第五章 王都動乱

幕間5 魔王討伐隊

 魔人族の住まう国、タルタロス。


 そこへ侵攻する魔王討伐体だったが、目の前に現れた二人の魔人族のせいで、行く手を塞がれていた。


「これは……クリスさん! 四天王が二人も! こんなのどうすれば……!?」

「一人でも手一杯なのに、二人だなんて……」


 討伐隊の誰もが、絶望の表情を浮かべる。

 それもそのはず、四天王とは、魔人族の中でも最強の四人のことを指すのだから。

 グローザ、ガディウス、アブラム、ジェナ、この四天王の誰もが、一人でそこら辺の軍隊を壊滅させることができるほどの力を持っている。

 精鋭が揃った討伐隊でやっと、一人を相手できるくらいなのだ。


「ハッハッハッハ! なんだぁ……毎回一人だけで来るとでも思ってたか? そろそろ帰る時間だぜテメェら!」


 長い赤髪を靡かせながら、ガディウスは好戦的な笑みを浮かべ叫ぶ。

 文字通り真っ青な肌と、額から伸びる大きな二本角は、人間からすると恐怖の象徴とも言える。

 彼は手を空にかざし、巨大な火球を作り出そうとするが……


「こらガディウス、勝手に攻撃しようとしない」

「うぐっ……あぁわかってるってんたこたぁ!」


 隣りにいる緑髪で女性の魔人族の手で阻止された。

 ガディウスの髪を引っ張って攻撃を止めたのはグローザ。

 彼と比べると人間に近い容姿をしているが、背に生えた翼と尻尾が、彼女が魔人族であることを示している。

 グローザは少し面倒臭そうに、討伐隊の面々に尋ねる。


「一応言っとくけど、さっさと帰ってくれるって言うなら、私達は何もしないよ? どうする?」


 普段ならノータイムで戦うことを決定するが、流石に二人の四天王を前にしてしまうと、戦うことを躊躇してしまう。

 だがそんな中でも、唯一一人だけ、恐れることなく口角を上げて笑う者がいた。

 それが、クリスハート・レクトール。

 アルフの兄であり、若くして魔王討伐隊のリーダーを務めている彼は、後ろで怯む仲間に向けて言う。


「今から本気を出す。お前達は巻き込まれないように離れとけ」

「ということは……!」

「とりあえず、片方は殺す」


 クリスハートの言葉に、他の討伐隊の仲間達は距離を取り始める。


 普段は仲間と共に分担しながら戦うところだが、戦力的に圧倒的に劣っている現状では、そんなことをしても悪手。

 だがクリスハートなら、クリスハートの持つスキルなら、そんな劣勢すら容易に覆すことができる。


 彼は自信満々に、目の前の魔人族二人に対して言う。


「……お前達も知ってるだろうが、俺のスキルは“勇者”だ。様々な魔法を扱えるようになるスキルだが……その中でも“ブレイヴ”という魔法がある」

「あ? それがどうかしたか?」

「この魔法を使うことで、俺は最強になれる」


 クリスハートのステータスは、そこまで高くない。

 いや、騎士の中では高い方ではあるが、この世界でも最上位の強さを持つ特級冒険者などに比べると、やはり低い。




===============================


 体力:11796

 筋力:15412

 知力:10881

 魔力:12400

 敏捷:18695

 耐性:9053


===============================




 ステータスだけであれば、カーリーどころか、シャルルにも劣る。

 だがそんな彼でも最強の一角に名を連ねることができているのは“勇者”のスキルのおかげだ。

 いや、このスキルさえあれば、あのカーリーをも余裕で超えることすらできるのだ。


「さぁテメェら……ここで死んでもらうぜ!」


 その言葉と共に、クリスハートは“ブレイヴ”発動する。

 その瞬間、彼の立つ地面から青黒い炎が溢れ出て、燃え盛り、全身を包み込む。

 そしてたったの数秒で、彼を包み込んだ炎は、鎧と武器へと姿を変えた。


 禍々しくも豪華な装飾が施された青黒い鎧と大剣には、クリスハートの“最強”としての矜持と、ある人物に対する憎悪が込められていた。

 もはや目の前にいるのは、今までのクリスハートとは異なる存在と言ってもいいかもしれない。


「俺は、最強だ……!」


 その姿を見るだけで、何故か無性に恐怖感を掻き立てられるようで、ガディウスとグローザの背筋がゾクリと震える。

 ガディウスは未知の強敵と相対したことに対して武者震いし、グローザは目の前の敵をじっと見つめる。


