92 タイムリミットは一週間

 ジェナが作り出した異空間。

 そこでは王都周辺に突如として出現した結界の解除を行っていた。


「どうなんだ! 後どれくらい!?」


 明らかな異変だったので、これまで眠っていたアルフもヴィンセントに叩き起こされていた。

 そしてすぐにミルに危険が及んでいる可能性に至り、結界解除の作業中のジェナに尋ねていた。


「……もう少しだ。残り数分で終わる筈だ」


 ジェナは複数の魔法陣を展開し、複雑な操作を行っている。

 しかし、何故そんなことをするのかと、アルフは思った。


「……でもこれ、ヴィンセントが“破壊”のスキルを使えば一撃で壊せるんじゃ?」


 ヴィンセントのスキルであれば、物質でも非物質でも破壊できる。

 現にアインのステータスを“破壊”して、∞をを有限の数値へと落とした所を、アルフはその目で見ている。


「いや、僕もその提案したんだけどさ、ジェナに止められたんだよね。それしたら最悪王都が吹き飛ぶかもって」


 それは、彼の隣りにいるヴィンセントが答えた。

 スキルを使った強引な方法が取れないのは、それが理由らしい。

 そんな話をしている二人に、ジェナは作業をしながら説明する。


「……簡単に言うなら、結界の内と外が別次元の世界になっている。原理的には、アインを封じていた結界とほぼ同じだ」

「へぇ……でも別次元だと、どうして破壊できないんだ?」

「強引に破壊すると、結界内外の空間に歪みが生じる可能性が高い。其れが元に戻る際に、莫大なエネルギーが発生し、最終的に周囲に致命的な破壊をもたらす事になる……と、私は推測している」

「……まぁ、理由はなんとなく分かったよ」


 魔法陣が現れては消えて、現れては消えて……細やかな作業を始めてから約二十分といったところか。


「……よし」


 解除が、完了した。


「立て、ワープするぞ」

「はい!」

「分かった!」

「……座標決定。ワープ開始」


 そうしてジェナの魔法により、三人は王都へワープした。




◆◇◆◇




 ヒュン!


 空間が、空気がねじれ、そこにアルフ達が現れる。


「え……?」


 そこには、ジェナを除く四天王達が、カーリーやシャルルが直立で立ち尽くしていた。

 そして唯一動けるっぽいのは、地面をたたいて叫んでいるクロードだけ。

 真っ黒な外套に、カラスの嘴のようなマスクを付けていたので、声が聞こえなかったら分からなかっただろう。


「は? おい、クロードだよな!」

「え……あっ、おい! アルフ! アルフでいいよな!? 大変だ! とんでもないことになった!」


 アルフが来たことに気付くと、クロードはマスクを外し、肩を掴む。

 かなり興奮しているのか、息は荒い。

 歯を食いしばっている所からして、悪いことが起きたっぽいことは予想できる。


「ミルが……ミルが……! アインに攫われた!」


 息を呑み、目を丸くするアルフ。

 一瞬、脳が思考を止め、目の前が真っ白になったかのように錯覚した。


「……は?」


 数秒間を置いて、アルフは聞き返す。


「え、いや……いやあり得ないだろ!?」


 そしてすぐに周りを見渡す。

 衣服や雰囲気が変わったのはクロードだけじゃない。

 カーリーとシャルルも服や武器が変わっているし、特にカーリーなんかは面頰を付けてるから分かりやすい。

 明らかに、古代魔法を発現している。

 突然三人も古代魔法が発現したことも違和感だらけではあるのだが……そんなことはアルフにとってはどうでもいいことだった。


「雰囲気で分かる! お前とカーリーとシャルル! 古代魔法を使えるようになったんだろ!? それにリリーも加えたら古代魔法使いは四人もいる! なのになんで……アインが止められなかった!?」


 この場には、古代魔法持ちが四人もいた。

 アインも“ブレイヴ”を介して古代魔法を使えたが、それでも人数的には四対一だ。


 激情を露わにして、今度はアルフの方がクロードに掴みかかる。


「アインも古代魔法を使えるけど! 四人もいたら勝てない方がおかしい――」

「落ち着け」


 が、そこはジェナが間に入り、止められる。


「暴走するな、今は冷静になるべきだ」

「冷静になれ!? ミルが攫われたんだ――」


 ゴッ!


