90 集まり出す戦力
時間を遡り、全員が散り散りにワープさせられて少し後。
「これは、囲まれて……!」
魔王のヴィヴィアンと、その護衛のアブラムは、キメラやクローン兵の多い区域のど真ん中に出てしまった。
目に見える範囲だけで、敵は最低でも三十か四十はいる。
「アブラム! 私達、どうすれば……!」
ヴィヴィアンは不安そうに、アブラムへ尋ねる。
魔王という肩書はあるが、彼女自身に、直接的な戦闘能力はほとんど無い。
代わりに、仲間へのサポートに特化したスキルを持っており、その方面では非常に強いが……一人で戦う能力は低く、故に一人で状況を打破する力は無い。
アブラムについても、ホームグラウンドである魔王城であれば、スキルと魔法による地形操作などを駆使して、巧みに戦うタイプ。
技術は優れており、知識も豊富で常に冷静ではあるが、ガディウスやグローザのような、どんな状況でも一定の強さを発揮できるタイプではない。
少なくともヴィヴィアンは、そう考えていた。
「……問題ありませんよ、魔王様」
「え……?」
「私の長所は、魔法技術と知識……それらを存分に駆使すれば、この状況は切り抜けられます」
そう言うと、アブラムはヴィヴィアンを自らの身体に寄せる。
「さぁ、アルフさんの技、使わせてもらいますよ」
瞬間、景色が変わる。
破壊された街から、巨大な竪穴のような大洞窟へ。
「アブラム、これ……!」
これは、誰がどう見ても、アルフが使っていたあの領域、その亜種のようなもの。
古代魔法を使わずして、それを発動させるとは、流石のヴィヴィアンも思っておらず、目を丸くして驚いていた。
「ええ。アルフの使っていたアレを、私なりに再現したものです。さぁ、始めましょう」
アブラムはそう言うと、指を上に上げる。
「隆起……」
同時に、アブラムとヴィヴィアンの二人が乗る部分の地面だけが隆起し、高くまで上がる。
それこそ、下が全く見えない暗闇になるくらいまで。
「そして、落盤」
その次に、彼は呟く。
すると、残りの部分の地面も、上に隆起してきた……ように見えた。
「え……敵が、いない……?」
しかし、先程までいたはずの敵がいない。
自分達と同じように地面が隆起したのなら、いるはずなのに。
敵のキメラやクローン兵はどこへ行ったのか、ヴィヴィアンは尋ねる。
「あの、敵はどこに……?」
するとアブラムは、下を指差して言った。
「この下で、圧死してますよ」
「え? どうして? 私達みたいに、地面が隆起したんじゃ……」
「いえ。私達の立つここ以外は……全て、上から膨大な質量の岩石を落として作ったのですよ」
そう、隆起したように見えた地面は、実際は上から岩石を落として作ったのだ。
言葉にしてみると単純ではあるが、これが意外にも恐ろしい。
先程まで、二人の立つ場所とそれ以外との間に、高低差は最低でも数百メートルはあった。
それを埋めるほどの岩石となれば、合計質量は計り知れない。
その岩石の質量を利用して、キメラやクローン兵を圧殺した、というわけだ。
圧殺なので、肉体は完全には消えず、再生自体は可能だろうが……残念なことに、肉体を再生したとしても、その端から潰れて圧縮されるので、実質的には死んだも同然だ。
「とはいえ、中々に辛いですね、これ。魔力量的にもう限界です……」
「そんなに!?」
「そもそも土魔法は、魔力から物質を作り出す都合上、他の魔法と比べても魔力消費か激しいですからね」
魔力で飽和した領域の形成、加えて何百トン単位の岩石の生成、それらを行った結果、アブラムの魔力はほぼゼロになってしまった。
「とりあえず魔力については、後で私が何とかする。でもアブラム……いつから、アルフさんみたいな技を使えるようになったの?」
だがそもそも、いつこんなアルフがやるような領域を形成できるようになったのか。
こんなのを見たのは初めてということで、ヴィヴィアンは尋ねる。
「私も密かに修行してたのですよ。結界術の一種というのもあって、修得には時間はかかりませんでしたけどね」
「へぇ……確かにアブラムは、結界術得意な方だもんね」
「ジェナ程ではありませんがね」
一応、アブラムの結界術は、四天王の中でもかなり秀でている方だ。
飛び抜けているジェナを除けば、魔王城では一番の技術の持ち主である彼からしてみれば、アルフに使うような領域を解析し、理解するのも容易だったらしい。
「それで、これからどうしましょうか? 外に出ない限りは安全ですが……」
「ここなら安全……でも、それは私達だけでしょ?」
「……なるほど、他の方達と合流すると。かしこまりました。ですがその前に、魔力回復の方をお願いします」
「分かった。それが終わったら出るってことで」
◆◇◆◇
そのちょうど外側。
「う~ん……この黒いのは何? パパはなにか分かる?」
「いや、全く」
ちょうどそこまで、リリーとダニエルがやって来ていた。
元々はそれなりに離れた場所にいたのだが、リリーの古代魔法があまりにも強過ぎたため、あっさりとここまで到着できた。
なんせ彼女が古代魔法により領域を形成するだけで、そこに入った敵はリリーに捕食され、即死する。
というか領域を形成しなくても、音を超える速度で捕食が可能なので、苦労すらしない。
そうして敵を倒しつつ、誰かと合流するために動いていたら、この黒いドーム……ダニエルが形成する領域、その外郭の前にまでたどり着いた。
「……本当になんだろう、これ。いくら攻撃しても壊れないし」
リリーの音速の捕食、その技術を応用した超速の攻撃も、黒いドームには一切傷はつかない。
腕を肉塊に変形させて叩きつけるが、まるで硬い岩石のような何かに阻まれるような感覚がするだけ。
「……じゃあ」
普通に壊すのは無理だと、リリーはそう考え、最強の攻撃を発動する。
周囲が肉塊で覆われた、リリーの領域を形成する。
この内部にいる敵は、回避する暇すら与えられず、問答無用で捕食されて死ぬ、文字通り回避不能の最強の攻撃。
バリン!
