06 新たな生活のはじまり
アルフ達は、ギルドに依頼達成の報告を終えた後に、助けてくれた男の家に招かれた。
家は二階建ての家で、それなりの広さがある。
アルフ達は、キッチン付きのリビングに通された。
それからしばらくすると、昼食ができた。
昼食は割と簡単なもので、パンとスープの二品だ。
だがスープに関しては、中に肉と野菜がゴロゴロ入っていて、食べごたえがありそうなものだった。
「それじゃあ食べるか」
昼食の時間。
アルフ達は、本当に久しぶりの食事にありつく。
まずパンを一口食べると、ふんわりと歯がパンに突き刺さり、噛みちぎられる。
そして噛めば噛むほど甘みが出てくる。
スープのベースは塩味だろうが、野菜の旨みが染み出しており、見た目以上に濃厚な味となっている。
「美味い……」
冷えた身体が芯から温まり、満たされる、本当に素晴らしい料理だ。
「美味そうに食べるねぇ」
「いや、数日ぶりの食事なので……本当に、すごい、美味しいです……!」
「おっ、それはよかった」
気づいたら、最初は遠慮がちだったミルも、ゆっくりと食べ始めていた。
普段はほぼ無表情な彼女も、食べているときはわずかに綻んだ表情を見せていた。
最初は少し警戒していたアルフだったが、美味い食事を食べさせてもらい、すっかり警戒も緩んでいた。
そんな空気が緩くなってきた時を見計らって、男は口を開く。
「さて、自己紹介が遅くなったけど……俺はクロードだ。よろしく」
「あ、俺はアルフといいます。それでこっちの子はミル」
「……よろしくお願いします」
三人ともが自己紹介をする。
そして会話を交えながら食事を楽しんでいく。
「それにしても、こっそり見てたけどあの剣術は凄かったぞ!」
「んっ……ちょっと奴隷になった経緯が特殊なので。ああいう剣の他にも、槍とか弓とか、そういうのも使える感じです」
「マジか。やたら強かったのはそのせいか……」
「あと気になったんですけど、どうして俺達を尾行したんですか?」
「あぁ〜その話ね。理由の一つは、お前が普通の奴隷には見えなかったから、だな。単純に興味が湧いたんだ」
クロードによると、アルフは他の奴隷とは違った風に見えていたのだという。
だから追いかけてみたら、かなりの戦闘力を持っていたし、未知の性能の武器も見れたしで、中々に面白いと思って呼んだのだという。
「あと、お前じゃなくてミルの話なんだが……」
「はい?」
「……その皮膚は、毒か何かでやられたのか?」
武器の話とか戦闘の話とかで楽しんでいたが、クロードは少し声のトーンを落とし、真面目な顔で尋ねてくる。
「いや、ミルと出会ったのは本当につい最近なんで、詳しいことは分からないんですけど……そういえばミル、いつからその状態になったんだ?」
「はい。確か……三ヶ月くらい前から、だったと思います」
「三ヶ月? はぁぁぁ……」
三ヶ月前からこの状態だったことを聞き、クロードは明らかに大きなため息を吐いた。
「どーせあれだろ? その時のご主人サマって女だったろ?」
「はい、そうですが……」
「やっぱりな! どうせ奴隷のくせに顔が良いとか何かで
「あ、あの、クロードさん……」
「薬師ってのは人を苦しめるためにいるんじゃねぇよ救うためにいるんだよ! なんでこんなクソみたいなことするかなぁ死ねよ!」
「ちょっ、クロードさん!」
ネチネチと前のご主人様のことや毒を作った薬師のことをクソだとか死ねだとか言ってキレ散らかすクロード。
その勢いはアルフが止めても止まることはなく、どんどん勢いを増していき、クロードの息が切れるまで続くのであった。
「ふぅー……悪い。急にキレて」
「いや、別に俺達は何もされてないんで……」
「にしても、酷いヤツもいたもんだ……。ミルの元ご主人とやらを見つけたら、絶対ぶっ殺す……!」
流石に食事の途中に語彙の続く限りの罵倒をして疲れたのか、最後にそれだけ言うと、クロードはこれ以降は黙って食事を食べ進めていった。
そして昼食を終えると、クロードは立ち上がる。
「さて、じゃあ本題と行こう」
「本題?」
「ちょっと、ついてきてほしい」
