08 付きまとう監視の目

 家に帰ってくると、クロードが警戒しているはずの教会関係者がいた。

 何がしたいのか、アルフはクロードの意図が読めずにいた。


「……はじめまして、アルフといいます。えっと、セシリアさんですよね? 家主のクロードの仕事って知ってます?」


 アルフも自己紹介をして、少し質問をしてみると、セシリアは手を動かしながら答える。


「クロードの? 薬師ですよね? あと副業で冒険者をしていて……」

「……知ってるのか。じゃあ何で放置してるんですか? 薬師の個人経営は犯罪のはず」

「それはそうですけど……でもそれに関しては教会の方がおかしいですよ! そもそも人を救おうとする人が悪いなんて絶対おかしい!」


 そうしてセシリアの口から出てきたのは、およそ教会の者とは思えない言葉だった。

 教会に所属する人は、大抵が創造神アインを深く信仰している。

 もちろん教会のルールにも律儀に従う者ばかりで、セシリアのような人は稀というか、少なくともアルフは見たことがなかった。


「そもそも薬師しているってことは、人を助けようとしているわけですよ! なのに罰するだなんて……頭がおかしいとしか思えません!」

「えっと、セシリアさん?」

「そう思いますよね!?」

「えっ、あ、はい」

「……そう、だと思います」


 セシリアの圧は相当なもので、ひたすらに教会はおかしいと持論を主張していた。

 今の教会は、アイン様の言葉を都合良く解釈して、利権だけを求めていると言い張っているのだ。

 そうでなければ、治療時に法外なお布施を払わせることなどあり得ないと、彼女は言っていた。

 これに関しては、アルフも何となく思っていたことではあるので、無言で頷くばかりだ。


「……あっ、ごめんなさい。ちょっと、熱くなりすぎちゃいましたね……」


 やがて教会への批判は終わり、セシリアはハッと我に返った。

 はしたない所を見せてしまったと、セシリアは丁寧に頭を下げて謝罪する。


「あっでも!」


 そんな彼女は、顔を勢いよく上げてアルフ達の方を向いて言う。


「このことは教会には言わないでくださいね? 私がお仕置きされちゃうので……」

「いやいや、言わないですよ」


 そんな話をしていると、家の鍵が開く音がする。


「ただいま〜」


 クロードが家へ戻ってくる。

 リビングに来た彼は、三人がいることを見て軽く頷く。


「よし、全員集まってるか」

「クロード、色々と説明を……」

「分かってるって。そこはまぁ、飯でも食べながら話そうや。ちょうどセシリアも昼飯を用意してくれてるみたいだし」


 そうして、四人はテーブルを囲んで早めの昼食をすることになった。

 今日は野菜と肉の炒めもののようだが、かなり赤くて辛そうな見た目をしていた。


「……アルフ、ミル。こいつの料理はけっこう辛いけど、大丈夫か?」

「いえ、全然。これくらいなら普通に美味しいです」

「……私も、大丈夫です」


 実際、見た目の通りの辛さなので、アルフはともかくとして、ミルはじわりと額に汗をかいている。

 どうやらクロードとセシリアの二人は辛いのが好きなようで、自然とこういう食事が多くなるのだとか。


「さて早速……こいつがアルフ、んでこっちがミルだ」

「それはもう聞きましたわ」

「あ、ならいいや。それでアルフ、お前が聞きたいのは俺とこいつの関係だろうけど……」

「そうそう。明らかな教会関係者なのに家に呼んで……何考えてるんだ? って思って」