 アルフがジェナに掴みかかろうとした瞬間、彼女の片腕が残像を残して消え、アルフの首に手刀を当てる。

 それにより、彼は意識を手放し倒れる。


「……話を聞かない時は、気絶させるに限る」

「あー……で、ジェナ。何人かお前を凄い睨んでるんだけど」

「其れは仕方無い。事情を知らない者からしたら、私はアインを復活させた裏切り者だからな」


 とりあえず持っておけと言いながら、気絶したアルフをクロードに引き渡す。


「とりあえずヴィンセント。こいつ等に掛けられたアインの古代魔法による影響を“破壊”しろ」

「分かってる……もう少しで出来るから待ってて」



 直立で動けなくなった人達に触れて、何かを探すようにするヴィンセント。

 一人につき十秒ほどで軽く確認して回ると、彼は何かを確信したように頷く。


「よし……壊れろ」


 彼の手のひらから、透明な球が解き放たれる。

 空気は揺らめき、波動が生じ、それは動けない人達の身体を通り抜け、内にある何かを“破壊”した。


「……あれ、動ける」


 アインによる命令、永遠実行されるそれが“破壊”されたことで、『動くな』と命令された者達も動けるようになる。

 それからは、各々動き出す。


「ヴィンセント!」


 生きてた弟に抱きつく者……


「おいゴラてめぇ、ちゃんと説明しろや……!」

「何故あんなことをしたのです? 返答次第では殺しますよ?」


 敵か味方かも分からない人に問い詰める者達……


「……クソ」

「ハァ……アレで勝ち切れない私達、か……」


 アルフの言葉を思い出して、悔やむ者達……


 結局、彼らが落ち着くまでには三十分以上かかった。




◆◇◆◇




 全員がまとまり、情報共有も完了し、これまでいなかったジェナやヴィンセントも、事情はある程度把握した。


 もちろんその逆も同じで、ジェナの真の目的や正体についても明かされた。

 ジェナが、魔人族の間で伝わる三英雄の一人であるジェーナスであったこと。

 復讐を果たすため、ロウェルを殺したアインを殺すために、アインを復活させたこと。

 アインを油断させるために、これまで長い間、アインに協力し続けていたことなどを、説明した。


 もちろん、特に魔人族の他の四天王達は、苛立ちもあって受け入れ難いことではあったが、最終的には事実をちゃんと飲み込んだ。


 唯一、気絶しているアルフは除いて。


「……えっと、アルフさんは、どうします?」


 最初にそのことを言い出したのはリリーだった。

 真横で目を覚まさないアルフのことを見ながら、苦笑いを浮かべて言う。


「まぁ、情報共有は終わったし、起こしても支障は無いか。暴れられたら困るから……」


 カーリーに「押さえとけ」とだけ言うと、ジェナはアルフの頭を掴む。


 バチッ!


