05 魔物よりも恐ろしい人間

 王都の西門を出て、歩いて一時間ほどで、目的の森へとたどり着いた。

 だがステータスが無くなって体力も減っているので、流石にアルフにも軽い疲労が出てきているようで、少し呼吸が乱れていた。

 だがそれ以上に、ミルは疲れ、肩で息をしていた。


「森に入る前に、軽く休憩する?」

「私のことを、気づかっているのなら……無視して頂いても、大丈夫です」

「……なら休憩するか」


 気遣うなと言っている時点で、疲れているということだろう。

 そう考えたアルフは、適当に倒れていた木に腰かける。

 そしてミルは立ったままでいようとしていたので、これもまたご主人様命令で座らせた。


「にしても、喉が渇いた。この感覚も初めてだ」

「……そうなのですか?」

「ああ。元は全てのステータスが十万を超えてたからなぁ……その影響か、今までは空腹も、眠気も、もっと言うとありとあらゆる苦痛を、感じなかったんだよ」


 それに比べて、今のアルフはステータスが消えたため、そういう感覚をしっかりと感じるようになっていた。

 ステータスを失ってから得た新鮮な感覚と、それに伴って発生する渇望。

 だが何故か、新たに得た感覚にも関わらず、それが苦痛にも関わらず、それは物凄く身体に、心に馴染むのだ。


 そんな新鮮な感覚にわずかな戸惑いを感じていると、その隣でミルが立ち上がり、周囲を見渡し始める。

 特に、今まで歩いてきた道の方を中心に、キョロキョロとその場から確認していた。


「……」

「どうした?」

「……いえ、なんでもありません」

「本当に?」


 遠慮しているのではないかと思い、念のためもう一回尋ねると、ミルは少し首を傾げながら口を開く。


「気のせい、かもしれませんが、誰かに見られているような気がしました」

「誰かに? ……後を付けられている?」


 実際に誰かを見たわけではないらしいが、ミルは、何故か視線を感じたのだという。

 だがそれを聞き、今まで歩いてきた道を直接確認しても、それらしい人影は見当たらなかった。

 だが、もしものことはあるかもしれない。


「誰もいなかったけど……少し急いだ方がいいかもしれない。ちょっと早いけど、行こう」

「はい」


 アルフとミルは立ち上がると、森の中へ入っていく。

 その前にもう一度後ろも確認はしたが、やはり何かがいるということはなかった。




◆◇◆◇




 森を進み始めてから十分ほど、割と浅い場所でアルフは足を止めた。

 大木や、その間に生い茂るシダの影に隠れ、人差し指を口に立てて言う。


「いた。あれがダイウルフの群れだ」


 そう囁いたアルフの視線の先には、四足歩行の狼のような複数体の魔物と、それよりも大きな、二足歩行で辺りを探る、猫背の狼のような魔物がいた。


 二足歩行のものが群れの首領で、大人の男性と同じくらいの背丈があり、特にパワーはかなりのものだ。

 対して周囲の魔物は、首領と比較すると小さいのでパワーはそこまでだが、かなり素早い。

 単体では大したことはないが、複数体で協力しながら襲いかかってくるのが厄介な相手。


「ミルはここで待機。何か魔物が出てきたら声を上げて知らせてほしい」

「分かりました」


 アルフは小声で囁くと、何もない場所から十字架のような大剣を取り出して握る。

 首領以外の取り巻きは、見える範囲には四体。

 まずは速攻で小さい方を狩り、残った大きいのを確実に倒す。


「らぁぁあっ!」


 地面を蹴って大きく前方へ跳躍すると、小さい狼の一体を狙い、天から勢い良く振り下ろす。

 ほぼ鈍器と言うほどに切れ味の悪い剣ではあるが、振り下ろす一撃は非常に重く、狼の背骨をいとも容易く砕き、絶命させた。


 突然の襲撃に身構える狼たち、だがすぐに首領の大きい狼が雄叫びを上げる。


「ヴォォォォォオオオッ!」


 号令と共に、部下の狼たちが順に取り囲んで襲いかかる。

 噛みつかれれば、痛みで確実に動きが鈍る。

 アルフは一体目の攻撃を回避すると、すぐに穴の空いた包囲から抜け出して大きく回り込み、二体目に剣を振り下ろす。

 その二体目もビクビクと震えた後に動かなくなるが、そんなのには目もくれず、三体目と四体目に流れるように剣撃を当てる。


「グゥアアアッ!」

「うおっ……!」


 そうして小さいのに気を取られていると、首領の重い一撃が襲いかかる。

 上手く攻撃を弾いて後ろに飛び退くが、アルフは体勢を崩して膝をついてしまう。

 そこを狙い定めたかのように、まだ生きている三体目と四体目が再び襲いかかる。


「ふんっ、らぁっ!」


 一体目は振り下ろしで一撃、二体目は剣でガードしてからの薙ぎ払いで吹き飛ばす。

 そして木に勢い良く当たると、グシャっという音を発してようやく動かなくなった。