「ハハ、とんでもねぇ……見てるだけなのに震えるぜ、これ……!」

「そうね。まずは生きることだけ――」


 ギョッと、グローザは目を見開く。


 ヒュォォォオオ、という音と共に、青黒い巨大な隕石のような何かが天から降ってくる。

 いや、もう目の前に迫っている。

 一秒もすれば、いや下手したらそれよりも早く落ちて、辺り一帯の生命を纏めて終わらせてしまうような狂った一撃。


「ッ!!」

「ま――」


 グローザは驚く間もなく、正確には驚くよりも前に、ガディウスの腕を引っ張ってその場から離れる。

 が、その時にはもう手遅れ。


 夜空で青く輝く星のような美しい光が、二人の目を突き刺す。

 そしてほぼ同時に訪れる熱風と衝撃波に気づいて、魔法で防ごうとするも無意味だった。

 熱の籠もった青い炎は、通常は攻撃用に使うような魔法、その中でも桁違いの威力で使いにくい魔法を使っても相殺しきることはできず、皮膚を焼き、肉を焦がしてくる。


「クッ、ァアアア……痛い……! 初撃、なの、これが……!?」

「な、んだよこれッ……! こんなん普通の魔法じゃねぇ!」


 少なくとも、ガディウスとグローザから見える範囲は焦土と化し、蒼炎の海と化す。

 彼らのかなり後ろの方にあったはずの街も、完全に燃え尽き、全てが灰と化してしまった。

 二人とも魔法を使用すれば空を飛べるので、辛うじてなんとかなっているが、もし空を飛ぶ方法が無かったら、そのまま焼き尽くされて死んでいたことだろう。


 普通の魔法ではあり得ない攻撃範囲と威力に、死を身近に感じた二人の心に、黒い感情が根付いていく。

 だが、炎の間から見えたクリスハートの姿と、その目を見た瞬間、


 ――死ね。


 そんな声が、聞こえた気がした。

 いや、実際にはクリスハートとかなり距離があるから、ちゃんと聞き取るのは難しいだろう。

 本当にクリスハートが言っていたのか、あるいは今まで感じることのなかった死の恐怖から来る幻聴なのか……それは分からない。

 だが、二人の判断は速かった。


 二人は全速力でさらに距離を取る選択をした。


 そしてそれは、非常に的確な選択だった。


「隕石……!」


 再び、空から隕石が飛来する。

 先程のよりは小さいサイズだが、その分数が非常に多く、まるで流星群のように降り注ぎ、爆発を巻き起こしている。


 いや、それだけじゃない。

 地面からも、クリスハートの剣から放たれる炎の斬撃が飛んでくる。

 彼が大剣を振るだけで、地面を覆う炎はうねり、不規則な炎の斬撃を発生させる。


 二人とも、本能的に理解していた。


 直撃すれば確実に死ぬ、死体すら残らないと。


「逃げて! 死ぬ気で耐えろ! カンで攻撃を相殺しろ!!」

「ラァァァァアア!! 分かってるわんなこと! だまれ! しゃべんな邪魔!」


 二人は、とにかく高密度で高威力の攻撃魔法を展開しながら宙を舞う。

 魔力消費が云々とか、継戦能力が云々とか、そんなことは考えてられない。

 今生きるためには、全力を出さないといけない。


 それでも、どれだけ全力を出そうが、常識の埒外にあるクリスハートの魔法を全てを相殺することは叶わない。

 段々と二人の傷は酷くなっていき、翼は破れ、手足は千切れ、徐々に肉まで焼かれていき、魔法の精度も少しずつ落ちていく。


 それに対してクリスハートの魔法はより強力に、殺意の籠もったものへと変わっていく。


 だが、一分半を過ぎた頃、異変が起きた。


「クソっ、クソがッ……!」


 攻撃が、どんどん弱くなっていく。

 空から降り注ぐ隕石は小さくなり、やがて消え、炎も沈下する。


 そして、クリスハートはその場に膝を付き、崩れ落ちてしまった。

 その姿はまるで、何かに打ちひしがれて、絶望しているようだった。


 流石にこれには、ガディウスとグローザも困惑してしまう。

 なんせ今まで見てきた苛烈な攻撃とは似ても似つかない、弱気というかなんというか、そんな姿だったのだから。


「なんで……なんで、なんでッ! なんでなんでなんでなんでッ!! なんでッッ!! 勝てないッ!? 俺はっ……オレはぁ……っ!!」


 今にも泣きそうな、苦しそうな叫びを上げるクリスハート。


 ――あいつなら余裕で勝ってる、あいつなら一秒で決着がついてる、本気を出さずとも負けることはあり得ない。

 ――なのに、俺はどうして、本気を出しても勝てない! この力は誰にも負けない無敵の力なのに!


