114 フリーの記者

 魔人族の所に行ってから、何事もなく約二ヶ月が経過した。

 色々あったが、何だかんだで街は落ち着きを取り戻し、日常へと戻っていった。


 そしてそれは、アルフ達も同様だ。


「ご主人様、美味しいですか?」

「うん。いつもありがとね」


 いつものように、朝食を楽しむアルフとミル。

 パンの口に入れ、具がたっぷり入ったスープを一緒に飲む。


「その、ご主人様は今日も……?」

「うん。知り合いとは話したし、新しく付き合いができた人達もいる。けど、だからこそ……」

「お兄ちゃん、ですか?」

「うん、一度会って話したいんだけど……色々な人から情報を尋ねたりしてみたけど、欠片も痕跡は見つからない……家を建てたとは聞いたけど、それがどこかすら分からない」


 アルフが戻ってきてから、それなりの時間が経過した。

 かつての友人と再会し、新たな人との縁もできた。

 しかし唯一一人、ミルの兄であるシャルルだけとは、戻ってから話したことどころか、会ったことすらなかった。


 しかも、クロードが言っていた。

 シャルルは「ミルと結婚したら殺す」と、そう言ったそうだ。


「相当怒っているらしいから、何とか会って話したいけど……」

「……アルフさんの能力を使えば、すぐ見つかるんじゃないですか?」

「まぁ、それはそうなんだけど……正直、あまり使いたくないんだよね」


 見つけるだけなら、アルフはすぐに行える。

 アルフはもはや、全知全能の神である。

 故に過去未来現在、この世界のことも異世界のことも、全てのことを知っているのだが……アルフはあえて、その知識を封じている。

 未知の知識や技術も、使う時は使うとはいえ……特に今回の場合は、あえて自分の手で、能力を使わずに行いたいと考えているのだ。


「確かに能力を使えば、楽に見つかるだろうけど……それじゃあ意味が無いと思ってるんだ」

「意味が、ない」

「ま、色々あってさ」


 とはいえ、ミルに対してははぐらかす。

 アルフがシャルルと会いたい理由は、ミルと結婚したいから。

 でもそんなことを、今この状況で、ミルに言うわけにはいかない。


「とにかく、ごちそうさま。洗い物は俺がやっとくよ」

「いえ、ご主人様にやらせるなど……」

「ふふっ、そう? じゃあ食器を拭くのだけしてくれる?」

「拭くのだけ……はい、分かりました」


 そうして二人で、食器を片付けていった。




◆◇◆◇




 アルフとミル、二人は街を歩く。

 シャルルに関する情報を見つけるために。


「シャルル? いやぁ……分からないなぁ。たまに来るけど、いつ来るかまでは……」


 冒険者ギルドに話を聞きに来ても、時折姿を見せるという情報以外は何も無い。


「うーん……たまに見かけるけど。ねぇ?」

「まぁ確かに、ちょくちょく見るけど。どこに出るかも分かんねぇからなぁ」


 町中で聞いてみても、たまに出没するという情報しか出てこない。

 しかもその場所もランダムというか、法則性は見つからない。


「うーん、これまでと同じか……」


 これまでと同じ内容の情報しか出てこない。

 知り合いに聞いてみても、どうやら何も知らないらしい。

 クロードとセシリアなら知っているようだが……絶対に場所は教えないと言われている。

 加えてジェナも、知らないはずがないとアルフは考えているが、教えてくれるとは思っていないので、何も聞いていない。


「おっ、本当に何か探し物してる」


 そんな風にシャルルに関する情報を集めていると、赤みがかった茶髪の女性が話しかけてきた。

 どこかで、会ったことがある、気がする、アルフはそう感じた。


「久し振りね、アルフ」

「ん、んー……」

「あ、覚えてる?」

「どっかで会った覚えはある、けど……あぁそうだ、デニスさんの所の!」


 記憶を絞り出し、やっと思い出した。


 かつてクロードと共に薬作りの依頼を受けた時のこと。

 その時の依頼人がデニスという商人で、アルフも色々とお世話になって、今でも付き合いもあった。


「そうそう、カトリエルよ」

「確か記者をやってる……けど、前デニスさんの所に挨拶に行った時は、いなかった気が……」

「ま、色々飛び回ってるからね〜」


 記者ということもあり、色々な場所に行っていたので、会う機会はなかったのだ。


「ところで二人とも、時間はある? せっかくだし、ちょっとだけ話を聞きたいなぁ、なんて」

「……俺は大丈夫だけど。ミルは?」

「わ、私も大丈夫です」

「そ。じゃあそこのカフェに行こっか。ちょうど昼時だし、ご飯でも食べながらさ」




◆◇◆◇




 カフェにて、アルフとミルは昼食をとりながら、カトリエルと話をしていた。

 ちなみに、カフェ代はカトリエルの奢りだ。


「にしても、何で来なかったんですか? 取材したいなら応じましたよ?」

「まぁ取材はしたかったけどさ。でも他の記者が色々記事書いてたみたいだし。今は止めとこうかなって思ってて」


 ここ数ヶ月は、とにかくアルフのことで話題が持ちきりだった。

 一応しばらくの間は、クロードが色々根回ししてくれていたおかげで、特に誰かが押しかけてくることもなかった。

 だが色々な規制が解除された途端、アルフの元に記者がたくさん押し寄せてきて、記事もたくさん書かれていった……という経緯がある。


 そういう背景もあり、今はあまり取材しないほうが良いと、カトリエルは考えたそうだ。


「それで、最近調子はどう?」

「まぁ、慣れてきましたね。ほとんど見知らぬ街みたいだったけど、流石に何ヶ月か経ったら、ね」

「ミルちゃんも、前よりも顔色よくなったわね」

「そうですか? でも確かに、心が落ち着いた気はします」


