78 美しい女はボクの妻になれ。強いヤツはボクのために働け。醜い女は自害しろ。醜い女と綺麗な男を見かけたら殺せ。アルフレッドは殺せ。ミルは捕らえてボクに献上しろ。神に従う幸福を噛みしめろ

 はじめまして、ボクの名はアイン。

 突然ですが、あなたにはボクの命令に従ってもらいます。

 安心してください、ボクの命令に従うことは幸せなことです。

 ボクの声を聞くだけで、みんな幸せな気持ちになります。


 では、今からあなたに大切な命令を下します。




◆◇◆◇




『アルフレッドよ、リリーとダニエルを殺せ』


 アイン様の御声が聞こえてくる。

 赤い光を浴びて一瞬目が眩んだけど、アイン様のお言葉で、目が覚めた。


 俺達人間は、アイン様に服従し、隷属し、従うために存在しているんだと。


 アイン様の言葉は絶対。

 アイン様には永遠の服従と忠誠を。

 アイン様こそが、この世界における絶対の正義であり、アイン様に逆らう存在は絶対的な悪。


 なんで今まで、そんな簡単なことを分からなかったんだろう。


 最悪だ。

 吐き気がする。


 なんでリリーなんて助けた?

 あんな化物、この世界に存在する価値すら無いのに。


 なんでダニエルを助けた?

 あんなクソ男は見殺しにするべきだったのに。


 アイン様はわざわざ命令して下さったけど、でも、命令されなくても、俺は殺します。


 さぁ、見ていてくださいアイン様!


「アルフさん? どうしま――」


 ダニエルゴミクズが喋っている。

 虫唾が走る、今すぐ殺さなければ。


 古代魔法を発現させる。

 武器は、あえて持たない。

 そして古代魔法で強化された膂力で、ダニエルの顔面を勢い良く殴りつける。


「へぶっ!?」


 すると、ポンッと眼球が血液と共に飛び出る。

 汚い。

 けど、念入りに殺さないと。


「死ね、死ねッ、死ねェッ!!」


 馬乗りになって、顔面を殴る。

 殴る。

 殴る。


 顔がぐちゃぐちゃになっても殴る。

 殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って――


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! アイン様ぁ! 見ておりますかぁ! 俺は今! 貴方様の御命令通り! ダニエルというゴミクズを殺してます!!」


