61 守り抜いた者の末路

 アルフの作り出した世界。

 まるで王都のような広い街、その中央の開けた場所にて、彼は化物と対峙する。


「こいつは、俺が倒す」

「お前はこの手で必ず殺す、アルフレッド……!」


 各々の想いを込めた啖呵を切ると同時に、アルフの作り出した領域、その中でもアルフや化物の近辺に、雷が降り注ぐ。

 当然ながら、アルフの真上にも落ちてくるわけだが、そう簡単には当たらない。


 アルフも、物凄い速さで動き始め、雷を回避していく。

 不定形の空気を当然のように蹴り、空中を自由自在に駆け、そして鋭い直感で、落ちてくる雷を紙一重で避けていく。


 それこそこの戦いは、アルフが封印される寸前の、ログレスでの戦いと非常に似ていた。

 だが、明らかに違う点が一つだけある。


「爆発が無いのはいいな」


 化物は、ミルを傷付けないためなのか、大気に魔力が充満しないように気をつけながら戦っているらしい。

 さらに言うと、ログレスの戦いの時は、地面が燃え上がり、同時に氷結するという異常な状態だったが、これもまたミルに配慮してなのか、起こしていない。

 もっと言うなら、雷がミルに落ちることもない。


 化物もミルに惚れているからこそ、彼女を傷付けないようにと、色々と攻撃を選んでいるのだろう。


 しかしそんな戦い方に、アルフが気づかないわけがない。

 そして、隙だらけの化物に攻撃をしないわけがない。


 アルフは空気を蹴り、雷を回避する。

 そしてそれを見越していた化物は、鋭い触腕をアルフの通る道筋に

 アルフの動きと比べると鈍くはあるが、それでも圧倒的質量がある、当たれば大ダメージは必至だ。


「ここッ!」


 だが、アルフはその攻撃を分かっていた。

 数分間攻撃を回避だけし続けて、相手の攻撃パターンはなんとなく理解してきていた。

 雷を回避させ、隙ができた所を叩く、戦闘においては一般的な考えを下に、上手くやってきている。


 アルフはまたしても空気を蹴り、触腕を回避する……ことはなかった。

 空気を蹴り、方向と速度をわずかに調整して、アルフは鋭い凶器のような触腕に着地し、化物の胴体に向けて走り出す。


「何っ!? クソっ、吹っ飛べ!」


 まさか触腕を足場として使われるとは思っていなかったのか、化物は驚きを隠せずにいた。

 そのまま、アルフのことを振り払おうと触腕を大きく何度も振る。

 が、それすらも予測済みと言わんばかりに、大きく動かすのと同時に、アルフは触腕から離れ、着地し、離れ、着地しと、繰り返す。


 自らの肉体を傷付けてしまうことになるので、熱線などは吐けないし、雷も落とせない、できることはただ触腕を振り回すことくらい。

 故にあっさりと、アルフは化物の胴体まで到達してしまう。


 そして、どこからか出現させた大剣を大きく振り上げ、


「せーっ、のッ!!」


 ズゾォォォォオオン!!


