11 赤い林へ

 そして、町へたどり着いた翌日。

 アルフ達四人は、ログレスの町にある冒険者ギルドへとやって来ていた。

 目的は、軽い情報収集だ。

 土地勘が全く無い状態で材料探しに向かっても危ないだけなので、せめてどんな魔物が出てくるのか、どんな地形なのか、そういった情報は知っておきたかった。

 特に今日は、アルフとミルとクロードの三人が死ぬ可能性がある日だ。

 全員がかなり警戒しており、神経を研ぎ澄ませていた。


 それなりに早い時間にやって来たからか、ギルドは閑散としており、他の冒険者は数人しかいなかった。

 加えて王都のギルドとは違い、ギルドの隣に酒場が無いのもあり、活気ある雰囲気ではなく、少し寂れた印象を受ける。


「おや、見慣れない顔だね? 何か用かい?」


 カウンターに行くと、そこを担当していた老婆が言う。


「ああ。ちょっと聞きたいことがあって」


 そう言って、クロードは普通の何も書き込まれていない地図を取り出す。

 そして、目的地を指差して尋ねる。


「訳あって、この辺りに行きたいんだが……何か知っていることがあれば教えてほしい」

「ここか……そうか、ここへ行きたいのか……」


 そうか、そうかと、何度も老婆は言うと、彼女は大きくため息を吐き、首を横に振る。


「止めておきな。この辺りは、異常な雑木林が広がっていてね」

「異常? 具体的には何があるんだ?」

「奥へ行くと……うむ、そうだね。血と肉に侵食された赤い林、とでも言うべきかな? それが広がっている」


 老婆の表現に首を傾げる四人。

 それもそのはず、なんせ血肉で埋め尽くされた森など、誰一人として見たことがないのだから。

 言っていることは理解できても、具体的にそのイメージが湧かなかった。


 故にクロードは思う、本当にそんな場所はあるのかと。


「そんな場所が、本当に……?」

「あるんだよ、本当にね。死亡者や行方不明者が出た、という話はないが……興味本位で入って、発狂して精神病院送りになった冒険者は何人かいたねぇ」


 ニヤリと、老婆は不気味に笑って恐怖心を煽る。

 が、四人の表情は変わることはない。

 決意は揺らぐことはない、入る必要があるなら、入るつもりなのだ。


「……ま、君達の行動は、君達次第さ。どうしても行かなければいけないと言うのなら、私は止めないよ。ただ、命の保証はしないがね」


 それを察した老婆は、これ以上注意を促すことは止めた。

 この若者達が死なないようにと、静かに心の中で祈るだけだ。


「ご忠告ありがとうございます。では」

「ああ、気をつけて行きな」


 そうして、アルフ達はギルドを出て、目的のワカクサタケの群生地へ向かうのであった。




◆◇◆◇




 雑木林に足を踏み入れたアルフ達だったが、その瞬間に、おぞましい腐臭と血の臭いが鼻を通り過ぎる。


「……ッ! ちょっと待ってこのキツい臭いは……!」


 アルフは思わず鼻を押さえる。

 他の三人も、口と鼻を押さえて顔をしかめている。


「おいおいおい……マジでヤバいんじゃねぇの、これ」

「ええ。少なくとも……例の赤い林には、可能な限り近づかないようにしましょう……」


 林に入った瞬間に感じた立ち込める異臭は、四人に再び警戒を促す充分な要素となった。

 四人は周囲を分担して警戒しつつ、目的のキノコを探して回る。

 まだ浅い場所で、赤い何かが視界に入ってくることはないが、魔物が出てくる可能性だってあるのだ。


 バキバキバキッ!


