26 執着の果てに
家を出たアルフとミル。
わずかな街灯と月の光を頼りに、家からある程度の距離を取る。
街は、不気味なほどの静寂に包まれている。
カツ、カツと、二人が歩く音だけが響いている。
「……ご主人様」
「ん?」
「ご主人様は……今度の敵も、倒せるんですか?」
「さぁ、どうだろう。まだ敵が来てないから分かんないけど……とりあえず……」
そんな言葉と共に、アルフの上半身が炎に包まれる。
そして、まだ不完全なものではあるが、武具を形成していく。
まだ大半が色褪せているが、腕などは太陽のように輝きを放っている。
「負ける気はしない」
だが炎はそれだけに留まらず、地を、建物を、空を飲み込んでいく。
ただ炎が燃え広がるとかそういうのじゃない、街そのものを飲み込んで、彼の世界へと書き換えていく。
そして……アルフを中心として、周囲の街が飲み込まれ、燃え上がるような朝焼けの光に包まれた、赤い街へと変わる。
「ご主人様、これは……」
「炎の領域の強化版のようなものだね。使えるのは感覚的に分かってたけど……こんな風になるのか」
アルフの強い想いは、装備を作り出すだけに収まらず、世界すらをも侵食していく。
以前も炎に包まれた領域を作り出すことはできたが、この赤い街は、それ以上の力を持つ。
今まで炎の領域内でのみできたことが、さらに広域で使えて、しかも応用が利くようになったと言うべきか。
現状であれば、東区全域を支配しているのと同義だろう。
「……けど、来ないな」
大剣を構え、腰には黒剣とレイピアを差し、戦える準備を万全に整えたアルフ。
だが、敵が来ない。
リリーが反応してから十分は経っているというのに、一向に街に異変が無いのだ。
精神を研ぎ澄ませて集中するのには、相応の忍耐力だけでなくかなりの体力も消耗してしまう。
たったの五分と少し程度なのに、アルフは息をつき、一瞬構えをやめた。
その時だった。
バサッ、バサッ、バサッ……
「……ん?」
巨大な何かが羽ばたくような音が聞こえる。
アルフは空を見上げるが、何もいない。
少なくとも、音の大きさからして、鳥の羽ばたきではないのは明らか。
すぐに構えて警戒体勢を取るアルフだが、その時にはもう……
「きゃぁぁあ!?」
「っ、ミル!?」
あまりにも、襲い。
ミルは空中へ舞い上がる。
その様子は、まるで大きな鳥か何かに鷲掴みされているようで、ミルは何とか脱出しようともがいている。
「来い!」
だがミルの耳に、そんなアルフの声が聞こえると同時に、身体は解放され、彼の腕の中におさまった。
アルフの強化されたワープ能力は、領域内のどこであろうとワープできる。
今までは、あくまで地続きの場所にしかワープできないし、させられなかったが、今では空中のモノもワープさせることができる。
「えっ、今のは……」
「話は後だ、相手が見えないのは流石にヤバい。けど、この炎は悪意ある者を焼き払う!」
アルフを中心に、マグマのような炎の塊が広がる。
それは彼を中心に、半径百メートル圏内まで膨張し、太陽のような炎の塊に飲み込まれる。
『ギィィィィイイイイッッ!?!?』
『グォォォオオォオッッ!!』
そして、雄叫びともに化物は姿を現す。
炎で敵の皮膚や鱗が焼け、擬態が不完全になっていき、アルフ達を囲むように待機していた魔物が、見えるようになる。
「なっ……おい待てこいつらは……!」
それは、様々な魔物の部位を繋ぎ合わせてつくり出された魔物。
アルフから見える範囲内では、地上に三十体、空中に二十体くらいいるのが分かる。
空を飛ぶワイバーンのような魔物は、ドラゴンのような翼と獅子のような胴と頭を持つ。
そして陸上にいるのは、王都近くの森でもよく見かける魔物であるダイウルフ、その首領に似ている。
だが、本来は厚い毛皮で覆われているはずの身体は、ドラゴンの鱗のような何かに覆われ、その腕と脚は、明らかに別の魔物のものが使われていた。
アルフは、こういった魔物を何度か見たことがある。
定期的に王都へ襲いかかってきていた魔物の大群、それは今のツギハギの魔物のようだった。
そして、今アルフへ襲撃をかけたこの魔物を作り出したのは、教会の研究組織の一つである“キメラ”だ。