 化物の胴体を、さらにはそれを通り越して、街すらをもあっさりと縦に斬り裂く。

 そして、斬撃と共に発生した炎で、化物は、街は赤く染まっていく。


「ク、ソ、ガァァァアア……!」


 そして、化物は炎に包まれ、みるみるうちに灰となって、消えた。


「……まだだ」


 しかし、アルフはまだ警戒を解かない。

 まだ、化物が死んでいないことを、第六感的な何かで感じ取っていたのだ。


『ああ……適応しきれない威力の攻撃を繰り出すとは、流石はアルフレッドだ。まともに戦えば勝てないのは、当然か……』


 どこからか、声が響いてくる。

 確実に、さっき倒した化物、ネモの声だ。

 おそらくは、コアを破壊しきれず、かつ肉体を完全に消し飛ばさなかったため、生き残ったのだろう。


『僕とお前の戦闘経験は雲泥の差、技術も駆け引きも、全てをお前の方が上回っている。そりゃあ負けるわけだ。だから……』

「……何だ?」

『もうお前とは戦わない。今から始まるのは、弱者蹂躙だ。さぁアルフレッド、脆く弱い人々を守ってみせろ』


 言葉が終わると同時に、地面が揺れ出し、氷結し、氷柱がいたるところから伸びてくる。

 いや、それだけじゃない。

 地面が氷結しているというのに、それを破壊していくかのように地面は炎上し、凍りついた地面を破壊していく。

 そして空気中に魔力が大量放出され、それらが地面の炎と合わさって連鎖爆発を引き起こす。


 まるで地獄のような光景が、アルフの作り出した領域全体に……つまりは広がった。

 が、対してアルフやミル付近だけは、そのような現象は起きていない。


「チッ……!」


 アルフは、相手の意図を完全に理解した。

 つまりは、無差別に攻撃されている王都の人々を守りながら戦うことを、強制されたのだ。

 いや、正確には強制というわけではない。

 しかし、もし化物との戦闘に集中することを選択した場合、王都の人々を見殺しにするようなもの。


 つまり、選択肢は二つ。

 化物を放置して、危険な状況下にある人々を守り続けるか。

 あるいは、危険な状況下にある人々を見殺しにして、化物と戦うか。


 加えて、最初はアルフの周辺だけだった落雷も、王都全域に広がっている。

 もはや王都に安全地帯は、存在しない。

 放置すれば、大量の死体が王都に転がることだろう。

 今、王都のどこかにいるであろう大切な友人達も、死ぬかもしれない。

 つまり実質的にアルフは、後者の選択肢を選ばざるを得なかった。


 アルフはその場から姿を消した。

 領域内であれば、自由にワープできるという能力を駆使し、危険な場所を察知し、駆けつけ、人々を守る。

 これを、超高速で繰り返す。


「フッフッフッ……守るモノがあるってのは、大変だねぇ。こんなに近くにいる元凶に、攻撃する暇すらなくなるんだから」


 アルフの中で、焦りが大きくなっていく。

 化物は完全に再生しきって、王都の中央に居座っている。

 アルフからすれば、一瞬で化物に急接近し、再び消し飛ばすことも不可能ではない。

 が、それをしてしまえば、人死はもっと増える。


「クソ……っ」


 いくら古代魔法で強化された肉体を持っていようが、限界はある。

 王都の全域に散らばる人々を、ワープしながらといえ、危険な状態になったら急いで駆けつけて守るというその繰り返しは、脳にかなりの負荷がかかる。

 考えることがあまりにも多すぎる、王都全域に意識を割かなければならない、それはあまりにも大変なことだ。

 そして何よりも、人手が足りなさすぎる。

 自分が二人いれば、三人いればと、そう思うばかりであった。


「さぁて、アルフレッド……ミルを放置していいのかなァ!?」


 そして、アルフが人々を守るために奔走し始めてから約五分後、脳の処理が追いつかず息を荒らげて王都を駆けるアルフの耳に、そんな声が入ってくる。


「なっ……」


 反射的に、ミルの元へワープし、すぐに駆けつけるアルフ。


「ミル!」

「ご主人様っ……!」


 だが、ミルは無事だ。

 近くの瓦礫の様子から、雷が近くに落ちたようではあるが、特に怪我が増えているといったことはなかった。


「よかっ――」


 そうして、アルフはホッと、安心した。

 ほんの一瞬であろうと、わずかなコンマ数秒のことであろうと、アルフはその瞬間、警戒が解かれて、無防備な状態になってしまっていた。


 グヂュッ……!


 故に、後ろから迫る触腕への反応が、遅れた。


「……ぇ」


 ミルの顔に、鮮血が飛び散る。

 その目の前には、愕然と見開かれた目。

 口から漏れ出す、赤い血液。

 そして腹部を貫く、鋭く太い触腕。


 それと同時に、アルフが形成されていた領域が崩れ、元の王都へと戻る。

 赤かった空は、真っ黒になる。

 しかし月明かりが、アルフの無残なその姿を鮮明に、ミルに見せつけていた。


 ずるりと、ゆっくりと触腕が引き抜かれると、アルフは崩れ落ち、膝をつく。

 が、最後の力を振り絞り、アルフはミルに言う。


「ミ、ル……はやく、にげ――」


 ブチャッ!


 早く逃げろと、そう言い切る前に、化物の巨大な触腕が、アルフの頭部に向けて振り下ろされる。

 そして、肉と骨を砕く音が、ミルの耳に入る。


 そして、ゆっくりと、触腕がアルフを離れる。

 そこにいたのは、アルフとはかけ離れた、肉の塊だった。

 何も知らない人が見れば、それがアルフだとは思わないことだろう。

 なぜなら、頭部が完全に潰され、顔を認識することができない、そんな直視することすらできないような状態に、なってしまっていたからだ。


 

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