53 動乱
真夜中の東区。
多くの人が眠る、真っ暗闇の住宅街で、シャルルは高い建物の屋根からある場所を見下ろしていた。
「……いない」
そこは、クロードの家。
周囲には、物陰から家を監視している兵士が複数名確認できた。
ダニエルに頼まれて、クロードの安否を確認しに来たシャルルは、昼前から監視を始めていた。
だが、それから真夜中までずっとクロードの気配が無い。
家の中は物音一つせず、誰かがいるような気配すらない。
ならば既に攫われたのかとも最初は思ったが、家を監視している騎士達がいる以上、それはなさそうに思える。
なら、既にどこかに逃げたのかとも思ったが、それも周囲への聞き込みからして違った。
というかそもそも、聞き込みによると、クロードは家を出ていないようだ。
「……一旦、連絡するか」
確定的な情報は、何も確認できなかった。
だがとりあえず、ダニエルに連絡だけはしようと、シャルルは声を出し、それを魔法で遠方へ届ける。
「ダニエル、起きているか? 聞こえてたら返事してくれ」
それから数秒後、彼の耳に音が届き、会話を始める。
『はい』
「なら報告だけど、クロードの安否は確認できなかった。攫われたのかどうかさえ不明だ」
『……それは、どういうことですか?』
「まず第一に、家の中からは物音一つしない。加えて彼は、家に帰ってくることはなかった」
『ということは、攫われたんじゃ?』
「いや、家の周りには兵士がいる。喋ってる内容や装備からして、貴族の私兵とかじゃない、国の騎士団所属の奴らだ。そいつらが監視をしているってことは……」
十秒ほど間を置き、ダニエルの声が聞こえてくる。
『クロードは攫われてない可能性がある、ということですか?』
「そういうことになる。国の所属だから、当然情報網もそこらの貴族とは格が違う。クロードが何者かに攫われているのなら、その情報を得て、撤退していないとおかしい」
もし仮にクロードが何者かに捕らえられていたとしたら。
おそらくそれに一番に気付くのは国だ。
国家権力というのは凄いもので、どこから聞きつけてきたのか、あらゆる情報を得てくる。
そして気付いたのであれば、家の前で監視中の騎士を撤退させるはずである。
無意味なことに戦力を割くわけにはいかないから。
このことを聞いていたダニエルだったが、シャルルが話し終えると、彼は数十秒間うなり続けていた。
そして考えがまとまったのか、言うことが決まったのか、シャルルの耳に声が入ってくる。
『…………いや、国にバレずに攫える方法は……いや、攫える人は、いるにはいる』
「それは本当か?」
『はい。そしてもしこの現状でクロードさんが攫われていた場合、犯人はほぼ確実に教会です』
そう、ダニエルは断言する。
教会の下にある研究組織出身の彼だからこそ、分かることがあるのだ。
『実は教会に協力している人物として、ヌルという方がいまして。あの人なら、空間を操ることで、誰にもバレることなく人を攫うことができるはずです』
「聞いたことのない名前だ。教会のことは、こっちに来てからずっと盗聴してきたはずなんだけど……」
『聞いた話だと、ヌルが喋っている時は常に、盗聴防止用に結界を張っているらしいです。シャルルさんが知らないのはそれが理由じゃないかなと』
「……そうか」
シャルルはこの話を聞いて、ある人物を連想する。
空間を操作する魔法を使えて、色々と暗躍していて、何かを企んでいそうな、そんな人物。
しかも彼は一度、その人と二人きりで話をしている。
そしてその人は、教会に手を貸していたことがあった。
「……いや、断定はできないか」
しかし決定的な証拠は無いので、そのことをダニエルに伝えることはしなかった。
「とりあえず、明日も調査を行う。それでも見つからなかったら、攫われたものと考えた方がいいかもしれない」
『分かりました。本当にありがとうございます』
とはいえ、流石に寝ずに監視を続けることはできないので、シャルルもその辺で眠りにつくことにしたのであった。
◆◇◆◇
翌朝、北区にある大教会にて。
セシリアは修道服を身にまとい、大教会の庭園を掃除していた。
箒をはき、落ち葉を集めていく。
他にも何人かが、同じように掃除を行っていた。
ザッザッザッ。
「失礼、あなたがセシリアですね?」
そんな教会の敷地内に、三人の騎士がやって来た。
装備を見るに、教会の警護などを担当している教会騎士ではなく、国の騎士団の人のようだ。
彼らはセシリアの前までやって来ると、そう尋ねる。
「はい、私がそうですが……どうかされましたか?」