 ――ゴミクズを殺す。

 とても気持ちいい、心が晴れ晴れする。

 こんな幸せ、今まで感じたことがなかった。


「やっ――」


 あ。

 そうだ、リリーも殺さなければいけなかった。

 隣で混乱しつつもへたり込んでいるリリー。

 こんな化物を、なんで今まで生かしていたんだろう。


「アルフ、さん、な、何で――」

「燃えろ」


 俺の言葉と共に、リリーは炎に包まれる。

 ぶん殴ったり直接剣で斬るのが一番気持ちいいけど、コイツは肉を燃やしきらないと死なないから、仕方ない。


――ア…………さん


 悲鳴すら発する間もなく、リリーは死ぬ。

 骨すらも残らずに死ぬ様は、殴り殺すのとはまた違う、妙な気持ちにさせる。


「さ、アイン様! 貴方様の御命令は全て遂行しました! お次は何をすればいいでしょう?」


 俺は即座にその場で頭を地面に付け、五体投地の姿勢で、天におられるアイン様からの命令を待つ。


『ボクが今から言う人間を殺せ。シャルル、カーリー、クロード――』


 そうして俺は、アイン様から御命令を給わった。

 中には強い奴等がそれなりにいるけど、大したことはない。

 全員殺せばいい。


 俺は勢い良く家を飛び出し、王都を駆ける。

 王都では多くの人々が殺して、殺され、自殺して、地獄絵図が生まれていた。

 いや、地獄絵図じゃないな。

 死んでる奴等は、アイン様にとって無価値なゴミ共。

 なら理想郷へと近づいていると言ったほうがいいかもしれない。

 ゴミ共の血で汚れているから、そこはアレだけど。


 そうして俺は勢い良く走り、殺し、走り、殺し……約二十人、アイン様のおっしゃった奴等を皆殺しにした。


『セシリアにアインコアを埋め込め。ボクの言う通りに進めば、アインコアは見つかる』


 そうしてアイン様のおっしゃった通りに道を進み、地下へと向かう。

 そこは、崩れかけた研究施設。

 さらに奥へ進んで、ようやく、黒く光る立方体……アインコアを見つけた。

 アイン様は、二つ持っておくようにとおっしゃったので、言われた通りに二つ回収した。


 そこからも、アイン様から教えて頂いて地下を出て、王都を駆け抜け、セシリアの元へと辿り着いた。


「あっ、アルフさん! 無事だったんですね!」

「ああ、大変だった……」


 そう言いながら近づいて、そして、セシリアの口に、手を突っ込む。


「ふぐっ……は、なにおっ……」


 強引に口を大きく開けさせて、アインコアを入れ、喉奥へと流し込む。

 異物を強引に飲み込ませるために、魔法で水を作り出して一緒に胃の中へと落としていく。


「ッ! けほっ、けほっ……な、なに、を……ォォッ!?」


 コアを取り込んで数秒で、セシリアは胸を抑えて、苦しみ出す。


「あ……ぅ……っ……やっ……ぁ……」


 ビクビクと身体を痙攣させるセシリア。


「や、ぁ、わた、シ、ガ……きぇ…………」


 頭を押さえて、何かを耐えようとしている様子。

 それもそうだ、アインコアを埋め込まれたことで、脳が、記憶が、アイン様に都合が良いものへと書き換えられていっているのだから。


 脳への負担が大きかったのか、痙攣が終わると、セシリアはしばらくの間、動かなくなった。

 だがそこから二十秒くらいして、閉じた目がゆっくりと開く。


「あ……あぁ……!」


 自分の身に何が起きたのかを理解したセシリアは、恍惚とした笑みを浮かべ、天に祈りを捧げた。


「アイン様! 私を、アイン様の妻にしていただきありがとうございます!」


 セシリアは“状態異常無効化”の影響を受けている。

 が、アインコアによる思考と記憶の改変は無効化できないため、こうして強引に飲み込ませたわけだ。


 アインコアを埋め込むと、アイン様の御声がより鮮明に聞こえるらしい。

 おそらく彼女は今、アイン様の妻になれたことを、心の底から喜んでいるのだろう。

 洗脳され、元の人格を破壊されたが、それすらも嬉しく思っていることだろう。


『次の命令だ。ミルに、アインコアを埋め込め』


 そして、アイン様の御声が脳に響く。

 そうか、アイン様がコアを二つ持てとおっしゃったのは……。


「そうか、そうか……! アイン様! すぐに、すぐに向かいます!」


 俺はすぐに自宅に戻った。

 あの時はあまり見ていなかったけど、確かミルは気を失っていた気がする。

 あのままなら、家にいるはず。


――しっかり…………ア……さん


「いた……!」


 リビングに入ると、ミルが不安そうに立って、震えながらキョロキョロと周りを見渡していた。

 俺が部屋に入ってきたのに気づくと、ミルはすぐに駆け寄ってきた。


「ご主人様……! よかったです、無事だったんですね……!」

「うん、何とかね……」


 とりあえず、適当に対応する。


 そして俺は、ミルの体内にコアを埋め込むために、古代魔法による領域を作り出す。


「えっ……て、敵ですか……?」


 そうミルは言っているけど、敵なんていない。

 全体的に赤い世界、この領域を作り出してしまえば、領域内に存在する人と、加えて小さいモノ程度であれば、自由自在にワープさせることができる。


