22 消失

 クロードに言われ、屋敷を出たアルフ達。

 門は依然として開いており、エリヤとの契約通りに、シャルルはちゃんと門番をしていた。


「やぁ、戻ってきたね。クロードは……尋問中っぽいね」

「門番はやるんですね……」

「いくら僕が“死神”と呼ばれようが、冒険者である以上、契約は違えないよ」


 死神という二つ名や、不吉な噂などに反して、シャルルはそういう所については律儀なようだ。

 だからこそ、何があろうが依頼は確実にこなすという点が評価され、特級になることができたのかもしれない。


「それにしても……アルフ、随分と装備が良いものになったね?」

「え?」


 そう言われて自分の右腕を見ると、アルフははじめて、装備の変化に気がついた。


 今までは腕にのみ、太陽のように輝く鎧を身に着けていた。

 だが今では、太陽のような鎧は右肩にまで広がっていた。

 それに加え、まだ燃え尽きた灰色のような不完全な状態に見えるが、胸や腹や左腕にも、鎧ができていた。


「これは、いつの間に……リリー、分かるか?」

「えっと……ミルさんを抱きしめた辺りで、一気に広がっていった……はずです」

「そうか……ということは、ミルの傷が治ったのも、この変化の影響なのかもしれない」


 自分の心が具現化したモノだからか、何ができるかは手に取るように分かる。

 少なくとも前までは、アルフの発する炎には、傷を癒やす効果は確実に無かった。

 だが装備が変化し、強くなったからだろう、傷を癒やす効果だけでなく、他にも新しい能力が使えるようになっているのが分かった。


「まぁそれはそれとして……すまなかった、ミル」

「え……?」


 そしてシャルルから笑顔が消えると、彼はミルへ向けて深々と頭を下げる。


「僕は、アルフと暮らせて幸せそうにしていた君を、個人的な目的のためだけに、地獄へ突き落とすような真似をした。自分で決めてやったこととはいえ……許されるべき行為ではない。本当に、すまなかった」


 続けて「ミルが言うのなら、どんな罰も受ける」とも言うシャルル。

 表情も、普段の笑顔が完全に消え去っているからか、相当罪悪感を覚えているように見える。

 だが急に罰を受けると言われても、ミルは困惑し、わたわたとアルフとシャルルの方を繰り返し見るばかりだ。

 今回はアルフも何も言わなかったので、ミルはじっくりと考えに考え、一分ほど考えた後に「罰は大丈夫」と言った。


「……本当にいいのか? 僕が自分で言うのもアレだけど、相当酷いことをしたんだぞ?」

「はい。でも、大丈夫です。シャルルさんは……なぜか、悪い人じゃないって、そう思えるんです」

「……そうか」


 そう呟きながら頭を上げるシャルルは、罰を受けずに済んだというのに、何故か悲しそうに見えた。


「よぉ、お待たせ」


 そこに、クロードが戻ってくる。

 時間にして二分か三分かそれくらい、どうやらエリヤは殺してきたらしい。


「ようやくか、クロード」

「ああ。けど死体をどう処理するべきか……」


 当然と言えば当然だが、人を殺せば死体ができる。

 その処理は中々に大変なもので、見つかったらダメだし、痕跡らしきモノが残ってもダメだ。

 死体処理をどうするかと悩むクロードを見て、シャルルが声をかける。


「死体処理は僕がやっておくよ」

「えっ? いいのか?」

「それくらいなら構わないよ。僕としても、あいつの死体を燃やして憂さ晴らししたいものでね。回収させてもらうよ」

「じゃあ頼むわ」


 そうして事後処理の話も済ますと、殺人犯であるクロードを含めた四人は、ヘルムート邸を急いで去ることにした。

 これ以上長居して、犯人とバレるわけにもいかない。


「それじゃあ、俺達はここで」

「じゃあね」


 そうして立ち去る寸前、アルフはシャルルに名前を呼ばれ、止められる。

 急いでいるので、首だけでシャルルの方へ向くと、彼は言った。


「ミルのことは、君に任せるよ。どうか、幸せにしてやってくれ」

「……ああ、分かった」


 最後の言葉は、ミルの幸福を願うかのような言葉だった。




◆◇◆◇




 誰もいなくなったヘルムート邸。

 アルフ達も去っていき、周りも特に歩いている人が見られなくなった頃合いを見計らい、シャルルは死体処理へ向かう。


 それなりに広い地下室。

 複数のの部屋があるが、その中でも一番奥の大きい部屋の扉を開き、入っている。

 そこは、エリヤが趣味で使っていた拷問部屋。

 ミルもそこで拷問されていたし、シャルルはそこへミルを運んだのは覚えている。

 それに、魔法で音を聴き続けていたから分かるが、クロードは確実に、エリヤをこの部屋で殺し、放置していたはず。


「え? なんで……」


 そのはずなのに、部屋に死体は存在しなかった。

 それどころか、あるはずの血痕すら存在せず、部屋の中央に金属の手術台みたいな鉄製のベッドあるだけだ。


「音は聴こえなかった。つまり、誰も家には入ってきていないはず……なのに」


 笑みは消え、狼狽へと変わる。


 シャルルはスキルによって、広範囲の音を探知することができ、その範囲は、王都全域をカバーできるほど。

 それこそ、空気の流れすら遮断する完全な密室でもなければ、彼の盗聴を防ぐことは不可能だ。

 もちろんこの拷問部屋は、というか普通の部屋であれば、窓や扉のわずかな隙間によって空気の流れが生じるため、盗聴できない部屋の方が少ない。


 そのはずなのに、何の気配も前触れもなく、エリヤの死体が消えた。


「どういうことだ……?」


 王都全体へ意識を向けても、それらしい音は聴こえてこない。

 本当に、その場から忽然と消えたのだ。


 警戒度を一気に上げたシャルルは、そのままヘルムート邸の全域を探し回ったが、誰も見つかることはなかった。

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