 本気を出して、全力で殺しに行けば行くほどに、彼の脳内を支配するのは、全てにおいて自分を上回っていた弟の存在だ。

 ステータスも、技術も、知識も、発想力も、精神力も、全てにおいて上回る弟の存在は、兄であるクリスハートにとっては悔しくて仕方がなかった。

 彼が勝るのは、“勇者”のスキルによって扱える様々な魔法だけだった。


 その中でも“ブレイヴ”は別格で、時間制限こそあれど、効果時間内であれば、あの元特級冒険者だったカーリーですら余裕で倒すことができる。

 だが、それを以てしても、弟には敵わない、手も足も出ない、傷一つすらつけられない。

 あの圧倒的なステータスの暴力の前には、どんな魔法や搦手も、完全に無意味なのだ。


 そんな弟は、もういない。

 いないはずなのに、脳裏をチラつく。

 それが、腹が立って仕方がなかったのだ。


 まるで、弟に縋っているようで。

 “最強”が、今は亡き弟に縋っているだなんて、そんなことは、“最強”である彼自身が許せなかった。


「ちがう……オレはッッ……!!」


 地面が、大きく揺れる。

 まるでクリスハートの揺らぐ心情と重なるかのように、揺れは大きくなっていき、地面に亀裂が生まれる。


「オレはッ! 最強だッッ!!!」


 その言葉と同時に、世界が塗り替えられる。


 今まで地上だった場所は、まるで大噴火を起こした火山の内部のような、溶岩の流れる大洞窟へと変貌を遂げたのだ。


 もちろんこれは、幻覚じゃない。

 当然のように周囲は灼熱で、マグマは流れる、全身が焼き尽くされてしまいそうな世界が、確かにあった。


「おいおいおい……無理だろこんなの……魔法で済ませられる次元かこれ……?」


 普段は陽気で、戦闘中も一貫して強気な態度のガディウスも、これには流石に震え出す。

 四天王としての戦闘経験や知識、技術を持っていたせいで、今までの魔法とは次元が違うということを、理解できてしまったからだ。

 もはや、勝つことは不可能と、脳内計算がはじき出してしまったのだ。


「フハハッ……ハッハッハッハッハァァァ!! 最高だぁ……! これだ、この力があれば……!」


 自分のしたことに、一瞬だけ驚くクリスハートだったが、すぐにこの力の凄まじさを理解し、高笑いを上げる。


 まだ体力限界までは時間がある、この力があれば余裕で二人共倒せる、殺せる。

 彼は、それを確信していた。


「お前らを、倒せる……! 俺こそが最強だと、世界に証明できる……!!」


 人が変わったように叫ぶクリスハート。

 自分がこの世界の神になったかのような、そんな高揚感が彼を支配し、さらに力を高めていく。


「お前ら、これで終わり――」


 彼はそう言って、剣を二人の方へ向けた。

 その時――


「――だ、ぁ……?」


 彼の身体から、力が抜ける。

 同時に、灼熱の大空洞のような空間はボロボロと崩れ、炎で作られた装備はドロドロに溶けていき、その場に倒れてしまった。

 立ち上がろうにも、身体に力が入らない、魔法を使おうにも、何故か上手く使えない。


「は……な、んで……? じかんは、まだ……」


 これが、“ブレイヴ”の副作用。

 “ブレイヴ”を使用すると、驚異的な力を手にすることができる反面、効果が切れると、しばらく身体がまともに動かなくなり、魔法も使えなくなってしまうという、重い反動が生じる。

 今までのクリスハートの経験上、反動は“ブレイヴ”を十分くらい使用すると発生するはずだった。

 だが今回の場合は、出力したエネルギーがあまりにも高すぎて、肉体や精神への負荷が普段の倍以上にかかった結果、たったの三分程度しか保たなかったのだ。

 特にあの、世界を塗り替えて自らの領域を作り出す技は、普通の人間が扱えるようなものではない。


「……急に、倒れた?」

「何とかなった……ってことでいいのか?」


 死を覚悟していたガディウスとグローザは、ホッと安堵するどころか、むしろ何が起きたのかと困惑してしまった。

 グローザは左足を、ガディウスは右腕を失い、痛みもかなりのもののはずだが、突然のことで痛みを忘れてしまう。

 ゆっくりと近づいてみるが、クリスハートは全身をピクピク痙攣させながら睨みつけてくるだけで、何もしてこない。


「……まぁ動けないなら、離れてるやつらに引き渡して帰ってもらうか」


 魔人族側は、魔王から人間を殺さないようにと指示されている。

 今倒れている彼がどれだけ危険な存在だとしても、魔王の命令がある以上、このまま放置して死なせるわけにはいかないので、二人は動けないクリスハートの身柄をを他の討伐隊メンバーに引き渡し、去っていった。