「ッ!?」

「落ち着け……!」


 突如として、木々がメキメキと倒れる音が響き渡る。

 特にセシリアは思わず声を上げてしまいそうになるが、クロードが無理矢理口を押さえることで、なんとかなった。


 そして、クロードの指差した方向を見と、そこには三メートル以上はありそうな巨大な人型の魔物がいた。

 緑の肌をした、筋肉隆々の、三メートル程はある人型の魔物が、狼のような魔物を仕留めていた。


「オーガ……6級レベルの魔物か。見た感じは普通っぽい」


 クロードは小さな声で言う。

 その巨体に加えて、鋭く顎あたりまで伸びた牙や、それによってできた鬼のような形相が、より圧迫感を引き立てる。


 だが、ある程度強い冒険者からしてみれば、オーガはそれほど強い魔物ではない。

 力は強いし体力もある、皮は厚いし筋肉も硬いので防御力は高くてタフではある。

 だが特殊な魔法を使ってくることはなく、単純な力任せでの攻撃しかしてこない点や、単独で行動するという点から、戦いやすい魔物ではあった。


「さて、ここは俺がやろう」

「俺も手伝いましょうか?」

「いや、アルフは体力を温存しとけ。この中で一番強いのは、多分お前だからな」


 そう言うと、クロードは腰に差したレイピアを鞘から抜く。


「普通のオーガなら、普通の麻痺毒でいいか」


 クロードは赤色の液体が入った小瓶を取り出す。

 そして、鞘の中にその赤色の液体を流し込んだ。

 液体を全てを流し終えると、再びレイピアを鞘に戻し、もう一度抜く。


「一瞬で終わらせる……!」


 そう言ってクロードは前方へ跳躍し、オーガの胸に細剣を突き刺す。

 素早く動き、四連刺突を繰り出すが、先端がわずかに刺さるだけで、どれも内臓を貫くような致命の一撃にはなり得なかった。


「グッ、ォォォオオオ!」


 オーガの大腕が、クロードに向けて振り上げられる。

 当たれば致命打となり得る一撃。

 だが、そんな攻撃が来るにも関わらず、クロードはオーガに背を向けた。


「残念、俺の勝ちだ」

「グ、ガ、ァァ……」


 そして、クロードの後ろでオーガは胸を押さえながら倒れ、絶命した。


「とりあえず、敵は倒したぞ」

「おお、凄い……けどあれは、毒……?」

「そうだ。俺自身はそこまで強くないからな」


 本人も言う通り、クロードは4級冒険者にしてはそこまで強くないし、ステータスも高くない。

 “敏捷”の値については三千とかなり高いが、他のステータスは八百程度のため、実際に戦闘を行うと、決定打に欠けることもしばしば。

 それを補うのが、彼自身の調合した毒というわけだ。


「しばらくは、魔物が出てきても俺が相手する。三人は目的のキノコを探しといてくれ」


 そうして、四人は再び林を歩き始めるのであった。




◆◇◆◇




 しかし、一時間ほど歩き回っても、目的のキノコは見つからない。

 というかそれ以前に、魔物もほとんど現れることはなく、今までに三体しか出現していない。


 なので少しずつ少しずつ、四人は奥へ進んでいき、そしてついに、赤い林が見える場所へたどり着いてしまった。


 今までの場所と同じように、木々は生い茂っているし、地面には草葉が生えている。

 だがその上に、薄く延ばされた臙脂色えんじいろの肉がこびりつき、木々には血管のような何かが絡みついていた。

 あの老婆の赤い林という言葉通りの世界が、そこには広がっていた。


「正直、入るべきじゃないと思うけど……ここまでで見つからないとなると、入らなきゃダメだよなぁ」


 浅い場所に無い以上、さらに奥地へ踏み込まなければならない。

 他の三人も、クロードの言葉を否定することはできなかった。


「……ここからは、今まで以上に警戒していくぞ。アルフも、念のため戦闘準備を整えておけ」

「分かった」


 アルフ達は、赤い林に足を踏み入れる。

 ここからはアルフも臨戦体勢を取るために、大剣を呼び出して握る。


 その時だった。




 ぐちゅっ。




「ん?」


 突然、何かの音がした。


 ぐちっ、ぶぢゅっ。


「お、おい……肉が動き出したぞ……!」


 地面を覆う肉が蠢く。