教会については、教会専属の、いわゆる教会騎士が担当しているので、国の騎士団の人がやって来ることは基本的に無い。
一体何があったのだろうと、セシリアは疑問に思い聞いてみた。
すると騎士の一人が、懐から書状を出した。
「修道女セシリア。あなたに殺人容疑がかかっている。ご同行いただこうか」
「えっ……?」
一瞬、頭の中が真っ白になる。
そこから見に覚えのない濡れ衣を着せられたということに気がつくのは、数秒後だった。
当然だかセシリアは、殺人なんてしていないし、そういったことと関わった記憶も無いのだから。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 私はそんなこと――」
「証拠は挙がっている。さっさと来い!」
「やっ、やめてっ! 私は何もしてませんわ!」
腕を掴まれ、セシリアは拘束されてしまう。
ステータスを失った彼女では、その拘束を振り払うことは不可能。
一応クロードと共に、ジェナにステータスを持たない者の戦い方や、そのために必要な魔法を教えてもらっている。
だが、今は混乱してそんなことすら思い出せない。
このまま強引に連れ去られてしまう、そんな時だった。
「おや? 騎士団の方々が、何をしていらっしゃるのですかね?」
男の声が、騎士達の動きを止める。
騎士達が振り返るとそこには、枢機卿の一人であるアイゼンが立っていた。
「ア、アイゼン枢機卿!?」
「ええ、はじめまして。さて、早速尋ねますが……貴方達は一体、何をしていらっしゃるのです?」
その表情はにこやかではあるが、声はとても淡々としており、冷たい。
抑揚のほとんど無い口調で、騎士達に問う。
「彼女には殺人の疑いがかかっている。詳しくはこちらを」
そして騎士の一人が、先程セシリアに見せた書状をアイゼンに渡す。
彼は受け取った書状を軽く流し読みにしていく。 だが罪状の部分については、特にしっかりと読み込む。
「なるほど。約一ヶ月前に起きた東区での大虐殺、その一部が彼女の犯行で、最低でも二十人は殺していると。他にも複数の殺人に関わっている、ですか」
「その通りです。証拠もある以上、連れて行かなければいけません。ご理解いただけましたでしょうか?」
「……理由は確かに把握しました。しかし一つ、疑問が残りますね」
アイゼンは、懐から短刀を取り出す。
鞘から抜き、握り、それを騎士に向ける……のではなく、拘束されているセシリアに近付き、首元に当てる。
「何故、そんな危険な彼女を不意打ちで殺さなかったのですか?」
「……!」
「約十年前の東区で、一晩で百人以上が殺される事件がありました。その当時は、犯人の疑いがある者は容赦無く不意打ちして殺していたではありませんか」
「そ、それは……」
「騎士団は基本的に、人を殺してはいけない。しかし数十人も殺した大罪人においては例外で、逆に市民の安全を守るために、見つけたら即座に殺すことが推奨される」
国の法律で、騎士達は人を殺してはならないと、そう決められている。
もしこれを破った場合は、当然ながら騎士という職を失い、投獄されることとなる。
しかし例外的に、多くの市民の命を脅かす連続殺人犯や大量殺人を犯した者などについては、逆に見つけ次第殺すことが推奨されている。
いわゆる”即席審判“という制度なのだが、これがあるので、連続殺人犯の疑いのある者を殺しても、騎士はそこまで重い罪には問われない。
もちろん無闇に人を殺してはならないので、かなりガチガチに条件を付けており、それをわずかにでも外れて人を殺すと、重い処罰が下されるが。
「この書状を見るに、セシリア君は東区の非常に狭い区画内で二十人以上も殺した。文面から察するに、おそらく目撃者も皆殺ししたことでしょう。このことから、高い戦闘力を持つ推測される」
「……」
「そういった危険人物を、不意打ちで、周囲に被害を出すことなく殺すための規則、ではありませんか?」
大量殺人を犯すような者は、とにかく戦闘力が高い傾向がある。
というかそもそもの話、戦闘能力が高いからこそ、大量殺人を犯せるとも言える。
そしてそういう人物は、意識の外側から不意打ちで一撃で殺すのが一番楽で、色々と安全なのだ。
捕まる直前に周囲を巻き込んで自爆、あるいは最後に市民を傷付けらるわけにはいかないから。
「くっ……」
騎士に関する法律の中でも、この”即席審判“に関する情報は機密とされている。
知るのは騎士と、あとは国の上層部の人間くらいとされている。
だが、アイゼンはその制度を知っていた、故に違和感を突くことができた。
