113 魔王と副王、四天王
ダニエルとリリーが家にやってきた次の日。
アルフは一人、魔王城の前にやって来ていた。
以前見た時は、整備こそされてはいたが、地味で古めかしく、少し不気味な雰囲気のする建物だった。
しかし、あの最終決戦で派手に倒壊したからなのか、今は新たに再建されていた。
以前の雰囲気は一変して、見た目は豪華で威厳が感じられる、王の建物となっていた。
今は春、魔王城は北方の寒冷地帯にあるとはいえ、それなりに過ごしやすい気候になっていた。
ここに来たのは、魔王や四天王と会うため。
特に四天王達に関しては、アルフが個人敵に言いたいこともあった。
ザクザクと薄く積もる雪を踏んで、少し広めの庭園を歩き、魔王城の入口に立つ。
「……お?」
すると、まるでアルフを待っていたかのように、自動的に扉が開く。
魔人族側も、色々と発展したのだろう。
そこには、
「お待ちしておりました。アルフ様」
四天王の一人であるアブラムが、執事服を着て丁寧な態度で出迎えてくれていた。
「お久しぶりです。特に何も言ってないのにこれということは……ジェナか」
「ええ。彼女から今日来ると聞きまして。どうぞこちらへ」
そう言われ、アルフは案内される。
内装もやはりと言うべきか、綺麗になっている。
とは言っても、外観とは異なり、特別華美だったり派手だったりすることはなかった。
物は少なく、綺麗に掃除が行き届いており、清潔な雰囲気を感じられた。
「外と中で、かなり雰囲気が違いますね……」
「まぁ、魔人族は物欲がそこまで強くありませんから。外観は人間の皆様に頼んだ結果、あんな感じになりましたが……」
どうやら魔王城は、人間が修繕したそうで。
修繕の過程で「王の城がこんな地味だなんてあり得ない」と言われ、強引に外観の変更がされたのだと、アブラムは説明してくれた。
もはや人間と魔人族は、敵対関係ではない。
むしろ協力して生きていく、良き隣人となったのだと、アルフはこの話で理解した。
「こちらへ。軽いお茶会とでも行きましょう」
そして連れられたのは、魔王城のテラスである。
そこには、残りの四天王と、魔王と副王、この城に住まう人達が全員集合していた。
「おぉ、ようやく来たか!」
「本当に久しぶりね。三年ぶりくらいかしら?」
まず反応したのは、ガディウスとグローザ。
あの戦闘を経たが、アルフの力のおかげで、怪我は全く無い様子だ。
「お久しぶりです。四天王の皆さんと、それと……ヴィヴィアンさん、ヴィンセントさん」
「はい、久しぶり。本当に、無事で何よりです」
「アルフさんがいない間、ヴィンセントも四天王の皆も、本当に心配してたんですよ?」
「ハハハ……ご迷惑をおかけしたようで、すみません」
そんな軽い社交辞令を交えながらも、椅子に座るように促され、アルフは腰掛ける。
「まぁ、ここに来たからと言って……別に特別話すことは無いんですよね。挨拶回りしているだけなので」
アルフがここに来たのは、挨拶回りのため。
別に話したいことも、聞きたいこともない……と、思っていたのだが。
「……いや、一つ聞きたいことがあったんだった」
「聞きたいこと、ですか?」
そういえば、聞きたいことがあった。
というか、そのためにここに来たと言ってもいいくらい重要なことだ。
「四天王の中に、ミルに俺を襲うように言った犯人がいるらしい」
そう言った瞬間、場が凍りつく。
お茶会の場にとんでもない話題を出したのだから当然のことだ。
特に、事情を知っている人達からすれば尚更だ。
「え?」
しかし。
「襲う? ミルさんが、アルフさんを?」
ヴィンセントと、今口を開いたヴィヴィアンの二人は、首を傾げている。
「ああ」
「私には、ミルさんがアルフさんを襲おうとする理由が分かりませんが……ミルさんなら、アルフさんを憎むより心配していそうですし」
「右に同じく。僕もミルさんと話すことはあまりなかったですけど、あの内気っぽい子で、攻撃的に……?」
二人の言葉に、アルフは首を傾げる。
「え? いや、別に暴力ふるわれたとか、そういうわけじゃなくて」
「え?」
「え?」
なんというか、若干思考が食い違っているような、そもそもの前提に関する情報でズレがあるような。
「……はぁ」
その様子を見ていたジェナは、大きく溜息をつき、言葉を続ける。
「アルフ、貴様はミルに強引な形で性行為を迫られた。そういう風に入れ知恵した犯人が、四天王の中にいる。そう言いたいのだろう?」
「はい……というか、随分とストレートに言いますね」
