12 かちあるのわかはいいおんなのみ、ほかのやつわむかち、しね

 全身が崩れた地面に叩きつけられる。

 背中に衝撃が走り、アルフは思わずむせ返ってしまう。


「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ……なん、で、急にこんなことが……?」


 アルフの感覚的には、別段おかしいことは何もしていなかったはず。

 あの肉塊の化物を倒したのは事実だが、もしそれが原因なら、もっと早く崩落が起きていた。

 ならば、何故急に起きたのか。


「ご主人様!」

「ミル……怪我はないか?」

「私は大丈夫です! ご主人様こそ……」

「俺は、うっ……動けるけど、流石に背中が痛いな……」


 アルフはよろめきながらも、ゆっくり立ち上がる。

 背中を電流のような痛みが走り、一歩足を動かすことも難しいくらいだが、ミルに支えてもらうことで何とか周りを見ることができた。


「それに、ここもまた……赤いな」


 おそらく、元々は地下室だったのだろう。

 金属の壁や床ではあるが、その全てが赤く侵食されている。

 その密度は、地上の教会とは比べ物にならない。


「それよりご主人様、これを……!」

「ポーション……ありがとうミル、助かる」


 ミルはカバンから、辛うじて無事だった回復ポーションを取り出すと、アルフに飲ませる。

 苦々しく、思わず顔を歪めてしまうが、それでもアルフは我慢して飲み干す。


「ふぅ……凄いな、痛みがもう引いてきた」


 それからたったの数秒で、アルフに効果が出る。

 あっという間に背中に走っていた痛みが消えたのだ。


「……ご主人様」

「ん?」


 そうしてある程度落ち着いてきたアルフに、ミルは申し訳無さそうに言う。


「本当に、申し訳ありません。私が落ちてしまったばかりに、ご主人様に怪我をさせてしまいました……」


 それは、ご主人様を苦しませたことによる罪悪感だった。

 ご主人様を苦しませるだなんて、奴隷としてあるまじき行為なのに、自分はそうしてしまった。

 アルフが、ミルにとっては今までで最高のご主人様であるからこそ、この感情はとても大きいものだった。


 アルフは、そんな罪悪感に苛まれるミル二向き合い、頭をゆっくりと撫でた。


「いい、いいんだミル。この程度のことで、そんな悲しそうな顔すんな」

「でも……」

「ありがとな、助けてくれて。気遣ってくれて。でも、ミルが俺のことをそう思ってるのと同じように、俺もミルには幸せになって欲しいって思ってるんだ」


 アルフは、ミルのことを哀れんでいる。

 物心ついた頃から奴隷で、辛いことばかりなミルを不憫に思い、だからこそ、これからの人生では幸せになって欲しいと思っているのだ。

 もちろん、死なせるなんてもってのほかだ。


「だから、ミル。自分を……」


 大切にしてくれと、そう言おうとした時。


「ん?」


 何か、後方で足音がした。

 反射的に後ろを向いたアルフだったが、そこには特に変なものは無い。


「誰か、いるのか?」


 大剣を出現させ、いつでも戦闘ができるようにと準備を整える。

 すると、物陰から、その者が姿を現した。


「……え?」


 その姿を見て、アルフは困惑する。

 アルフの後ろにいたミルも、その姿を見て間の抜けた表情をしている。


 なぜなら出てきたのは、アルフよりも一回りも二回りも小さい女の子だったのだから。

 見た目的には、おそらく七歳か八歳くらいの、赤茶色の長い髪をした女の子が、現れたのだ。

 この、異常な空間に。


「君は……」

「こ、こんにちは。私はリリーといいます」


 少し緊張しているようだが、女の子はペコリとお辞儀して、リリーと名乗った。


「ああ……俺はアルフだ。んで、こっちはミル」

「はじめまして。ミルといいます」


 挨拶をされたのだから、とりあえず返さねばならない。

 アルフ達も軽い自己紹介を交わすと、リリーは、二人に尋ねてくる。


「あの。二人は人間さんですか?」

「え? ああ、そうだよ」


 中々に奇妙な質問をされて一瞬戸惑うが、アルフはすぐに答える。


「やっぱり……! わたし、人間さんってパパのことしか知らなくて……人間さん、はじめて見たなぁ」

「え? そうなの?」

「うん。私はここで暮らしてるんだけど、人間さんは一人もいないから」


 話をしていても、何となく、リリーは微妙に違和感を覚える言い方をする。

 その違和感が何かは言葉では表現できないが、とにかく、アルフは不思議な感覚を覚えていた。


「そうだ。お兄さんたちを、私の家族のとこに連れてってあげようかな?」

「家族?」

「うん、みんな優しいよ」


 そうは言うが、アルフは警戒し続けていた。

 ここにいる人間は、自分達を除くとおそらくリリーのみ。