◆◇◆◇




 そうして二人は、魔王城へ帰還した。

 手足を失い、魔法や羽を使って空を飛ぶのも不安定になってしまったためか、帰るのにも時間がかかってしまった。

 当然集中力もかなり使ってしまったので、脳は披露困ぱい、今にもその場で眠ってしまいたいくらいだった。

 が、身体もかなりボロボロなので、魔王であるヴィヴィアンに治してもらう必要があった。


 魔王とは言うが、そのスキルは“聖女”という、光属性や治癒系統の強力な魔法が使えるようになるものなのだ。

 代わりにステータスの数値は魔力以外が低いし、直接的な戦闘能力も皆無に等しいが、そのサポート能力は、そこらの戦闘員よりも圧倒的に厄介な力だった。


 二人は魔王様のいるであろう執務室へ向かい、扉をノックし、ゆっくりと扉を開けた。


「魔王様、戻りました……」

「あらただい……ええっ!? ちょっとどうしたの二人とも!?」


 部屋に入ってきた二人の姿を見たヴィヴィアンは、大声を上げると椅子から立ち上がり、慌てて二人の方へ駆け寄る。

 瞳に涙を溜めて動揺しつつも、彼女は二人の身体をペタペタと触りながら、状態を診ていく。


「そんな……全身火傷がひどいし、それに手足が千切れて……えっ、えっと……ジェナ! きて!」


 辛うじて良かったのは、多くの傷が火傷で、切り傷なども焼き斬られたような感じだったおかげで、出血がほとんどない点だろう。

 とはいえ、早急に対処しなければならない状態なのは変わらないので、ヴィヴィアンは魔王城へ戻ってきているはずのジェナを呼んだ。

 すると一秒もする前に、ジェナは彼女の隣に出現した。


「呼んだか……ああ、二人を別室に運べと云うことだね?」

「うん、お願い!」

「了解した」


 そして状況を一瞬で把握した彼女は、負傷した二人とヴィヴィアンと共にワープし、城の医務室へと移動した。


 医務室とはいっても、見た目は複数のベッドが並んでおり、ちょっとした薬棚があるだけの簡素な部屋だ。

 ジェナが手際良く二人をベッドに横たえると、早速ヴィヴィアンが治療を開始した。


「二人とも、一体何があったの? こんな怪我、今まで一度もなかったのに……」


 まずは火傷を治しながら、ヴィヴィアンは事情を二人に尋ねる。


 四天王は、ジェナを除く全員が魔王との幼馴染という関係性ではあるが、その称号は飾りではない。

 数十年間、攻め込んでくる多くの人間を、たったの四人で退けてきたという覆しようのない実績があるのだから。

 強いのは、ヴィヴィアン自身がちゃんと理解している。

 だが、いやだからこそ、今回の大怪我には驚いたし、何が起きたのかが気になってしまうのだ。


