50 号外

 真夜中、満月が天高くに昇っている。

 そんな中、大教会の上階にある一室は光で照らされていた。


「失礼します」


 “レプリカ”のリーダーである研究者のイザベルが、部屋に入ってくる。

 その部屋では、一人の銀髪の男性が座ってくつろいでいた。

 枢機卿の一人であるアイゼンだ。


「待っていたよ。報告があるそうだね?」

「はい。遅くなりましたが、隠れ王族の件について……」

「ああ、そういえば報告がまだだったな」


 イザベルは、アイゼンから直々に調査を依頼されていた隠れ王族についての報告にやって来たみたいだ。

 隠れ王族候補の遺伝子を調べていたとはいえ、本来なら二日もあれば結果が出るという見込みだった。

 そのはずなのだが、最近は別の面倒な仕事が舞い込んで、報告を忘れてしまっていたようだ。


「すみません。“キマイラ”の調査で忙しかったもので……」

「そうかそうか。なら遅れるのも仕方無いかもしれない」


 奇妙な動きをしているっぽい“キマイラ”と、そのリーダーであるネモに関する調査は、基本的にイザベルが指揮を採っている。

 人員についても、“レプリカ”が作り出した人造人間を利用しているとはいえ、忙しいものは忙しい。

 アイゼンもその理由にある程度は理解を示しているようではあるが、軽く流して本題へ入る。


「それで、結果は?」

「はい。調査中の男性一名が、隠れ王族と判明しました」

「そうか……!」


 普段あまり表情の変わらないアイゼンだが、その報告を聞くと、わずかに目を丸くし、小さく握りこぶしを握って喜びを露わにする。


「一応、妹の方も調査はしていましたが……そちらは数年前に病死しているようです」

「ふむ、そうか。できれば生きていてほしかったが、一人確定しただけでも僥倖としよう。で、その隠れ王族の詳しい情報は?」

「それについてはこちらを」


 アイゼンに資料が渡される。

 数枚の紙束ではあるが、そこには件の隠れ王族の顔写真から経歴、現在までの判明している交友関係まで、細かな情報が書き記されていた。


 アイゼンはそれをじっと読み進めていく。

 流し読みとかではなく、一字一句見逃さないように、情報を頭に流し込んでいく。

 そんな中、隠れ王族の男性の交友関係を見て、彼はさらに驚いた。


「なっ……待て、待てイザベル。この内容は本当なのか……? 本気で言っているのか……?」

「一応、本当ではあります……本当な、はずです」


 聞かれたイザベルも、しどろもどろというか、この情報を鵜呑みにはできていない様子だ。

 彼女が調べた情報ではあるし、自分でまとめたことではあるのだが、それでも完全に信用はできなかった。


「交友関係が色々と、私達に都合が良すぎますが……少なくとも現在のものは、間違っていないかと……」

「ああ、そうだ、そこだよ。情報が私達にとって都合が良すぎて、逆に疑わしい……」


 なぜなら交友関係が、特に現在のものが、あまりにもアイゼンやイザベルにとって都合が良いものだったからだ。


 彼らは二人とも、とても慎重な性格だ。

 故に自分達にとって一方的に都合が良い情報に関しては、まずそれが本当なのか、疑って入る傾向がある。

 誰かに意図的に作られた情報じゃないか、騙そうとしている人がいるのではないか、といった感じに。


