91 詰み

 アインと対峙するシャルルとカーリー。

 戦闘は五分五分、むしろシャルルの音色によりさらに強化されたカーリーは、対アインの戦闘において押しているくらいだった。

 アインの古代魔法による強制洗脳は、シャルルが音を利用して防いでいるので効かないので、心置きなく攻めることができていた。


 とはいえ、決定打を出すことはできていない。

 彼女の攻撃威力は桁違いだが、その攻撃でアインの身体が吹き飛ばしても、即座に肉体を修復していく。

 そのせいで、アインに対して目に見えるダメージは、未だに与えられずにいた。


「チッ……私達二人でも無理なのか……?」


 相手がほとんど回避に徹しているので、そう簡単に倒せないのは当然といえば当然なのだが、カーリーの中では苛立ちが少しずつ募っていた。


 その中でシャルルは、周囲の音から色々と察知していた。


「おっと……カーリー、朗報だ。強力な戦力が、ここに向かっている」

「ほう?」

「数は……クロード、ガディウス、グローザ……あとは魔王とアブラムと、リリーと……戦力にはならないけど、ダニエルと、あとセシリアも今合流したな……」


 味方が集まっている。

 この拮抗した状況を切り開ける可能性のある存在が近付いてきていることは、カーリーにとっては光明にも等しい情報だった。

 もう少しで、戦況が変わるのだから。


「カーリー……!」

「ああ、コイツは逃さない」


 今やるべきことは、アインをこの場から逃さないこと。

 カーリーはアインに急速接近し、大剣を振るう。


 ズバンッ!


