、人格を変えられ、誓わされた。

 男も、脳を改造され、ひたすらに無意味な苦痛を受けながら労働をし続ける、地獄のような人生を送らされた。

 そして王の基準で醜い女は、全員殺された。


 アルフは、その景色を知っていた。


 ミルによって強化された古代魔法、それを手にした瞬間に流れてきた光景とほぼ同じだ。

 過去、未来、その分岐、あらゆる世界が視えた。

 今やほとんど思い出せないが、この光景を見て、ある一つの、行き着く可能性が最も高い未来だけは、思い出した。


(まずい、このままだと……)


 その世界とは、


(アインに、全てを支配される!)


 アインが復活し、全ての人間が、魔人族が、支配された世界だった。




◆◇◆◇




「ッ!?」


 恐ろしい光景に、アルフは大きく身体を動かす。


「……あ、れ?」


 だがそこは、ベッドの上だった。

 アルフは、ベッドから身体を勢い良く起こしたらしい。


 困惑しながらも周囲を見渡すが、そこは確かに自分の家の寝室で間違いない。

 では、先程の地獄のような光景は夢だったのだろうか。

 そんなことを考えていると、部屋の扉が開く。


「アルフさん、早く起きてくれると……」


 入ってきたのは、リリー。

 お湯の入った木の桶とタオルを持って、部屋に入ろうとしていた。

 が、アルフはここで彼女と目が合った。


 バシャンと、その場に桶を落とすリリー。

 床が水で濡れ、それどころか彼女の足にまで水がかかったいるが、それどころじゃないと言った様子で、ふるふると震えだす。


「な……」


 その次の瞬間、リリーは喉奥から絞り出すような声で叫ぶ。


「アルフさんが起きたぁぁぁああッ!!」


 そしてドアを閉めずに、慌てて廊下へ逆戻りして、ドタドタと階段を降りていく。

 それから数秒後、再び慌てて階段を上がってくるような音がすると思ったら、今度は誰かが廊下を通り過ぎていく。

 と思ったら、引き返して、部屋に入ってそのままアルフに抱きついた。


「ご主人様っ……!」


 ミルが、涙を流しながらアルフを抱きしめてくる。

 身体は震え、嗚咽が漏れている。


「もう四日も寝たきりで、わたし、わたし……!」

「そうか……」


 最低でも四日間は、眠っていた。

 そしてその間、ずっとミルを心配させてきた。

 色々と思うことはあったが、その言葉を聞いて、アルフはそれどころではいられなくなった。


 そして、ミルの背を撫で、抱きしめる。


「ごめんよ。不安にさせちゃって」

「うん……うん……!」

「もう、俺は大丈夫だから」

「本当に……?」

「本当に」

「……うっ、うぅぅ……ッ!」


 そうしてアルフの胸の中で泣き続けるミルの背を、アルフはしばらく撫で続けた。




◆◇◆◇




 それから約十分後、ミルは落ち着きを取り戻した。

 そして当然ながら、ダニエルやリリーも、部屋に駆けつけていた。

 どうやらミルが落ち着くまで、床にこぼしたお湯を二人で拭き取っていたらしい。


「……すみません。二人にも、迷惑かけましたよね?」

「いえいえ、一週間くらい大したことないですよ」

「……うん? 一週間?」

「ええ。ミルちゃんが三日、アルフさんが一週間、目を覚まさなかったので……」


 ミルの言葉から、四日も眠っていたと思っていたが、どうやら本当は一週間も、寝たきりだったらしい。


 ダニエルの話によると、化物を倒した後に、リリーと共に家に帰ったら、玄関で二人して倒れていたらしいのだ。

 それから二人で看病をし始め、ミルは三日後に目を覚まし、そして今アルフが目を覚ましたのだという。


「マジか、一週間も……」

「この一週間で、王都では本当に色々なことがあって……新聞、読みます?」


 ベッドの近くに置かれた椅子、その上に一部の新聞がある。

 一番新しいものですと、ダニエルはその新聞を取り、渡す。


「……なんだこれ」


 そこに書かれていたのは、アルフ自信についての様々な情報だった。


 いわく、アルフレッドは教皇や国王に嵌められ、奴隷にされてしまったとか。

 いわく、先日現れたあの化物達は、アルフレッドを殺すために教会が密かに作っていた生物だとか。

 いわく、奴隷にされてもなお、アルフレッドは街を守ろうも奮闘した心優しき英雄であると。


 当時の国や教会を鮮烈に批判し、自分のことを持ち上げている。

 アルフは新聞の記事に、そんな印象を受けた。


「なんか色々と書かれてるなぁ……他にも色々あったんじゃ?」

「ああ、本当に色々あった。国王が代わって、教皇が代わって、貴族の大粛清が起きて、王族と元教皇と枢機卿二人が処刑されて……あと、なんだろう、とにかく色々あったよ」

「うっわ……何でそんなことが?」

「アルフさんを奴隷にした疑いだとか、“キマイラ”の研究に出資していた疑いだとか、そんな感じだ。そのせいで革命みたいな感じに……」


 軽く聞いただけでも驚くようなことが、王都では起きていたらしい。

 滅多に起きないような、普通は起きてはならないようなことが、たったの一週間に詰め込まれているのだ、流石にアルフも苦笑いを浮かべる。


「あっそれと、お手紙もたくさん貰ったよ」


 そこに思い出したかのようにリリーは割って入り、部屋を出ていく。

 それからしばらくすると、大きめの箱を持って戻ってきた。

 リリーはその中から数枚を取り出し、アルフに渡す。


「はいこれ、街の人達からの感謝の手紙」