 グネグネと、ゆっくりと薄い肉を蠢き、何かを形作ろうとして、でも上手く何かを作れずに小さく爆ぜる。

 その中でも、何とか一定の形を作り出した肉は、音を発する。


『グ、ぎィァ……ャ、アイ、ダすゲ……』

『ゴォ、レはァた、ケン……コ、ノ、さレ……』


 不協和音のような、ただ人を不快にする音は、まるで脳に直接突き刺さるような気持ち悪さだ。


「肉が……喋ってる……?」

「そうみたい、ですわね……ミルちゃん、大丈夫?」

「はい……私は大丈夫です……」


 特にミルに関しては、この異常な光景に驚き、固まってしまっている。

 そんな彼女の様子を見て、セシリアはミルをアルフの近くへ寄せる。


「アルフさん、ミルちゃんをお願いします。彼女が一番信頼してるのは、確実にあなたですから」

「ああ、分かった」


 アルフは、ミルの震える手をギュッと握りしめる。

 ミルにも死の可能性がある以上、ここから彼女だけ帰す、というわけにもいかない。

 むしろ固まっていた方が、死の危険という意味では低い。


 しかし、奥へ進めば進むほどに、どんどん声は大きく、増えていく。

 甲高い笛のような奇声から、体を震え上がらせような重々しい低音まで、およそ人の出せる領域にない音が響きわたる。

 肉が何か攻撃的なことをしてくる、というわけではないが、ただひたすらに恐ろしい景色は、視界に入れているだけで精神を擦り減らしていく。


「ん、んん? おっ、あった!」


 だがそんな中でも、良いことは一応ある。

 クロードが声を上げ、ゆっくりととある木の根元にまで近付く。


「緑色のキノコ……多分こいつが例のワカクサタケだ」


 そこには、小指の先程度の大きさのキノコが、二本だけではあるが生えていた。

 臙脂色の肉に隠れるかのように生えていたそれは、傘の部分が緑色になっていた。

 目的のキノコと、色や大きさがかなり似ているのだ。


「とりあえずこれで二本……けど、二本……」

「二本じゃ少ないって感じですか?」

「ああ。大きいキノコなら別だけど、この大きさならもう少し欲しい」


 ただ、このキノコは小さい上に数が少ない。

 キノコというのは、個体差や地域差が大きく出てくるので、クロードはもう少し採っておきたいと言ったのだ。


 というわけで、さらに探索は続行する。


 気味の悪い肉肉しい林を進んでいく四人。

 運が良いのか、魔物が出てくるどころか、魔物の気配や物音すらない。

 魔物も、この赤い林を危険視しているのだろう。


「あれ……ご主人様、奥に建物が……」


 そして、奥へ入っていくと、真っ先にミルがあるものに気がついた。


「本当だ……」


 木々に隠れて分かりにくかったが、林の奥地には、何かの建物があった。

 流石に少し離れているので、少し大きめの建物であることしか、パッと見では分からない。

 ただ、建物が他の部分と比べても濃く赤く染まっており不気味なのは、誰がどう見ても明らかな異常点だった。


「……明らかにヤバいよな、アレ。多分あの建物に、この赤い林を作った元凶がいる」


 少なくともクロードはそう思っており、他の三人も、その意見には賛同していた。


「それでどうする? 行くか、行かないか」


 行って元凶を倒すことができれば、この林を元に戻して安全にすることができるかもしれないが、それまでの危険性はおそらくかなり高い。

 対して行かなければ、危険性は低いが、今後の探索で常に一定の危険を伴うと言える。


 普通ならかなり難しい選択であり、悩む所なのだろうが、アルフ達は――


「行く」

「行きますわ」

「ご主人様に従います」


 全員、即決した。


「……マジで言ってる?」

「ええ。それに、浅い場所にキノコが無いのなら、奥へ行く必要がありますでしょう?」

「俺も大体同じ意見。いっそのこと奥まで行って、そこから探すってのもいいかもしれない」


 二人の主張を聞き、クロードは大きくため息をつく。


「行きたくねぇなぁ……行きたくねぇよなぁ……でも、行かなきゃ救えない可能性があるなら……行くしかねぇよなぁ……!」


 だが、その意気は充分。

