第二章 悪意との邂逅
07 治療のために
アルフとミルが、クロードとの協力関係を結んだ翌日、二人は彼の研究室に呼ばれた。
とはいえ、実験器具などはほとんどが撤去されており、机の上にあるのは注射器と、何かの液の入ったビーカーだけである。
「よし、それじゃあ早速だが、ミルの血液検査をしようと思う。というわけだから、腕をこう、伸ばして」
ミルの皮膚の半分以上は、毒々しい紫色になっているが、クロードの話によると、この症状は毒によるものの可能性が高いらしい。
そういうわけで、検査を行うことにしたわけだ。
ついでに、ミルの保護者的な存在なアルフも呼んでおいたとのことだ。
「じゃあ、腕の力を抜いて」
「はい……っ!」
チクっと、内肘にわずかな痛みが走る。
わずかに歯を食いしばるミルだが、たかが注射だ、すぐに痛みに慣れたようだ。
注射器に、血液が吸い取られていき、それなりの量を採血したところで、針は抜かれた。
「ほい。アルフ、針を刺してた部分にこれ当てといて」
「分かった」
「あとミル。ちょっと痒くなるかもだけど、掻くなよ?」
「わかりました」
アルフは言われた通りに、ガーゼをミルの内肘に当てて、テープを貼り、包帯を巻いて固定化する。
その間も、クロードは血液をビーカー内に入れていく。
血液は、ビーカー内に事前に中に入っていた液と混ざり、赤く染まっていく。
ガラス棒でかき混ぜると、その色はやがて均一になって、とても薄いものとなった。
「……よし、“ディバイド”」
同時に、液の色が分離していく。
成分ごとに層が分かれて、白濁の層と赤色の層と黄色の層の三層が形成された。
「これは……」
「何か、分かったのか?」
その様子を見て、思わずクロードは目を丸くした。
「……毒も菌も、少なくともミルの血液内には無かった」
なんせ、あんなに酷い症状が出ているにも関わらず、血液が普通の人のそれと同じだったからだ。
とはいえ、そうなるのもある意味では必然のことであった。
「あっそれ……俺が『状態異常無効化』をミルに使ったからだと思う」
「え? ああ、そういうことね」
「それと俺のスキルは、菌の出す毒を無力化することはできても、菌そのものは殺せない……と思う。だから、毒に犯されていたのはほぼ確定じゃないかな? ただ気になるのは……」
「毒が消えたのに、皮膚が治らないこと、とか?」
アルフは、自分の言いたいことを言い当てられたことに、素直に驚く。
「まず毒による症状だけど、これは多分『皮膚形成に異常を引き起こす』って感じだと思う。形成中に何らかの反応で紫に変色するんだろうな」
「でもその反応が無くなったのなら、色は消えるはずじゃ……?」
「まぁそうなんだけど……そもそも皮膚ってのは、目に見えないほどの薄皮が何層にも何層にも重なってできてるわけで……毒が消えて、最奥で正常な皮膚が作られても、今までに作られた異常な皮膚が残っちゃってる。だからすぐには治らなかったんだ」
要するに、毒の影響はもう無くなっているらしい。
まだミルの皮膚が紫から変わらない理由は、今までに作られた異常な皮膚が剥がれ落ちていないから、というだけだ。
しばらくすれば、異常な皮膚は全て剥がれ落ち、正常な皮膚が生え変わっていくはずだと、クロードは説明してくれた。
「まぁそういうわけで、放置していれば治る……けど、できれば早く治したいよね?」
「それは、はい……」
「というわけで、ミルはこれ飲んで。俺の作ったポーションだ」
「うおっポーション……教会から買ったらとんでもない値段になるものなのに……」
ポーション、いわゆる回復薬だが、これを表立って売っているのは、教会だけである。
他に競争相手はいないので、普通の性能のポーションであっても、かなりの額が飛んでいってしまうほどだ。
そんなものを簡単に渡してしまうことに、アルフは軽く驚いていた。
とはいえ『薬師』のスキル持ちからしてみたら、良質なものならともかくとして、それなりの性能のポーションなら、割と簡単に作れるのだとか。
ミルは小瓶に入った、青緑色の液体を一口で飲み干す。
普段は無表情のミルですら一瞬顔をしかめたので、かなりまずいのだろう。
「苦いだろ? けど適度に飲んでおけば、皮膚の治りも早くなるはずだ」
「何から何まで……本当にありがとう、クロード」
「いいよいいよ。ただまぁ、その代わりと言ってはアレだけど、アルフにはポーション用の素材集めは手伝ってほしい。いいよな?」
ここで早速と言わんばかりに、クロードは仕事をお願いしてくる。
