10 大きな依頼

 それから十日ほどは、アルフとミルは二人で冒険者として活動していた。

 たまにクロードから薬草採取を頼まれることはあったが、それ以外の時はギルドへ行って依頼をこなしてお金を稼ぐ日々。

 おかげでセシリアへの借りは返し、冒険者ランクも、最低の9級から8級へ上がり、それなりに安定して稼ぐことができるようになった。


 そして今、王都近郊の森で、アルフは襲ってきた魔物を片っ端から仕留めていた。


「うーん……やけに魔物の数が多いな」

「同感です……三、四日前よりもかなり多いような――」

「うおっと危ない!」 

「っ、ありがとうございます……」


 冒険者活動中のミルは、普段のメイド風の服ではなく、ジャケットとパンツという、そこそこ動きやすく、かつ身体を最低限は守ってくれる格好になっている。

 とはいえ戦闘経験は皆無なので、こうして魔物が襲ってきたらおしまいだ。

 そうならないように、アルフが常に警戒し、襲いかかる魔物を斬り裂いていく。


 アルフも、レイピアと剣を手にしたことでかなり強くなった。

 まず、レイピアで魔物を突くと、どんな魔物であろうと、悲鳴のような咆哮を上げて地面を転がるようになる。

 おそらくは、身悶えするほどの苦痛を与える猛毒が体内に入っているからだろう。

 そして剣は、本当にどんなモノでも真っ二つに斬ることができる。

 どれだけ厚い皮であろうが、硬い骨であろうが、軽く振るだけで簡単に真っ二つである。


 今回の目的である魔物を探していたのだが、その魔物を探す過程で、やけに他の魔物が出てくるのだ。

 今までは、出てきても小型のそこまで強くない魔物ばかりだったが、今日は大型の魔物が複数出てきている。

 それどころか、8級相当の魔物だけでなく、7級やそれ以上の魔物も少数ではあるが混ざって出てきたりして、中々に苦労していた。


 おかげで有用な金になる素材が集まってはいるのだが、普段にも増して疲れが溜まっていた。


「ダークオークトレント、いないなぁ……」

「確か、木が変異してできた魔物ですよね?」

「ああ。こういう森にはトレントは一定数いるはずなんだけど……今日は運が悪いねぇ」


 トレントという魔物は、木が大気中の魔力により変異することで生まれる魔物だ。

 その中でも、ダークオークの木が変異してできたトレントから採れる木材を持ち帰ることが、今回の依頼の目的である。

 基本的には人を襲わないので、そこまで害は出ないのだが、トレントから採れる木材は魔力の影響で非常に丈夫で価値があるので、依頼が絶えないのだ。


「……ま、気長に探すしかない。見つからなかったとしても、魔物の素材を売ればそれなりに金は手に入るしそれでいい」


 とは言ったものの、別種のトレントは見つかったものの、ダークオークのは見つかることはなく、帰還することとなった。




◆◇◆◇




 クロードの家に戻ったアルフは、ミルに簡単な読み書きや計算を教えていた。

 ミルは物心ついた頃から奴隷であり、まともな教育を受けていない。

 なので文字を読むことはできても、ほとんど書き取りはできないし、計算などもままならないのだ。


 流石にそれではいけないと感じたアルフは、最近になってそういうことを教え始めたのだ。


「…………えっと、ご主人様。こういう感じですか?」


 必死で文字を書く練習をして、その成果をアルフに見せてくるミル。

 だがその紙に書かれた文字は、かなりの筆圧で書かれており、ぐにゃぐにゃになっていた。


