14 すべては守り抜くために

 安全な部屋は、安全ではなくなった。

 危険な場所へ続く道を塞ぐ肉壁を盛大に破壊したことで、地響きがやって来る。

 そして、化物がやって来る。


 ズガァァァァアン!!


 いやそれだけではない。

 部屋へ続く道からだけでなく、その規格外のパワーで鉄壁を破壊してやって来る化物も多数。

 その数、合計七体。

 三メートル超えの化物が七体、アルフ達を囲んでいるのだ。


「さぁ、終わらせよう」


 アルフは手元に黒剣を呼び出し、一気に接近する。


「しね」


 化物もそれに反応して拳を振りかぶる。

 その拳の威力は凄まじく、速度もかなりのものなので、回避を行わざるを得ない。

 そのため、致命の一撃を与えるタイミングはそう簡単には掴めない。


 だが、アルフの持つ剣には関係無い。

 その黒剣による軽い一撃は、たとえ薄皮一枚を斬る程度の浅い攻撃だったとしても、致命の一撃になる。

 元々の高い技術も合わさり、回避しつつ反撃の一打を与えるのは容易だった。


「まず一体……」

「むだ、だ」


 一体目がバラバラになっていくのを無視して次の敵を相手にしようとするアルフ。

 しかしバラバラになった肉塊が変形し、襲いかかる。

 軽く十を超える小さな肉塊は、あるものは弾丸のように、あるものは鋭利なムチのようにしなりながら、またあるものは槍のように伸び、形を変えて突撃してくる。


「くっそ……!」


 バラバラにしても、それだけでは倒せない。

 むしろ複数の攻撃が同時にやって来る関係上、バラバラにすると、つまり黒剣での攻撃を当てるとむしろ不利になる。

 だが対策方法があるとすれば……常に走り回り、動き続けること。

 小さくバラバラにすれば、一時的にだが肉塊は機動力が落ちる。

 なので大きく動いて攻撃を回避しつつ、チマチマ黒剣でバラバラにしていくことにした。


「まずは全員バラバラにっ……!」


 大回りに部屋を走るアルフ。

 化物のうち、近くの三体はそれに引きつけられており、一体はリリーが相手しているため、残るは二体。

 アルフが接近すると、二体が腕を引いて殴りかかる。


「らぁっ! 一気に二体――」


 だが化物とは違い、アルフには技量がある。

 十年近く学んできた武術に隙はない。

 高過ぎるステータスがあったが故に、あらゆる技術を全てを吸収し、独自に改良した結果、彼は今や技術的には最強の剣士だ。

 ステータスが失われた今でも、当時に得た技術は頭の中に、身体に染み付いている。


 一体目は攻撃を受け流しつつ化物を腰の部分を真っ二つにし。

 そこからさらに姿勢を低くして、二体目の片脚を切断する、その時だった。


 ガキンッ!


