51 混沌の王都
アイゼンからの連絡が終わった後、家にいる人達で作戦会議を行うことになった。
「アイゼンさんからの情報を考えると……俺達はしばらく家から離れた方がいいと思う。ダニエルさんは家にいろって言ってたけど」
ノアとティナの話によると、騎士団が敵となり、ミルを奪おうとしてくるらしい。
加えて多くの貴族が狙ってきているという話もあり、敵はかなり多い。
だからといって、家に立て籠もっていたとしても、燃やされる可能性があるので危険、ということだ。
「いや、この二人の情報が正しいなら、僕も家から出た方がいいって思う。ただ問題は……」
「どうやって、あるいはどういう順番で家を出るか、って感じ?」
ノアがそう尋ねると、ダニエルは頷く。
「とりあえず、最悪の状況……つまりは『既に家をに複数の敵包囲されている』と仮定する。もしそうなら、何も考えずに家を出ても僕達はすぐ捕まる」
「特に俺とミルは奴隷ってのもあるから、相手が割と強引な手段が取ってくる。ダニエルさんとリリーは、そういう意味だと日中は安全だけど……」
最悪の場合、家を出て数分で捕らえられる可能性すらある。
ダニエルやリリーに関しては、身分的には一般人なので白昼堂々と誘拐などは行われないだろうが、アルフとミルは奴隷なので、当然のように狙われるだろう。
「う~ん……」
まとめると、アルフとミルは逃げ方を特に考えなければならないということが一つ。
それに加え、ダニエルとリリーの二人は、アルフ達との関係性を悟られないようにしなければならないというのがもう一つ。
二人がアルフ達とそれなりに近い関係であることがバレれば、敵が何らかの強引な手段を取ってくる可能性が出てくるからだ。
それをまとめていると、ノアが「あっ」と、何かを思いついたように声を上げる。
アルフは何が浮かんだのか尋ねてみる。
「どうしたノア?」
「いや、ちょっとアイデアが思い付いてさ」
そう言うと、彼は人差し指を立てる。
「まず最初! ここでダニエルさんとリリーちゃんを家から逃がす。アルフとミルちゃんについては、最初に逃がしちゃいけない」
「……あー、確かに。俺達の姿がバレた後にダニエルさん達が家を出ると、俺達が関係してるのがバレるね」
「そうそう。だから最初はダニエルさんとリリーちゃんを逃がす。見た目は完全に一般人だし、裏路地とかにでも行かない限り、誰も襲ってこないでしょ」
ダニエルとリリーは、パッと見では普通の親子のようにも見える。
加えて、リリーの素性については割れている可能性がかなり高くはあるものの、ダニエルについてはここ数週間の話なので、あまり情報がない。
若干賭けになる部分はあるが、何とかなる可能性は充分にあるだろう。
「んで、次はどうするんだ?」
「ああ。それでダニエルさんとリリーちゃんを逃がしたら、次にお前らが家を出るんだ」
そう言って、ノアはアルフとミルの方を指差す。
だが何もせずに家を出たら、普通に二人は捕まってしまうだろう。
捕まらなかったとしても、包囲されたりする可能性がある。
「……普通に追いかけられそうだけど?」
「それはそうだけどさ。この際、追われるのは仕方無い。というかアルフなら分かってるんじゃない? 自分達が家から出たら、絶対包囲されるって」
「まぁ、うん」
「だから、自分達よりもダニエルさんやリリーちゃんを何とかしようと考えてる。そうでしょ?」
「……ぶっちゃけカーリーさんとかが敵にならない限りは、ミルを庇いながらだったとしても、何人追ってこようが余裕で逃げ切れる自信があるし。それなら二人のことを考えた方がいい」
少し恥ずかしそうに目を逸らしながら、アルフは長々とした説明を行った。
続いて彼はもう一つ、ノアに尋ねる。
「……それで、ノアとティナはどうするの? このまま家にいるの?」
「そういえば、私達はまだだったね。何か考えてるの?」
「もちろん。と言っても、アルフ達が家から出て十分後くらいに、窓とかからコッソリ家を出るって感じだけど」
作戦という表現は仰々しすぎるかもしれないが、とりあえず今後の立ち回りはこれで決まった。