 アルフは渡された数枚の手紙を読んでいく。

 送り主は、様々な人がいるのだろう。

 あるものは子どものような大きめの文字で、またあるものは丁寧な大人っぽい文字で、あるいは達筆で、きっと、多くの人が書いてくれたのだろう。

 内容は、街を守ってくれたことへの感謝や、早く状態が良くなることを願ったお見舞いの言葉など、様々だ。


「……こんなに、言ってくれるだなんて」

「それだけ多くの人に感謝されてるんですよ、アルフさんは」

「……なんだか、嬉しいな。こういうの」


 ダニエルの言葉に、アルフは微笑む。

 彼の言う通り、本当に多くの人々に感謝されていることが、このたくさんの手紙を通して伝わってきたのだから。


 もう少し読んでみようと、アルフが箱の方に手を伸ばしたところで、彼は外が騒がしくなってきたことに気が付いた。




◆◇◆◇




 アルフの家の前。

 そこにはたくさんの人が集まっていた。

 これだけいれば、建物の中への侵入を試みるような人もいるかもしれない。

 だがその屋根に座る女性のおかげで、その人睨みだけで、この場の治安は維持されてきた。


「まーた人が増えてきやがった……」


 その人物とは、カーリーだ。

 今や大英雄であるアルフ、彼自身やその関係者の身を狙う人が現れることを予想していた彼女は、自ら護衛を買って出たのだ。

 単純に家の屋根の上で座っているだけでもその効果はあり、ある程度の抑止力となっていた。


 他にも、シャルルもこの護衛には協力している。

 大体半日毎に交代といった感じで、朝昼はカーリーが、夜からはシャルルが担当していることが多い。

 彼もまた、世間的にはカーリーと同格的な扱いになっているので、抑止力となり、人々を抑えていた。


 それにも関わらず、家の前にさらに人が増えていく。

 それもこれも、


「……まぁ、こんな号外が出たら当然か」


 アルフが目覚めたという号外記事が出たからだ。

 しかも作成者がカトリエルであるため、おそらくシャルルが情報を入手し、それを渡して書いてもらったのだろう。

 いや、この素早さだ、事前に書き上げていたものに、日付などを書き足して、速攻で風に乗せて飛ばしたと言った感じだろう。


 アルフが目覚めたと聞き、その姿を何としてでも見ようと、人々がどんどん集まってくる。

 流石にカーリーのいる中で敷地内に入る人はいないが、それでも彼女からしてみたら、警戒を高めざるを得ない状況だ。


「……ん?」


 そんな中、人と人の間を縫って、小綺麗な男性が最前列へと出てくる。

 服装的に、どこかの使用人だろうか。

 そしてその手には、一通の綺麗に包まれた手紙が握られている。

 その姿を見たカーリーは、屋根から降り、その男の前に立つ。


「何の用だ? 手紙を渡しに来たのか?」

「えっ? は、はい。こちらの方をよろしければ、アルフ様に渡していただければと……」


 使用人らしき人物は、手紙をカーリーへ渡す。

 すると彼女は躊躇することなく、手紙を開ける。


「ちょっ、それはアルフ様に――」

「念のため、中身を確認させてもらう。あいつに何かあっては困るからな」


 驚く使用人ではあったが、カーリーはそう言って黙らせると、無言で手紙を読み始める。


 そして約十秒後、彼女は手紙をビリビリと細かく破り捨てた。


「なっ……どうしてそんなことを……!」

「アルフがミルを渡すと思うか?」


 その内容は、端的に言えばミルを寄越せといったもの。

 貴族の一人がミルを欲しがったからか、大量の金品を対価に、ミルを手に入れようとしていたらしい。


 こういったタチの悪い手紙は、これまでに何度も来ていた。

 ミルに対する愛を書き連ねた気持ち悪い手紙、アルフに対するお見合いの手紙、そして今のような、やんわりとミルを寄越せと言ってくる手紙など。

 そういったものは、全て破り捨ててきた。


「さぁ帰れ、帰らないなら吹き飛ばす」

「チッ……」


 使用人らしき人物は、舌打ちをして帰っていく。

 それに続いて何人かも、同じように落胆して帰っていく様子が、カーリーからは見えた。

 おそらくその全員が、ミルに関する手紙を書いてきていて、渡せないことが分かったからだろう。


「ハァ……」


 やれやれと、カーリーは大きく息を吐く。

 もちろん、純粋な感謝の言葉を綴った手紙が大半だが、こういった手紙は、数が少なくとも良い気分にはならないものだ。


「失礼、カーリー」


 そこに、今度は別の男性が話しかけてくる。

 身だしなみや立ち振る舞いから、その人も先程の人と同じく、それなりの立場にいる人物だと分かる。


「何だ?」


 カーリーが警戒しながら尋ねると、


「これをアルフ様に。国王がお会いしたいとのことで」


 そう言いながら、一枚の手紙を渡してくる。

 これまで通り、「確認させてもらう」と言って、カーリーは内容を軽く見ていく。

 そして約十秒後、内容に変な部分が無いことを確認し、彼女は頷いた。


「……了解した。アルフとミルには伝えておく」

「助かります」


 そう言うと、男は人混みの中から素早く消えていった。


「……アルフの奴は、驚くだろうなぁ」


 そんなことをぼやきながら、アルフとミルにこのことを報告するため、カーリーは家の中に入っていった。

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