 隠れ王族についての情報は、まさしくそんな、一方的に都合が良いものだった。

 第一に、強引に攫ったとしても、現在の隠れ王族の身分故に、誘拐の理由付けが容易である点。

 第二に、現在の交友関係のおかげで、今まで何故王族であることが判明していなかったのか、どこに隠れていたのか、といった疑問を消すことができる点。


「……しかもヌルの話だと、明日にはあの情報が流れるそうじゃないか」


 単純に情報が都合が良いだけなら、まだ二人ともここまでは疑わなかった。

 だがもう一つ、二人を疑心暗鬼にさせる程に都合の良い情報があった。


「確か、アルフが奴隷になった、という記事の……」


 それは、明日の朝に王都中にバラ撒かれる予定の号外の新聞だ。

 製作者はカトリエル・アルベルトらしいが……その後ろには、特級冒険者のシャルルがいるという話も掴んでいる。

 なので強引にもみ消すのは不可能ではあるが、今回に関しては、そんなことをする必要性が無かった。


「その通りだよ。これはヌルが入手してくれた記事だけど……」


 そう言いながら、アイゼンは新聞をイザベルに渡す。


「……なるほど、犯人についての情報は無い。クリスハートの犯行は一応バレることはない、ということね」

「ああ。わざわざヌルが助けてくれたからな。バレたらその意味が無くなるところだった」


 どうやら記事には、犯人であるクリスハートの情報は何も書かれていないようだ。

 それどころか、犯人についての予想とか、そういう人々の注目を引き寄せる内容も、何も書いていないみたいだ。

 書いてあるのは、騎士の一人が情報をリークしたということと、奴隷の刻印をされたアルフレッドの全身の隠し撮り写真程度。

 他については、彼のこれまでの経歴を長く伸ばして書かれた感じの記事になっている。

 全体的に内容はかなり薄めではあるのだが、その書き方というか問い掛け方というか、それが人々の同情を誘いそうなものになっているという特徴はあった。


「まぁそれより……」


 だが正直な話、こんな新聞よりも面倒というか、厄介事の塊のような情報がある。


「国王はミルの写真を見て乱心、騎士達は国王の命令でアルフレッドの捜索隊を結成、貴族にもミルを手にするために私兵を動かす者が出ているという情報がある……」


 アルフレッドが奴隷になったという情報は、現在騎士や貴族の間で急速に広まりつつある。

 同時に、現在の彼に関する情報も、嘘を含めて様々なものが広がっている。

 それによりアルフレッドの現状の他にも、その側にいるミルの存在が、多くの偉い人達にバレた。


「……アルフレッドというより、ミルのせいで狂ってない? それ」

「どちらもあるね」


 ミルはまさしく、傾国の美少女。

 しかも身分は奴隷だし、彼女を連れているアルフレッドも身分的には奴隷なので、割と強引に手に入れることができる。

 それを知った男達は、狂った。

 我先にと、ミルを手にするために動き出している。


「とにかく、明日から一週間は、確実に王都が混乱の渦に巻き込まれる。アルフレッドを捕まえる者、ミルを我が物にしようとする者、逆に二人を手助けする者……それに加えカーリーも危険だ。変数があまりにも多過ぎる」

