09 普通を目指して
アルフ達は、王都の中央街へやって来て、買い物へ来ていた。
幸いなことに、前日に冒険者としての依頼で稼いだお金がそこそこの額あるので、普通のものなら購入できるだろう。
「そういえばアルフレ……アルフさん。冒険者はお金に困ることが多いと聞いたことがありますけど、大丈夫ですの?」
ただ一方で、お金に困る冒険者がかなり多いのも事実。
セシリアはそれを憂慮しているのか、アルフに確認してくる。
「武具の手入れにお金がかかるからなぁ。命を守ってくれるモノだから、お金を使わざるを得ないんだよ」
だがその理由は、武具にお金がかかるからだ。
武具にお金をかけなければ、お金にもかなり余裕が出てくるが、そうなると仕事の際の死亡リスクが高くなってしまう。
だから、どうしても武具にお金を使わざるを得ないのだ。
「ということは、今回は武具を?」
「いいや。家で話していたと思うけど、普通の服とかそういうのだよ。武具はまぁ、欲しいっちゃほしいけど……」
「……どうしましたか?」
そう言いながら、ちらりとミルの方を見るアルフ。
「俺としては、それ以上にミルをこのままにしておきたくはないんだよねぇ。やっぱ普通の女の子と同じような、普通の幸せってのを知ってほしいんだ」
「ふふふっ、そうですね。じゃあ今日はいっぱい買っちゃいましょう!」
「えっ? いや、買いはしますけど、流石にたくさん買えるほどは……」
「そこは問題ありませんわ。私も修道女なので、そこそこお金は持っていますのよ」
端から見れば奇妙な集まりではあるものの、人通りはかなり多いため、注目が集まるということはなかった。
三人は、特にミルはぐれないようにアルフがしっかりと手を握り、大通りを進んでいく。
「あら、あのお店は良さそうではありませんか?」
そんな中でセシリアは、とある店を見つけて指差した。
近寄ってみると、ウィンドウに女性物の服が飾られているのが分かる。
それなりの値段ではあったが、どれも良さそうだと感じ、まずはそのお店に行くことにした。
その後は、着せ替え祭である。
セシリアが選んだ良さそうな服を着させられ、アルフに評価を求める。
それを何度も繰り返し、一番良さそうなものを選んでいく。
「アルフさん、これはどうです? さっきのと比べて!」
「えぇ、どっちだろ……さっきのやつの方がいいんじゃない?」
ただアルフからしてみると、男物の服ならともかく、女物の服を比べるなんてしたことがない。
パッと見で似合っているか似合っていないかくらいしか分からないので、どれにすべきか決めかねているのだ。
男性の服とは異なり、女性の服は種類がかなり多いので、気づいたら時間が過ぎていった。
「……ん?」
そうして何度かミルの着せ替えをしていると、アルフはあることに気がつく。
先程から、いやもしかしたら店に入った時からずっと、彼女はある服をチラチラと見ていたのだ。
その視線の先にあったのは、いわゆる給仕服だった。
いや、どちらかというと、白黒のドレスと表現する方が正しいのかもしれない。
スカートの部分や胸元にフリフリのレースがあしらわれており、可愛らしくはあるのだが、実際に給仕の仕事をするとなると、それらが引っ掛かって少し不便そうな作りになっている。
しかし、ミルが興味を持っているというのであれば、一度試着させてあげるべきだ。
「ミル、これとかどうだ?」
そう言って、ミルが気になっていたであろう服を持ってくると、彼女は驚いたかのようにアルフの目を見る。
「これ……少し、着てみます」
口調はそこまで変わっていないが、態度には大きく出ており、今までとは比べ物にならないような食い付きっぷりだ。
ミルは服を受け取ると、小走りですぐに試着室に入っていく。
その様子を途中から見ていたセシリアが、アルフの方に寄ってくる。
「どうしましたの? 急に服を選んだりして」
「いや、ミルがあれをチラチラ見ていた気がしたからさ。気になってるのなら、一度着させてみようかなって思って」
「なるほど……確かにあの様子、明らかに嬉しそうでしたしね」
あまり表情を変えないミルではあるが、細かな態度に、感情が出ることが多い。
今回の場合は、試着室に小走りで向かっていった点がそれだ。
今までは疲れていたのか、少しうんざりしたような態度だったが、急に元気になったようだった。
そうして二人で軽い話をしていると、試着室のカーテンの開く音がした。
「ど、どうですか……?」
ボロ布を纏っただけの少女は、まるで良い家のメイドさんのようになっていた。
顔の半分以上を占める紫の肌は残っているので、不気味な雰囲気はあるが、むしろそれはそれで味があると、アルフは感じていた。
「おぉ……似合ってるなぁ」
今までよりも感情がこもった、心の底からの言葉と反応が出てくる。
「アルフさんも、随分と反応が違いますわね。こういうのが好きだったりするのですか?」
「え? いやそういうわけじゃないけど……自分が選んだからってのは、あるかもしれないな」
それとは別に、もしミルの肌が治ったら、かなり可愛い感じになるだろうと、アルフは予想していた。