「あー……じゃあ一回、一緒に書いてみようか」


 ペンの持ち方を間違えており、かつ指に力が入り過ぎていることを察したアルフは、正しいペンの持ち方に矯正し、手を重ねて一緒に書いていくことにした。

 ミルはグッと力を込める癖があるため、適宜力を抜くように指示しながら、上から指を押さえてゆっくりと文字を書いていく。

 ミルの手はアルフが動かしているので、実質アルフが書いているようなものではあるが、文字は先程のとは比べ物にならないほど綺麗になっていた。


「ご主人様、凄いです……! 一人だと力加減が分からなくて……」

「まぁそれは誰もが通る道だ。気長に練習するしかない。俺も力加減には苦労した記憶があるし」

「そうなのですか?」

「ああ。俺の場合は、力加減を間違えたらペンがバキッてなるからなぁ……何回折ったんだろ……」

「……?」


 あっさりとアルフから出てきた、何度もペンを壊して苦労したという言葉に、ミルは困惑する。

 自分がそこそこ力を入れても壊れない物を何度も壊すなんて、何をしたらそうなるんだろう、と。

 アルフの指と自分の指を何度も見比べるが、その差はほぼ無いのにどうしてと、首を傾げた。


「さっ、練習練習! こういうのは繰り返しやってコツを掴むしかない」

「あっ、はい!」


 そうして、時折アルフの手助けを受けながらも、ミルは何度も何度も文字書きを練習していった。

 だが無駄な力がかなり入っているからか、割とすぐに疲れてしまったのか、指が止まってしまう。


「ご主人様、指が……」

「……今日はここまでにするか」


 アルフから見ても、今のミルの指はプルプルと震えているので、流石にこれ以上は止めるべきだと思い、練習を終了した。


 そうして疲れたところで、休憩に水を飲んでのんびりとしていると、家の扉が開く音がする。


「おっ、休憩中か? 悪いけど客が来たから、色々と片付けてくれ」


 そしてクロードが入ってくるやいなや、アルフ達にそう言ってくる。


「客って、もしかして薬関係の……?」

「ああ、それも割と金持ちからの依頼だからな。かな〜り重要だ。ほら、ミルは片付け、アルフは水出して! 俺とセシリアで客を案内するから」

「はい!」


 クロードは普段にも増して、真剣そうな鋭い目つきをしている。

 アルフ達もそれに当てられ、テキパキと片付けや準備をしていき、準備は完了した。


 座る椅子が無いアルフとミルは、クロード達の座る椅子の少し後ろで待機し、客が入ってくるのを待っていると、複数の足音が近づいてくる。


「おや……こんにちは。私はデニス・アルベルトと申します」


 入ってきたのは、三十前後の壮年の男性だった。

 デニスと名乗った男性は、奴隷であるアルフやミルにも丁寧に自己紹介をし、頭を下げた。

 豪華な衣服や装飾品などは身につけていないが、その丁寧な所作から、上流階級特有の育ちの良さを感じさせる。


「ご丁寧にどうも。アルフです。冒険者をしながら、クロードのお手伝いをさせてもらってます。こちらの子はミルといいます」

「ミルです。ご主人様……アルフ様に仕えさせて頂いております」

「ほう?」


 奴隷が奴隷に仕えるという、中々に奇妙な関係が少し気になったのか、デニスは目を細めて二人を見る。

 だがすぐに、その視線はアルフ一人に向けられるようになる。


「それにしても……アルフさんの方は、髪色といい顔立ちといい、英雄様のようですね」