そう言って、クロードはリビングから出ると、二階へ上がっていく。
アルフとミルもそれに続くが、二階に上がったあたりで、少々奇妙な匂いを感じた。
一番近いもので言うと、香りの強い草の匂いが、わずかに感じられた。
そしてクロードは、一番奥の、左側の部屋の扉を開ける。
クロードは部屋に入り、アルフ達は部屋を覗く。
「えっ……この設備、まさか……!」
そこにあったのは、試験管やビーカー、フラスコといった実験器具や、数は少ないが薬草など。
今の時代ではまずあり得ないようなモノが、たくさんあったのだ。
「クロードさん、もしかして薬師……?」
「ああ。教会から隠れながらやってるんだ。俺のスキルは、詳しいことは分からないが『薬師』の系統だからな」
その名の通り、薬師とは薬を作ることを生業にしている者達のことを指している。
だが今の王都では、薬師は表立って存在することができない。
というのも教会が、医療を独占するために、薬師潰しを始めたからだ。
数十年前からそれは始まり、営業妨害、主要な薬草類の買い占め、群生地や農場の占拠など、あらゆる手段を用いて薬師達を廃業に追い込んだ。
今では『薬師』やそれに類するスキルを得た者は、必ず教会に所属しなければならないという法律まで作られてしまい、個人営業をしている者は、見つかったら捕まってしまうのだ。
「それにしても、どうしてスキルが『薬師』系統だって分かったんですか? 普通に教会で鑑定した……とかじゃないですよね?」
「ああ。まだ十五になる前に、病気の妹を助けるために色々と頑張ってた時期があってな……その時に得た薬学の知識が、十五歳になった日に急に理解できたんだ」
「なるほど……薬学系の知識を理解するには、そういうスキルが必要だから……」
一部の専門的な知識を身につけるには、それに合ったスキルを得なければならない。
薬学はその筆頭であり、『薬師』やそれに類するスキルを持たない限り、知識を暗記することはできても、理解して応用することはできないのだ。
どうやらクロードは、十五歳になってスキルを得る前から、病気の妹を助けるために奔走していたのだという。
あらゆる手段を用いて、今ではもはや珍しい薬草を採取したり、裏で不正に活動する薬師にお金を渡して知識を教わりに行ったりしていたみたいだ。
では何故、治療を頼まずに自分で解決しようとしたのかといえば、単純にお金がかかりすぎるからだ。
裏の薬師に頼もうが、教会に頼もうが、どちらにせよ法外な額のお金が取られてしまうのだ。
教会は治療技術をほぼ独占をしているのでお布施の額を上げ放題だし、薬師はさらに数が少ないので、より高い額を要求してくる。
そこから、まともに払える額ではないのだから、自分で知識を身につけたほうが良い可能性がある、という結論に至ったのだ。
だがそんな努力も空しく、妹は助からなかった。
失意に暮れたクロードだったが、十五歳になったその日、今までに暗記してきた知識が、まるで大きく花開くかのように、完璧に頭に入ってきたのだ。
この時、クロードは自分に『薬師』のようなスキルを得たのだと、気づいたのだ。
「さて、身の上話はこれくらいにして……結局の所、一人じゃ色々とキツイから、手伝ってほしいっていう話だ。もちろん、たとえ奴隷だろうと相応の報酬は出す」
「ああ、なるほど。だから俺達に目をつけたわけか」
「……ご主人様、どういうことですか?」
「簡単に言えば、奴隷相手なら、金を渡せば従ってくれるだろうって話だ。そうですよね?」
「まぁ、そうだな」
汚い話ではあるが、奴隷を雇ったほうが裏切られる確率が圧倒的に低いのは、アルフでも簡単に想像できた。
同じ給料を出すとして、それなりに生活ができる普通の人を雇うか、今を生きるので精一杯な奴隷を雇うかと考えると、後者のほうが裏切らない、いや裏切れないと分かる。
なんせ、裏切ったらその瞬間、これからの生活が成り立たなくなるからだ。
「でもクロードさん、正直まだ俺達を信用しきれませんよね?」
「……」
「だから、俺からも重大な秘密を打ち明けます。もしこの情報を教会に渡せば、俺は確実に処刑される。そんな情報です。これで対等になりますよね?」