危険はあるが、それを完全に消し去ることはできないので、現状での最善案であるノアの言葉を信じ、行動することにした。
だが最後にもう一つだけ、アルフはノアとティナに尋ねる。
「そういえば、二人はカーリーさんのこと探すんでしょ? 行方不明らしいけど、何かあったの?」
先程のアイゼンの言葉も含めて、気になっていたこと。
カーリーには、何かがあったのか。
彼女ほどの実力者が攫われたということは無いとして、何が起きたのだろうかと、アルフは疑問に思っていた。
それを尋ねると、二人は明らかに苦々しいような顔をして、考え込む。
そして十秒ほど考えた末に、ティナが口を開く。
「えっと、なんでもカーリーさん、アルフさんを奴隷にした犯人らしき人を見つけたらしくて……」
「えっ? それ、本当なのか?」
「うん。そしてその人が……騎士団の人で……」
「……は? 本当に言ってる? それ」
最初は、明らかに何かを隠しているような態度の二人に少しだけ疑ってかかっていたが、最後の言葉で、そんなことは一瞬で吹き飛んでしまった。
騎士とはいっても人間だ、全員がいい人かと言われれば、素直に首を縦に振ることができるかといえばそうではない。
でも、それでも、国を守る騎士たる人物が、他人を奴隷にするだなんて、考えられなかった。
「本当に犯人かどうかは分からない。けどカーリーは、そいつのことを犯人だとほぼ確信しているらしい」
そんなノアとティナの言葉回しから、アルフはとある一つ考えに至った。
「……もしかしてさ。その犯人容疑のかかってる騎士って、俺と相当仲が良い人とか、そういう人だったのか?」
アルフには友人が少ないとはいえ、いないわけではない。
特に仲が良かったのが、同年代だとノアとティナだったが、他にも付き合いのあった人は当然だがいる。
言いづらそうにしていたことから、そういった人の中に犯人がいるのではないかと、アルフは考えていた。
「ああ、まぁ……かなり深い関係の人ではあるな……」
「……そうか。これ以上は聞かないでおくよ」
ここまで隠そうと、言いにくそうにしているのを見て、アルフはこれ以上追及することは止めた。
「とりあえず、今決めた通りにいこう。ダニエルさん」
「分かった。リリー、行ける?」
「うん、私は大丈夫」
そうして二人は、家を出る。
それ以降は特段やることはなく、アルフ達は十分ほど家の中で待機していた。
その間、ある程度の携帯食料や水などを準備し、アルフとミルの二人は準備を整える。
そして、ダニエルとリリーの二人が出てから十分程度経過した。
「よし。じゃあミル、行くぞ」
「はい、ご主人様」
二人は玄関へ向かおうとするが、最後に残ったノアとティナに言う。
「二人も、気をつけろよ」
「俺達は大丈夫だ」
「うん、私達はなんとかなるから」
二人は笑顔で、アルフとミルを送り出した。
◆◇◆◇
そして、家を出る二人。
瞬間、アルフの研ぎ澄まされた五感が、周囲からの様々な視線を感じ取る。
道を歩く人々の視線もあるが、それ以上に、物陰に隠れ潜む人達の目がとにかく多い。
アルフは、古代魔法により作られた防具を出現させる。
武器については、今回は戦闘するわけじゃないので出現させない。
「……ざっと二十人か」
アルフの直感が、それくらいの敵がいることを察知する。
ボソリと呟くと、周囲を軽く警戒しながら、ミルの手を握って家を離れていく。
そして、もしもの事態に備えてミルに伝えておこうとする。
「ミル。もし逃げることがあったら――」
「待て、そこの奴隷」
が、そこに声がかけられる。
それはアルフ達の前に現れた、三人の騎士だ。
かなりガチガチに武装して、腰に差した剣に手をかけており、臨戦状態に入っていることが分かる。
「……俺達のことですか?」
アルフは警戒度を上げる。
同時にミルも、こういう状況ではアルフの後ろに隠れるのだが、今回は彼の真横から、何故かわずかに前へ出る。
「ああ、そうだ。聞いておくが、お前達がアルフとミルで間違いないな?」
「……はい」
「そうか、なら私達の所へ来てもらう。奴隷であるお前達には――」
拒否権は無いと、騎士の中の一人がそう言おうとした瞬間だった。
ブォォン!