ポーションを作ることそのものは簡単だが、素材集めが少々面倒とのことで、それを集めてきてほしいとのことだ。
もちろん、アルフに断る理由は無かった。
「これが、俺が知る限りの素材の群生地や農園跡地の地図だ」
クロードは机に地図を広げる。
そこには王都周辺の地形と、素材となる薬草類やキノコなどの群生地についてが書き込まれていた。
「え? でもこういう場所は教会に占拠されて入れないんじゃ……」
「いや、薬師がほぼゼロになってるからなのか分かんないけど、いつの間にか群生地の警備は無くなっていた。だから素材回収は簡単だ」
「……魔物の危険性とかはどんな感じ?」
「そこも問題無い。今回集めてほしいのは回復ポーション用の“メディスハーブ”って薬草なんだけど……大体の魔物はその匂いを嫌ってるからな」
地図を見ると、王都から目的の薬草の群生地までかなり近く、片道で三十分程度で到着できる距離にあることが分かる。
「見た目は平凡な青々しい草なんだけど、ツンと来る独特の匂いがあるから分かりやすいはず。匂いがバレるかもだから、この採取用のリュックを持ってくといい」
「分かった、色々ありがとう」
深緑色のリュックを受け取り、アルフは軽く礼を言うと、ミルの頭をポンとたたいて、
「じゃあ、行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
軽く手を振って部屋を去っていく。
二人しかいないという場合は連れて行くが、今回はクロードもいるので、置いていっても問題無いだろうとの判断だ。
今回は、アルフ一人で薬草採取へと向かうのであった。
◆◇◆◇
目的地にたどり着くまでは、小型の魔物が少し現れる程度で、本当に大したことはなかった。
三十分ほど歩いた先に見えてきたのは、周囲を森に囲まれた集落跡だった。
建造物がそこそこ残ってはいるものの、集落を囲う柵は崩れており、人の気配は全く無かった。
「本当に、誰もいないっぽい……?」
教会関係者がいる可能性を考慮に入れて、慎重に集落跡に歩を進めるアルフ。
まずは関所らしき場所から中へ侵入しようとするが、その時――
くしゃ。
「ん?」
紙を踏みつける音がした。
思わず足元を見ると、確かに自分で紙を踏みつけているのが分かる。
アルフは足をどかすとそこには、文章が書かれていた。
『貴様は、この関所内にある武器を二つ持っていくこと。持っていかなかった場合、以下の人物は十二日後にアインに殺されて死亡する』
その少し下に、名前が書かれている。
『アルフレッド、ミル、クロード』
とても綺麗な文字で書かれており、紙もかなり新しく、踏みつけた時にできた土汚れ以外は何もなかった。
「……!? 誰かが、いるのか……!?」
アルフは慌てて周囲を見渡すが、誰かがいるようには見えない。
それ以前に、アルフがこの場所へ向かうことを知っている人物は、アルフ本人の他には、ミルとクロードだけしかいないはず。
にも関わらず、文章を書いた人は、ここへ向かうことが分かっていた。
とにかく、ただひたすらに不気味に感じた。
「……いや、行くしかないか」
だが手紙の内容が妙に具体的なのが気になったため、アルフは関所の建物の中へと入っていく。
中は小さめの部屋にテーブルと椅子、それと簡易的なキッチンが備え付けられている。
だが今は誰にも使われていないらしく、それなりに埃っぽく、端の方などは雨漏りして濡れている。
そして何よりも目を惹くのが、部屋の中心の床に突き刺さった剣とレイピアだった。
レイピアは、細い刀身に紫色のヒビが入っているように見え、それ以外の部分はドス黒い血のような色をしている。
そして剣に関しては、刀身が全てを混ぜ合わせたかのような漆黒ではあったが、レイピアと比べると普通の見た目をしていた。
そして、そんな武器の前には紙が落ちており、何かが書かれている。
やはりと言うべきか、床には埃が被っているのに、紙には埃は乗っていない。
周囲をもう一度確認すると、アルフは紙を手に取った。
『これらの武器は、ステータスを持たない人物、すなわち貴様とミル以外が扱おうとした場合は、一部のステータスがゼロになり、最終的に死亡する』
アルフのステータスが無いことならともかく、ミルのステータスが無くなっていることにまで言及されて、冷や汗をかくアルフ。
わずかに裏側の文字が透けて見えたので、裏返してみると、そこに続きが書かれていた。
