65 新たな国王

「アルフ、ミル、王城に行くぞ」


 そう言いながら、カーリーがアルフ達のいる寝室へと入ってきた。


「カーリーさん? なんでここに……」

「護衛だよ。あれから僕やリリーの身が狙われることが増えたからさ。彼女と、あとシャルルが色々してくれているんだ」

「なるほど……本当に助かるよ、カーリーさん」


 そうアルフに感謝されたが、カーリーは「騎士として当然のことだ」と言うだけだった。


「とにかくだ。アルフとミル、二人には王城に来てもらいたい。国王が会いたいという話だ」

「国王? 確か国王って……」


 そう言ってアルフはダニエルの方を見ると、彼は頷く。


「ああ。先代は処刑されて、今は別の人になってる」

「危険性は? 前の国王はミルを狙っていたけど……」

「絶対にあり得ない、特に君達ならね」


 アルフは国王に対して、若干の不信感を持っていた。

 というのも、先代の国王は、ミルのことを狙っていたから。

 しかしダニエルは、そんなことは起こり得ないと、強く断言してみせたのだ。


「……その国王って、どんな人?」


 そこまで言うとは、一体何者なんだろうと、ダニエルに聞いてみるが、


「あー……いや、ここでは教えない方がいいかもな。大丈夫、会えば僕の言ってる意味も全て分かるはずだから」


 そうやって、はぐらかされた。


 釈然としないが、アルフはとりあえず、ダニエルの言葉を信じることにした。

 その言葉に、悪意があるとは思えなかったから。


「まぁ、とりあえず行くか。服装については……」

「ミルは今のままでいい。アルフは……古代魔法だったか? それで装備を作っておけばいいだろ。今更準備もできないだろうし、あの国王がその程度のことを気にするとは思えん」