「ですが、どうしましょう?」


 この状況をどうにかする方法があるのかと、イザベルは尋ねる。

 しかしアイゼンは首を横に振る。


「何もしない。というか正確には、やる意味が無い」


 工作とかそういうのをやっても無意味なほどに、状況が混沌としている。

 この情報を統制できるほどの情報工作は、流石のアイゼンでもできないとのことだ。


「出来ることといえば、アルフレッドに情報を教えて備えてもらうくらいか……」


 なので出来るのは、対症療法的な手段を取ってもらうように誘導することくらい。

 狙われているアルフに情報を与えれば、ある程度の対策はしてくれるだろう。


「でもそれ以上に、“キマイラ”が……」

「そうだね、私達はそちらを優先しよう。ネモが何かを起こすのなら、この混乱の中だろうし」


 そして自分達は、行方不明の“キマイラ”のリーダーであるネモを探すために動こうと決めるのだった。




◆◇◆◇




 巨大なキメラが出現した翌日。

 別段何も無い平凡な朝を迎えたと、そう思うことすらないありふれた一日のはじまり。


 そのはずだったのだが……水やりをしていたミルが、何故か新聞を持ってきた。

 非常に薄いというか、二枚程度にしか見えないが、おそらくは号外記事か何かだろう。


「ミル、それは?」

「庭に落ちてました」

「ふぅん。ちょっと見せて」


 アルフは興味本位で新聞を受け取ると、内容を読み始める。

 いや、読み始める前、見出しを見た瞬間に、固まってしまった。


『号外 最強の英雄が奴隷に?』


 そう、見出しに書かれていたのだから。

 本文の方も流し読みをしていくが、アルフの予想した通りで、これは自分……アルフレッドについて書かれたものだった。

 どうやら最近、騎士団内で噂になっているとのこと。

 しかも数人の騎士が、奴隷になったアルフレッドを見たといった旨の証言をしていた、という記述もある。


 そして、この記事を書いたのはカトリエル。

 アルフは溜息を吐いたが、騎士団内で噂になっているのなら仕方ないと、すぐに割り切った。


「……流石に犯人については書かれてないか」


 ただ、自分を奴隷にした犯人については書かれていなかった。

 正確には調査中とのことで、犯人疑惑のある人物についてを軽く取り上げるだけとなっている。


「あ、見せてもらっても?」


 ダニエルも号外記事に興味を示し、そう尋ねてくる。

 一通り記事を読み終えたので渡すと、彼も軽く流し読みしていく。

 そうして数分で一気に読み終えると、彼は一回大きめに頷き、口を開く。


「アルフさん。とりあえず今日は、家を出ない方がいいかもしれません」


 絶対に面倒なことになりますからと、さらにダニエルは続けて言う。

 アルフレッドは、この王都を何度も救ってきた英雄的人物だ。

 おそらく隣人であれば、もっと言うとアルフの顔を見たことがある人の多くが、アルフの正体を察するかもしれない。

 そうなれば、危険なこととまでは言わないが、何か面倒事が起きるのはほぼ確実だと、ダニエルは言っているのだ。


「ですよね」


 どうやらアルフも同じ考えのようだ。

 この王都でずっと暮らしてきているアルフが、自分の影響力を、知名度を知らないはずがない。

 国にとっても、バレたらいけないことがバレたのだから、確実に何かが起こると思っていた。


「ただ気になるのは、誰がこの情報を漏らしたのか……心当たりありますか?」

「いや全然。直接会った騎士時代の知り合いは二人……けどカーリー言わないだろうし、ノアも言わ……いや、もしかしたら言うか? 漏らしてないと信じたいけど……そんな感じだし。あとバラす可能性があるのはシャルル……いや、うーん……」