 大きく深呼吸をすると、クロードはレイピアの柄を握り、いつでも戦えるようにしながら進んでいく。


 奥へ奥へと進む。

 進めば進むほどに、地面の肉の密度は濃くなり、木々に絡まる血管のような管も増えていく。

 そして何より、今まで以上に異臭が鼻を突き刺してくる。


 だが、妙な魔物などが出てくることはなく、アルフ達は建物の前までたどり着くことができた。


「え……!? これって……」


 そして四人は、特にセシリアは驚愕した。

 なんせそこにあったのは、小さな教会だったのだから。

 教会が、臙脂色えんじいろの肉塊に汚染され、侵されていたのだ。

 肉で侵食されて分かりにくくはあったが、建物には確かに、アイン教のシンボルが掲げられていたのだ。


「教会が中心……教会で、何かがあった――」


 その時だった。


「アルフ!」


 教会の方から、アルフに向けて何かが跳んでくる。

 真っ先に反応したクロードがレイピアを抜き、上手く跳んできた何かを受け流した。


 そして何かは後方の地面に落ち、べちゃっと、肉が潰れるような音がした。


 それを見て、全員が絶句する。


「は? いや、これ……なんだよこいつ……!?」


 そこにいたのは、肉塊の化物だった。

 だが、ただ単におぞましい姿をした化物というだけでは、そこまでショックを受けることはない。

 化物の最も恐ろしい点、それは人間の顔や腕や脚、それっぽい部位が見えたからだ。

 元々は人間だったのではないか、という想像が掻き立てられ、より恐怖を煽ってくる。


 さらに、べちゃ、べちゃっ、という音が響くと、四人を囲むように、六体の化け物が現れる。


 人間がドロドロに溶けてしまった成れの果て、化物はそんな姿をしていた。

 元は手足だったであろうの肉体の一部は欠け、皮膚はほぼ存在せず、内の肉が剥き出しになっている。

 それは頭部も例外ではなく、ドロドロに溶けて脳が剥き出しになっていたり、あるいは肉が膨張して飲み込まれていたりしている。


「だァ、レ……ァァ、ダァ……ガ……」

「グゥ……らァ、ァ、あ……け、モノ……」


 聞くに堪えない、脳が拒絶するような不協和音の声。

 化物は、元々の頭部だったと思われる部位を変形させて、強引に声を発する。


「流石にまずい! 戦闘準備!」


 クロードの掛け声で、戦闘は開始される。


 化物は飛び跳ねながら接近し、アルフ達二突撃する。

 肉塊全体を使った強打かと思いきや、鋭利な肉の刃を形成して、それを振り回してくる。


「うおっ……」


 動きは極端に速いわけではない。

 しかし生物とは思えない奇怪な動きは、とにかく動きの予測が難しい。

 攻撃した後に生じる隙を突こうとしても、肉を変形させて槍のように変え、刺突してきたりもする。


「ハァァアッ、あ……?」


 それに、防御力も凄まじい。

 少なくともではあるが、アルフの大剣による打撃がほとんど効いていない。

 打撃音も、まるでこんにゃくを殴ったような、低く鈍い音だ。


「おいアルフ! こいつら俺じゃ無理だ! 毒が効かねぇ!」

「ちょっクロード! “ホーリーレイ”!」


 クロード達も苦戦している。

 どうも彼の強さの要因である毒薬が、一切効かないらしい。

 今はセシリアが魔法で広範囲に光熱を発生させて焼いているが、それも効きが悪いような感じだ。


 敵の肉体はブヨブヨしており、打撃はそこまで効きそうにない。

 加えて斬撃に関しても、あそこまで地面に肉が広がっていることからして、斬り落としたらああなるという可能性はある。

 倒してもこちら側にとって不利になってしまう可能性があるとすると、少しやりにくい。

 ならば、決定打にはなりにくいが、恐ろしいほどの苦痛を永続液に与え、実質無力化させることができるレイピアを使用するほうがいい。

 あのレイピアは、物質としての毒を与えるものではない、癒えない苦痛そのものを肉体に与えるから。


「まずは無力化だ」


 跳躍。


 化物にたったの一歩で距離を詰めたアルフは、大剣の代わりに出したレイピアで一発突き刺す。


「ギァッ、ァォ……ピギっ……」


 地面でのたうち回る化物を横目に、二体目、三体目にも一撃を入れる。