「――ぁ?」


 何か、金属のようなモノに、黒剣の刀身が当たった。


 この感覚で、アルフはほんの一瞬、たったのコンマ三秒くらいの時間ではあったが、足を止めてしまった。


「ご主人様っ!」


 その油断が、命取り。

 ミルの声でハッとして、アルフは後ろから迫っているであろう化物の攻撃を見ずに、とりあえず横へ跳躍する。


「とめる」


 だがそこには、肉体をある程度修復した化物の残骸があった。


「がっ、ぅ……!」


 二撃の刺突が胴体に突き刺さり、肉塊が足を飲み込む。

 さらに、そこへ複数の肉塊が格子のように絡み合い、アルフを拘束していく。

 全身を肉の柱に拘束され、姿勢のせいで力を上手く込められなくなった彼は、握っていた黒剣を落としてしまった。


「をまえわさいごだ。なかまがしぬすがたおみせてやる。ぜつぼうしながらこうかいしてしね」


 アルフは歯を食いしばり、全身に力を込める。

 だが込めるたびに、突き刺さった肉の槍に筋肉が擦れ、激痛が走る。

 四肢を動かそうにも、複雑に絡み合う肉の棒によって厳重に拘束されているので、身体を揺らす程度にしかならない。


 化物の一体は倒れたまま動きが止まっており、今アルフを拘束している肉の格子は、化物の一体が変形したもの。

 その残りである五体が、ミルとリリーの方へゆっくりと向かう。


「そんな……お兄さんを、助けないと……なのに」


 リリーだけが、この場で唯一戦闘能力がある。

 最初こそ変形する肉体のおかげで優勢ではあったが、今ではその対策をされてしまったせいで、一体に対してですら苦戦していた。

 一体の化物を相手するので精一杯な彼女が、五体もの化物を相手にすることなど、できるはずがなかった。


 なので一瞬だけ、自分だけ逃げるということも考えはしたが、ここまで囲まれてしまったら、逃げ出せる気がなくなった。

 アルフと二人なら、なんとかなったかもしれないが、そのアルフが拘束されて動けない今、もうどうしようもなかった。


「なんでっ、なんで斬れないの!?」


 いくら腕を鋭利な肉のムチに変形させて振り回そうが、以前のように化物は斬り裂けない。

 肉体が、斬撃に耐性を持つように構造を変させたせいで、普通の斬撃ではまともに攻撃が通らない。

 打撃だって、ほぼ効かない。

 一時的にひるませ、のけぞらせることは可能ではあるが、逆に言うとそれだけしかできないのだ。


 やがて、リリーは化物に拘束され、地面に押し倒されてしまった。

 戦闘能力を持たないミルは、言うまでもない。


「さあ、さっさところそう」

「あるふれっどお、ぜつぼうさせてやろう」

「こんなみにくいやつらでも、しんだらあいつわかなしむだろうなあ」


 それを見せられているアルフは、肉の柱による拘束の中でもがいている。

 だが拘束している肉が、地面や壁や天井に突き刺さっているため、緩む気配がない。

 動いたら動いただけ、胴体に突き刺さる肉槍によって、傷がえぐられるばかり。


「っく、ぬけ、ない……! ぬけろ……っ、ぬけろッ!」


 助けないと、助けないとと、もがき続けるアルフ。

 だがその心に、ふと、ある一つの疑念が浮かんだ。


『こんなに苦しんでまで、助ける必要があるのだろうか?』






◆◇◆◇






 ――騎士とは、弱き人々に手を差し伸べる者。


 ――ステータスを失う前から、俺はこの信念を持って戦ってきた。


 ――そしてこれは、奴隷になってからも変わることはなかった。


 ――でも、そうする必要があったのだろうか。


 ――奴隷になって、俺も苦しいのに、辛いのに、他人を助ける余裕なんてなかったはずなのに、どうして助けてきたのだろう。


 ――自分を擦り減らしてまで、他人を助ける必要があるのだろうか。


 ――自分が、自分にとって一番大切なのは、誰から見ても明らかなはずなのに。






 ――ああ、そうだ。


 ――俺は、俺が一番大切だ。


 ――俺は、苦しい。


 ――化物に捕まって、今にも殺されそうになっているミルとリリーを見ていると、胸が締め付けられる。


 ――ステータスを失ってから知ったはじめての感覚。


 ――単純な痛みと比べても、肉体的な苦痛は圧倒的に小さいはずなのに。


 ――燃え上がるような勢いの拍動が、今までにしたどんな怪我よりも、痛くて痛くて仕方がない。






 ――ああ、わかった。


 ――俺が、人を助けたいと思う理由が。