 誰が情報を漏らしたのだろうと考えていると、ドンドンドンと、玄関の扉を勢い良くたたく音が聞こえてきた。


「……」


 明らかに何かがある、そう思ったアルフは立ち上がり、装備を出現させる。

 だが、出るべきか否か、それを考えていると、


「わ、私が出てきます!」


 リリーが真っ先に声を上げ、玄関の方へ向かっていった。


「あっ、あなたは確か、えっと……アルフさんの……」


 そんな喋り声が、少しだけ聞こえてくる。

 いくつかの壁を隔てているので、何を話しているのかは不明瞭で聞き取れないが、敵対的というか、そんな感じではないのは分かる。


「と、とりあえず中へ!」


 そんなリリーの声と共に、彼女以外の二人の足音が聞こえてくる。

 そしてリビングに入ってきたのは、若い二人の騎士。

 どちらもアルフは知っている、というか、騎士時代の友人だった人物だ。

 金髪の美青年であるノアと、金髪にポニーテールの小柄な少女であるティナ。

 二人はアルフの姿を見ると、一気に詰め寄ってくる。


「おいアルフ、大変なことになってるぞ!」

「これ! 見て!」


 そう言いながら、ティナは例の号外記事をアルフの目前につき出す。


「ちょっ、落ち着けって! それはもう見た!」

「あ、そうなの? なら言うけど、今すぐここから逃げて! 色々な人がアルフさんのこと狙ってる!」


 今すぐここから逃げろ、狙われている。

 その言葉にわずかに驚くアルフだったが、即座に理由に納得した。

 確かに、狙われる理由は分かる。


「……もしかして、貴族とかがミルを狙ってる、とか?」

「私?」


 国は強い力を持つ。

 もちろん情報収集能力についてもかなりのものだ。

 アルフの現状が割れたとなれば、その情報を探り、ミルに関しての情報を持っていてもおかしくない。

 そしてミルのことを知った偉い人が、狙ってきている。

 そう、彼は判断した。


「ああ、しかも貴族だけじゃない。俺が調べた感じだと、国王も狙ってやがる」

「は? え? あの国王が? 何度か話したことあるけど、そんなことをするとは……」

「狂ったんだよ。それくらいに、ミルの魅力は凄いんだよ。まぁそういうわけで、国王が騎士団内に、ミル捕獲のための専用部隊を作ったらしい」

「マジか……」


 だがノアの話によると、予想以上に大きな話になっているようだ。

 貴族のような人達だけでなく、国王すらも狙ってくる、国の力を利用して。


『アルフ。まだ無事かい?』


 そんな話をしていると、何も無い場所から男性の声が聞こえてくる。

 ノアとティナは聞いたことのない声であったが、それ以外の人達にとっては、聞いたことのある声だ。


「アイゼンさん?」


 それは枢機卿のアイゼンのものだった。

 どこから話しかけているのかは分からないが、何かを伝えたい感じではある。


『初めましての人もいるから自己紹介をしておくが、私は枢機卿のアイゼンだ。ところで、そちらの騎士二人については……』

「この二人……ノアとティナは騎士時代からの友人です。信用は……多分できます」

『……なるほど。君達が、か。さて、単刀直入に言うが、一週間以内に何か大きな事件が起こる可能性が高い』


 その伝えたい情報というのは、事件が起こるかもしれないということだ。

 しかしそれは、あくまで可能性の話だ。


『逃げるのなら、アルフとミル、リリーとダニエルに分かれてほしい。そして君達……ノアとティナだったか? 確かカーリーの弟子のような立場らしいね? なので二人にはカーリーを探して合流してほしい』


 それにも関わらず、色々と指示を出してくるアイゼン。

 流石にこれには、疑う人も出てくる。


「……アイゼンさん。何をするつもりですか? “レプリカ”と“キマイラ”に襲われた僕からすれば、あなたの言葉は信用できない」


 特にダニエルについては、つい先日、実質教会とも言える“レプリカ”と“キマイラ”に命を狙われていた。

 そんな人が、教会所属のアイゼンを信用できるわけがなかった。


『強制はしない。しかし今後王都に大きな襲撃がある……かもしれない。大量のキメラが、襲ってくるかもしれない。私はもしもの事態に、対処しなければならない』

「……ああ、そうか。リリーを戦力にしようって魂胆か」

『その通りだ。娘のリリーは覚醒……いや、君達にとっては古代魔法と呼んだ方がいいかな? それを使うことができる。古代魔法持ちの戦力は、この国の騎士団が束になっても敵わないレベルと言ってもいい。私としては、そんな戦力を浮かせておきたくはない』


 アイゼンとしては、王都を守りたいだけらしい。

 守るために、利用できるものは利用するという、それだけの話だ。

 アルフとリリーを分散させることにより、戦力の一極集中を防ぎ、どこで何が起きてもいいようにということだろう。


「……アルフから聞いたが、確か“キマイラ”のリーダーが、行方不明になっているんだって?」


 念のため、ダニエルは尋ねる。


『ああ。ネモが、何かを起こしてくるかもしれない。私の行動理由は、理解はしてもらえたかい?』


 そしてアイゼンもそれに答え、問い返す。


「…………あなたのことは完全には信用していない。けど、今回は言う通りにする」

『そうか、それは助かるよ。では君達、頼むよ』


 そう言うと、言葉では表現し難い奇妙な音と共に、アイゼンの声が途切れ、聞こえなくなった。

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