「がァァァァアっ……ぼ、ゴ、ォ……」


 たったの一撃、それだけで、化物は地面を転がり回り、悲鳴を上げようと肉体を変形させ、勝手に爆ぜていく。

 レイピアに突かれた者は、等しくその身に耐え難い苦痛を受けるのだ。

 死にはしない、だが死よりも恐ろしいほどの苦痛により、いつかはショック死してしまうことだろう。


「クロード、セシリア、残りは?」

「二体ですわ!」

「分かった、一撃で終わらせる」


 そうしてアルフは、残る二体にも一撃ずつ食らわせ、地面にのたうち回らせて無力化した。


「……とりあえず、これで全部だ」

「おう、本当に助かった。ありがとな」


 全ての化物を倒したところで、クロードは化物の残骸の前でしゃがむ。


「……それにしても、何だこの化物? 魔物だとしても、見たことないぞこんなの」


 化物の正体を突き止めるため、クロードは動かなくなった化物の死骸にナイフを突き刺し、解剖を始める。

 そして、おそらくは腹部であろう部分を切り開いたところで、彼は青ざめ、ナイフを手放してしまう。


「……マジかよ」

「ど、どうしましたの……?」

「こいつ……この化物達……多分、元は人間だ。一部腐っているけど、内臓の配置や形状がほぼ人間のそれだ……」


 それは、隣でしゃがんで見ているアルフからしても明らかだった。

 内臓以外の肉が膨張しているため、微妙に分かりにくくはあったが、確かに配置は人間そのものなのだ。


「じゃあ、何でこの化物が生まれたんだ? 人の死体が魔物になるパターンはあるけど……こんな風になるなんて、聞いたことがない」

「……俺にも分かんねぇよ。だけど流石に、ここにはいられないよなぁ」


 こんな異形の化物が出てきたとなれば、流石に赤い林にこれ以上いることはできない。


 クロードはナイフを抜いて立ち上がり、その隣にしゃがむアルフも立ち上がる。

 精神的に疲れたからか、持っていたレイピアを地面に突き刺し、それを支えにしてゆっくりと立ち上がろうとした。


 その時だった。


『ギィエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエッッッ!!!』


 林全体へ轟く叫声。

 鼓膜を突き破り、そのまま脳を突き刺してくるような化物の不協和音が響き渡る。


「ぐっ……!」

「あぁっ……なん、ですの……!」


 あまりの絶叫に、全員が思わず全身を強張らせ、耳を強く塞ぐ。

 それでもつんざく悲鳴は止まることはなく、全身を震え上がらせる。


 バキバキ、バキッ!


 だから、気づかなかった。

 地面にできた亀裂に、割れていく大地に。


「ああっ!」

「なっ、ミル!」


 まず犠牲になったのはミル。

 それに真っ先に気づいて抱き寄せようとしたアルフだったが、彼の立っていた場所も崩れていき、共に下へと落ちていく。


「セシリア逃げろっ!」

「きゃあっ!?」


 二人から数秒遅れてセシリアの足元も崩れていくが、こちらはクロードが何とか手繰り寄せ、大きく教会から離れるように跳躍する。

 そうして二人だけは、なんとか危機を脱することはできた。


「クソっ……なんなんだ、何で急にこんなことが……!」


 しかし、アルフとミルは落ちてしまった。

 ゆっくりと教会前にできた大穴を覗き込むが、土煙もあって、底は見えない。


 それに――


「だれ、です、か……」

「なにがおきたのですか?」


 先程の化物よりも大きな肉塊の化物が、教会から出てきた。


「なっ、え……?」


 その大きさは、軽く三メートルは超えている。

 複数人の人間の溶けた顔が、クロードとセシリアを見つめてくる。


「セシリア……」

「流石にこれは……でも、何とかするしか……」


 まさしく絶望。

 これよりも小型の化物に対してだって、二人には決定打となる攻撃を放てなかった。

 ならば大型の化物となれば、結果は言うまでもないだろう。

 しかし仲間を、友人を助けるためにも、見捨てるという選択肢を取ることはできなかった。

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