「それについてはまぁ、簡単に言えば協力者だ。こいつがいたから、俺は薬師としての知識を得られたし、冒険者としても地位を上げることができた」


 そう言いつつ、テーブルに王都周辺を示した地図を出す。

 朝にアルフに見せられたものと同じで、様々な薬草の群生地などが書き込まれているものだ。


「例えばここに書き込まれてる群生地の半分以上は、セシリアが教会で調べてくれたものだしな」

「あと、薬の製法を調べろって、何度言われたことかしらね。私の身にもなってくださいませんこと?」

「いや、お前以外じゃできないことだし仕方無いだろ」


 こうして話してみると、セシリアの口調や態度はかなり丁寧で、良い家の出身のように感じる。

 時折、素が出てくるのか、口調が悪くなったりするが、人間は誰しもそういうことがあるだろう。


 どうやら話によると、二人は半年くらいの付き合いらしく、クロードの方が一方的に色々と助けてもらっているそうだ。

 それもクロードいわく、彼女の純真な性格があるからだと言っていた。

 ただ純粋に優しく、人を救いたいという想いがあるからこそ、こうして手助けしてくれているのだ。


「何というか、セシリアさんって中々に肝が座ってるというか……」

「だろ? 教会に染まってない善意の塊だからなぁ。というかこいつ、善意の塊過ぎて人を助けるためなら教会の規則すら破って治療するし」

「でも当然じゃないですか? クロードも、道で困ってる人が助けるでしょう?」

「まぁ普段は助けるけどさぁ……お前の“助ける”は、自分の用事とか決まりとかを殴り捨ててでも助けるってことだろ? 本気でそのうち死ぬんじゃねぇの?」


 呆れるクロードと、苦笑いするアルフ。

 クロードいわく、セシリアの善性はもはや狂気の域にまで達しているらしく、人を助けるためなら、さも当然のように教会の決まりを破るし、危険な場所にも乗り込むのだという。

 そのせいで何度も苦労したと、クロードはため息を吐いていた。


 そんな“死”という単語が出てくる話をしていたからか、アルフは薬草採取の時のことを思い出した。


「……そういえば、ミルとクロードに見てほしいのがある」

「見てほしいもの、ですか?」

「ああ。薬草採取の時に見つけたんだけど……」


 食事はもう全員食べ終えていたので、適当に食器をどかすと、アルフが見つけたニ枚の紙をテーブルに並べた。


「ん、どれどれ……って、俺達が死ぬ? 十二日後に?

しかもアインの手によって? え、どこで見つけたの?」

「薬草の群生地になってる集落跡です。割と放置されてるっぽいのに、紙だけは新しいし……誰かに見られてますよ、これ」

「私も……?」


 紙に書かれている内容は簡単に言えば、貴様……つまりアルフが武器を回収しなかった場合、十二日後にアルフレッドとミルとクロードの三人が、アインに殺されるというものだ。

 紙の汚れがほとんど無いという点が、むしろこの内容の不気味さを際立たせていた。


 だがセシリアだけは、この話についてこれずにいた。

 彼女だけは、まだアルフとアルフレッドが同一人物だと知らないのだから。


「ちょっと待ってくださいまし? アルフレッドって、あの英雄アルフレッド……?」

「ん、ああそっか、セシリアはまだアルフの秘密を知らないのか……アルフ、話していい?」

「あー……いや……どうしよう……」


 流石に、出会ったばかりの人に重大な秘密を話すのはいかがなものかと思うアルフではあったが、結局の所、これからも関わっていくとなれば、いつかはバレそうだと思い、ゆっくりと頷く。