「さて、残りはリーダーだけだ」


 こうなってしまえば、もう消化試合だ。

 ダイウルフの強みは、複数体で協力して襲いかかってくる点だ。

 それが失われたら、もはや少し頑丈でパワーはあるが、動きは鈍い狼と変わりないのだから。


 厚い毛皮を持つので斬撃にはそこそこ強いが、内臓への衝撃には弱い。

 アルフの剣による打撃によってよろめいた隙に、振り下ろす一撃を頭部に叩き込む。


 地面まで振り下ろすと、メギャッという、骨が砕ける感覚が腕に伝わる。

 剣をゆっくりとどかすと、ダイウルフの首領は完全に息絶えていた。


「ふぅー……」


 とりあえず、見える範囲の敵は全て倒した。

 アルフは今までの戦闘とは比較にならないほどの緊張から開放され、大きく息を吐いた。


 その時、ガサガサと、ツタやシダを分ける音が耳に入る。

 反射的にアルフは剣を構えるが、音のした方からは、ミルが出てくる。


「ははっ、なんだミルか……」


 一瞬だけ敵かと思って身構えたが、違って安堵したのか、思わず笑みがこぼれてしまうアルフ。


「ご主人様。周りを見ていたのですが、こんなものが……」


 そんなアルフに、ミルはあるものを見せてきた。

 それは、しっかりと手入れがされた綺麗なナイフだった。

 森に落ちていたにも関わらず、錆も刃こぼれも一切無いという、非常に良い状態であった。

 おそらく、どこかの冒険者が落としていったのだろう。


「ナイフか……ちょうどいい。俺は今から魔物の毛皮を剥ぎ取るから、ミルは周りを警戒しといてほしい」

「分かりました」


 アルフは、ナイフでボスのダイウルフの毛皮を剥ぎ取っていく。

 ダイウルフの首領ともなると、その毛皮は厚くて丈夫なので、武具として重宝される。

 対して小型のダイウルフの場合は、そこまで丈夫ではないが、毛がそこそこ柔らかいので、冬用の普通の衣服によく用いられる。

 つまりは、剥ぎ取って持ち帰れば、それなりに価値があるので金になる、ということだ。


 アルフは、状態の良い部位の毛皮を剥ぎ取っていき、それを担ぐ。

 今の状況で何かがあると危ないので、最も価値の高いボスの毛皮だけを剥ぎ取ると、二人は来た道を引き返していった。


「……?」


 その間も、特に森から出たあとはしばしば、ミルは怪訝な表情で周囲を見渡していた。


「やっぱり、何か気配を感じるのか?」

「はい。どこからかは分からないのですが……見られている気がします」

「……そうか。でも、ここまで長時間歩いても何も無いということは、流石に気のせいじゃない?」

「そう……ですね」


 最初は誰かに襲われるかもしれないと不安に思った。

 だがしばらく何も無かったら、不安もほとんど消えてしまっていた。


 だが、最初に抱いた不安は、現実となる。


 王都まであと数分といったところ。

 そこには、八人の屈強な男達が待ち構えていた。


「おおっ、ダイウルフの毛皮持ってやがるぜ!」

「奴隷の割には、中々にやるヤツみたいだ」

「でも俺達には勝てねぇよ。あの男の方は顔が良いし、捕まえてさっさと奴隷商に売っちまうぞ!」


 彼らの目的は、どうやらアルフらしい。

 確かにアルフは、今まで良い暮らしをしていたため、体格も良いし顔も良い。

 奴隷として売るにはうってつけだった。


「……ミル。ちょっとこれ持ってて」

「はい。それで、ご主人様は……」

「“スキャン”……うん、大丈夫。多分勝てる」


 だが、その男達のステータスは、高くて八百程度。

 ステータスが無いアルフではあるが、大剣の謎の効果により強化された今なら、勝つことができると踏んでいた。


「来るなら、来い……!」


 アルフは何もない場所から大剣を出現させて、ミルの前に立って構える。

 その奇妙な武器を見て、男達はさらにニヤリと嫌な笑みを浮かべる。


「おぉ、なんか珍しい武器ももってるじゃねぇか」

「あいつも奪ったらカネになるな!」

「誰かに見られる前に、さっさと終わらせるぞ!」


 そうして、男達はアルフの方へ剣などの武器を持って突撃してくる。

 だが、それはアルフからしてみたらあまりにも遅いもので――


「がぁっ……」

「ぐおっ……」


 男達の間を縫うように駆けていき、アルフは相手の頭や首に的確に打撃を与える。

 そして五秒もすれば、近接武器を持って近づいてきた六人は全員気絶して倒れ、動かなくなった。


「ひっ、なっなんだこいぃぃッ!」


 後ろの方でクロスボウを構えていた男も恐怖するが、一瞬で距離を詰められ、頭部に一撃を打ち込まれて倒れてしまう。

 そして最後の一人は、足を攻撃してバランスを崩したところを押し倒す。


「ヒィッ……!」


 倒れた男の頭のすぐ近くの地面に、剣が突き刺さる。

 そして目の前には、奴隷の青髪の青年がいる。