 そうして電気のような何かを脳に直接流し、強引に目覚めさせる。


「ッ!? な、なにが……」

「暴れるなアルフ」


 有無を言わさず、カーリーはアルフを地面に押し付ける。


「ッ、おい、カーリーお前……!」

「お前どうせ冷静になってないだろ。冷静になるまで絶対離さないからな」

「ッ! でも、ミルが……」

「そいつを救うための作戦会議だ。分かったら黙って話を聞け」


 ここまで言ってようやく、アルフはようやく暴れるのを止めた。


「……で、作戦会議って言ったって、何するんだよ。アインを殺すんだったら、ここにいる全員で速攻を仕掛ければいい。アイツの能力は割れてるんだし」


 が、今すぐミルを助けに行きたいアルフは、作戦とも言えないような作戦を提案する。


「いや、ダメだ」


 が、ジェナにノータイムで拒否される。


「全員で攻めると、他の区域の防衛が疎かになる」

「いや、速攻で殺せば……」

「弱体化したとはいえ、アインのステータスは未だに数百万だ。古代魔法でも速攻は不可能と思った方が良い」

「……」

「貴様も、アインには手も足も出ずに土下座してただろう? 無策で突っ込んでもそうなるだけだ」


 ぐうの音も出ない言葉を突き刺してくるジェナ。

 明らかに不愉快というか、苛立ちを浮かべながら、アルフは黙る。


「とはいえ、私達側も運がかなり良かった。何せ古代魔法持ちが五人も……しかもアインの古代魔法に対抗出来る者は二人も居るのだから」

「え?」

「貴様が気絶している間に話を聞いたが……クロードはアインの洗脳を無効化できて、シャルルはアインの洗脳・支配を防ぐことが出来るらしい」

「……マジで?」


 ここで、アルフに伝えられてない情報が出てくる。

 “状態異常無効化”のスキルを持つアルフでさえ無効化できないアインの古代魔法、それを完全無効化できるクロードと。

 アインからの声を遮ることで、効果の発動を防ぐシャルル、二人がいる。


 アインの古代魔法の発動条件は、声を聞くこと。

 分かっていれば防ぐのは簡単だが、その代わり洗脳・支配の効力が非常に強く、声を聞くとその時点で敗北が確定するほど。

 その声が聞こえるのを防ぐシャルルと、もし仮に聞こえても洗脳・支配を無効化させるクロード、どちらかがいてくれるだけで、アインと戦う時は安心できるだろう。


「ああ。あと俺の場合は、多分他人の洗脳とかも治療できる」

「へぇ。じゃあクロード連れてけばいいんじゃない?」

「……俺も助けに行きたい所なんだけどねぇ。セシリアが操られてるし」

「えっセシリアが?」

「なんかコア埋め込まれたんだとさ。ジェナの話だと、コアを埋め込まれた時点で助からないらしいけど……でも、最低でも死体は持ち帰りてぇ……!」

「じゃあ行こう。俺はミル、お前はセシリアを取り戻すってことで……」


 セシリアが操られているという話を聞いて驚きはするが、すぐに話を戻して提案してみるが、クロードは首を横に振り、ジェナの方を向く。


「……出来れば、クロードは防衛に残って欲しいな」


 そして、彼の視線を受けてジェナは言った。


 ここでクロードの古代魔法について、アルフに伝えられた。

 彼の古代魔法は、味方をありとあらゆる異常や傷を治療できる他に、彼の衣服や髪に触れた敵を即死させることができる。

 そして、それらよりも更に強力なのが、巨人を作り出す力だ。

 全長約五十メートルの恐ろしい強さの巨人を、理論上は無限に作り出せる。

 とは言っても、作り出した巨人の視界と聴覚が勝手に共有されるため、クロードの脳のキャパシティ的に、頑張って十体程度が限界なんだとか。


「まぁ、ジェナが言いたいことも分かる。その巨人ってのがどれくらい強いのか分かんないけど、複数体作れて、広域を守れるとなれば……」

「多分俺は、防衛が適任だ。仲間や市民の治療も簡単に出来るからな。それにまぁ、一応国王だし」

「……ああ、そういえばそうだった」


 あまりにも自然にこの場所にいたので、クロードが国王であることを、アルフだけでなく他のほぼ全員が忘れていた。

 流石にこれには、クロードも少し困惑するが、


「……まぁそういうわけだからさ。とりあえず、シャルルは決まりで良いんじゃね? お前ミルの兄なんだろ?」

「まぁそうだね。じゃ、僕も行かせてもらおうか」

「おう、頼む……え?」


 自然にそう言ったアルフだったが、シャルルの言った言葉を思い出して一瞬固まってしまう。