 そうしてアルフの重大な秘密が明かされたわけだが、それを知ったセシリア之表情はまさしく百面相といったところだ。

 以前のクロードと同じような、端から見ると少し面白いとも思えるような反応をしていた。


 しばらくは家の中が大騒ぎになっていたが、ある程度経つと落ち着きを取り戻し、話を進めていくことにした。


「まぁ、そういうわけだから……んで、武器もちゃんと持ってきた」


 話を戻し、アルフは回収した武器を手元に出現させる。

 剣とレイピア、どちらも禍々しい見た目をしており、見ているだけで軽く身震いしてしまうほどだ。


「んで、この武器の説明がもう一枚の紙に書かれてるってわけか」

「えーっと……あぁ、ステータスが無い人にしか使えないのですね? となると、クロードは使えませんわね。レイピアとか、普段使ってる武器なのに」

「うっせぇ」


 とはいえ、情報はこれだけだ。

 アルフが武器を手にしたことにより、殺される可能性は低くなったはず。

 だが、この紙を書いた人は分からないし、監視されているかもという不安がより強まっただけだ。


「決めましたわ」

「……おいお前、この家で俺達を守るとかかすつもりか?」

「当然ですわ! 貴方達に死の危険が迫っているのなら、何とかして守って差し上げるべきですわ!」

「……アルフ、ミル。こいつはこういうやつだ。こうなったらもう止まらないから、諦めてくれ」


 いつものことのようにため息をつくクロード。

 結局、強引に意見は通されて、セシリアはしばらくこの家に住むこととなった。




◆◇◆◇




 食後の片付け。

 クロードは上で回復ポーション作りを始めて、アルフは掃除を、そしてミルとセシリアは二人で洗い物をしている。

 セシリアは教会に入った一年程度経っているが、割と規則を破ることも多いからか、まだ下働きのままであった。

 だが現在の態度からして、それに嫌気が差しているとか、そういうことはなさそうである。


「そういえば、アルフレッド……アルフ……ええと、どちらで呼んだ方がよろしいでしょうか?」


 そんなセシリアが、洗い物をしながら尋ねてくる。


「とりあえず、今はアルフって呼んでもらえると助かる。それで、何か聞きたいことでも?」

「はい。貴方様に会う機会があったら、聞いてみたいと思っていたことがありましたの」


 そう言いながら、セシリアは手を止めてアルフの方を向く。


「……アルフレッド様が魔王討伐部隊に選ばれなかった理由が、気になって仕方ありませんの。あそこまで強いのなら、一人で魔王も簡単に討伐できるのではありませんの?」


 それはつまり、アルフレッドであれば、魔人族を簡単に滅ぼし、戦争を終結させることができたのではないかという、純粋な疑問だった。


「いや……実は何度か、確かに十歳と十二歳の時かな? それくらいの時に、魔王討伐部隊に選ばれてたんだよ」

「そうでしたの? でも、貴方様ほどのお方が魔王討伐に行くとなれば、国はもっと大々的に報じるのでは……?」

「多分それは、何かの間違いで魔王討伐に失敗した時のことを考慮していたんだと思う。俺が行って討伐できないとなると、他の人達ではどう頑張っても討伐は不可能って思われるかもしれないから」

