13 おねがい、みんなを殺して
「こっち!」
リリーに強引に引っ張られながら、地下を走るアルフ達。
後方からは、ほとんど肉体の修復を終えた化物達が迫る。
まだ最初の方にできた距離があるのでなんとかなっているが、いつかは追いつかれてしまうだろう。
ズゴォォォオオン!
「嘘だろ……壁を、突き破って……!」
そして何よりも、化物にはパワーがある。
肉に侵食されていたとはいえ、鉄壁を破壊するくらい造作無い。
まだ化物を倒してから少ししか経っていないというのに、またあっという間に囲まれてしまった。
「……ここは、私が何とかする」
「え……?」
「お兄さんたちは、少ししゃがんでて」
「そんなこと……ッ!?」
ダメだとリリーに言おうとしたアルフ。
しかしその言葉は、息と一緒に飲み込んでしまうこととなる。
リリーの腕は、いつの間にか化物の肉と同じ臙脂色になっていた。
それは膨張し、変形し、鋭利な刃の付いたムチのような形状へ変化していく。
肉のムチは、複数に枝分かれし、それぞれが独立して蠢いている。
「はぁぁぁあっ!」
そうして両腕が変形してできた肉のムチを、リリーは振り回す。
しなり、うねり、伸縮し、複雑な軌道を描きながら化物へと迫る。
「これは――」
「にげ――」
そして化物が何かを発しようとしていたようだが、その時にはもう、細かく刻まれていた。
「リリー、その腕は……」
「とにかく、今は逃げます! こっちへ早く!」
リリーは化物のような腕を元に戻して叫ぶ。
化物だった以上、リリーも殺すべきかと一瞬考えたが、今この場で助けてくれたという事実が変わることはない。
アルフはミルの手を握り、リリーの後ろをついていくことにした。
そして、リリーの案内で、何とか地下のとある区画へとたどり着いた。
「それじゃあ、ちょっと待ってて」
リリーはそう言うと、自らの腕を変形させ、唯一の出入口である通路に肉の壁を作り上げる。
それが終わると、壁を体から分離させ、無くなった腕を再び生やした。
「……この部屋なら、誰かに見られることはないから、しばらくは大丈夫。ほら、見て」
そう言って、リリーは人間の腕を広げる。
アルフ達も部屋全体を軽く眺めると、すぐに、今までの場所とは大きく違う点を見つけた。
「この部屋は、肉に汚染されていない。私はできないけど、家族のみんなは、地面や壁に付いた肉を使って、遠くの様子を確認したり、音を聞いたりすることができるの」
今までの肉肉しい光景とは反対に、今いるこの部屋だけは、肉に侵食されていなかったのだ。
「……ということは」
「うん。肉が無いこの場所なら、しばらくは安全なはず」
そして化物は、地面や壁に付いた肉から、様々な情報を手に入れることができるらしい。
となれば、化物由来の肉の無いこの空間にいれば、しばらくの時間稼ぎ程度にはなるはずだ。
「これで、しばらくの安全は確保できたけど……」
リリーは、恐る恐るアルフ達の方へ目を向ける。
二人はわずかに警戒した様子で、それを見て彼女は少し落ち込む。
「……そう、だよね。あんな姿を見せたら、おどろいちゃうよね」
二人は、その言葉を否定することができなかった。
驚いてしまっていることは事実だし、それどころか、それなりに恐怖を抱いてしまっているから。
「リリー」
「……なに?」
だが、アルフは覚悟して尋ねる。
「あの外にいる化物と君は、色々な意味で大きく異なっている。なら、君は一体何者なんだ?」
「……家族のことと、私のことを聞きたいの?」
「ああ、まぁ、そうだね」
「うん。それじゃあ話すね。少し長くなるかもだけど」
そう言って、リリーは自分の生い立ちから話し始める。
「この部屋はね……化物の私が生まれた場所なの」
「化物の?」
「うん。私は、元々は人間だったから。だけど何かに殺されて……パパが、ここで生き返らせてくれたの」
でも、と彼女は続ける。
「その時の私は、こんな人間の形はしてなかったんだ。不定形の肉の塊でね……だから、パパには『お前はリリーじゃない!』って言われて……」
「じゃあ、今のその姿は……」
「頑張った。頑張って全身を動かして、肉を変形させて、色を変えて、私の頭の中にあるリリーの姿を、作り上げたの。それが、今の私」
リリーは、彼女の父親によって蘇った。
どうやらとある実験による成果を利用して蘇生を行おうとしたらしいのだが、それが失敗して、肉塊のような形で蘇ってしまったらしい。
父親は嘆き、存在を否定されたが、それをバネに肉塊はひたすらに頑張って、生前のリリーの姿になった。
だがその時には、もう父親はどこにもいなかった。
「リリーの姿になれたから、パパに会いに行こうとしたけど、どこにもいなくて……泣いてた所に来たのが、今私が“家族”って呼んでるみんなだった」
「そんな家族って呼んで慕っていた人達が、急におかしくなったってことか……」