「通じて無いのだから、そう言わざるを得ないだろう?」
アルフがあえてオブラートに包んだ言葉を、ジェナがストレートに表現する。
その約数秒後。
目を点にしていたヴィヴィアンとヴィンセントは、
「「ええええ〜〜〜〜〜!?!?」」
とんでもない声を出して、驚いていた。
いや、驚いていたのはこの二人だけではなく。
「はっ、おまっ……マジかよ! あのミルが!? こりゃまた大胆なことしたなぁ〜!」
「……とはいえアルフ様。茶会の場に出すべき話題ではありませんよ?」
ガディウスも魔王達と同じ勘違いをしていたみたいだ。
アブラムは勘違いこそしていないが、やはり少し驚いていた様子。
全く驚いていないのは、ほぼ常にアルフの監視を行っていて、状況を知っているジェナと。
それと、グローザだけだ。
「なるほど、犯人はグローザか」
彼女だけ、怯えるように震えていたのだから、分かりやすすぎる。
「お前がミルに、襲うように色々教え込んだのか」
そう言うアルフの表情は笑顔ではあるが、そこには隠しきれない苛立ちのようなものがある。
心の底から怒っている、堪忍袋の尾が切れただとか、そういうレベルには流石に達していないが、それでも、確実に大きな怒りはある。
「え、えっと……本当にごめんなさい! ミルちゃんの不安そうだったから、少しでも何とかしようとおもって……!」
ガシャンと、テーブルに額をつけて謝罪するグローザ。
今できる限りの最大の謝罪をと立ち上がり、アルフの前へ行き、グローザは再び勢いよく頭を下げた。
「……いや、まぁ。そんなに怒ってるわけではないから、顔上げて」
「……はい」
「まぁ、なんだ。怒りが無いと言えば嘘になるけど、本当に心の底から謝ってくれたのはちゃんと分かるし、悪気もなかったみたいだし……だから大丈夫」
とはいえ、それが本心だということは、本当だということは、アルフが一番分かっている。
神になったからこそ、人の心を読むことができる。
「それに、元を辿れば俺が悪い。俺がいなかったせいで、ずっとミルを一人ぼっちにしたんだなら」
それにアルフは、あの出来事に関しては、自分が一番の原因とも考えていた。
不本意ではあるにしろ、狙ってやったわけではないにしろ、アルフは三年間の休眠を行うために、ミルの前から姿を消したのだ。
「たださぁ……」
だが大きく息を吐きながら、アルフは言う。
「どうしようってめっちゃくちゃ悩んだんだよ……!」
襲われてなければ、アルフも深刻に考え過ぎていなかったかもしれない。
そうさせてしまうくらい、ミルを追い込んでしまったということだから、これまでで一番悩んでしまった。
「……何と言うか、本当にごめん」
とんでもなく深刻な表情で話すアルフに、グローザは改めて謝罪する。
「でもまぁ……なんだかんだで何とかなったよ。っと、俺の話はこの辺で終わりにしよう」
それからしばらく、魔人族側の動向についてや、自分がいなかった時のことを、簡単に聞きながら、お茶会を楽しんだ。
どうもアルフがいなくなってから、問題はあまり起きなかったそうで。
人間側も魔人族側もボロボロだったし、争う余裕がなかったというのもあるが、国王となったクロードが主導して対話を行おうとしてくれていたそうだ。
そのおかげで、人間と魔人族の戦争は終結。
アインが全ての元凶で、復活したことで、その脅威を誰もが理解していたということもあり、人間側への不信感などもそこまで大きくはならなかったそうだ。
流石に立地的に離れているので、交流が盛んというわけでないが、互いに良き隣人という立場に収まったのだろう。
そうして、何だかんだで一時間くらいいろいろな話をして、茶会はお開きになるのであった。
そうして、城を出たアルフ。
話したいことは話したし、特にもうこれ以上用はない。
そう思っていたら……
「……」
城門を出てすぐのところで、ジェナが待ち構えていた。
どうやら先回りされていたようで、こちらを見ていた。
「……ジェナ?」
明らかに、何かしらの用事があるのだろう。
ジェナに声をかけてみる。
「アルフ……君に一つ、頼みたいことがあってね」
ジェナにしては珍しく、堂々としているというよりは、ソワソワしている様子。
表情ははぼ変わらないが、視線は動いて、アルフと目を合わせては逸らし、目を合わせては逸らしを繰り返している。
だが数秒で覚悟を決めて、真剣な表情でアルフに頼み事をする。
「禁足地を……かつての私の故郷を、元に戻してほしいんだ」
禁足地といえば、魔人族領の端のほうにあり、アルフも鮮明に覚えている。
