15 四天王

 燃え上がる炎に怯みながらも、化物はアルフの方へと向かっていく。

 だがその速度は、今のアルフから見たらあまりにも遅かった。


「遅いッ!」


 赤熱化した黒剣を横に薙ぎ払う。

 すると剣の軌跡で炎が爆ぜ、燃え上がる。

 斬撃が深く入っても化物はバラバラにならないが、炎が肉体再生を阻害しているのか、苦しそうにうめき声を上げている。


「こいツ……クッ、そガァァァあッッ!!」

「ふんっ!」


 その後ろから別の肉塊の化物が殴りかかるが、アルフはまるで背中に目でも付いているかのように攻撃を見切って横へ回避する。

 それと同時に剣を持ち替え、大剣を出現させる。

 これも右手で握った瞬間、錆びた青黒い刀身が、燃え上がるような赤へと変化する。


 そして、勢い良く大剣で後方の敵を薙ぎ払う。

 刀身が大きいだけ、発生する炎も大きく、炎を纏った斬撃は、化物を両断した。


「グァっ、あ、ぁ、アアアアアアアアアアッッッ!!」


 すると、切り口に付いた火の粉が業火となり、化物を包み込む。

 その勢いは一気に増していき、炎が消える頃には、化物は灰すら残らずに燃え尽きてしまった。


「あと四体、落ち着け……!」


 落ち着けと心の中で念じるものの、それに反して、炎は、感情は燃え上がっていく。

 それに呼応するように、アルフの速度は上がり、斬撃は威力を増していく。


「これでッ、三体!」


 雷が落ちたかのような一撃に、化物は反応することも、耐えることもできない。

 縦に両断された化物は、炎に包まれて消える。


 残りの三体も、勢いを増していく炎を前に、動きが鈍くなっている。

 このままの勢いで斬れば勝てる、そう思うアルフだったが、


「ぐ、あっ……ァァァァアアアッッ!!」


 アルフはその場で留まり、苦しそうに叫びながら胸を押さえる。

 同時に、今や部屋を覆い尽くしていた炎が、アルフの身体に吸い込まれていく。


「なんで、ここで……! こんなところでッ!」


 力が、制御しきれない。

 炎が感情に呼応するのなら、溢れ出るそれを抑えようとすれば炎も弱まっていくはずなのに、そうならない。


 形成された武具は、自分の身体そのもののようなもの。

 制御は追いついていないが、力の使い方は、頭の中に自然に入ってくる。

 故にアルフは、これから何が起きるのかを察していた。


「イ、いまダッ!!」


 異変を察知した化物達は、これを好機と見て揃って襲いかかる。

 だが炎がすべて吸い込まれ、彼の感情のボルテージは最高潮へ達した時、


「くッ……らえッ、やぁァァァァアアアッ!!」


 炎が吸い込まれ、一瞬闇に包まれた部屋は、その次の瞬間、目が眩むほどの光に包まれた。


「ぅあっ!?」

「うっ……めが……」


 目が潰れるほどの光、甲高い音。


 そして何より……敵だけを、自分や仲間を害する存在だけを一瞬で消し飛ばす、限りなく透明な蒼炎。

 爆発するかのように一瞬で広がったそれは、化物だけを塵一つすら残さずに消滅させ、肉に汚染された床や壁を浄化していく。


 吹き荒れる暴風はおさまり、炎は完全に消え去り、視界は戻っていく。

 その中心にいたアルフは、片膝を地面に付き、崩れ落ちそうになりながらも耐えていた。

 手足を震わせ、全身から汗を垂らしながら、大剣をギュッと握って支えにしながら、今にも落ちそうな意識を保っていた。


「ご主人様……っ! 大丈夫ですか!?」


 まるで満身創痍といった雰囲気のアルフに、慌てて駆け寄るミル。

 ついさっきまで彼女を支配していた死の恐怖の影響か、普段よりもかなり声を荒らげている。


「ああ、だいじょうぶだ……ケガはしてない……」


 アルフはゆっくりと腕を動かし、ミルの頭を撫でる。

 力がほぼ入っていないので、撫でるというより、どちらかというと髪を梳くような感じになってしまう。

 それでも彼女を不安にさせないようにと、アルフは口角を上げて、荒い呼吸を整えて、少し不格好な笑顔を見せた。


「待って! お兄さん、誰かが来る!」

「え……?」


 だがそんな笑顔も、リリーの言葉で消える。

 確かに耳を澄ませてみれば、二人分の靴の音が近づいていているのが分かる。


「支えるから、早く外へ!」

「あっ、私も手伝います!」


 まともに動けないアルフを、右側からミルが、左側からリリーが支える。

 アルフも、力が入らないなりに何とか身体を動かそうとするが、その時にはもう遅かった。


「おっ、声が聞こえたぞ!」


 足音はもうすぐそこ、話し声すら聞こえる距離。

 だがそれを聞いて、アルフとミルは安心した。


「いた! 二人とも、無事だったか!?」

「怪我とかは……って、アルフさんその腕は……?」


 なんせやって来たのは、クロードとセシリアの二人だったのだから。

 二人に怪我はなく、頑張って探し回っていたのか、額には汗が滲んでいる。

 相当頑張って探してくれていたのだろう。


「二人とも、無事だったか……あの化物に襲われて殺されてるんじゃないかと……」


 だがそれよりも驚いたのは、化物に狙われていた二人が生き残ったという点だ。

 色々と良くしてくれた大切な仲間なので、決して死んでほしいなどとは思っていない。