「うん。でも理由には、一つだけ心当たりがあって……」
そう言うと、リリーは部屋の端の方にある机に乗ったノートを持ってきた。
「これ。パパが書いてたノートみたいなんだけど……とりあえず、読めば理由がわかる……と思う。口で説明するのはちょっと難しいから……」
手渡されたノートを開くアルフ。
そこには、日記が綴られていた。
『教会に研究所を与えられて三日。機材の運び込みなどは終わり、人員も集まり、ようやく研究が始められる。私の『死霊術』のスキルと、アインの力を付与するコアを用いて、アルフレッドと同等以上の強さを持つ屍兵を作ることが、私達の研究グループ“ネクロア”の最終的な目標である。だが私にとって、そんなものはどうでもいい。コアがあれば、妻と娘が蘇るかもしれないのだから』
日付だけでなく、年もしっかりと書かれているため、いつ日記が書かれたかは分かる。
どうやらこの日記は、アルフが四歳の時に書かれていたようだ。
『研究は難航している。何が難しいかといえば、コアと死体との相性の悪さだ。死体に埋め込んでも、グールのようになってしまう。コアを埋め込めば死体の腐敗は止まり、肉体が自動修復されるとはいえ、これではダメだ。ちゃんとした人格を、蘇らせなければ、意味が無い』
『私は考えた末に、自らコアを作り出すことにした。幸いにも、別の研究グループである“レプリカ”から貰ったサンプルならある。それを元にして、死体と相性が良いものに改造してやれば、きっと上手くいくことだろう。どれだけ時間がかかろうが、やる価値がある。単純に、グールのような頭が空っぽな屍兵を作り出しても戦力にはならないし、何より、妻と娘を蘇らせた時、人格が無いなど許されるはずがない』
文章の端々に、この研究者の妻と娘への想いを感じさせる記述が残っていた。
元々は、アインの力を利用して、アルフレッドを超える屍兵を人工的に作り出す研究だったらしいが、この研究者にとっては、それはどうでもいいことだったらしい。
彼にとって最も大切なのは、屍兵を作り出す技術を用いて、最終的に妻と娘を蘇らせることなのだから。
『最近、王都へ戻ったが、教会に新たな研究グループ“キメラ”が設立されていた。どうも多くの貴族や騎士の家から金銭支援を受けているらしく、設立から一ヶ月程度にも関わらず、かなり研究が進んでいた。そのグループの人と話したが、どうもアルフレッドに強い恨みを持っている人達が、支援してくれているらしい。というのも、ごく普通の騎士の家だったレクトール家が、アルフレッドという化物のような強さの子が生まれただけで、そこらの貴族を超える権力を得たからだとか。作り出した魔物で、アルフレッドを殺すことを望まれているのだという。権力を気にする人は、理不尽だと感じることだろう。まぁ、恨みで良いコアを作り出してくれるのなら、それはそれでありがたい限りだ』
『件の新たな研究グループである“キメラ”から貰ったコアは、非常に優秀なサンプルだった。流石は様々な魔物に適応できるように調整されたコアというべきか、死体への適合率もかなり高かった。この技術を利用すれば、死体用のコアの完成へ大きく近づくだろう』
『ついに、死体に適合するコアが完成した。副数種類の魔物の死体を利用した実験については、全てにおいて高い適合率を示している。おそらくは、よほど腐っている死体でもない限りは、人間でも上手くいくことだろう』
ノートを読んでいくと、様々な情報が出てくる。
まず第一に教会が主導して、アインの力を利用して強い兵を作るための研究グループが複数あることが分かった。
一つ目が、複数の魔物を合成して強力な魔物を作り出そうとしている“キメラ”と呼ばれるグループ。
二つ目が、人工的に人間を作り出し、そこにコアを利用してアインの力を流し込むことで、人間兵器を作り出そうとしている“レプリカ”と呼ばれるグループ。
そして最後に、死体にコアを埋め込むことで、強力で再生力の高い屍兵を生み出そうとしている“ネクロア”と呼ばれるグループ。
それと、アインの力を付与するコアに関する情報も、色々と書かれていた。
『コアの最終調整は完了した。妻の死体は無いが、幸いにも娘の死体なら残っている。コアを埋め込めば、おそらく生き返るはずだ』
そして、次のページをめくった瞬間、アルフは目をギョッと見開き、身体を震わせた。
『あれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃないあれはリリーじゃない』
見開きニページに渡り、乱雑に殴り書きされた文字には、恨みが籠もっていた。
見ているだけで威圧される文字に、アルフは震えながらもページをめくると、
『わ た し は み と め な い』
そう、大きく書かれていた。
「……上手く、行かなかったわけか」
おそらくは、実験が上手くいかなかったのだろう。