あそこは時空が歪んでいて、不安定な場所になっているが故に、異世界から異物が流れ着く、異様な場所だった。
「禁足地……あそこか。そういえば、なんか故郷だって言ってたな」
「詳しい話は、向こうに行ってからだ」
◆◇◆◇
そうしてジェナの力でワープしたら、そこは禁足地の森の中だった。
やはりと言うべきか、以前に来た時と同様に、森の中は時が止まったかのようにすべてが停止し、空間の一部はねじれ歪んでいる。
「私のスキルは“次元魔法”、時間と空間を操る魔法を使える。そしてその力は、あまりに強大だった」
ジェナの用いる魔法は強大だ。
時間と空間という、この世界の理といってもいいモノに作用するのだから、弱いわけがないのだが、とにかく、異常な強さをしていた。
「二千年前、私は此処に住んでいた。だがアインに操られた私が……私が、この故郷を破壊し尽くした」
だがアインに操られ、殺し合いをさせられて。
桁違いに強いジェナは、家族も仲間も虐殺していき、そして、その魔法による余波で、故郷すらもが破壊された。
そうして形成されたのが、時が止まり、ねじれ歪んだ世界だ。
「そうか、ジェナの願いは……」
「ああ。この故郷を……元に戻して欲しいんだ」
再びやって来た森の中の集落。
そこにいる人は、今のジェナと同じように、金髪の人達が多く、耳も尖っている。
エルフの種族的に、こういう姿の人達が多いのだろう。
「私は……家族を跡形も無く消し飛ばしてしまった」
「跡形もなく……確かに、ジェナならできるのか……」
「……ここが、かつて私の住んでいた家があった場所だ」
そうして集落を歩いていると、大きな破壊の痕跡がある場所へと辿り着いた。
場所的には集落の一部、そのはずなのだが、大きなクレーターができているだけで、それ以外は何も無かった。
「アルフ……貴様なら、出来るのだろう? 私の仲間を、友人を……家族、を。蘇らせて、欲しいんだ」
縋るような物言い。
彼女にとって、どれほどまでにこの村と、家族や友人が大切だったことか。
「もちろん。とりあえず、少し待ってて」
アルフの古代魔法、それは天上天下全てを統べる、究極の力。
破壊も創造も、その力一つで全てが思い通りになる。
その発動を示すかのように、彼を中心に青色の火花が舞う。
コゴゴゴゴゴゴ……!!
それと共に、周囲が音を立てて揺れ始める。
まずは空間が、正常へと戻っていく。
ねじれ歪んだ空間が正常へ、歪みが解消されると同時に、発生した爆発的なエネルギーが暴風を巻き起こす。
しかし時が止まっているが故、アルフやジェナ以外の、止まっている人達や物には一切の影響はない。
やがて、時の停止が戻っていく。
草葉に付いていた水滴が一斉に落ちる。
そして、静止していた人々も……致命の傷は癒えていき、普通なら死ぬような状態で静止していた人達の身体が元に戻っていく。
アインにより引き起こされた惨状、それにより死んだ人々は蘇り、傷は消え、全ては無かったことになる。
そうして全てが戻り、アルフとジェナの前のクレーターだけが残る。
だがついに、それすらもが修復され始める。
周辺から粒子のようなものが集まり、クレーターに集まっていき、地面は元通りに。
それでも粒子は集まり続け、建物の形へと変わっていき。
「……まさか本当に、戻る……なんて」
全ては、元の姿へと。
普段ほとんど表情と声色を変えないジェナですら、その表情と声に感情が乗っていた。
一歩、また一歩と、目の前の復元された建物へ脚を踏み出し、そしてドアを開けた。
◆◇◆◇
恐る恐る、ジェナは足を踏み入れた。
あのアルフが戻してくれたのだ、多分大丈夫だろうと、理性では分かっていても、もしもの不安は尽きない。
家に入り、心臓をドクドクと鳴らしながら、奥へと進んでいくと。
「あら?」
「だ、誰だ……って、君は、まさか……」
そこには、二人のエルフがいた。
見た目的には、自分と全く変わらないくらいの、若い男女。
見間違えるはずがない。
「……父、さん……母さん……?」
震えた声で、尋ねる。
「……! やっぱり、ジェーナスか!」
「ジェーナス……っ!」
母に、抱きしめられる。
驚いて固まってしまって、声も出ない。
「よかった……生きてて本当に、よかった……!」
「母、さん……で、でも……私は、本当にひどいことを……父さんも、母さんも、私が一度殺してしまった、のに……」
「ジェーナスは悪くないよ」
父が、大きな手でジェナの頭を撫でる。
「ジェーナス