 この特性を利用して、俺はポケットの中に潜めたアインコアを、ミルの体内へワープさせた。

 セシリアの時は思いつかなかったけど、よくよく考えてみれば、こうするのが一番簡単だった。


 コアを埋め込むと、数秒で効果が出た。


「あ……ぐぁ、ッ、ぅぅ……」


 ミルはその場で崩れ落ち、頭を抑えて苦しみ出す。


「や、やだ、あた、あたま、おかしく……ご、ごしゅじんさま、や、やだ、やっ、あっ、あっ……!」


 きっとミルの頭の中はぐちゃぐちゃになって、俺に対する気持ちが色褪せ、朽ちて、消え去っていることだろう。

 いやむしろ、俺のことは世界で一番嫌いな存在になるように、脳と記憶を作り変えられていることだろう。

 そしてその穴を埋めるかのように、アイン様への愛情と忠誠心を埋め込まれるのだ。


「が、ぁっ、アイン、さま……ごしゅ、アルフ、きらい、しね、しね、きえろ、しね、死ね、死ね……アインさま、すき、だいすき、すき、すき、大好き、大好き……」


 ブツブツと、ミルはうわ言のように呟いている。

 なんと誇らしいことか。

 ミルが俺の手から離れ、アイン様の奴隷モノになる。

 俺のことが好きだったミルが、逆に俺に嫌悪感を抱くようになって、逆にアイン様のことを愛するようになる。

 なんと素晴らしいことか。


 そうして約三分で、ミルの洗脳処理は終了する。

 彼女は今まで抑えていた頭から手を離し、辺りを見渡す。


『常識改変解除、記憶消去』


 そして俺に気付くと、


「消えて」


 そう言って、腹を蹴ってきた。

 ドサッと、音を立ててその場に倒れてしまう。


「……え?」


 意味が、分からなかった。

 ミルは今まで、確かに俺のことが好きだった、はずだ。

 なのに、なんでこんな……。


 思わず身体を起こし、ミルのことを見上げると、そこにいたのは、心底軽蔑したかのような、不快感を露わにした視線を俺に向けるミルだった。


「どう、して……」

「ご主人様……いや、アルフ、あなたを見ていると吐きそうになるの。だから、消えて。そして私の目に付かない所で死ね」

「なっ、えっ……」


 身体が、震える。

 なんで、こんなことになった?

 俺は、

 なんで、なんで?

 何が、起きた?


「一応、あなたには感謝しているわ。アインコアを埋め込んでくれて、アイン様の素晴らしさを教えてくれたんだから」

「は? え? な、なんで……そ、そんなこと、するはず……」

「え……? ア、アイン様……? は、はい……そう、でしたか……分かりました」


 混乱している横で、ミルは片手を頭を押さえ、見えない何かと交信している。

 それが終わったのか、ミルは再び俺の方を向く。


「フフッ……あなたは、アイン様に洗脳されていたの」

「は? アインに、洗脳……?」

「うん。ちなみに洗脳は今も続いていて、『アイン様の命令には逆らえない』って効果と、『攻撃系魔法で、自分やコアを埋め込んだ存在を攻撃できない』って効果の洗脳を受けてるんだって」

「は?」

「ちなみに、あなたはこれまでアイン様からのご命令で、ダニエルさんとリリーちゃんを殺して、セシリアさんにコアを埋め込んで洗脳したんだって。でも、その時の記憶はさっき消されたらしいから、分からないよね?」


 その場で、崩れ落ちる。

 目の前が、霞んで見えなくなる。

 まるで雨が降っているかのように、頬に水が伝ってくる。


 つまり、それは、俺が、大切なモノを、自らの手で、壊した……


「とにかく、あなたは、あなたにとって大切な私を、自らの手でアイン様に差し出したの。あんなに嬉しそうな顔をしてたのに、今は泣いてるなんて……」


 ミルに、顔を蹴られる。

 サッと涙が上がり、見えるようになった彼女の目は、もはやゴミを見るような、そんな目立った。


「ほんっと、気持ち悪い。なんで生きてるの、あなた。奴隷のくせに」


 そして、今まで聞いたことのない、声。


――アル……さん


「さっさとどっか行ってよ。ゴミクズ」

「あ、あぁ……」


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――


『家から出ろ。王都から出ろ』


























 涙が枯れ、気付いた時には、俺は王都から少しの場所にある林の中にいた。

 どうやってここへやって来たのか、分からない。


『最後の命令だ。絶望して、ミルをボクに渡したことを悔いて、自殺しろ』


「あ、あぁ……」


 アインの言葉。

 それを聞くだけで、こころを絶望がしはいする。

 全てがうばわれ、こわされ、じゅうりんされ、ぼろぼろにされた。みるにはいきるかちがない、ごみくずといわれた。おれは、おれは、すべてわるい。おれがせんのうされたのがわるかった。こんなのだから、みるはうばわれた。


 あいんさまのめいれいだ。


 しななきゃ。


 こだいまほうをはつどうして、けんをだして、それで、くびを――




――アルフさん!

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