だが、攻撃を行うために領域を形成したその瞬間、黒いドームは砕け散り、同時に彼女の領域も破壊される。
「え?」
リリーの領域と、もう一つの領域。
領域二つがぶつかり合うことで、互いの領域が相殺され、砕け散る。
肉のドームは破壊され、黒いドームも破壊され、中にいた人達が露になる。
「あっ! 魔王とアブラムさん!」
そしてリリー達は、黒いドーム内にいたヴィヴィアンとアブラムとの合流を果たす。
だが特にヴィヴィアンは、突然領域が破壊されたことに驚いていた。
しかしすぐに、リリーとダニエルの姿を確認し、安堵する。
「えっ!? あ、お二人ですか……よかった……!」
「ご無事でしたか、お二人とも。他の方々については……」
「いえ、誰とも……」
「うん。誰とも会わなかった」
互いに軽い状況確認や情報共有をしていく。
そして、どちらも仲間との合流を目指していることは分かった。
「……つまり私達と同じく、仲間との合流を目指していたわけですか」
「はい。とりあえず、互い目的は同じみたいですし、一緒に行動しましょう」
「はい。アブラムは魔力切れで……今はリリーしか頼れない。大丈夫?」
だが、今この状況で戦えるのはリリーだけ。
ヴィヴィアンの魔法により少しは回復したが、アブラムの魔力は依然として少ない状況のままで、あまり戦闘はできない。
なので自然と、リリーへの負担は大きくなってしまう。
「うん、大丈夫」
だが彼女は、二つ返事で了承した。
「でも……」
リリーは周囲を見渡す。
人間の形をしているが、彼女の本質は、本性は、不定形の化物。
古代魔法のおかげで、人間の形を取っているだけなので、能力は人間の域を超えている。
その、人間の域を超えた聴覚が、周囲の変化を察知する。
「なんか敵、いないよ?」
◆◇◆◇
対してガディウスとグローザの二人は、敵の目を避けつつ王都を移動していた。
ワープさせられた場所が、偶然にも敵がほとんどいない場所だったため、ステータスが消えた二人でも何とかなっていた。
一応、ガディウスの方は超火力の炎で燃やし尽くせば、アインコアを埋められた敵でも倒せるが……魔力の消費も大きいので、あまりやりたくないところだ。
「……よし、今だ!」
「コッソリと……」
そして、向かう場所は、巨人二人がいる場所。
五十メートル近くある巨人は、目印としては非常に分かりやすく、そこが元々皆と共に戦っていた場所でもあるので、とりあえずそこへ行こうとしていた。
そして、ようやく巨人の足元までたどり着いた……のだが。
「ん? は!? なんで四天王がここに!?」
そこには、カラスの嘴のようなマスクを被り、黒い衣服に身を包んだ、見るからに怪しい男がいた。
彼は二人を目撃して驚きを見せたが……その中でもグローザは、あることに気が付いた。
「……あれ? もしかしてその声、クロード国王?」
顔の大半は隠れているが、その身体付きと背丈、声を、彼女は、四天王達は聞いたことがあった。
ガディウスも、そう言われて気が付いた。
「えっ? いや、声は確かに……クロード国王のような気がするな」
「“気がする”じゃねぇ、本物なんだよ。あと、軽く話していいぞ。敬われるのには慣れん」
気がするとか、そんなことを言われたので、男は嘴状のマスクを取り外す。
その顔を見て、二人は目の前の男がクロードだと、ようやく確信することができた。
「マジか! というかその装備さぁ……もしかして、古代魔法?」
だが、それはそれとして、気になるものが一つ。
それは、近くにいる巨人と、彼の身に纏う衣装だ。
特に衣装なんかは、アルフの古代魔法によって作られた装備と似た気配を感じるものだった。
「あー……やっぱそうだよな? ぶっちゃけ俺もよく分かってないんだよ。ついさっき使えるようになったばっかだし」
「そうなの? じゃあもしかしてこの巨人……あなたが?」
「おう。細かいことは省くけど、めっちゃ強い。まぁ視覚と聴覚が勝手に共有されるから、三、四人作るぐらいがちょうどいい」
クロードは、自らの古代魔法についてを軽く話す。
とはいっても彼自身、まだ得たばかりの能力を知ってはいても、完全に理解できているわけではないので、かなり大雑把な説明ではあるが。
それが終わったら、今度は逆にガディウスとグローザへ尋ねる。
「……で、お前らは何でいるの? いやまぁ、大体予想ついてるけど」
ガディウスはため息をつき、答える。