 英雄様というのは、言ってしまえばアルフの真の正体であるアルフレッドの二つ名のようなものだ。

 似ていると言われることは今までにも何度かあったが、何度言われても慣れることはなく、心臓が跳ね上がる。

 本来なら何か反応を返すべきなのだが、緊張して口が動かない。


「いやぁ、デニスさんもそう思います? 私も最初見たときは驚いたものですよ」

「私も最初に出会ったときは、つい同じことを聞いてしまいましたわね」


 そこに、遅れて入ってきたクロードとセシリアの援護に入る。

 クロードの普段のフランクな口調とは違い、外行きのフォーマルな服や口調は、微妙に胡散臭さを感じさせる。

 対するセシリアは普段通りの口調や態度なためか、フォーマルな衣服も似合っており、令嬢のような雰囲気が出ている。


 そんな二人おかげで話を逸らすことには成功したようで、クロードとセシリアは丁寧な応対をし、デニスに椅子に座るように促した。


「さて、ではご要件を伺いましょう」


 クロード達も対面に座り、アルフ達は後ろに控える。


「……念のため聞いておくけど、クロードさん、君は薬師で間違いないかい?」

「間違いありません」

「そうですか……ではお願いなのですが、依頼を受けていただけますか?」

「ええ。ですがその前に、依頼内容の方の説明をお願いします」


 そうして、デニスの口から依頼内容が説明される。


「実はですね、私の妻が病に伏せておりまして……」

「なるほど。でも教会に治療をお願いしても、回復魔法では治せなかったと?」

「そうなんです。症状を和らげることはできたのですが、完治は不可能と言われ……」


 回復魔法は、中々に万能な魔法である。

 単純な怪我の治療も可能で、種類にはよるが、病気の治療や解毒も可能である。

 とはいえ全て回復魔法で済むというわけではなく、それが効かない、あるいはその場しのぎにしかならない病気や毒というのも一定数存在している。


 今回のデニスの妻の場合は、体内の菌やウイルスが作り出した毒を回復魔法で浄化することで、その場しのぎならできるが、原因そのものを排除することはできない。

 だからいずれ再び悪化して、苦しませてしまう。


「ですが、私達の方で色々と調べたところ、薬で治ると記述された文献を見つけたのです」

「なるほど……具体的な薬の製法などは分かりますか?」

「はい。薬の製法と、それに必要な材料は調べてあります」

「分かりました。アルフ、念のため俺の部屋から薬草地図持ってきて」

「はい!」


 クロードが指示を出すと、アルフは部屋を出て、階段を上っていく。


「薬の材料については、こちらで簡単なメモを用意しました」

「では失礼して……」


 そしてデニスは、カバンから様々な薬草やキノコ類等の名前が書かれたメモ用紙を、テーブルに出した。

 クロードはそれを受け取り、内容を確認していく。


 紙には、計五種類の名前が書かれていた。

 隣で見ているセシリアは微妙に首を傾げていたが、薬師であるクロードには馴染み深いものばかりなのか、表情を変えずに小さく頷いている。

 だが最後の材料の名前を見ると、わずかに動きが止まった。


「……はい、分かりました。とりあえずですが……上の三種類については、今私の手元にあります」

「では残りについては……」

「この“ターメル草”については、こちらで分布を把握しているので問題ありません。ですが最後の“ワカクサタケ”は、こちらでも詳しいことは把握できておりませんので……」


