54 大襲撃
号外記事が出されてから二回目の夜が近づいてくる中、アイゼンは一人、セーフハウスのある一室にいた。
「今日も異常は無し、と」
彼の目の前には、大量のモニターが画面を光らせており、王都の景色を映している。
今いる部屋は地下にあるので、時間を確認するには時計しかないが、映像からして、今は日が落ちて数時間といったところだ。
ちなみに映像を映している原理としては、王都を警備している”レプリカ“が作り出したクローン兵の視覚を、こちらのディスプレイに反映させている、といった感じだ。
いつ、現在行方不明の”キマイラ“が事件を起こすか分からない以上、警戒は怠ってはならない。
「……ダニエルに話を聞いてみようか」
だがその警戒も、”キマイラ“やそのリーダーのネモが見つかれば、する必要もなくなる。
これまで、隠れるとしたら教会の研究施設のどこかくらいだろうと、心当たりのある場所はずっと探して回ってきた。
だが、ネモが見つかることはなかった。
もうアイゼンには、探すべき場所は思いつかない。
そこで彼は、ヌルに手伝ってもらい、ダニエルに連絡を行った。
他の人であれば、もしかしたら自分には無いアイデアをくれるかもしれないと考えて。
「あー、あー……ダニエル、聞こえているかい? アイゼンだ」
ヌルに手伝ってもらい、この声をダニエルに届ける。
すると向こう側からも、声が聞こえてくる。
『……一体何の用です?』
声からして、明らかに警戒しているのが分かる。
が、そんなことを気にしている暇はないので、さっさと本題に入る。
「君も聞いているかもしれないが、私達は現在、”キマイラ“のリーダーであるネモを探している。だが私達の思い付く場所にはどこにもいなかった。そこでダニエル、君のアイデアを教えてほしい」
『……なんだ、そういうことですか』
今回の事情を説明すると、ダニエルは信用というか、自分達の安全が確認できたからか、警戒一色の口調ではなくなった。
『では尋ねますが……”ネクロア“の拠点だったセレイドは調べましたか?』
「そこは既に。けど瓦礫が消えていただけで、他には本当に何も無かったらしい。他に思い付く場所は?」
そう尋ねるが、それ以上ダニエルが思いつくことはなかったのか、うなり始めてしまう。
そんな時だった。
ダニエルではない、少女の声が聞こえてきた。
『えっと、ログレスは?』
「ログレス……? というかその声は……」
『あっ、リリーです。ずっと話を聞いてたんですけど、”キマイラ“のリーダーの話ですよね?』
「ああ、そうだけど……しかしログレス……?」
『そうだ!』
ログレスという町自体は、アイゼンも知っている。
しかしそこに、研究組織があった気がしなかった。
なのに何故リリーがそこを挙げたのか考えていると、ダニエルが大きな声を上げる。
『確かにログレスには、小さいけど”ネクロア“の研究施設がありました。これは確実です……!』
「それは、本当なのか?」
『もちろん。そこを使ってたのは一年程度で、設備も少ないですが、確実にそこは使っていました』
「一年……そうか、だから……」
一年で使われなくなった研究施設だったから、完全に忘れてしまっていた。
アイゼンは忘れていたことを悔いてはいたが、すぐに切り替える。
「……分かった、すぐに調査に向かわせる。ダニエル、本当に助かった」
そう言って話を終えると、今度は”レプリカ“のリーダーであるイザベルに連絡し、クローン兵を何体か用意して調査に向かわせた。
全ステータス五万の最新型という、特に強力なものを動かすと言っていたので、おそらくすぐに到着することだろう。
実際、ディスプレイの一つに映っている映像が、異常とも言える速度で動いている。
空中を飛び、ログレスへと向かうクローン兵の視界が映っていた。
そして十分ほどで、そこに到着した。
「……なんだ、これは」
そうして画面に映った映像に、アイゼンは愕然としてしまった。
あまりにも巨大な、町を覆い尽くすほどの化物が、ログレスの町を完全に滅ぼしていたのだ。
街は焦土と化し、空からは雨のように雷が降り落ち、地面と空気が爆発を起こしている。
そこは地獄と形容するにふさわしい、人の住むことができない場所となっていた。
そして化物は全身に大量の瓦礫を纏い、複数の長い首、あるいは触腕らしきモノからは、あらゆる属性の攻撃を放っている。
この巨大な背からは、今は瓦礫によって覆われているが、これまたあまりにも大きい翼が生えている。
そして化物の、おそらく顔と思われる部位が、画面の方に……正確にはクローン兵の方を向いた。
瞬間、一つの画面が真っ赤に染まる。
そしてその一秒後には、完全に真っ黒になってしまった。
ログレスに調査に行ったクローン兵が、一瞬で殺されたのだ。
「まずい、すぐに対応策を――」
これが襲撃してくる可能性がある。
アイゼンはその対策を考えだした、その時、
ドドドドドド……!