まさかこんな形で、暗に書状に書かれた内容が、殺人の罪が嘘なのではないかと言われるとは思わなかったのか、騎士達は明らかに狼狽している。
「……さて、これは誰の命令ですか? 誰から指示を受けて、セシリア君を捕らえようとしているのですか?」
「……」
「やはり口を割りませんか。まぁ、言わなくても察しはついているので構いませんが」
アイゼンは、今までセシリアの首元に当てていた短刀を懐にしまうと、一歩後ろに下がった。
「さて、返してもらいますよ」
そう言いながら、アイゼンは何もない場所に腕を振るう。
そして振り終わると同時に、その場にいたアイゼン以外の全員が驚愕し、混乱する。
「なっ……」
なんせ騎士の腕の中で拘束されていたセシリアが消え、代わりにアイゼンに掴まれていたのだから。
「えっ、今のは……」
「話は後です。行きますよ」
「チッ、逃がすか――」
が、すぐに騎士達はセシリアを取り返そうとアイゼンへと向かうが、
「ここだ」
その言葉と同時に、アイゼンとセシリアは消えた。
まるで最初から、そこにいなかったかのように。
◆◇◆◇
教会の庭園から消えた二人は、その明るい場所とはうって変わって、石で囲まれた殺風景な部屋へワープしていた。
「これはまた厄介なことになりましたね……」
何とかセシリアを救出したアイゼンではあったが、彼は大きくため息をつく。
「え、えっと、アイゼン枢機卿……」
そんな彼に、セシリアは少し申し訳無さそうにしつつも声をかけ、
「助けてくださって、ありがとうございます」
お礼の言葉と共に、頭を下げた。
「私は枢機卿として、やるべきことをやっただけですよ」
「いえ、それでも。あそこで助けてもらえなかったら、私は無実の罪を着せられていましたわ。本当に、感謝してもしきれません」
「……そうか。じゃあ言葉だけは受け取っておくよ」
感謝を受け取ると、アイゼンは扉を開け、殺風景な石の部屋を出ようとする。
「……とりあえず、ついてきてほしい。話は追々説明する」
アイゼンはそう言ってきたので、セシリアもとりあえず、彼についていくことにした。
そうして廊下を歩き、階段を上っているところで、セシリアは尋ねる。
「それで、ここはどこですの?」
「私のセーフハウスだ。一応私も枢機卿だからね、こういう場所は持っている。君もしばらくはここにいるといい」
セーフハウス、いわば隠れ家のようなものだ。
枢機卿として、色々と機密を知っている以上、その身を守ることは必須。
そのため、こういった場所を持っているというわけだ。
セシリアは、しばらくこのセーフハウスにいることを勧められた。
アイゼンの言葉からして、殺人の罪自体は嘘である可能性が高いが、それはつまり、嘘を利用してでもセシリアを捕らえたいということになる。
これを理解しているセシリアは、彼の提案に頷くしかなかった。
「実を言うと、今は他にももう一人匿っていてね。君も名前は知っているはずだ」
そうして階を上がり、リビングらしき場所に入るとそこには、一人の男性が椅子に座っていた。
ダークブルーの髪に、鋭い目、細身ながら筋肉の付いた良い体格の男性。
そして何より、全体的にアルフと似た雰囲気を感じた。
男性はセシリアのことを一瞥すると、アイゼンに尋ねる。
「アイゼンさん、その人は?」
「修道女のセシリアですよ。ちょうど国の騎士達に狙われていた所を助けたところです」
「ということはアルフレッド関係の……」
「ええ、そうですよ」
男性は納得したのか頷き、立ち上がる。
「はじめまして。クリスハート・レクトールです」
「クリスハート……ということはアルフの!」
「……一応、兄ということになる」
男性はクリスハートと名乗り、丁寧な態度でセシリアに自己紹介をした。
が、その後のアルフという言葉をセシリアが口に出すと、わずかに、ほんの一瞬だけ表情を曇らせた、ような気がした。
そこにセシリアの後ろから、アイゼンが軽く説明を加える。
「彼も事情があって、ここで匿っている」
「そうでしたか……」
その一言だけで、兄であるクリスハートも国に狙われているのだと、セシリアは察した。
実際はそれとは全く違う理由なのだが、血縁という深い関係性のため、真の理由には思い至らなかった。
「さて、私はそろそろ行かせてもらう。過度に汚さなければ、ここにある部屋は好きに使ってもらって構わないよ」
そうして軽く説明を終えると、アイゼンはまたしても姿を消した。
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