紫に変色した肌で隠れているが、ミルの顔立ちはかなり綺麗だ。
このようなドレスのようなフリフリの服を着させたら、それこそ良い家のお嬢様のような雰囲気の少女になるだろうと思っていた。
「ミルが良かったら、それにする?」
「……いいんですか?」
「大丈夫だよ。お金はそこそこあるし」
「……では、これでお願いします」
その言葉を聞き、アルフは少し離れた場所にいた店員を呼び寄せ、会計を行おうとする。
だが金額が伝えられた瞬間、彼は凍りついた。
「ぁ……」
一応、お金は足りている。
だが本当にギリギリであり、ミルの服を買ってしまえば、他のモノはほとんど買うことができなくなる。
まだ必需品を買わなければならないのに、ここでお金が尽きたらいけない。
だが、だからといってミルが嬉しそうな様子を見せているのに「服は諦めろ」と言って、ぬか喜びに終わらせることはさせたくなかった。
せめて彼女には、ほんのささやかな幸せくらいは味わってほしいと、アルフは思っていた。
なので腹をくくって会計を済ませ、三人は店を出た。
どことなく、ミルの表情が柔らかくなっているのを見て、アルフは買ってよかったと思えた。
だがこれからどうするべきかと思っていた所で、軽くトントンと、セシリアに後ろから肩をたたかれる。
「アルフさん、先程のでお金を使い果たしたのではありませんか?」
「え……?」
耳元で小声でそう言われ、アルフは思わず声を上げてしまう。
「やっぱり……ほら、これを使いなさいな」
その様子を見て、セシリアは強引に麻袋をズボンのポケットにねじ込んでくる。
急いで取り出して中を確認すると、そこにはアルフが先程使った額と同じくらいのお金が入っていた。
「ちょっ、こんな額を借りるなんて……」
「もし負い目を感じるのであれば、余裕が出た時に返してくださいな。あっ、お金の返却は受け付けませんわ」
最初は、女性にお金を借りるなんてと思って返そうとしたが、笑顔でそう言われて、結局強引にポケットにねじ込まれてしまった。
「……ご主人様、それにセシリアさんも、何をしてるんですか?」
そんなコソコソとしたやり取りをしていた二人に、ミルが話しかけてくる。
「え? ああいや、何でもないよ。ほら、他にも買うものあるから行こうか」
ただ、アルフも男だ。
お金を借りるという格好悪い姿を知られたくなかったからか、割と強引にごまかして、別の店を探しに行くのであった。
◆◇◆◇
それからアルフ達は、生活必需品を色々と買い漁っていった。
とりあえず着る服は、アルフも安いものを二着購入し、ミルのも動きやすいのを一着購入した。
他には冒険者活動に必要なバックパックと、歯ブラシや石けんなど。
あとついでに、今夜の食材の方も買うことになり、肉や野菜やパンなど、必要なものを買っていく。
四人分ともなると中々の量で、色々な店を回る必要があったが、疲れはするが、同時に楽しくもあった。
「ありがとうございました!」
それなりに珍しい、奴隷にもそこそこ愛想のいい店員に見送られ、三人は最後の店を出る。
三人は荷物を分担して抱えながら、クロードの家へと帰る。
「ふぅ……こうして何人かでお買い物するっていうのも、楽しいわね。ねっ、ミルちゃん!」
「はい。初めてのものばかりで、つい目移りしちゃいました」
「はは、途中からは、ミルもかなり楽しそうにしてたからなぁ」
奴隷ということで、風当たりはかなり強く、一部の店では邪険に扱われることもあった。
だが同時に、奴隷にも分け隔てなく接してくれた人もいた。
少なくとも、極端な差別はされなかったので、割と買い物を楽しむことはできた。
「そういえば、ふと思ったのですが……」
そうして三人で会話を楽しんでいると、ふとセシリアが、思い出したかのように言った。
「ミルちゃんは、どうしてその服を選んだの?」
それは、ミルの選んだ服について。
選択肢は数多くあったのに、その中でも何故メイド風の服を選んだのか、何故気に入ったのかという話だ。
それに対してミルは、少し首を傾げて考えた後に、口を開く。
「……よく目にしていた服が、こんな感じだったから、でしょうか。だから、つい気になってしまったのかもしれません」
「そうなんですね! ということは、ミルちゃんにとっては、メイド服はちょっとした憧れだった、ってことですね!」
「はい。でも一番は……」
そして、ミルはアルフの方を向いて言う。
「ご主人様が、なんだか嬉しそうにしていたからです」
「えっ、俺?」
「はい」
そんな顔してたかなぁと、アルフは苦笑いを浮かべる。
そしてそんな彼をからかうセシリア。
「あらあら……アルフさんは、そういう服が好きなのですね」
「いやいや、俺に服の好みとかは無いって」
そんな、ちょっとした幸せに、いつの間にかミルの表情はほぐれ、柔らかなものとなっていた。
家に帰る頃には、太陽は沈みかけ、身体は心地良いくらいの疲労感に包まれていた。
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