 奴隷なのに、まさかここまで強いとは思わなかったのか、その反動で生じた恐怖で、男はガクガクと震えてしまう。


「質問です。俺を襲った目的は何ですか?」


 さらにこの丁寧な口調も、恐怖を増大させる。

 純粋に態度が悪いだけでは出ることのない、静かで重苦しい圧力がのしかかる。


「ギ、ギルドで見たとき、見た目が良いから売ったらカネになると思ってやっただけだ……」

「理由はそれだけですか?」

「それだけだ……どうせ奴隷を攻撃しても、誰も止めやしないと思ってやった……」


 この言葉を聞いて、アルフは奴隷の身分の低さを改めて実感した。

 大多数の人達にとって、奴隷とは可能な限り関わりたくない汚れた存在なのだろう。

 だからこそ、奴隷に対して普通に攻撃する人は現れるし、それを止めようとする人は滅多にいないのだろう。


「それに、もしこうやって失敗しても、お前が捕まるだけだ。ハハ……ああ、来やがったぜ……」

「見つけたぞ、お前達だな!」


 衛兵達が、騒ぎを聞きつけたのか、数人で駆けつけてくる。

 それを見て、男は大声で叫ぶ。


「助けてくれぇぇ! 突然こいつに襲われてっ、仲間も倒れちまったァ!」

「嘘を言うな! 全てわかっているぞ!」

「ぐぇっ! な、なんで……?」


 それを聞いて、衛兵達は男の言葉を信用するかと思いきや、逆に捕らえたのだ。

 普通なら、男の証言を信じて奴隷である自分達を捕らえるだろうと、アルフは今までの経験則からなんとなく察していた。

 だが今回目の前で起きているのは、その逆のことだった。


「残念だったな。奴隷を集団で襲ってる奴がいると、情報があったからな」


 どうやら、誰かからの情報があったみたいだ。

 だが戦闘があったのはたったの十秒程度。

 それだけの時間で、情報提供者がどうやって情報を掴んだのかが疑問ではあったが、アルフは素直に感謝した。


「ありがとうございます!」

「ハハハ、礼なら……おっ来た! 彼に言うといい。彼が情報をくれたんだ」


 指差した方向を見ると、そこには五人ほどの衛兵を連れてやってくる男がいた。


「あっ、あの人は……」


 アルフはその男を覚えていた。

 冒険者ギルドを出る際に、ドア越しでぶつかった黒髪で長身の男性だ。

 珍しく優しくしてくれたのが印象に残っているので、忘れずに覚えていた。


 男は衛兵に軽く指示を出すと、アルフの方へ近づいてくる。


「うっす。ダイウルフの群れとの戦いは良かったぜ。それにこのチンピラ共も、余裕で倒しちまったみたいだな」

「えっ。なんで知って……」

「悪いねぇ。冒険者ギルドで見たとき、ちょっと気になったもんで、尾行させてもらってたんだよ」


 アルフは声を呑む。

 確かにミルは、誰かの視線を感じると言っていた。

 それを受けて何度探しても見つからなかったので、気のせいだと思いこんでしまっていたが、本当は最初の方からずっと見ていたのだという。


「その証拠に……ほらこのナイフ」


 男は、アルフのポケットに仕舞われたナイフを取り出し、カバーを外す。


「森に落ちてたのに妙に綺麗だったろ? なんせ俺のだからな」

「えっ……」

「流石にあの錆まみれの剣じゃあ剥ぎ取りがキツイと思ってね。勝手ながらサポートさせてもらったよ」


 その時はあまり何とも思わなかったが、確かに状態は非常に良かった覚えがある。

 持ち手の部分から、かなり使い込まれた感じはしていたが、刃の部分はしっかりと手入れされていた。

 そして何より、森に落ちていたはずなのに、土汚れなどがほぼ無かった。

 どうやら遠くの方から投げて、ミルの近くに落としたのだという。


「ご協力、ありがとうございます!」

「おう、お疲れ様〜」


 そんなこんなで話していると、アルフを襲ってきた男の拘束が終わったようで、衛兵達は彼らを連れて行った。

 男は人当たりの良い笑顔で衛兵に軽く手を振り、見えなくなったところで、アルフの方を向く。


「……さて。本題だけど、もし良ければ、今から俺の家に来てくれないか? 色々と話したいことがあるんだ」


 やがてアルフとミル、そしてこの男の三人になったところで、男は本題に入る。

 どうやらアルフ達、というかアルフに何か聞きたいことでもあるのだろう、家に来てくれと言ってきた。


「……一応、大丈夫です。でもその前に一ついいですか?」

「なんだい?」

「あの子……ミルっていうんですけど、一緒に連れてっていいですか?」

「ああ、別にそれくらいならいいよ。じゃあ行こうか」


 アルフはミルを手招きして呼び寄せる。

 そうして二人は、少し警戒しながらも、助けてくれた男についていくのであった。

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