「……クリスハートの本気が、ヤバかった。“ブレイヴ”って魔法を使ってきたんだけどさ、意味分かんない威力の魔法を連発してきてさ。アレはもう死ぬかと思った」

「三分くらいで相手も倒れたけどね……けど、その反動があるのも分かるくらい、強かった……」


 二人の言葉や態度から、その強さは本当によく分かった。

 特に普段は陽気で熱い態度のガディウスが、ここまで冷静になって恐怖しているという時点で、その言葉は誇張ではなく真実だと、ヴィヴィアンは確信できた。


 だが唯一知らなかったのは、クリスハートが使ったという“ブレイヴ”という魔法。

 魔王であるヴィヴィアンは、その身分もあって広い範囲の知識を学んでおり、特に魔法関連の知識については深く深く頭に染み付いている。

 だがその魔法については、一度も聞いたことがなかったのだ。


「そんな魔法が……でも聞いたことがない。ジェナ、何か知ってたりする?」


 そこで彼女は、自分よりもさらに多くの知識を蓄えているジェナに尋ねる。

 ジェナは数千年生きていると自称しているが、実際にそれに見合うほどの膨大な知識を有しているのだ。

 少なくとも、ヴィヴィアンが分からないことを尋ねれば、どんな分野であろうと的確な答えが即座に返ってくるくらいには博識だ。


「知っているとも。折角だ、その力を話そうではないか」


 そう言いながら、ジェナはどこからか簡素な椅子をワープさせてくると、そこに脚を組んで座った。


「まず“ブレイヴ”という魔法は、“勇者”というスキルを持つ者しか扱えない……つまりは、人間にしか扱えない魔法だ」

「確かに、“勇者”のスキルは人間にしか付与されないらしいから……」

「そりゃあ、魔王様が知らないわけだ」


 ガディウスとグローザも納得して頷く。


 人間にも魔人族にも、スキルは基本的にランダムで付与される。

 だがスキルというモノが発生してから今までの数千年もの間で、二種類だけ、魔人族に一度も付与されていないスキルが存在する。

 その二種類のスキルは“勇者”と“状態異常無効化”だ。


 そしてその中の“勇者”のスキルを持つ者だけが使えるようになるスキルこそが、“ブレイヴ”なのだ。


「その効果は『古代魔法を強制的に発現させる』というものだ。加えてこの魔法で発現させた古代魔法は安定しており、化物と化すことは絶対に無い」

「古代魔法……えっと、前にヴィンセントが言ってた気がする……確かアルフレッドが使えたんだっけ?」

「ああ、其の通りだ。古代魔法は本来であれば、ステータスを持たない者……即ち、原則“状態異常無効化”を持つ者でなければ扱えないが、“ブレイヴ”を発動すると、其の条件を無視して、強引に古代魔法を発現させる事が出来る」