 材料のうち、三種類は手元にあり、もう一種類はいつでも取りに行けるが、もう一種類は分からない。

 それを聞いて、残念そうにわずかに俯くデニスであったが、その時ちょうどアルフが戻ってきた。


「お待たせしました」

「おお、悪いな。さて……一応なのですが、もし分布とかが思い出せれば、教えてほしいのですが……」


 そう言って、薬草分布が書かれた地図をアルフから受け取ると、クロードはそれをテーブルに広げる。


「…………いえ、すみません」


 だが、流石に分からなかったようで、デニスは弱々しく謝っていた。


「では、その“ワカクサタケ”の特徴についてはどうですか?」

「それについては……確か、緑色の小さなキノコだったと記憶しています。ですが少し大きくなると、だんだん紫色に近づいていく、という特徴があったはずです」

「なるほど……それだけ聞ければ充分です。あとはこちらで調べます」


 地図をしまうと、クロードは改めて軽い咳払いをして、アルフ達の方を向く。


「とりあえず、アルフとミルは“ターメル草”の採取を。地図見れば分かるけど、王都から割と近い場所に自生している。褐色の植物だからかなり分かりやすいはずだ」

「分かりました」

「そしてセシリア。お前はいつも通り教会に行って、ワカクサタケについて調べてきてくれ。特に分布、それが最優先だ」

「はい、わかりましたわ」

「俺は俺で、やるべきことがある。そっちは頼むよ」


 アルフ達は軽く頭を下げて部屋を出ていき、部屋内はクロードとデニスの二人だけとなる。


「……それにしても、教会に行って調べるとは、どういうことですかね?」

「ああ。実はセシリアは修道女なんですよ。私のやってることを違法だと分かってて、それでも協力してくれているんです」

「なるほど……! すみません、教会と聞いた瞬間に少し疑ってしまいましたよ……」

「いえいえ。こちらこそ不安にさせるようなことをしてすみません。さて、肝心の薬の製法なのですが……」

「それについてはこちらを……」


 そして薬の製法から前金や報酬についてなど、細かい部分についてはクロードが担うのであった。




◆◇◆◇




 そして夜。


 アルフ達は全員が目的を達成させ、家へ戻ってきた。

 アルフとミルは、ターメル草という薬草の採取を。

 セシリアは、ワカクサタケというキノコが自生している地域の調査を、完遂させた。


「よし、よし……! これなら何とかできそうだ……!」


 大きく何度も頷き、喜ぶクロード。

 残る材料はワカクサタケだけで、そのキノコも比較的広い範囲で生えていることが分かった。


「さて、例のキノコが多く生えてるのは……ちょっと遠いな」

「ええ。一応数は少ないですけど、王都近くでも生えていますわ。でも薬に使うとなると……」

「それなりに数は欲しい。特にキノコは個体差や地域差が大きく出てくるし」


 キノコというか菌類は、地域によって、さらに言えば個体によって大きく異なる。

 成分の含有量から、色や模様の微妙な違いまで、わずかな条件の変化で、見た目が変わることだってあるのだ。

 特に成分の含有量は、薬を作る際に重要な要素になってくるので、ある程度数が欲しいというわけだ。


 なので、ある程度多く生えているとされる地域へ行くべきなのだが……


「でもその群生地がなぁ……」


 アルフは、新たに色々書き込まれた薬草地図を見る。

 その中に“ワカクサタケ”と書き込まれた地域があるが、そこは王都からはかなり遠かった。


「この距離だと、馬車を使っても片道三時間はかかりそうですわね」

「三時間……かなり遠いですけど、どうするんですか?」


 片道三時間となれば、往復で六時間だ。

 相当な時間を消費するので、目的地へ着いたその日に行動、というのは難しいだろう。

 何よりも土地勘が働かないというのが厄介だ。

 王都近くであれば、ある程度知っている場所も多いが、そこからかなり離れるとなると、全く知らない場所だ。

 遭難するリスクなども、考えねばならない。


「一応、デニスさんが馬車を用意してくれている。近くには“ログレス”という小さな町があるらしいから、そこへ向かう、という感じになるな。時間的に、今から出発というのもまだ可能ではあるぞ」

「なら、早い方がいいんじゃない? 素材回収が早く終われば、すぐ帰って薬を作れるし」

「まぁ、そうだな。……よし、アルフの言う通りに、早めに行こうか」


 まだ日が落ち始めているという時間でもないので、一応出発は可能な時間だ。

 アルフの言葉もあって、早めに出発するということに決まった。

 今日のうちに出発すれば、ちょうど夜くらいに到着して、明日に備えることができる。

 それに関しては、ミルもセシリアも異論は無く、全会一致となった。


「……ただその前に一つ」

「ん? どうしたセシリア?」

「皆さん、忘れていませんか? 明日は、アルフさんが例の紙を見つけてから十二日後……つまり、死の危険がある日ですわ」

「……!」


 それを聞いて、三人はハッとした。

 一週間以上も前のことなので、すっかり記憶が薄まってしまっていた。

 一応、アルフはちゃんと武器を手にしたし、その性能も確かめている。

 なので全力で頑張れば、死ぬ可能性は無い……かもしれない。


「だから行くにしても、心して、細心の注意を払うべきですわ」


 だが、それはあくまで可能性。

 紙に書いてあったことが本当だとしたら、何らかの危険が降り掛かるのはほぼ確実だ。

 それを耐えて生き残るか、耐えられずに死ぬかは、その場に行ってからしか、何かが起きてからしか分からない。


「……とりあえず、回復ポーションは持っていけるだけ持ってく。あとは……仕込み用の毒も、色々種類を用意しとくか」

「俺達は……何も無いな。防具はまだ作ってる途中みたいだし……」

「ええ、ええ。何が起こるか分からないのですから、準備は怠らないようにしませんとね」


 今、苦しんでいる人がいる。

 その事実を知ったアルフが、出発の延期を提案するわけがなく、薬で人を救うことを使命に感じているクロードが延期を決定するわけがなく、ただ守るために全てを賭けるセシリアが、それを止めることはなかった。


 そして一時間後、今できる準備を整えた四人は、目的地の町ログレスへ向けて、出発するのであった。

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