「ええ。何があっても、どれだけ時間が経ったとしても、ジェーナスは私達の、たった一人の大切な娘なんだから」
親から子への無償の愛。
幼い頃にすべてを失い、一人で生きて、成長することを余儀なくされた。
それから仲間も死に、一人孤独にアインへの復讐心だけで生き続けてきた。
そんなジェナに、無償の愛を知らない、あるいは忘れてしまっていた彼女に、両親の愛は強く響いていた。
「ぅ、あ……」
嗚咽が漏れ出す。
目からは涙がこぼれ落ち、肩を震わせる。
「ああ゛ぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛あ――!!」
そうして、ジェナは家族の温かさを感じながら、母の胸で号泣するのであった。
◆◇◆◇
そうして号泣が響き渡ってから約二十分くらいだろうか、それくらい経った頃、ジェナが家族であろう二人を連れて、家から出てきた。
そしてジェナの目の周りは赤くなっており、これまでの仏頂面は完全に崩れ、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ジェーナス、この子が……?」
「うん。アルフ……全ての元凶であるアインを倒し、この村を元に戻した、英雄だ」
突然そんなことを言われて、少し困惑するアルフ。
そんな彼をよそに、ジェナの親であろう二人は、彼女の言葉を聞き、アルフの方を見る。
「そうか……なるほど、君が」
「あ、はい。一応、アインは倒しました」
男性のエルフの言葉に、戸惑いながら返事をする。
その返事を受けて彼は、綺麗な姿勢で頭を下げた。
「本当にありがとう……! 妻や皆や、それとジェナを救ってくれて」
「私からも、本当にありがとうございます」
それに続いて、女性のエルフも頭を下げた。
「いえいえ、別に大したことはしてませんよ。あんな状態だったのを放っておけなかっただけで……」
急に感謝されて、アルフは何も言えばいいか分からず、とりあえず当たり障りのないようなことを言った。
「ふふ、謙虚な子だ。これなら……うん。アルフ君、だったね?」
「え、はい」
何か少し考えるようにして、男性の方のエルフが口を開く。
「アルフ君。ジェーナス……いや、君にとってはジェナという名の方が呼びやすいかな?」
「ジェナが、どうしたんです?」
「ああ。もしよければ、ジェナを……嫁にもらう気はないかい?」
「……え?」
まさかの発言。
アルフは一瞬、思考が停止してしまう。
そしてそれは、ジェナも同じ。
「待て父さん、何故そうなる」
「ん? ずっとアルフ君の話ばかりしていたし、好きなのかと思ってな」
「いっ、いやいや! 違うぞ? アルフには確かに色々と世話になったし、返しきれないほどの恩はあるが……好き、とか、そういう感情は……」
どんどんと、ジェナな顔を赤くし、声を小さくしていく。
これまでの彼女を見てきたアルフとしては、違和感しかない言動だった。
これが、家族の影響か。
「そ、それにアルフには、既に付き合っている人がいて……」
ジェナも、暗に自分は付き合わないと、そう言うが。
「別にいいんじゃないの? 私も人間の文化にはあまり詳しくないけと……人間の男は、ハーレムを作るって……」
「ないないない! 勘違いです! そんなのほんの一部の貴族の話ですから!」
「あら、そうなのね……」
重婚したらどうだと、さも当然のように言われてしまった。
流石にアルフもそんなことはしたくない……というか、そんなことしたらミルに対して悪いと思っているので、色々言って何とかしたのであった。
そうしてアルフも交えて色々と話していると、そこそこ時間が経っていた。
「……じゃあ、そろそろ行きます」
「そうか。アルフ君、これからもジェナとは、仲良くして欲しい」
「うん、これからもよろしくね。あと、いつでも来ていいわよ? いっぱいおもてなしするから」
「あはは……ところで、ジェナは?」
ジェナは家族の側に立っていた。
「……私は、しばらく家族と過ごそうと思う。四天王も、一時引退という形になるだろうな」
「そっか……うん、それがいいよ」
きっとジェナは、これまで失われていた家族との時間を、今から取り戻していくのだろう。
「それじゃあね」
「ああ……また、会おう」
最後にジェナはそう言って、クールに微笑んだ。
そんな彼女を見届けてから、アルフはその場から消えるように去っていった。
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