 となれば、リリーの言う家族は、もしかしたら……。


 そしてその予想は、当たってしまう。


「みんなー! 人間さんを連れてきたよ!」


 広い場所に出てリリーが言うと、暗闇の奥から、巨大な肉塊の化物が出てくる。

 特に大きいものについては、軽く五メートルはありそうである。

 他のについても、三メートル級の化物がいる他に、先程倒したやつのような、普通の人間と同じくらいの大きさの化物まで、軽く十体ほどいた。


「おや、ハじめましテ」

「……え?」

「ああ、ワタシたちのカラダにおどロいているのか? すマないな、ユルしてくれ、にんげん」


 だが、先程の化物とは明らかに違う点が一つ。

 カタコトではあるものの、人間の言葉を介して会話をしようとしてくるのだ。

 まさか化物と話す機会があろうとはと、アルフは驚いて唖然としていた。


「あ、ああ……上に来たのと違ってこんなに話せることに少し驚いたよ。俺はアルフだ。そしてこっちはミル」

「えっと……はじめまして?」


 一番大きな、おそらくはリーダーだろう肉塊に向けて自己紹介をする。

 ミルもアルフに倣って似たようなことをするが、やはり困惑しているようだ。


「ソレにしても、にんげんガここへクルなんてメズラシイ。ナニかようがあるのかい?」

「ええ、まぁ。とあるキノコを探していて……緑色の小さなキノコなんですけど……」

「ミドリのきのこ……どれ、スコしさがしてみヨう」


 化物の一体がそう言うと、地面に腕を付け、そこに絡みつく肉と同化させる。

 すると同時に、周囲の床や地面に絡みつく肉が「ゴボッ、ブヂャっ」という音を発しながら蠢く。

 そんな不気味な一分ほど続いた後に、化物は立ち上がる。


「ミつかった。キョウカイからひがシにスコシいくと、そこにあるはずダ」

「本当、なんですか?」

「アア、ほんとう、だ……ア……ぁ」


 普通に目的のキノコを在り処を教えてくれた化物だったが、突然、その場で立ったまま動かなくなる。


「うっ……な、なに、これ……」

「リリー?」


 それとほぼ同時に、リリーも頭を押さえて膝を付いてしまう。


「な、んで……やめ、て……やだ……! 人間さんは、わるいひとじゃ、ない……! ころし、やっ、あっ、うごか、ないで……!」

「これは……洗脳か!」


 うわ言のように、苦しそうに呟くリリー。

 彼女は何度も首を振り、やめてと言いながらも、立ち上がってアルフの方へ向き、腕を構える。

 アルフは明らかに異常な様子から、リリーが洗脳されかけていると判断し、即座に彼女の額に手をかざして自分のスキルである『状態異常無効化』の力を与えた。


「ぁ、え……?」

「無事か、リリー?」

「え……身体が、動く……?」


 それを与えることさえすれば、魔法による洗脳はほぼ確実に効かなくなるのだ。


「ふぅ、洗脳は解除され――」


 強引な方法になってしまったが、何とか助けることができた。

 だが瞬間――


「ぉ……っ!?」


 突如として眼前に現れた臙脂色えんじいろの剛腕により、アルフは一瞬にして壁まで吹き飛ばされる。


「ぐはっ!」


 そして、ここへ落ちた時とは比べ物にならない速度で、壁に叩きつけられる。

 なんとか意識を保ち、目を大きく見開くと、そこには大量の化物が、敵意を向けた化物がいた。


「え……」

「あるふ、れっど……ころす……にんげん、ころす」


 それは吹き飛ばされたアルフではなく、すぐ近くにいたミルを標的にする。

 剛腕を振り下ろす、重い一撃。

 アルフが吹き飛ばされて呆然としているミルは、その場から動くことができずに――


「あぶないっ!!」


 潰されることはなかった。


 リリーが間一髪でミルを突き飛ばすことで、奇跡的に難を逃れた。

 そして、彼女は人が変わったように暴れだした化物に向けて叫ぶ。


「みんなやめて! この人たちは、悪い人じゃないよ! だから元に戻って!」


 しかし、その叫びが化物に届くことはない。


「おれのことわしられてはならない、あるふれっどわいかしてわならない」

「きたないやつわかちがない、ころす。おとこわかちがない、ころす」

「ただしせしりあわいかすかはいいきれいだから、おれのどれいとしてのかちがある」


 そして、リリーにも、腕が振り下ろされる。


「ばけものにかちわない、ころす」

「ぁ……!」


 まるで、生きている価値がないと言わんばかりに。


「ハァァァァア!!」


 だが、化物にとって価値はなくても、他の人にとっては違う。

 まるでそれを体現するかのように、アルフは化物の大腕を十字架の大剣で受け止める。


「お兄さん……!」

「重いッ、なぁ!」


 軽く拳をはね返すと、アルフは大剣を普通の黒い剣に持ち替え、


「ぶった斬るッ!!」


 ザシュッ!