 そんな感じに日常生活についてを尋ねつつ。


「それで、アインとの戦いはどんな感じだったの? 噂ではヤバい戦いだったって聞いたけど……」

「ヤバかったですよ、一回死にましたし」

「はい? 死んだ?」

「はい。その後ミルの古代魔法で生き返らせてもらって、大逆転って感じで」

「えっ、そうなのミルちゃん?」

「は、はい……私はあまり覚えてないですけど、そう、らしいです」


 そんな感じに、アインとの戦いの話を色々して。


「これ、伝記として本にしたら絶対に売れるって! 本作ったりとかしないの?」

「えー……面倒だし。あと正直恥ずかしい」

「じゃあ私が色々やろっか? 文章書くのも得意だし。ガッポリ稼げそうだから、全然オッケーだよ?」

「あー、はいはい。とりあえず今はやらないで、恥ずかしい」


 伝記にしたら絶対売れるから、出版しようだとか、私が書くからとか、色々言われたりもした。

 流石にアルフも恥ずかしいし、ミルにも少し悪影響が出る可能性があるので、今はダメということになったが。


「……ところでさ。何か探し物してたみたいだけど、どうしたの?」


 そして再び、世間話に戻る。


「ん? まぁ……ちょっとシャルルを探してて」

「あーアイツを? 普通に家に行けばいいんじゃない? 王都の外だから少し歩くけど、行けない距離じゃないし」


 そうして、何事も無いかのようにそう言うカトリエル。


「いやでも、家の場所が……え?」


 そしてここで、アルフも固まる。

 まるで家の場所を知っているかのような発言、アルフはそれを聞き逃さなかった。

 

「……えっちょっと待って? 待って!? カトリエルさん、シャルルの家の場所知ってるの!?」

「いや、普通に知ってるけど? アイツには色々協力してもらってるし」


 詳しい話を聞くと、どうやらカトリエルは、シャルルと協力することによって、フリーの記者としてはあり得ないほどの情報網を手にしているのだとか。

 カトリエル本人は、スキルの効果のおかげで隠密行動が得意で、シャルルは超広範囲の音を聞き分けることができる。


 ちなみに、何故シャルルが協力しているのかというのは、単に人とあまり関わらなくてもよくなるから、らしい。

 王都に来る時もあるそうだが、滞在期間は非常に短いらしく、会わないのも納得といった感じだった。


「せっかくだし、教えようか?」

「じゃあお願いします!」

「よし分かった。ちょーっと待っててね」


 カトリエルは鞄から地図を取り出すと、とある一点に丸を付けた。

 そこは、王都の外の林の中、人も魔物も少ない、静かな場所だった。


「家はこの辺。実際に行けば、林の中に細い道があるから分かりやすいはず」

「……確かに、人の多い所は苦手って言ってた気がするな」


 森の中、そういう人気のない場所を好んでいたなと、アルフは思い出す。

 確かスキルの都合もあり、耳がとても良かったから、だったはずだ。


「で、今から行ったりするの?」

「うーん……いや」


 アルフは少し逡巡するものの、すぐに決めた。


「少し日は開ける。万全の準備を、しておきたいからさ」

「ふーん……ま、いいんじゃない?」


 ちらりとミルの方に視線を向けながら言うのを見聞きしながら、カトリエルは含みがあるかのように微笑んだ。


「そうと決まれば、来る日の準備のために、今日は早めに帰ったほうがいいんじゃない?」

「ん? もう取材とやらはいいのか?」

「今はこれで充分。またもう少ししたら、今度は正式に取材に行くから、よろしくね」

「うん、待ってるよ。じゃあ俺達はここで。行くよ、ミル」

「はい、ご主人様」


 そうしてアルフ達はカフェを出て、家へ帰るのであった。




◆◇◆◇




 そうして夜になり、アルフは一人で、密かに家を出た。


「……なるほどな」


 そうして向かったのは、王城。

 というか、王城に直接ワープして、クロードと話していた。

 執務などを終え、国王になったクロードもラフな格好をしている。

 が、明らかに、見てわかるくらいには不満そうな表情だ。


「で、どんな感じの選べばいい?」


 アルフはそう尋ねるが、その言葉にクロードは大きく溜息を吐く。


「それくらい自分で決めろ」

「えっでも、正直俺にそういうセンスは……」

「んなこと知るか。お前が選ぶことに意味があるんだよ。直感でもなんでもいいから選べ」


 有無を言わさず「自分で選べ」といったことをアルフに言い続けるクロード。

 アルフはなんだか自信が無いようで、少しクロードに意見を貰いに来たようだが。

 今回の件については、自分の感性に従え、従うべきだと、そうクロードは言っているのだ。


「というか、ミルはお前が何を選ぼうが嫌がらないだろうから、大丈夫だろ」

「そう、か?」

「よほど変なヤツじゃなければな。とりあえず、良い店は教えとく」


 そうしてクロードは、王都にあるとある店についてと、その場所をアルフに教えた。


「連絡も俺がやっておくから、早めに行けよ? 値段はかなり高いけど、その分悪い商品は無い。お前の性格的に、値段を気にするタイプじゃないだろうし、それでいいだろ?」

「ああ。本当にる――」


 そう言って、少し言葉を続けようもしたアルフだったが。


「おう、じゃあさっさと帰れ。セシリアと寝るって所だったってのに、こんな時間に邪魔しやがって……」

「えっ、ああ、うん。なんというか、ごめん……」


 言葉を遮られて帰れと言われてしまった。

 そういうわけで、突然押しかけたことに謝罪を入れながら、アルフは家へワープして帰るのであった。

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