 勿論反動も大きいがと、ジェナはそこからさらに続ける。


「ガディウスとグローザは直接見たから理解わかるだろうが、古代魔法は強力だ。威力も、範囲も、効果も……其の全てが既存の魔法を凌駕する。戦闘に関係無い類の古代魔法だったとしても、常識を遥かに超えた現象を引き起こすだろう」

「だからクリスハートは、その反動で倒れたのね……」

「否。もし正規の方法で、つまり“ブレイヴ”を使わずに古代魔法を発現させていれば、彼は倒れなかっただろう。本来なら不可能な事を強引に可能にするからこそ、負荷が発生するのだよ」


 “ブレイヴ”は、古代魔法を発動させる魔法だ。

 本来なら不可能なことを強引に可能にするのだから、自然に発現させた場合と比べると、心身には相当な負担がかかってしまうのも必然というもの。

 もし仮に“ブレイヴ”の使用者が∞のステータスを持っていたとしたら、その時は反動も発生しないかもしれないが、そんなことは基本的に起こり得ないため、確実に反動が発生すると考えるべきだろう。


 その反動は非常に大きく、まず丸一日寝たきりになって動けなくなってしまうのが一つ。

 そしてもう一つは、一週間から二週間の間、ステータスを失ったかのような身体能力に落ち、魔法が一切使えなくなるというものだ。

 特に後者のデメリットがあまりにも大きすぎるために、“ブレイヴ”はあまり使われることはなく、存在もほとんど知られなかったのだろう。


「……そういえば気になったんだけど」


 この話を聞いていたヴィヴィアンは、ある疑問が浮かんだ。

 治療されている二人についても、グローザは疲れて眠っているようだが、ガディウスについてはそれなりにジェナの話に興味を持っている様子だった。

 二人の火傷の治療については一区切り付いたので、今度は欠損した手足を治療を開始しつつ、ヴィヴィアンは尋ねた。


「もし私達がステータスが無かったら、古代魔法が使えたりするの?」

「あっ、それ俺も気になる! 実際使えんの!?」


 ヴィヴィアンに便乗するように、ガディウスモ同じことを尋ねる。

 戦闘好きな彼にとっては、強力な魔法を使えるかもしれないと考えると、気になって仕方がなかったのだろう。


 確かにジェナの話を聞くだけなら、状態異常無効化”を持つ人間にステータスを消してもらえば、魔人族でも古代魔法を使うことは一応可能である、というように聞こえる。

 もし使えたら、色々な意味で可能性が広がるから、気になるのも当然のことだろう。


「残念だが、私達魔人族には不可能だ」


 だがジェナは、即座に不可能と断言した。


「ええっ!? 私達は使えないの!?」

「“ブレイヴ”を使えたとしても、他のあらゆる方法を用いたとしても、私達魔人族は、古代魔法を扱うことは出来ない。私達魔人族の性質的に、此の事実が覆る事は無い」

「……それで、なんで使えねぇんだ?」

「それは……」


 そう言って、ジェナは自らの頭を指でトントンとたたいてみせた。


「頭……魔人族の本能が原因だ」

「本能……?」

「古代魔法は、エゴイストでなければ発現出来ない。何かしらの強い意思や想いを持たなければ、発現することは不可能。そして魔人族は人間とは異なり、欲望等をあまり持たない……否、持てない頭をしている」