重い音と共に、部屋全体が軋む。
何事かと立ち上がるのとほぼ同時に、部屋の扉が開き、入ってきたクリスハートが慌てた様子で叫ぶ。
「おいアイゼンさん! 敵襲だ! 大量のキメラが来やがった!」
「外に、大量の魔物が……!」
そして少し遅れてセシリアもやって来る。
振り向くとそこには、緊迫した表情の二人がいた。
が、そんなことを気にしている暇はない。
アイゼンは二人に、ディスプレイに映った映像の監視を頼み、自分は襲撃の対応策を考えていく。
「ここで襲撃……まさか!」
だが考え始めてすぐ、ある思考に至った。
「……ヌル。お前、ネモに協力しているのか?」
そして、彼は何も無い空間に向けて語りかける。
すると約二秒して、反応があった。
何もない空間から、男性とも女性ともとれない奇妙な声が響く。
『ソノ通リダ。私ハ”キマイラ“カラノ要請デ、襲撃ノ協力ヲ行ッタ』
「やはり……! なら”キマイラ“の……いや、ネモの目的は、何だ……?」
ダメ元ではあるが、”キマイラ“や、そのリーダーであるネモの目的についてを尋ねてみる。
すると意外にも、ヌルはあっさりと答えてくれた。
『世界ヲ滅ボスコトダ』
しかしその目的というのは、恐ろしいものだった。
ヌルは続けて、世界を滅ぼすというよりかは、人間と魔人族を全て殺すといった目的に近いとも説明してくれた。
それでも、恐ろしいことには変わりないが。
それに、これが”キマイラ“やそのリーダーのネモの目的だとしたら、違和感がある。
なぜならヌルは、世界平和が自分の目的だと、そう話していたから。
今の状況は、ネモの目的とは完全に食い違うのではないかと、不思議に感じたのだ。
だから普通であれば、協力するはずがないのだ。
「一体、お前は何を考えているんだ? お前の目的は確か……」
『世界平和ダ。ソノ為デアレバ、犠牲ハ厭ワナイ』
ヌルと呼ばれている何かは、改めて自分の目的を述べた。
そしてその目的を達成するためであれば、どのような犠牲だって厭わないとも。
さらには今回の事件の意図についても、ヌルは教えてくれた。
『私ハ”キマイラ“ヲ……正確ニハ、リーダーデアル”ネモ“ヲ、”アルフ“ト戦ワセルツモリダ。ソウシテ、彼ノ古代魔法ノサラナル成長ヲ促ス』
「待て、アルフと戦わせる? あいつはステータスがなくなって戦えない……ヌル、お前は何を考えてる?」
その言葉に真っ先に反応したのはクリスハートだった。
彼視点だと、アルフは戦えないと思っていた。
古代魔法についても、彼やアイゼンが言う”覚醒“と全く同じ現象だということを知らないから、無力な人に化物を押し付けるように見えた。
「そうか……クリスハートはまだ、アルフの現状を知らなかったな……」
アイゼンはそう言って、今のアルフの強さを教えた。
「素人の私でも分かるが……今のアルフは、おそらくこの王都で誰よりも強い。古代魔法……私達が”覚醒“と呼ぶ現象を、彼はデメリット無しで扱えるからね」
「……は?」
その強さを知り、クリスハートの頭の中は真っ白になった。
アルフのステータスがなくなり、さらには奴隷にして、完全に落ちぶれたと思っていた。
でも、それでも、彼はステータスとはまた異なる力を得て舞い戻った。
しかもその力は”覚醒“という、クリスハートも使える強大な力。
クリスハートが使うと、反動が大きくて時間制限があるというデメリットがあるが、アルフはなんとそれを、一切のデメリット無しで、ほぼ永続的に扱えるというのだ。
自分と同じ領域で、完全に上を行かれたという事実を受け、クリスハートはその場に崩れ落ちてしまった。
「それでヌル、お前はアルフを強くするつもりなのか?」
『アア。彼ニハ、強クナッテ貰わワネバナラナイ。世界平和ノ為ニ』
キマイラの、ネモの目的、ヌルの意図、アイゼンはそれらを総合して考える。
そうして考えをまとめると、彼は再び口を開く。