 斬撃音と同時に、肉と骨が破裂する大きな音が響く。


「面倒クセェ……!」


 アインは利き腕である右腕を失うが、一瞬にして再生修復していく。

 しかし、攻撃がクリーンヒットしたのはこの一回だけ。

 その後はアインの生成した剣で受けられてしまったため、消し飛ばす肉も減ってしまう。


「テメェはここから逃さねぇ!」


 が、別にそれでもいい。

 彼女らの目的は、アインをこの場から逃さないこと。

 今アインを殺せなくても、防御を強制させるだけでも問題なかった。


「来た!」


 そして、シャルルが叫ぶ。


 カーリーですら気配が感じ取れるくらいに、人は近付いてきていた。


「チッ……」


 アインは苦々しく歯を食いしばり、舌打ちをする。

 彼が一瞬見た方向には、古代魔法を扱えるリリーがいたから。


「コイツがアインだ! クリスハートを乗っ取りやがった!」

「ぐっ……!」


 カーリーの攻撃で、アインは地面に倒れ込む。


「なるほどなぁ……本当に、乗っ取られてやがるのか」


 そしてさらに、アインの後ろから、クロード達もやって来た。


「ミルちゃん! 大丈夫!?」

「セシリアさん……」

「うん、怪我は無いね、よかった……!」


 その中の一人、セシリアが、震えるミルに慌てた様子で近付く。

 この中で最も弱いミルのことを心配していたらしい。

 ちょっとしたことで傷付くかもしれないのだから。


「……とりあえずシャルル、ほい」


 同じようにクロードも、顔色の悪いシャルルに近付くと、ポンと軽く手を触れる。

 たったそれだけで、彼の傷は癒え、体内で血液は増産され、健康状態へと戻っていく。


「凄いな……古代魔法を発現したっぽいのは知ってたけど……」


 わずかに目を見開いて驚くが、彼はすぐに、地面に倒れ伏すアインの方を向き、言う。


「……もう、お前に勝ち目は無い。諦めろ」


 ジェナを除く魔人族の四天王三人に、魔王。

 それに加えてさらに、古代魔法を扱えるシャルルとカーリー、クロード、それと古代魔法を使える異形生命体であるリリー。

 そのほぼ全員が、万全の状態で揃っているのだ、アインからしてみれば絶望でしかないだろう。


「クククッ……」


 だが、アインは笑う。


「これで負けた? ボクが? いいや違うね! ボクは負けてない! さぁお前ら、土下座しろ!」


 古代魔法による強制洗脳、それをアインは行おうとする。

 言葉を聞けば終わり、“状態異常無効化”のスキルそのものを持つアルフでもないと、命令に抗うことすらできない凶悪な魔法。

 しかし、聞こえなければ、効果は発揮されない。


「あー……やっぱり?」


 シャルルは、今のアインの言動で確信した。


「お前、何か魔法かけようとしてるだろ?」

「なっ……」

「それに気付かないとでも?」


 最初の、領域を形成した時点で、何となく疑っていた。

 アインは必死で何かを叫んでいたのを、シャルルは見ていた。

 それが何を意味するのか、何を言っているのか、それは全く分からなかったが、聞いたらマズいということは、何となく予想できた。

 だからこそ、アインが必死になってたわけで。


「もう、お前に打つ手は無い」


 故にアインは、もはや何も出来ない。

 客観的に考えてもその通りではあるが、彼は、いや彼以外も全員、警戒を緩めてはいない。

 裏から色々と操ってきた奴が、何もして来ないわけがないと思っていたから。


「……いいや。残念だけど、ボクの勝ちだ」


 なぁ。


「セシリア」


 真っ先に、クロードが彼女の方を見た。

 それに続いて全員、クロードと同じ方向を向く。


「なっ!?」

「は……?」

「どう、して……?」


 そこには、ミルを拘束して羽交い締めにし、首筋にナイフを押し当てるセシリアの姿があった。


「“動くな!”」


 わずかな動揺。

 それにより生じた隙を、アインは見逃さなかった。


 妹を拘束されて、誰よりも心を揺さぶられたシャルル、彼の作り出す音の障壁が、一瞬だけ途切れてしまった。

 そのせいで、全員の耳に、脳に、アインの言葉が届く。


「……ッ!?」


 声が出せない。

 動くことも出来ない。

 魔法も使えない。


「……お前」


 唯一、クロードを除いて。

 おそらくは、彼の持つ古代魔法の影響だろう。

 どんな傷や病だろうが、魔法による洗脳であろうが治療できる彼の能力、それが自身の肉体に作用し、洗脳を無力化しているのだろう。


「セシリアに、何をした……!」


 それなりに長い付き合いのセシリアが、妙な行動をしている、操られている。

 マスク越しでも分かる、怒りに満ちた表情で、アインに問う。


「コアを埋め込んだだけだ。ミルほどじゃないけど、セシリアも欲しいと思ってたんだよなぁ」

「……クズが」

「フッフッフ……そんな言葉、効かないねぇ。タダの負け犬の遠吠えだしね」


 アインは嗤い、勝ち誇る。


「お前の戦闘を一度見ていたから分かる。今のこの状況で、お前じゃボクには勝てない、絶対にな」


 アインは既に、クロードの戦闘を目撃している。


 基本的にクロード自身はあまり戦闘はせず、作り出した巨人に任せることが多い。

 だからといって、本人が弱いわけではなく、彼にとっての敵が自身の身体に触れたら、肉が腐敗するようにして即死する。

 攻撃についても、九割以上が衣服に打ち消され、ほぼ無効化されてしまう。


 それにミルを救おうにも、セシリアが拘束している以上、クロードにはどうしようもできない。

 そもそと彼の意思では、心では、たとえ操られていたとしても、セシリアを攻撃することはできなかった。

 例えばシャルルであれば、セシリアのことは無視してミルを助けようと動くだろうが……これまでにセシリアとそこそこ長い付き合いがあるクロードには無理だ。


「……でも残念。お前らを殺したい所だけど、時間切れだ」

「は?」


 そう言うと、アインはクロードに背を向ける。

 敵が背を向けたというところで、クロードも不意打ちのように翼を羽撃かせ、羽をいくつかアインに向けて飛ばす。

 クロードの黒羽、当たればアインは即死だ。


 しかし、


「させません!」

「ッ!」


 ミルを拘束したセシリアが、その羽を全身で防いだ。

 羽は、セシリアに確かに当たる。

 しかし、効果は発揮されない。


 クロードは操られたセシリアを、敵だと認識していない、正確には認識できない。


「セシリア! 目を、目を覚ませよ! なんでそんな奴に――」

「そんな奴じゃありません」


 セシリアに向けて叫ぶクロード。

 しかし彼女の、ゴミを見るような視線に、クロードは口が、身体が動かなくなる。


「アイン様は、あなたみたいなクズとは違いますわ。アイン様こそが、この世界における絶対的な正義。あなた達の方こそ、生きる価値の無いゴミではなくて?」

「な……お前……」

「フフッ……なんで私、あなたみたいなゴミクズが好きだったのかな……? あなたみたいなのを好きになったなんて、人生の汚点ね」


 クロードは、その場で崩れ落ちる。


「その辺にしろセシリア。王都に張った結界がもうすぐ解除される。多分ジェナだろうが……とにかく、今すぐここを出るぞ」

「分かりました、アイン様」


 そして、アインはこの場で地面に伏す全員に向けて言う。


「じゃあ、ミルは貰ってくよ」


 そう言うと、アインは、セシリアは、ミルは、影のように姿を消してしまった。


「…………クソっ!」


 クロードは、何もできなかった自分を、ただただ無力だと感じ、地面を殴ることしかできなかった。

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