「ちょっと待て、お前何言った? え、ミルの、兄?」

「ん……ああ、そういえばお前には隠してたな」

「……なんで隠して……いや、この話は後だ。まぁ、手伝ってくれると助かる」


 とりあえず、アルフとシャルルの二人は、アインと戦うことに決まった。

 だが、問題は他にもあると、ジェナは指摘する。


「とりあえず、アルフとシャルルの二人がアインを倒しに行くと仮定する。が、二人の大きな弱点は、集団戦だ」

「……まぁ、確かに」

「僕の古代魔法はサポート寄りだしね」


 アルフの古代魔法は万能に近く、それ一つであらゆる状況に対応できるが、最も得意なのは一対一の戦闘だ。

 そしてシャルルのは、直接的な戦闘能力よりも、防御やサポートを重視した古代魔法だ。


 どうしても、囲まれた時の突破方法が少ないのだ。


「クロードなら集団戦にも比較的強いが……連れて行かないとなると……」


 ジェナは古代魔法持ちを見る。

 残りはカーリーとリリーだけではあるが……ジェナ視点だと、どちらも集団戦にそこまで強いイメージが無い。

 カーリーは、本人いわく集団相手に圧勝していたらしいが、話を聞いて分析してみると、ただ一対一を超高速で繰り返した結果として殲滅した、といった感じらしいので、ジェナ視点ではあんまりという評価だった。

 リリーについては、一瞬で周辺の敵を即死させることができる……らしいが、それも精々彼女の周囲四十メートル程度の範囲なので、あんまりという感じ。


 だったのだが、


「私、行けます!」


 そのリリーが、手を挙げた。


「……」


 その目を、ジェナはジッと見て、尋ねる。


「何か秘策が有ると?」

「はい。私なら、無限にキメラを出せます。それに、まだ誰にも見せてない切り札も、あります」


 そう言いながら、ジェナは身体の肉を切り離す。

 するとその肉片は一気に膨張し、巨大なキメラへと姿を変える。


「……と、こんな感じに。私は、これまでに吸収した生物を作ったり、他にも私自身がそれに成ることもできます」


 リリーの古代魔法の本質、それは、捕食した存在に、成り代わることだ。

 そもそもリリーの姿をしているのも、リリーの姿でいられるのも、この性質のおかげなのだ。

 その能力を応用することで、これまで敵だったキメラやクローン兵を、大量に作り出すことができるというわけだ。


「……何体なら作れそうだ?」

「いや、いくらでも作れます。別に体力もそこまで使いませんし」

「なら、貴様も行くべきだな。ダニエルは反対しそうだが……」

「いや、何もしない方が、むしろリリーにとっては危険だ。ここは行かせるべき」


 この能力があるのなら、流石にダニエルも行かせるべきだと言った。

 何もしなければ、動かさなければ、アルフ達が敗北する可能性が上がる。

 そうなってしまえば、リリーの死が確定してしまう。

 それだけは避けたいと思い、ダニエルはリリーを行かせる決断をした。


「……よし。アルフ、シャルル、リリー、此の三人が討伐隊の主要メンバーだ。異論有る者は居るか?」


 あらゆる状況に対応できる三人ということもあり、特に反論は出てこなかった。

 また、戦闘に出ずに残るのはクロードとカーリーだが、カーリーの単体戦闘能力は非常に高いし、彼女一人では対応しきれない場所については、クロードの作り出した巨人が何とかしてくれるという、バランス良い組み合わせだったのも、反対意見が出なかった理由だろう。


「……うむ。それと、アルフも目覚めたしもう一度言っておく」


 ジェナは数秒間を置いてから、口を開く。


「アインは確実に、再び∞のステータスを得ようとしてくる。異界から来た書物のおかげで分かっていたのだが、∞のステータスを得られる魔法は、発動までに約七日かかる……らしい」


 アインが再び∞のステータスを得る、それは確実な敗北を示している。

 故に、何としても止めなければはらない。


「故に私達は、後一週間以内に、他の全ての事を決め、アインの討伐を開始しなければならない」


 タイムリミットは一週間。

 一週間以内に、討伐に参加する他メンバーを考えたり、古代魔法を利用した連携の練習だったりを、しなければいけないというわけだ。


 時間は、残されていない。

 最終決戦まで、あと少しだ。

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