「ん、ん〜? なんだろう、分かるような、分からないような……」


 魔王であるヴィヴィアンですら、この本能の話は理解しにくいのか、顎に手を当てて深く考え込んでしまう。


 魔人族が強い欲求を発露させることは、絶対にあり得ない。

 これは単純に、長い年月をかけて作られた脳の仕組みやら思考回路やらが、そういう風に出来上がってしまっているのだ。

 もはや本能レベルの話になってくるため、魔人族自身からしてみれば、微妙に分かるような分からないような話になってきてしまうのだ。


「ふむ……ところでガディウスよ、欲しい物はあるか?」

「あ? まぁ欲しい物は……古代魔法とか? 実際あのパワーは、一回使ってみてぇよなぁ……」

「ほう。では古代魔法を手にしたら何をしたい? 古代魔法が有れば、億万長者にも成れるし、ハーレムも作れるし、世界征服だって出来るぞ?」

「えー……まぁ世界征服とか、してみたら面白そうだけど」

「では世界征服をしたら、何をしたい? 何でも貴様の思い通りだぞ? ガディウスよ」

「……あー、なんだろ……というかさっきから何だ、ジェナさん? 俺に言わせたいことでもあるってのか?」


 ジェナが欲望を煽るような様々な例を出していく。

 が、当の本人であるガディウスはそこまで反応しない。

 面白そうという好奇心でやってみたい、というのはあるが、その行動を起こして手に入れたいモノがある、といったことは無いようだ。


「あっ。ジェナの言ってること、分かったかも」


 そんな二人の問答を何気なく聞いていたヴィヴィアンは、何かを理解したのか、突然声を上げて大きく頷いた。


「あん? 分かったって、本能の話が?」

「うん。私達魔人族は、何かが欲しいとか、そういう理由であまり行動しない気がするの。せいぜい『飢え死にしたくない』とか『家族を失いたくない』とか『仲間と楽しく過ごしたい』とかそういう感じで、『お金が欲しい』とか『宝石が欲しい』とか『偉くなりたい』とか、そういう風にはあまり思わないでしょ?」

「まぁ、そうだな。ぶっちゃけあってもなくてもいいような、そんな感じ? 食べ物とかは別だけど……あぁなるほどな」


 ここで、ガディウスも理解することができた。


 人間は欲望の塊だ。

 個人差はあるが、常に何か足りないモノを欲しており、向上を求める。

 その性質が、人間が文明を急速に発展させてきた要因になったというのは事実だが、同時にそれで国が滅んでしまったことも過去にはあった。


 対して魔人族は欲望が、特に物欲がかなり少ない。

 凶悪な魔物が跋扈する過酷な環境で暮らしてきたため、魔法技術の発展だけは凄まじいが、逆に言えばそれだけ。

 そもそも欲望が小さいので、何かを強烈に欲するということはなく、それ故に文明の発展も人間のそれと比べると緩やかだった。

 だが欲望が小さいが故に、魔人族内での大きな争いが一度も起きたことがないというのは、良い側面と言えるだろう。


「だから、古代魔法を使えないんでしょ?」

「其の通りだよ。古代魔法を扱う為に必要な強烈な欲望を、魔人族は持つことができないのだよ」


 つまりは、魔人族は昔から種族単位で欲望をあまり持てない、あるいは小さいということだ。

 それ故に、強い意思や想いが必要な古代魔法は、どう頑張っても扱えないのだ。


 そうして話していると、ガディウスとグローザの治療が完了した。

 全身の大火傷は痕すら残ることなく完治し、それどころか失った腕や脚ですら、完璧な状態で再生していた。


「……さて、古代魔法の話は此処までにしよう」


 治療の終了を確認すると、ジェナは立ち上がり、自分の座っていた椅子をどこかへとワープさせた。


「クリスハートは、“ブレイヴ”の反動で少なくとも二週間は動かないはずだ。だがその時間が過ぎれば、直ぐに帰還するだろうね」

「……そうね。でもガディウス、ジェナ。一応警戒はしといてね」

「分かっているさ」

「あぁ、今度こそはアイツをブッ倒す!」


 ジェナは指令を遂行することを、ガディウスは今回の事実上の敗北をバネにし、今度こそ勝たんとすることを決意したのであった。

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