「なるほど……でも、今も続いてるってことは……」

「ああ。俺では魔王討伐は果たせなかった」


 アルフはかつて、魔王討伐部隊に選ばれており、今までに三回の遠征を経験している。

 当時のステータスは、全てにおいて十万を超えるという異常値であり、魔人族が数で戦っても絶対に勝てないだろうと、予想されていた。


「セシリアは、魔人族の四天王って知ってるか?」

「一応は。確か、魔王直属の強力な四人の部下のことでしたよね?」

「そう。その中の一人に……たった一人に、俺は足止めさせられたんだ」


 憎々しげに、アルフは言う。

 そして、その四天王の一人がいなければ、今頃魔人族は滅んでいるとも付け加えて説明した。


「確かあいつの名前は……ジェナ。どんな方法を使おうが、あいつには攻撃を当てられなかったし、無視して魔王城へ全力で走っても、気づいたらあいつの目の前……」

「空間操作系の魔法の使い手、でしょうか?」

「いや、それだけじゃない。他にも全属性の魔法を、完璧に扱えたりもした」

「……え? 空間操作系の魔法を使えて、さらに全属性の攻撃魔法も使えたと? 一体、どんなスキルを持ってましたの?」

「それが本当に分からない。予想すらできない。さらに言うと“スキャン”の魔法でステータスも見れなかった。あいつは、色々な意味で異常だ」

「……そう、ですわね」


 かつてのアルフを止めたジェナと呼ばれる者は、あまりにも凄まじかった。


 まず、全属性の魔法を扱えるという点。

 各属性の初級魔法や“スキャン”といった魔法を除いて、魔法はスキルを得なければ扱えない。

 その上、得たスキルによって、使えるようになる魔法も変わってくる。

 例えば、セシリアの持つ『光魔術師』というスキルを得た場合は、光属性魔法だけを扱えるようになる。

 そして現状、あらゆる魔法を無制限に扱えるようになるという効果を持つスキルは、確認されていない。

 では、どうしてジェナは全属性の魔法を扱えるのか。


 また、ステータスを確認できないというのも、異常な点の一つだ。

 確かにこれ単体だけなら、スキルによる影響だと判断することもできる。

 実際に、ステータスが確認できなくなる効果を持つ『隠蔽』というスキルがあることは、既に知られている。

 だが、もし仮にジェナが『隠蔽』のスキルを持っていたとしたら、全属性の魔法を扱えるはずがないのだ。

 なぜなら『隠蔽』のスキルを得ても、追加で魔法を使えるようにはならないからだ。

 となると、何故ジェナのステータスが見れないのか。


「ステータスは見れなかったけど、あいつはとんでもなく強かった。一ヶ月くらい飲まず食わず寝ずに戦い続けたけど、あいつは息切れすらしない。俺以外にあんなのがいるんだなぁって、あの時は素直にそう思ったよ」

「……ステータスが高い人って、凄いのですね。一ヶ月間飲まず食わず、しかも寝ることもせずに戦うだなんて……」

「これで一回目の遠征は終了。二回目も行ったんだけど、やっぱりジェナに止められたんだ。それもあって、しばらくは魔王討伐部隊に選ばれることはなくなった」


 そんな話をしていると「あの……」と、ミルが話に入ってきた。


「洗い物は、終わりました」

「え? あぁ……ごめんなさいね。少し話し込んでいましたわ」

「いえ、私のことはお気になさらず」


 どうやら、そこそこ話し込んでしまったみたいで、それなりの量あった洗い物が、全て終わっていた。

 セシリアが、まるで小さな子どもを褒めるようにミルの頭を撫でると、流れるように椅子に座らせた。


「ミルちゃん、ご主人様の話もっと聞きたい?」

「えっと、はい。聞いてみたいです」

「というわけで、続きをいいかしら?」

「はいはい」


 アルフも椅子に座り、続きの話を始める。


「それで、二度も足止めされたわけだから、しばらくは魔王討伐部隊から外されたんだけど……それから一年くらい、ジェナが戦場に出てくることはなかったらしいんだ。だから十二歳になる頃に、もう一回討伐部隊に入ったんだけど……」

「その時に限って、その魔人が戦場に出てきた?」

「そう。俺が出てくる時に限って来やがったんだ……あの時は本気で、監視されてるんじゃないかって思ったよ」


 アルフが討伐部隊にいない時は戦場に出てこない。

 だがいる場合は、戦場に出てきて足止めに徹する。

 明らかにアルフに狙いを絞って動いてくる点からして、何か特殊な魔法で監視されているのではないかと思われ、討伐部隊に選ばれることはなくなったのだ。


「まぁそういうわけで、俺が出てきても足止めされるのなら、いなくてもいいってことで、討伐部隊に選ばれなくなったわけだ」

「……そういうことがあったのですね。ミルちゃん、どう思った?」

「どう……? どうと言われても……危険な場所で戦うなんて、凄いなぁと、そう思いました」


 ミルはそう言っているが、アルフからしてみれば、あの時の戦闘は大したものではないと思っていた。

 今は流石に違うが、それよりも、奴隷としての苦痛を知り、それをずっと受け続けてきたミルの方が辛いのではないかと、今では思っていた。


「……奴隷としてここまで生きてきたミルの方が凄いよ。奴隷になったら普通の生活すら難しいのに、苦しいのに……本当に凄いよ」

「そうですか?」

「ああ。だから……せめて苦しまないように、生きれるようにしたいなぁと、そう思うよ」


 とりあえずのアルフの目標である『普通に生きること』は、ほとんど達成できたようなものだ。

 冒険者としてちゃんと依頼をこなせば、それなりの生活は送ることができる。


 そうしてある程度自分に余裕ができたからなのか、今度はミルを幸せにしてやりたいと、思ったのだ。


「……そうだなぁ。ミル、今から買い物にでも行かないか? このままの服ってわけにもいかないし、俺としても、ミルには普通の服を着てほしいし」

「え、でも私はこれで大丈夫……」


 反射的にだろうか、アルフの提案を断ろうとしたミルだったが、それを聞いていたセシリアが、いつの間にかミルの腕を握っていた。


「それは良い考えですね。私もお手伝いしますわ!」

「おっ、それは助かるよ。というわけでミル。嫌だと言っても行くからな」

「は、はい……」


 そうして三人は、クロードに外に出かけることを伝えて、家を出るのであった。

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