 ――苦しそうな、悲しそうな人を見ると、俺が苦しくなるからだ。


 ――あんな顔は、見たくない。


 ――ああいう顔の人達を救うために、俺は剣を握ったんだ。






 ――すべては、俺のためだ。


 ――俺が、苦しいから、悲しくなるから、涙が出そうになるから。


 ――だから、人々を救うんだ。


 ――この、熱く燃えるような痛みを抱いて。






◆◇◆◇






 化物が、その剛腕を振り上げる。


「やっ、やめてっ! やめてよっ!」


 拘束されてどうしようもない状況、死を覚悟するしかない危機。

 リリーはかつての家族に声をかけるが、彼らは聞く耳すら持たない。


 そしてミルも、今まで感じたことのないほどの死の恐怖を抱いていた。

 今まで何度も死の危険に晒されてきたはずなのに、その時よりも圧倒的な恐怖心が、心を支配していた。

 涙が、こぼれる。


「ごしゅじん、さま……」


 震える喉で、か弱い小さな声で助けを呼ぶ。


 だが、そんな願いを押しつぶすように、化物の拳は振り下ろされた。




 その時だった。




 炎の斬撃が、ミルとリリーを殺そうとしていた化物の腕を吹き飛ばした。

 同時にゴウと熱風が吹き荒れる……と思いきや、二人へやって来るのは南風のような暖かで優しい風。

 だが化物には強い熱風が当たったのか、勢いよく壁まで吹き飛んでいき、斬り落とされた腕は、燃えて灰と化していく。


 ミルは思わず瞑った目を開ける。


「ごしゅじんさま……っ!」


 そこにいたのは、アルフだった。

 だが、明らかに違う点がある。


 アルフの右手から肩にかけて、太陽のように輝く、金属製と思われる鎧が形成されていたのだ。

 そして、その手に握る剣の刀身は、すべてを吸い込むような黒色ではなく、朝焼けの空のような赤に染まっていた。


 何故そうなったのか、理由はアルフ本人にも分からない。

 だが今、彼は確実に強くなっていた。


「ミル、リリー、無事か?」

「は、はい……」

「私もなんとか……でも、その装備は……」


 顔だけ後ろを向けて、改めて安否を確認するアルフ。

 とりあえず、見た範囲には大きな怪我が無いことを確認していると、


「ぐぁぁぉォォアアぁぁぁ嗚呼アアァァァァァァァァァッッッ!!!!」


 身体の芯から震わせるような、化物をおぞましい絶叫が響く。


「なゼだっ! ナゼだッ!! まダすでータスおうしナッてニじゅゔかんなのにッ!! なぜッ、アイツとおナヂヨウナこトをッッッ!!」

「ナゼころサなかッた!! なぜギョうカいはアルぶれッドをッッ、コろさナカッタ!! フざけるンヂャねエッッッ!!」

「ダからジョヴたいいジョウむゴうかもじワッ!! かなラずコロセとイッでイタのにっっっ!!」


 今までに見せなかった叫びを、本心を、化物は剥き出しにする。

 おそらく、あまり大きな声を出せない状態の喉を酷使しているのだろう、その声は震え、掠れ、聞き取りにくいものになっていた。


「……ゴろズ」

「コロす!」

「ぜッたイに!!」

「コノぜガイがラげぢテヤるッッッ!!」

「アるブレッどォォォォォォォォオオオッッ!!」


 暗闇の奥から、血肉を撒き散らしながら五体の化物が迫る。


 本来なら恐怖すべきなのだろう。

 だがアルフは、何故か恐怖をほとんど感じることはなかった。


「熱いなぁ……心が、燃え上がるようだ……」


 激情とでも言えばいいのだろうか。

 それに駆られて、アルフは笑う。


「もうこの炎は、止まらないぞ……!!」


 そして、アルフの感情に呼応するかのように、部屋に赤い炎が舞い上がる。


「えっ……」

「なんで……炎の中なのに……」


 なのに、ミルとリリーは不思議と熱くない、苦しくならない。

 むしろ、春の日差しに包まれるような、暖かな感覚を覚えていた。


「くソガぁぁぁぁアァァァァァアアアッッ!!」

「ゼッてぇブっゴロず!! ブッころず!!」


 炎は、守るべき者を優しく包み込み、敵を飲み込み焼き尽くす。

 化物を目で直接見て、声を聞くと、アルフの中で感情が燃え上がり、それに呼応するように炎も大きくなる。


 アルフは、自らの胸をたたく。

 激情に呑まれないようにと、意識し、化物へ向けて剣を構えるのであった。

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