 だが、クロードの使う毒は効かないし、セシリアの光属性魔法も決定打にはならないのに、よく生き残れたものだと思っていた。

 リリーの言葉が正しければ、少なくともクロードは、命を狙われていたはずなのに。


「ああ、俺達だけじゃあ確実に死んでたな。けど誰かが助けてくれたんだ。姿は見えなかったけど」

「あれは凄かったわ……見えない斬撃? を放ったり、色々な属性の魔法を使っていたりして……あと魔法か何かで、私達の頭の中に直接語りかけてきたわね」

「……え?」


 様々な種類の魔法を使いこなす何者かが、助けてくれた。

 そして何よりも二人の印象に残っているのは、目に見えない斬撃。

 聞いていると、かなり強い良い人に聞こえるが、アルフにはどうしても、ある存在がよぎって仕方がなかった。


「まさか……いや、考え過ぎか?」

「あ? アルフは何か思う所があんのか?」

「いや、もしかしたらクロード達を助けた奴は……かなり危険な奴かもしれない。早めに逃げた方が――」


 強引に身体を動かし、大剣を構えて警戒体勢をとろうとしたその時、


 バキッ、バキバキッ……!


 天井にヒビが入る。

 そしてあっという間に、天井が落ちてくる。


「ぐぅぅ、ラァァァァアアアッ!!」


 重く脱力した身体で、ドンと踏み込み、天に向けて大剣を振る。

 先程のベストの時とは違い、大剣の刀身はほとんど変化していない。

 それでも弱々しくはあるが、炎の斬撃を発生させ、なんとか五人に降り掛かる瓦礫だけは吹き飛ばすことに成功した。


 だが、そこへさらなる絶望が落ちてくる。


「アルふ、れっドォォ……あるフレっどぉぉぉ……!」

「ぜっタイ二ィィ……おマエダケはァァ……オおまエだケハァァァァアアア!!!」


 二体の大きな化物が、血反吐を吐きながら目の前に現れる。

 少し前のアルフなら余裕で倒せただろうが、今の彼では無理だ。

 力を制御しきれず、暴走して無駄に体力を消費してしまい、今や膝をついてしまい、自力では一歩も動けない。


 ミルは言わずもがな、クロードとセシリアも、この化物に対しては無力だ。

 唯一まともに戦えるのはミルだけだが……その彼女でも、一体を相手するだけで精一杯。


 つまり、詰みである。


「くっそ……身体が、身体が動かない……ッ!」

「おいこいつら……俺達どうすりゃあいいんだよ! セシリア! 回復魔法は――」

「駄目です効きません……!」


 回復魔法であれば、疲労回復ができるものもある。

 だがセシリアがそういう回復魔法を使っても、アルフには効果がない。

 今にもその場に倒れてしまいそうなアルフの疲労は、治らない。


「シねヤァァァァアアアアア!!」


 化物が、五人に向けて突進してくる。

 もっとも、そのターゲットはただ一人、アルフだ。

 恨みのこもった奇声を発しながら、化物はアルフに向けて拳を振るう。

 そして、拳がアルフの眼前にまで迫ったその時、


「ァっ……」


 空間が切り裂かれるかのように、黒い斬撃のような何かが走る。

 それに巻き込まれた二体の化物は、一瞬にしてバラバラになっていく。


『滅べ』


 そんな声が聞こえたような気がした直後、暴風が吹き荒れ、土煙が晴れる。

 空いた天井からは、雲一つない晴天の空が見える。

 そして、雲一つない空にも関わらず、無数の雷が落ちてくるという光景が広がっていた。

 しかもその狙いは、バラバラになった化物のみ。

 アルフ達には、一切当たることはない。


 化物の肉体は焼き切れ、灰となり、それすらもが消え去り、最後に残ったのは、化物の体内に存在していたと思わしき黒い立方体だけ。

 二体の化物に一つずつ入っていたのか、地面には二つ落ちている。


「この攻撃は……!」


 クロードとセシリアは、再び生き残ることができたと喜ぶ。

 ミルとリリーも、一瞬で死の危険が去ってホッとしている。


 だがアルフだけは、目の前で起きたことに驚愕し、身構えていた。

 彼だけは知っている、こういった攻撃魔法を使える唯一の存在を。

 そしてその存在は、まだステータスを持っていた頃のアルフですら、勝つことが叶わなかった存在。


「……漸く、アインが操る敵は居なくなったか」


 何も無い空間からそんな女性の声が響くと、同時に空間に黒い亀裂が走り、真っ黒な穴が開く。


「やはりお前か……!」

「久方振りだね、アルフレッド。いや、今はアルフと云うべきか」


 現れたのは、黒いローブを纏った、重々しい雰囲気のする女性。

 肩くらいまで伸びた真っ黒な髪、そして真っ黒な瞳は、すべてを飲み込んでしまいそうな黒をしていた。

 そして何よりも目を引く特徴は、横に尖った耳だ。

 その姿はほとんど人間そのものだが、そこだけ、人間とは言い難いものだった。


 その姿を、アルフは知っていた。

 それどころか、彼女と何度も対峙し、戦ったこともある。

 かつてステータスを持ったいた頃、最強と呼ばれたアルフが、唯一勝つことができなかった相手。


「改めて、自己紹介をしようか」


 女性はその場にいる五人を見渡し、口を開く。


「私の名はジェナ。魔王様直属の、四天王の一人だ」


 重々しい気配を纏う女性は、そう名乗った。

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