「そんな秘密があるのか?」
「はい」
そう言って、アルフは軽く深呼吸をする。
「まず一つ目の秘密。奴隷になってからは、俺はアルフと名乗っていますが、それ以前の本名は……アルフレッド・レクトールだ」
「……は?」
「俺は、アルフレッド・レクトールだった」
「は!? いや、えっ? それ本気で言ってる!? いや、確かになんか似てるとは思ったけど、マジで!?」
最初から、妙な既視感はあった。
だがクロードの心の底では『それはない』と考えていた。
それが、本当だった。
まさか、あの英雄が奴隷になるなんてと、クロードは愕然としてしまう。
「マジか、それはヤバい秘密だな……でも、どうして奴隷になっちまったんだ……?」
「それが、二つ目の秘密。俺のスキルの話だが……俺は『状態異常無効化』のスキルを持っている」
「……はぁ? いや、なに、マジで言ってる!? というかそれが本当だとして、何で生きてんの!?」
「今までの功績があるから見逃してもらった感じです」
「えっ、なんで功績だけで……いや、功績がでかいからな……それを無視して処刑を決行したら、確かに民衆からの批判は凄そうだ……」
本来なら『状態異常無効化』のスキルを持つ者は、公に処刑される。
だがアルフレッドの場合、あまりにも功績が大きすぎたため、処刑したら面倒事になる可能性が高かった。
だからこそ、処刑を行わないことが決定されたのだ。
「ということは、処刑しない代わりに奴隷に堕としたということか?」
「いや、そうじゃなくて……本来なら家を追い出されることもなかったし、奴隷にされることもなかったんです。父からは、このまま家にいていいと言われましたし」
「じゃあどうして?」
「それが分からないんです。多分、俺に怨みを持つ誰かがやったんだと思いますけど……」
「あの英雄アルフレッドに怨み? そんなん持つ人なんているか?」
「います。俺のせいで相対的に権力が弱まった下級貴族や、他の同年代の騎士からは、多分かなり嫌われてましたから」
「あぁ……強さがとんでもないから、権力が自然と高まったわけか。そりゃ怨みも買うわな……」
民衆からは英雄と呼ばれるアルフレッドも、特に政治の世界ではかなりの嫌われ者だ。
別にアルフレッド自身は、特段おかしな行動はしていない。
ただ、その高すぎるステータスのせいで、レクトール家に大きな権力が自然と集まっていった。
周囲の貴族や騎士の家からしてみれば、強い子供一人だけで権力構図が入れ替わったようなものだから、納得はできないだろう。
「まぁそういうわけです。これで、互いに裏切れない理由ができました」
「ああ、そうだな……でもまさかここまでするとは思わなかった」
「そこはまぁ、信用してもらうためです」
本来なら、この秘密は誰にも話してはならないものだ。
だがクロードなら、同じく隠さねばならない秘密を持つ彼なら、利害の一致で黙っていてくれる。
アルフはそう考え、打ち明けたのだ。
「……じゃあ改めて、もう一度聞くぞ」
そしてクロードも、もう一度尋ねる。
「俺は、人を救うために薬師になった。教会では救うことのできない、俺にしか救えない人を救うためにだ。けど俺一人にできることには限界がある。だから、より多くの人を救うために……手伝ってくれ」
クロードは、右手を差し出す。
企みなどは何も無い、人を救うという想いに対する誠実さが、その真剣な表情に現れていた。
その想いはアルフに伝わる。
そして静かに右手を差し出し、握手を交わす。
お互いに、この人なら大丈夫だと感じた。
アルフとなら、クロードとなら、これから絶対に上手くいくと、信じられた。
「それじゃあクロードさん、これからよろしく」
「こちらこそ。それと、別に丁寧な口調じゃなくていいぞ?」
「そうか? それじゃあ……よろしく」
グッと、手に軽く力を入れて、離す。
こうしてアルフとミルは、とりあえずの平穏を手にしたのであった。
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