「……なるほど。じゃあヌル、王都に住む人達を守れ。可能な限り死者を出さないようにしろ」
それは、ヌルへの要求だ。
ヌルからしてみれば、世界を滅ぼされては困るはずだと考え、アイゼンは、立場的にヌルに出来そうな頼み事をしてみた。
『構ワナイ。確カニ”ネモ“カラハ、他人ニ協力スルナトハ言ワレテイナイ。私ハ準備ノ為、ソロソロ行カセテモラウ』
そして、それは受け入れられた。
同時に声は何も聞こえなくなり、部屋はディスプレイの光に照らされるだけになった。
◆◇◆◇
日が沈んだ夜、アルフとミルは、地面が揺れるのを感じた。
「っ、これは……」
アルフは与えられた部屋の窓から外を眺める。
そこには大量のキメラが、何もない空中から、おそらくはワープさせられているのを目撃する。
そして空を飛び、街の方へ迫っている。
「ご主人様! 外が……!」
外の様子を認識するのとほぼ同時に、ミルが部屋に飛び込んでくる。
相当不安なのか、かなり声が細くなっている。
「分かってる、あいつらは何とかする」
アルフは古代魔法を利用し、装備を纏う。
「っ、ご主人様! 装備が……!」
その装備を見たミルは、思わず声を上げる。
とはいえ、アルフの装備が現れなかったとか、そういうわけではない。
むしろ、その逆だ。
これまでのアルフの装備は、不完全なものだった。
それはアルフ自身の古代魔法と、武器に宿った別の人の古代魔法とが反発し合った結果、そうなっていた。
その影響で、武具も本来の色彩ではなく、色褪せた灰色の部分が多く見られていたし、一部が黒ずんでいたりもした。
だが幾度もの戦闘を行い、強くなることを強いられたアルフは、無意識的に古代魔法を完全なものへと変化させていた。
武器に宿った別の人から生じた古代魔法、それを取り込み、我が物にした。
そして、古代魔法は完全な姿へと成った。
故にこれまでの色褪せていたり、濁ったような色をした武具も、完璧な姿へと変わっていた。
鮮やかな赤と黄色を基調とした華やかな武具の表面には、細やかな意匠が刻まれ、見事に繋がれている。
まさに太陽のごとき煌びやかな輝きと共に、アルフの威厳を、神々しさを、周囲に知らしめるほどのものだった。
「……確かに、完璧かも」
アルフ自身も、装備に起きた変化を自覚していた。
これまでの不完全な装備を、細かな穴が空いた風船と表現するならば、今の装備は、穴がない風船と表現ができる。
アルフは今までに感じたことのない、全身を魔力に近い何かしらのエネルギーが満たすような、そんな感覚を覚えていた。
「とりあえず、あいつらは俺が何とかする。ミルは……」
連れて行くか、ここで待機させるか。
一瞬考えたが、すぐにアルフは答えを出した。
「ここで待機だ」
「待機、ですか?」
「ミルがここにいることは、今の所誰にも気付かれていない。だから大丈夫。それに今回の戦闘は……」
嫌な予感がすると、アルフは心の中で言った。
アルフは未来予知ができるわけではないので、何が起きるのかは分からないが、最近は妙にカンが鋭くなっている。
故にこの予感を、アルフは信じていた。
もし戦場に出れば、自分かミルのどちらかに、致命的な何かが起こる、気がする。
「とにかく、危ない気がする。だから今回は俺一人で行く。ミルはここで待機だ」
「待機……?」
不安そうに尋ねるミル。
アルフはその頭を軽く撫でて、落ち着かせる。
「大丈夫。俺達がここにいることは、多分誰にもバレていない。だからここにいても安全なはずだ」
「……分かりました。ご主人様、絶対に戻ってきてくださいね」
じっと、ミルはアルフの目を見てそう言った。
そしてアルフは「行ってくる」と言って、家の窓を開けて密かに外に出ていった。
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