 化物の左肩から右脚にかけて、斬り裂く。

 そしてこの斬撃は、悉くを断絶する。

 どんなものであろうが、どれだけ頑丈な化物であろうが、その黒剣は真っ二つに斬り捨てる。


 化物は、見た目以上の俊敏さでアルフへ襲いかかるが、彼はそれをギリギリで回避しながら、肉の表面を斬っていく。

 その攻撃は、浅くても深くても、一撃でも当たれば死が確定する。

 切傷一つさえあれば、軽い攻撃が当たりさえすれば、そこから一瞬で肉体にヒビが広がり、身体は裂けていくのだから。


「ふぅ……」


 アルフは息をつく。

 下手したら一撃で死にかねない化物を相手していたのだ、普通は緊張するというものだ。

 とはいえ、化物は全員がバラバラの肉片と化したため、落ち着くことができた。


「なんとかなったけど……リリー?」

「……え、なに?」


 アルフは呆然としていたリリーに声をかける。


「急に何が起きたんだ? リリーにとっては、この人……? 達は、一応家族だったはずじゃ……」

「うん。だけど、急に私の頭の中にアイン様の言葉が流れてきて……多分、みんなにも同じことが起きていて……それが原因だと思う」

「アイン様……? えっ、どうして……いや、でも、何か、言ってたのか?」


 アイン様。

 多くの人間が信仰する神であり、ステータスやスキルなどは、アインの恩恵と言われている。

 そんなアインが、頭の中に直接語りかける……いわゆる神託という行為が、化物に対して行われた。

 何故化物に対して行われたのか、意味が分からなかったが、アルフは、神が何を言っていたのかを尋ねる。


「アイン様は、アルフレッド……多分お兄さんのことですよね? それを殺せって。それとお姉さんと、あとクロードって男の人も、無価値だから殺せって」

「つまり……俺とミルとクロードを殺せってことか。でもなんで、セシリアだけは殺す対象じゃないんだ?」

「あ、そのセシリアっていう女の人についても言われました。確か……綺麗な女の人だから、捕まえろ、殺すなって……」

「……は?」


 アインは、アルフとミルとクロードのことを無価値だと言う。

 だがそれに対して、セシリアは価値があるらしい。

 しかもその理由が、綺麗な女性だから。

 ということは、アインの価値観では、男性と醜い女性は無価値ということなのだろうか。


 アルフは、本当に意味が分からなかった。

 ステータスが失われた時からはじまり、今の謎の神託に至るまでで、本当に神は人間に恩恵を与える気があるのかと、わずかに考えてしまう。


「……いや、あり得ない」


 だが、つい最近までアルフは神を信じてきた。

 最近のわずかな疑いで、その信仰心が完全に消えることはない。


「でもとにかく、ここから抜け出そう。これ以上は本当に……」


 ぐちゅ、ぐちっ……。


 肉が動くような音。


「っ!?」


 それに反応して振り返った瞬間、アルフの脇腹を肉の棘が貫く。

 あまりに突然のことで、アルフは息を呑み込んで目を見開く。


「ご主人様っ!」


 ミルがかけ寄ってくるが、今のアルフは、そんなことを気にすることはできなかった。


「わわ、きかない。このからだわふじみだ」

「そのけんもこくふくした。このからだわむてきだ」

「あのいたみもおれにわとどかない。すきるもむいみだ」


 なんせ化物の身体が、元に戻りつつあったのだから。

 バラバラにした肉体は結合し、変形し、復活し、アルフ達へ襲いかかろうとしてくる。


「なんで……こいつらは……!」

「お兄さんたち! こっちです!」


 震えるアルフの腕を、リリーは幼い少女とは思えないほどの異様な力で引っ張ってくる。

 この地下の奥へと、リリーはアルフ達を常人とは思えない腕力で強引に引っ張り、走っていくのであった。


 その白かった腕は、いつの間にか臙脂色に染まっていた。

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