『これらの武器は、貴様の所持する“邪心を打ち砕く神滅の鈍器”と同時に生成された武器で、とある人間の強い想いが物質化したモノである。武器を使用することは、その人間の心を身に纏うことと等しい。故に相応の精神力を持たなければ、その想いに飲み込まれ、人格を乗っ取られることだろう』
明らかにアルフ宛に書かれた文章には、もはや驚くことはなくなっていた。
アルフは周囲を警戒しながら、武器に対して“スキャン”を発動し、詳細を確認する。
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名称:永久の苦痛を与えし神滅の細剣
かの者の悪行は数知れず。罪の無い命を滅ぼし、人々に“ステータス”という名の呪いを与え、安全な場所から我々を嘲笑っていた。時は来た。報復を受ける時だ。邪神アインは滅ぼさねばならない。だがただ殺すだけでは甘い。世界中の生命に与えた苦痛を、永遠に消えない猛毒とし、其の身に受ける時だ。いくら機械の身体であろうが、ステータスが高かろうが、もはやこの怨讐を止めることはできない。
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名称:悉くを断絶する神滅の剣
かの者はその邪悪な力で、私の家族は死んだ。友も死んだ。そして故郷は滅び、私は全てを失った。残ったのは、憎悪、憤怒、絶望、そして邪神アインを滅ぼすという渇望だけ。その光景に絶望し絶叫し、何もできぬ自身への憎悪で身を焼き尽くし、世界への憤怒で悉くを斬り裂き、そしていつか、邪神アインは滅びることだろう。
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やはりと言うべきか、アルフが所持する大剣と同じように、付与されている魔法は確認できず、何故かポエミーな文章が表示された。
今持っている大剣を含めた三つから分かるのは、神である“アイン”に対して、これらの武器を生成した人は相当な憎悪を抱いているという点くらいだ。
「……十二日後に死ぬ、か」
これがもし“明日死ぬ”などだったら、むしろ疑っていたことだろう。
しかし微妙に先のことを書かれていたためか、逆に紙には本当のことが書かれているのではないか? と思い始めていた。
アルフは軽く頷き、右手で剣を、左手でレイピアを握り、引き抜く。
瞬間、大剣の時と同じように、心臓を掴まれるような感覚がアルフを襲う。
まるで魂が恐ろしい何かに食べられそうになっているかのような感覚。
そして、声が頭に響く。
『苦しめ』『くるしめ』『くるしめ』『死ね』『しね』『クルシメ』『シネ』『すべて滅ぼす』『全てコワス』『コワレルナクルシメ』『クルシミツヅケロ』
呪詛のような声は、一分ほど脳内に響き続けたが、少しずつ小さくなっていき、やがて完全に消えた。
「……大丈夫、なのか?」
そして気づいたときには、武器の性能や扱い方が、頭の中に刻み込まれていた。
武器が認めてくれたのだとアルフは安心し、剣とレイピアをどこかへと消した。
やはりと言うべきか、アルフの持つ大剣と同じ系統の武器のためか、使おうと思えば手元に出てきて、仕舞おうと思えば消えるという、便利な性質を有しているらしい。
「よし。じゃあ薬草を採取しないとな」
色々あって余計に疲れてはいるが、アルフは本来の目的である薬草採取を始めるのであった。
◆◇◆◇
採取についてはすぐに終わり、アルフはかなりの量の薬草を持ち帰ることに成功した。
三十分くらいかけて王都へ戻り、クロードの家へと帰還する。
家と前に到着すると、ドアをコンコンとたたく。
するとしばらくして扉が開き、ミルが出てくる。
「誰です……あ、ご主人様。おかえりなさい」
「おう、ただいま。ちゃんと留守番してたか?」
「はい。でも、一人来客がいます」
そう言いながら、ミルは家の奥へ向かう。
アルフもそれに続いて入っていき、リビングキッチンにたどり着くと、そこでは修道女の姿をした少女が、料理をしていた。
彼女は二人の足音に気がつくと、振り返る。
「あっ、あなたがミルちゃんのご主人様ですか? 私はセシリア、ここの家主のクロードに頼まれて、ここに来ましたわ」
そして、軽い自己紹介をする。
セシリアと名乗った茶髪の少女は、どう見たって教会の関係者だ。
何故そんな人物を、薬師であるクロードが家に呼んだのか、アルフは意図が分からずに困惑していた。
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