「多分お前の予想通りだよ。ジェナがヴィンセントを殺して、アインを復活させた。んで俺達はこっちにワープさせられた。今ここにいないけど、アブラムとヴィヴィアン……魔王様も王都にいる」
「アイツのせいでアインが復活して、ココも大変なことになってるのよ? キメラとクローン兵がウジャウジャいるし」
グローザも、苛立ちを覚えているらしい。
やはり、信じていた人が裏切り者だったというのは、相当堪えたのだろう。
「……や、ジェナがアインを復活させたことは知ってる。というか、直接教えてもらった」
だが、だがクロードは、ジェナの真の目的を知っていた。
彼女がある程度のことは教えてくれたから。
「アイツは、アインの信奉者ってわけじゃねぇ。むしろ逆に、アインを殺すために、復活させた」
「……は?」
「え? 殺すために、復活?」
「細かい所までは俺には分からない。けどなんか、アインを油断させるために、キメラとかクローン兵を放ったんだってさ」
とりあえず、クロードは知っている情報を二人に伝える。
とはいえ、彼らからしてみれば、ジェナは副王のヴィンセントを殺した人物でもある、信用はできない。
「嘘だな」
「ええ、嘘ね」
頭ごなしに嘘だと否定する二人。
だがクロードは何とか「まずは話を聞いてくれ」と頼み、続きを話しだした。
「お前達がウソだと思うのもまぁ納得できるけど、俺は、アイツの言ってることは本当だと思ってる」
「ふぅん……理由は?」
「ここに、ジェナ以外の四天王と魔王がいるから。確かワープさせられてここに来たんだろ?」
「おう。みんな一緒にワープさせられて、ここに」
ガディウスのその言葉を聞いて、クロードは大きく頷く。
「……やっぱり。でもさ、おかしくない? もし俺がジェナの立場で、アインの信奉者だったら、確実にお前達を遠く離れた場所に、別々にワープさせた」
「あっ……!」
「そっちの方が、殺しやすいだろ。わざわざ一箇所に集めるよりもずっと。というか、俺もアイツの強さを完全には理解してないけど……多分アイツ、殺す気なら秒でお前達を殺せたと思うぞ?」
そう、ジェナのやってることはチグハグなのだ。
彼女の強さは、四天王の中でも突出している……それどころか、比べるのすらおこがましいほどの差がある。
普通なら、別々の場所にワープさせて各個撃破を狙うし、そもそも彼女の強さなら、ワープさせなくてもその場で一瞬で殺せた。
「……まぁ確かに、実際に言われてみると違和感だらけだな」
これについては、同じ四天王であるガディウスとグローザの方が感覚として理解していた。
考えてみるとジェナは、敵対者である自分達に対して、甘過ぎる行動しかしていないようにすら思えてくるほど。
「ま、それはそれとして、一緒に来るか? 今の俺は結構強いし、大体の敵は何とかなる。まぁ今はなんか、敵が消えてるけど、危険には変わりない」
ジェナについての話はここで終了して、今後のことについて、クロードは提案する。
理由は分からないが、何故か今はキメラやクローン兵といった敵がいない。
巨人と視野を共有しているクロードだからこそ、それがよく分かっていた。
だが危険な状況なのは変わりなく、たとえ魔人族であっても、ある程度顔を知っている人と一緒にいた方がいいと、そう考えてのことだ。
「……ガディウスはどう思う?」
「まぁ……今コイツと別れて二人になっても危険なだけだし……」
正直クロードは、二人からしてみればそこそこ疑わしくはあった。
が、ここで別れて二人になった方が、むしろ危険なようにも感じてしまう。
今は、いつどこでキメラやクローン兵が襲ってくるか分からない状況なのだ。
「……分かった。じゃあ私達もついていくわ」
そうして、ガディウスとグローザは、クロードと合流し、行動を共にすることとなった。
それが決まった時、
ゴゴゴゴゴゴ……!
地面が、大きく揺れた。
同時に強い風が、三人を襲う。
「くっ……こりゃあ、何かが暴れてる……?」
クロードは風が来た方を見て言う。
「……向こうだな」
「は? マジでそっち行くのか!?」
「ああ。どっちみち敵なら、その内戦うことになるだろうからな。ならさっさと殺すに限る」
クロードはそう言って、さっさと進んでいく。
「おい、ちょっと待てよ!」
「はぁ……仕方ないかぁ」
ガディウスとグローザも、嫌嫌ながらクロードについていくことにした。
そうしないと、死ぬ可能性があるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます