112 発明家と娘
父と再び会ってから一週間。
アルフは自分とミルの関係性を見つめ直し、色々と悩みながら彼女と接していた。
距離は、以前と比較して確実に、かなり離れた。
同じ家で暮らしてるし、出かける時は大体一緒だし、寝る時も一緒、この辺りは何も変わっていない。
だが、べったりではなくなった。
常に一緒、絶対に離れないというような、依存しているような雰囲気はなくなった。
アルフの中にあるミルへの愛は変わらない。
最初こそ距離を取る不安はあったが、何だかんだで大きな変化はなかった。
むしろ以前と比べると、漠然と湧き出てくるような不安感がほとんどなくなっていた。
おそらくそれは、ミルも同様だろう。
これまで、アルフと一緒にいる時は幸せだったのだろうが……逆に言えば、アルフと一緒じゃない時は幸せじゃないということ。
精神的に不安定になっていたが、実際に少し距離を取って、それを体感した結果、ある程度は精神面が改善された。
「花の世話か……」
そんなことを考えながら、アルフはリビングから、庭の花壇の手入れをするミルを見ていた。
以前から興味を持っていたことは覚えている。
そこまで大きな庭ではないが、軽く土を整え、水をやる。
そして花壇の前にしゃがみ込むと、特段何かするというわけでもなく、草花をじっと観察する。
「俺にはあまり良さが分からないけど、楽しいのかな?」
アルフはぼやく。
ミルはこうしてじっと何かをしたり、コツコツとしたことをやったりするのが好きなようだ。
少し離れてみると、今までは見えてこなかった彼女自身の本質、性格が見えてくる。
「……俺も、何かやってみようかな」
ミルを見て、そう思う。
生まれてこの方、趣味らしい趣味を、アルフは持ったことがなかった。
これまでは、ステータスの影響で感情の起伏がほとんどなく、好き嫌い、というのが基本的に存在しなかった。
嫌いなものはないが、好きなものもない、そんなタイプだった。
今もその性質はほとんど変わっておらず、嫌な事はそこまで無いが、熱中できるほどに好きな事も無いのだ。
ステータスを失った今だと、うっすらとではあるが、好き嫌いが出始めているが、それでも趣味と言えるものは無い。
今こうして思い返してみると、アルフの周りの人達は、何かしらの趣味を持っていた……ように感じる。
父は読書や本集めが趣味だったし、兄は自己鍛錬に力を入れていた。
他の、騎士時代の知り合い達も、何かしらの趣味を持っていた覚えがある。
「うーん……」
趣味を、作らなければならない。
アルフがそんなことを考えていると、
――コンコンコン。
玄関の扉がなる音がした。
ここに訪れる人は、たくさんいるように思えるが、実はあまりいない。
知り合いですら、自分から訪れるということは滅多に無い。
恐らく遠慮しているのだろうが……誰だろうと思いつつ、アルフは玄関に向かい、扉を開けた。
「はい、誰ですか? って」
「やぁ、お久しぶりですアルフさん」
「久しぶり!」
そこにいたのは、壮年の男性と、その娘と思わしき少女。
ダニエルと、リリーだった。
二人とも以前とは変わらず……というわけではなく、リリーは少し背が伸び、成長しているように見えた。
「ダニエルさん、それにリリーも……お久しぶりです。とりあえず、入っていきますか?」
「ああ。それじゃあお邪魔しようかな?」
そうしてアルフは、二人を招き入れた。
流石に二人が新たにやって来たのだ、外にいたミルも気付き、部屋に戻ってきた。
「あ、リリー、ちゃん……久しぶり」
「うん。ミルちゃん元気してた?」
「う、うん……」
リリーに気付くと、ミルは少しぎこちない感じに口を動かす。
普段の丁寧な言葉とは違い、少し崩した、それこそ友達と接する時のような言葉遣いだ。
以前は、リリーにもかなり硬い態度だった覚えがあったが、自分がいない間に変わったのだなと、アルフは感じた。
「ミル、口調が……」
「少し前、リリーが『もう少しフランクに話していいよ』と言ったからね」
「……友達、ってことでいいのかな?」
「大丈夫だと思うよ」
ダニエルはそんなことをアルフと話しながら、椅子に腰掛ける。
「……にしてもミル……明らかに表情が良くなったな」
「え? そこまで?」
「ああ。君がいない間、シャルルやアルヴァンほどではないが、私もミルのことは気にかけていた。その頃と比べると雲泥の差だ」
アルフも、ダニエルの対面の椅子に座る。
他の人達からも聞いていたが、やはりアルフがいない頃のミルは、相当精神的に辛かった時期のようだ。
「明らかに、精神的に安定しているよ。もしかしたら……君と離れる前以上に」
だが今はその時よりも。
いやもしかしたら、これまでの全ての時期を考慮に入れたとしても、今が一番、精神的に安定しているかもしれないと、ダニエルは言った。
「そう、ですか?」
「直感でしかないけどね。ただ何と言うか……作り物の笑顔が減ったのは分かる」
「……笑顔は、減ったかもね」
アルフはミルと、少しだけ距離は取った。
それにより、笑顔は確実に減った。
少し離れたからこそ、彼にはそれがよく分かっていた。
「けど、それで良かったと思う」
「へぇ……何と言うか、意外だ」
「前なら色々考えて悩んでたんだろうけど。でも父さんと色々話してさ。ずっと幸せ、ずっと笑顔なんて無いって考えると……今が最善なのかなって、そう思うんだ」
「なるほど。ま、いいんじゃないか? 上手くいってるのなら」
何だかんだで上手くいってるようで何より、それがダニエルの感想だった。
「……ところで、ダニエルさんは今何を?」
閑話休題。
クロードが国王になり、セシリアが王妃になったように。
ダニエルも、何かしらの変化があることだろうと、アルフは考えた。
「何をと言われてもなぁ……発明家、とでも言えばいいかな?」
「発明家?」
「そう。空飛ぶ船……飛行船とかを作ったりしたんだ」
話を聞くに、ダニエルは発明家として、色々なものを作っているのだという。
アルフはまだ見たことがないが、空を飛ぶ乗り物、飛行船と呼ばれるものを作ったらしい。
他にも様々な物を作り、王都の再興の手助けをしたのだという。
「とは言っても、その大半は、ジェナが持ってきた知識あってのものだ」
「ジェナ? アイツが何か持ってたのか?」
「彼女は異世界の技術に関する知識を持っていた……らしい」
「あー……何かそんな感じのこと言ってた気がするな」
ダニエルは、ジェナから異世界由来の技術や、それに関する知識を貰い、それをこの世界の技術と掛け合わせ、上手く形にしてきたそうだ。
異世界の技術や知識なのだから、当然この世界には存在しなかった新しいものばかり。
上手く形にすることで、この王都に新たな風を吹き込んだのだろう。
「というか、冷蔵庫とかオーブンとか、そういうのも異世界由来なんだけど、大昔にジェナが意図的に持ってきた技術なんだってさ」
「え?」
「数百年、下手したら千年以上前に、ジェナが持ち込んで作られたんだと。冷蔵庫とかは」
「……アイツほんとどれだけ暗躍してたんだよ」
ジェナのサポートもあったようだが、それはそれとしてアルフはため息をつく。
彼女が千年以上生きていることは知っていたし、その間に色々なことをやっているとは思っていたが、まさか生活の根幹に関わるものにも手を出していたとは思わなかった。
「せっかくだし、魔王城にも行こうかな……」
ジェナのこともあるし、アインとの最終決戦の時は共闘した仲だ。
彼らも色々と頑張っていただろうから、礼も言いたかった。
その後も色々と雑談をしつつ、王都の変化やら、発明品やらの話を聞いていた。
アルフの方も、アインとの戦いやら、神と化したことにより得た様々な知識の中から、比較的安全なものについてを伝えていった。
「そういえば、ミルは……」
そうしてダニエルと話し込んでいたが、かなり長くなってしまった。
アルフは、ミルとリリーの方に意識を向ける。
すると部屋内から二人は消えていた。
代わりに、庭で日に当たりながら二人は一緒にいた。
「仲、良さそうだな」
「まぁ、そうだろうね。ミルは内向的だから、友達と言えるのはリリーだけだろうし」
そう言いながら、ダニエルは立ち上がり、窓の方へ向かうと、
「リリー、寝てるな」
そう言いながら、窓を開けた。
「あ、ダニエル、さん」
「悪いね。リリーが寝ちゃったみたいだ」
リリーは、ミルに肩を寄せて眠っていた。
どうやら、特に何もせずに花を見るのは、リリーにとっては眠くなることのようで。
「リリー、起きて」
「……ん?」
大きなあくびをし、何度か目元を擦り、リリーは目を覚ます。
「ぇ……あっごめん! ミルちゃん、ちょっと寝ちゃってた」
「う、ううん。大丈夫」
軽くミルに謝ると、リリーはダニエルの方に寄る。
「それじゃあ、僕達はそろそろ帰ります」
「またねアルフさん、ミルちゃん」
「ん、またね」
そうしてアルフは軽く挨拶し。
「わ、私も……またね、リリーちゃん」
「また来るね!」
そうして、ダニエルとリリーは帰っていった。
二人が帰ってからしばらくして、日が沈み始める。
アルフは椅子に座りつつも、脚を大きく伸ばし、同時に腕も大きく広げて伸びをする。
「んん〜っ……ふぅ」
そうして、夕食の準備をしているミルに声をかける。
「ミル。明日ちょっと魔王城に行ってくる」
「え? 明日、ですか?」
「うん。最終決戦の時にはお世話になったし。あとはまぁ……四天王達に、色々と、話したいこともあるし」
「……そうですか」
遠い目をしながら言うアルフ。
言葉の中に隠しきれない怒りを感じたミルは、あえて何も聞くことはしなかった。
「一人で行きたいからさ。留守番頼めたりする?」
「……うん、分かりました」
「大丈夫。不安かもだけど、その日の内に戻ってくるから」
少し不安そうな表情をするミルにわずかに心を痛めながらも、アルフはそう言った。
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