突然、突風が吹き荒れる。
砂埃が巻き上げられ、騎士達の目に砂が入ったのか、入りそうになったのか、目を抑える。
「くっ……」
もちろんそれはただの突風なので、一秒もすれば目を開けられるようになった。
だがその時にはもう、
「なっ……」
「消えただと!?」
「おい待て! あいつのステータスはもう無くなったはずじゃ!?」
アルフとミルは、姿を消していた。
困惑する三人の騎士達に、物陰に隠れて待機していた他の私服姿の騎士と思われる人物が慌てて近づく。
「追え! お前らの後ろに逃げやがった!」
「後ろ……分かった!」
武装した騎士は振り返り、そちらへ走り出す。
アルフとミルを探すために、捕まえるために、騎士が動き出す。
◆◇◆◇
騎士から逃げ出したアルフとミルは、普通の人には視認できないほどの速度で王都の空を駆け抜けていた。
空気を蹴り、空中を跳び回る。
音もなく空中を移動しているので、空を見上げる者はおらず、もし空を見上げたとしても、常人がアルフ達を視認することはできない。
見えるとしたら、ほんのわずかな影、あるいは残像だけだろう。
ミルを抱きかかえながら空中を駆けていたアルフは、西区の高級住宅街に入ると、いったん高い建物の屋上に着地する。
周囲を確認し、敵がいないことを確認した後に、彼はミルを降ろした。
「……よし、とりあえずは何とかなったか」
「そう、ですか?」
「まだ追ってくるだろうけど、そう簡単にはバレない……はず」
高い建物の屋上からわずかに顔を覗かせるが、そこはいつも通りの日常が広がっていた。
ここまで奴隷が来るとは、流石に誰も予想していないのだろう。
「ほら、今ならこの辺は安全そうだ。けどその内この辺りにも調査が入るだろうから……」
アルフは屋上の地面に腰を下ろすと、今後のことを考える。
数日間逃げ続けるとなると、この辺りも危険になる日が来るはずだ。
「……ミル、何かいい場所ってあるか?」
だが、アルフにはどこへ逃げればいいかが分からなかった。
それこそ、ミルに聞くくらいには思いつかない。
もちろん彼女も思いつくことはなく、わずかに考える素振りを見せると、首を横に振った。
その時、
『アルフ、ミル、無事かい?』
わずかなそよ風とともに、割と聞き慣れた声が耳の中に入ってくる。
シャルルの声だ、ただし周囲には誰もいない。
「シャルルか……お前は敵か?」
数秒すると、またしても二人の耳に声が届く。
『違う。本題だけど、デニス・アルベルトを知っているよね?』
「え? はい」
『なら、すぐにそこへ行くんだ。彼やその妻には話をつけてある』
デニス・アルベルトといえば、かなり前、それこそクロードの家に置いてもらっていた時にやって来た依頼人だ。
奴隷にも分け隔てなく接する人ではあったから、もしかしたら匿ってくれるかもしれないと、シャルルの言葉を聞いてアルフは思った。
だが今のこの状況では、それすら信じることはできない。
そもそもシャルルは、どうやってデニスと知り合ったのかという話でもある。
そう思ったアルフの心を読んだかのように、シャルルの声が聞こえてくる。
『最近、カトリエルの仕事を手伝っててね。ほら、彼女ってデニスの妹でしょ? その関係で知り合ったんだ』
「……なるほど。シャルルの能力は記者には持ってこいだし、不自然ではないか」
『先に言っておくと、今回の号外記事はカトリエルが書いたものだ。僕も一枚噛んでいる。もちろん王都の混乱も、予想はしていた。だからその時のために、話はつけておいた』
アルフ視点では、言っていることは一応繋がっている。
だが、疑わしいからといって何もしないというわけにはいかない。
結局、後が辛くなるだけだ。
それならリスクを受け入れて、シャルルの言葉通りにデニスの家に助けを求めるべきかもしれない。
「……そうか。とりあえず信じる」
そう思ったアルフは、数分考えた後にそう言った。
『分かった。場所は……確かアルフは元は西区出身なんだってね? 多分分かるでしょ?』
「ああ、土地勘はある」
『なら問題無いか。頑張って、ミルと共に逃げ切ってくれ』
ここで、シャルルからの声は途切れた。
話すことは全て話し終えたのだろう。
「……ミル、聞いたな?」
「はい」
「デニスさんの所へ行くよ」
そして、シャルルの言葉を信じたアルフは、再びミルを抱きかかえると、空中を駆けてアルベルト邸へと向かった。
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