娘と会えると、そう期待して実験を行った末にできたのが、おそらくは化物と表現するのも憚れるようなナニカだったのだろう。
そこからしばらくは、何も書かれていなかったが、三ページほどめくると、日記が続いていた。
『数日置いて、再びあの肉塊を調べてみた結果、奇妙なことが判明した。というのも、埋め込んだはずのコアが完全に粉砕され、破壊されきっていたのだ。だがそれにも関わらず、肉塊は脈動を続けていた。何らかのイレギュラーが生じている可能性があるので、少しずつ調査を進めていくことにする』
そこからしばらくは、様々な研究や実験に対する考察で埋め尽くされていたが、さらに十ページほど経ったところに、アルフは注目した。
『今日、はじめての成功例が確認された。今までは、皮膚や肉が溶けたり、逆に膨張したりして、巨大にはなり強くなるものの、醜くなっていた。だが今回のは、戦闘能力こそ低いものの、生前の人間そのままの姿で蘇らせることに成功した。純粋な戦闘能力であれば、オーガと同等の大きさの肉塊の化物の方が強いが、私の最終目的には関係無い』
どうやら、初の成功例ができたらしい。
さらにそこから数ページめくると、そこには最後の日記が書かれていた。
『蘇生に成功したことを受け、教会は別の研究施設を用意してくれたようだ。それだけでなく、その研究所を中心とした場所には、まだ人は住んでいないが、小さな町も出来上がっているらしい。おそらくは、そこで死者の完全蘇生の研究をしろ、ということだろう』
『こことも今日でお別れだ。一年半という短い期間ではあったが、有意義な研究ができたと思う。向こうで研究を続ければ、いつかは妻と娘に会える日がやって来ることだろう』
ここで、日記は終わった。
「流し読み程度に読んだけど、色々と知ることができたよ。多分あの化物がおかしくなった原因は、身体のどこかに埋め込まれたコアかな?」
「うん、私もそう思う」
「そしてリリーが洗脳? の影響を大きく受けなかったのは、コアが体内に無いから」
「そうだと思う。少なくとも、私の体の中に異物は無い……と、思う」
この日記からして、最初に作り出された化物がリリーになったのだろう。
となれば、彼女の体内にはコアが無く、他の化物にはコアがあるということになる。
「アイン様の力を付与する効果の副作用かな? アイン様の意思に乗っ取られてしまう可能性があるわけだ」
詳しいことは分からないが、ここで見た現象と日記の記述から、コアにはアインの力を与えると同時に、神託を強制的に与える効果があると、推測していた。
しかもこの神託は、見た感じでは、洗脳と表現できるほどに強い強制力があるように見える。
「……ねぇ、お兄さん」
日記を読み終えてしばらくしたところで、リリーはアルフの方を向く。
その表情には、悲痛な苦しみと覚悟、逡巡といった、様々な感情が渦巻いていた。
だが一度深呼吸をして心を落ち着かせ、彼女は口を開く。
「おねがい、みんなを殺して」
絞り出すかのように出た言葉と同時に、彼女の目には涙が溜まる。
「……本当に、いいのか?」
「うん……みんな、アイン様に操られて、乗っ取られて……操られかけた私だから分かるの。もう、みんなの中に、元の人格は残ってないって」
リリーは、アインに操られかけた時に、ある感覚を覚えていた。
それは、自らの人格が消されていくかのような、恐ろしい感覚。
もし、みんなが同じ感覚を味わって、人格が消されたのであれば……もう、助からない。
消えた人格を戻すことは、どうあがいてもできない。
「やさしかったみんなは、もういない。あの体は、アイン様に操られている。それなら……全て、終わりに……完全に殺して、眠らせてあげたい……」
今残っているのは、空っぽの肉体だけ。
なら肉体を滅ぼして、安らかな眠りを与えてあげたいという、想いがあった。
「……コアを壊したら正気に戻る、とかなら良かったんだけどなぁ」
コアを壊そうが、もはや無意味だ。
アルフも気づいていた、体内のどこかにあるコアを壊せば化物は死ぬと。
だから、救いようはない。
「分かった、やるよ。俺達がここを脱出するためにも、あの化物は倒さないといけない」
「ありがとう……!」
「とりあえず、リリーには……ミルを守ってもらってもいいか? 俺は戦うので精一杯になると思うから」
「うん、それくらいなら」
「そしてミルは、生き残ることだけを考えるんだ。今は罪悪感とか、そういうのは気にする必要は無い」
「……はい」
そう言うと、アルフはゆっくりと立ち上がる。
脇腹の出血は一応止まりはしたが、まだ痛みは引いていない。
それでもアルフは、戦うことを選んだ。
「じゃあ、敵を呼び寄せよう。大きな音を出せば、流石に来るだろ」
そして、アルフは道を塞ぐ肉の壁を破壊した。
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