「なるほど」


 カーリーに言われ、アルフは武具を出現させ、身に纏う。

 別に戦闘を行うわけではないので、武器は何も出現させていないし、領域が形成されたりもしていない。


「さて、じゃあこれから王城へ向かうが……アルフ、ミル。色々と覚悟しておけ」

「……?」


 そうして、カーリーの先導で二人は家を出る。

 しかし、その時は理解できていなかった。

 自分達の置かれた立場と、人々の心を。




◆◇◆◇




 家を出た瞬間に、アルフとミルは耳を押さえてしまう。

 それほどまでに、家の前には多くの人々が集まり、騒がしくなっていた。

 そしてアルフが出てくると、その声はさらに大きくなり、歓声が上がる。


「ちょっ、なんでこんな……」


 何故ここまで人がいるのか、やって来ているのか、ずっと眠っていたアルフには色々と分からなかった。

 しかしそこに、カーリーが色々と教えてくれた。


「……こいつらにとって、お前は紛れもなく英雄だからな。これから行く先々でこうなるから、覚悟しておけよ」

「えっ、ああ、そういう……」


 奴隷になったこともあり、アルフはまさか、自分が英雄として扱われるとは思ってもみなかった。

 確かにこうしてちやほやされるのは、普段なら悪い気はしないのだろうが、突然されては、少し困惑してしまうものだ。


 それに、その後ろに隠れてるようにしているミルは、もう完全にこの状況に萎縮してしまっている。


「大丈夫大丈夫。この人混みだし、襲ってくる人は滅多にいないだろうし」

「そう、ですか……?」

「みんなに見られてるからね。それにもし襲われても、俺が何とかする。ほら」


 そう言って、アルフは手を差し出す。

 ミルがその手を握ると、二人はカーリーに続くようにして歩を進めた。




◆◇◆◇




 永遠に続くかのような人混みを抜け、アルフとミルの二人は王城までたどり着いた。

 人が多かったり、カーリーがいたりしてくれたおかげで、特に何事もなく到着した二人は、カーリーの先導で王城を進む。


「……カーリーさんが案内するんですね」

「この手紙には『連れてくるように』と書かれてたからな。王の下まで連れて行くのは、私の仕事だ」

「ふーん……というか、家を出る前にも言ってたけど、今の国王ってどんな人なんですか?」


 小声で少し話しながらも、ダニエルにははぐらかされた疑問を、今度はカーリーに尋ねる。


「……残念だが、それは言えない。こいつに正体を教えるなと書かれているからな」


 が、手紙をひらひらさせながら、彼女はそう言い、教えてくれなかった。


 そうして二人は、玉座の間の前までたどり着く。

 カーリーは部屋の前で待機する衛兵に手紙を見せて事情を説明する。

 しばらくすると、納得したのか、衛兵は口を開いた。


「では、アルフさんとミルさんは中へ。カーリーさんについては入れませんので、外で待機してもらうことになります」


 そうして衛兵は、玉座の間へと続く大扉を開けた。

 アルフとミルはその中へと入っていき、そして、


「なっ……!」

「……え?」


 目の前の、玉座に座す人物に、言葉を失った。


「なるほど、君達が噂のアルフとミルか。私の要望に応えてくれたことを感謝する」


 その人物は、王らしく豪華な衣装を身に纏っていた。

 だが長身で細身で、何よりもその鋭い目つきは、本当に王なのかと疑いたくなるものだった。


「話を聞くに、アルフはつい先程まで眠っていたと聞くからな。私も自己紹介をしよう」


 そうして、国王は自らの名を名乗る。


「私の名は、クロード。新たな王として、民を導く者だ」


 そう、目の前にいたのは、紛れもなくクロードだったのだ。

 あのクロードが、冒険者の傍らで薬師をやっていたクロードが、今こうしてアルフの前で、玉座に座っていたのだ。


「さて……」


 クロードは一息つくと、大きく脱力し、玉座の背もたれにもたれかかる。


「つかれた」


 これまでの鋭い目つきはどこへ行ったのか、堅い態度はどこへ行ったのか、クロードは言葉通り、疲れた表情を見せた。


「え、えっと……大丈夫、でしょうか?」


 かつては友人だった王に、どうやって対応すればいいか分からず、困惑しながらもアルフは尋ねる。


「あー大丈夫、ただ疲れただけだから。あと二人とも、いつも通りでいいよ、そっちの方が俺も楽だ。今は俺達以外には誰もいないし、大丈夫」


 そして、声も口調もいつも通りのクロードになる。

 周りに他の人もいないので、今まで通りに喋っていいと言われた。


「……じゃあ、いつも通りに。それでクロード、何でこんなことになってるの?」


 その言葉に甘え、普段通りの態度で、アルフは一番の疑問を尋ねる。

 何故王になったのか、なれたのか、そもそもクロードに王になり得る資質があったのか、誰の協力があったのか。

 聞きたいことは、たくさんあった。


「何でって言われても、どっから話せば……いや、まずはここからだな」


 何から話そうかと考えた後、クロードは続ける。


「まず第一に、俺に王族の血が流れていたらしい。父親が先代の国王だったとかなんとか。直接会ったことはないけど」

「はぁ!? いや……えっ!? それ本気で言ってるの!?」

「本気本気。実際母さんからも、父親は偉い人とは何度か聞いてたから。でも流石に、前国王が父親とは思わなかったよなぁ」


 なんとクロードには、王族の血が流れていたのだ。

 とはいえ、その王族にはつい最近まで存在を認知されていなかったし、クロード本人も、王族の血を引いていたことは、本当に最近知ったことらしい。


「んで、今いる王族が全員死んだ……というか処刑されたから、俺が王になったって感じ」

「……そうか。でも反対も多いんじゃない?」

「めっちゃ多かった。けどアルフとの関係を出したらみんな黙った」

「えぇ……」


 当然ながら、貴族などの多くが、クロードが王位に継承することに反対していた。

 しかしクロードはその際、国王に命を狙われていたことと、それを知ったアルフに保護してもらっていたことを広めた。

 もちろん、アルフはクロードが王族の血を引いていることは知らなかったため、保護していたわけではない。

 しかし何も知らない人からしてみれば、あるいは中途半端に情報を持っている人達からすれば、アルフとクロードの関係性は、本当にそれっぽく見えるものであり、騙せたわけだ。


 今のアルフは、英雄とも言えるほどの強さだ。

 そんな人がバックにいるクロードに逆らう者など、出てくるはずがなかったのだ。


 割と強引な手法で、かつ名前を勝手に使われたことに困惑するものの、すぐに元に戻り、アルフは質問を続ける。


「まぁ、王になれた理由は分かったよ。でも誰が協力したんだ? 流石に一人で革命は無理だろ」

「そりゃあね。実はアイゼン教皇が色々手伝ってくれたんだよねぇ。命も救ってくれたし」

「アイゼン……教皇? あの人って枢機卿じゃなかったっけ?」

「いや、前の教皇と他の枢機卿を処刑したらしくてさ、あいつが自動的に教皇になった。まぁ許可出したの俺だけど」


 そんなことを言いながら、クロードはこれまでの大まかな経緯を話した。


 どうやら彼は、キメラの大襲撃が始まる数日前から、牢屋に閉じ込められていたらしい。

 そこを助けてくれたのがアイゼンで、前国王から命を狙われていたということも、その時知ったのだという。

 そこからアイゼンに、国王や教皇といった国の上層部の不正を証明する様々な物的証拠を見せてきた。


 そして、王になってほしいと言われたのだ。

 この不正を暴き、国を変えるには、外部の力が必要だと、そう言われたのだ。


「……大雑把に言うとこんな感じ? あとはまぁ、王になれば奴隷制を何とかできるとも聞いたから、ってのも理由にはあるけど……俺が動く前に奴隷制はぶっ壊れたし」

「えっ?」


 さらっと奴隷制がぶっ壊れたとクロードの口から出る。 

 一体どういうことかとアルフが思っていると、すぐにそれについての事情を教えてくれた。


「あーいや、言い方が悪かったな。奴隷制という制度自体は残ってるんだけどさ……アルフが王都を救ったじゃん? だからその影響なんだろうけど、その右目の下に付いてる、奴隷の象徴の刻印、これが“英雄の印”として扱われるようになったんだよ」

「あー……」

「んで、そのおかげなんだろうけど、同時に『奴隷って良くないよね』的な空気感ができてきて、自然と奴隷の待遇が全体的に良くなっていったっていうね。正直上手くは説明できないけど、そんな感じ」

「変わったんだなぁ、色々と」


 アルフは感慨深く、そう呟いた。




◆◇◆◇




 それからも軽い雑談をして、クロードとはお別れになった。


「じゃあな、アルフ、ミル。ずっと目を覚まさないと聞いて心配したけど、大丈夫そうでよかった」

「それはまたどうも。クロードの方も、上手くやれよ」

「おう。ゴタゴタが片付いたら、王として色々やってみるよ」


 そうしてアルフとミルは、再び大扉の前へ行く。

 そして出ていく前に、再び振り返る。


「じゃあな、クロード」

「おう。立場的に簡単には会えないだろうけど……また何かあったら手紙でも出すよ」


 そうして、二人は互いに軽く手を降って、別れるのであった。

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