そこから導き出される解答は――
「嘘だろ……教会の奴らが、魔物をけしかけてたって言うのか!?」
教会が魔物を作り出し、わざと王都を襲わせていた、ということだ。
目的はおそらく、アルフレッドを殺すため。
だが考えていても仕方無い、敵は倒さねばならない。
しかも今回の場合、敵側がミルを狙ってきたため、アルフとしては絶対に見過ごせない相手だった。
「ミル、掴まれ!」
「はっ、はい!」
アルフは左腕でミルを抱き寄せると、その場から消える。
「まずは一体!」
そして現れるのは空中。
ワイバーン骨格の魔物を、刀身が真っ赤に染まった大剣で真っ二つにする。
小型とはいえドラゴン鱗だから、本来なら相当な硬さなのだろうが、炎で溶解していたため、あっさりと斬ることができた。
そして斬った断面から炎が広がっていき、魔物は灰となって消えていく。
「次……ッ!」
そのままの勢いで、アルフは空中の魔物を斬り裂いていく。
単純なワープだけでなく、炎熱による推進力を利用して空を翔びながら、突進のように勢いのある攻撃も交え、空中の魔物を真っ二つにしていく。
その間も、地上の魔物からの魔法攻撃はあった。
非常に多彩な、様々な種の魔法攻撃ではあったが、そのほとんどが炎とぶつかり対消滅し、結果的にアルフ達には届かない。
唯一、普通に届きうる光の魔法も、高速で空中を翔け、時にはワープするアルフを捉えきることはできなかった。
そしてたったの一分で、空中の魔物を始末し、アルフは地上へ降り立つ。
「……あぁ、負ける気がしないや」
別に戦いが好きというわけではないが、身体が、心が燃えるように熱く、高揚している。
自然に笑みを浮かべ、アルフは大剣を構える。
「ミル、もう終わる――」
そう言おうとした時。
バキバキバキ……ッ!
空間に、アルフの強い想いと自我により形成された世界に、ヒビが入る。
「は……?」
その様子を、崩れたヒビの中から覗く世界を認識し、アルフは言葉を失う。
いや、ただ領域が崩れ、元の街が現れるのであれば、彼もそこまでは驚かなかった。
だが、現れたのは、別世界。
地面は干からびて、木々は枯れ、毒々しい紫の沼がいくつも点在する、生きるのすら辛そうな世界が、アルフの領域を塗りつぶすかのように形成される。
周囲には無数の生物の残骸が散らばっており、特に人間と思われる死骸は、すべて醜く肉が異常に膨れ上がり、肌が爛れた状態になっていた。
「グォ、オォ……」
「ググ、ァァァア……」
周囲の魔物も、力を失い倒れ、死に絶えていく。
そして、皮が急速に爛れ、剥がれ落ちていく。
「なんだこれ……それに、俺の領域が飲み込まれるって……」
赤い街は、アルフの強い想いから生じた古代魔法の副産物のようなものだ。
強い想いは世界を作り変え、一時的に、自分の使う古代魔法に適した形に世界を作り出す。
それが、アルフの言う“領域”だ。
『ミル……ミルゥゥ…………!!』
そんな領域に、声が響く。
「っ! この、声は……! な、なんで!?」
その声を聞いた瞬間、ミルのトラウマが想起され、ガクガクと震える。
少し前に、クロードが殺したはずの人物の声。
地面が揺れ、地が割れ、底から骨と肉でできた巨大で恐ろしい形状の華が咲く。
根と茎は骨でできており、葉っぱは毒々しい紫色の肉で、そして花の部分は、巨大に変形し肥大化した心臓でできていた。
喋るための器官は無いはずなのに、その化物からは、声が聞こえてくる。
「許さないゆるさないユルサナイ!! ワタシよりも美しいヤツは……全員醜くコロシテヤル!!」
狂気に満ちた甲高い声が響くと同時に、地面から無数の根が突き出し、アルフ達の逃げ道を塞ぎ、鳥籠のような空間を形成していく。
「ご主人様……」
目の前の、おそらくはエリヤが変化した成れの果てである化物を前にして、ミルは縋るようにアルフを見つめる。
「勝つよ、絶対。ミルは、俺が必ず守るから」
そう彼女に言い聞かせるようにして、アルフは剣を構えた。
◆◇◆◇
それとほぼ同じ時刻、アルフの家にて。
赤く色付いていた世界が、元の状態へと戻っていく。
「……元に、戻った?」
アルフの領域は崩れ、家は元の状態に戻った。
どうやらアルフの家は、元エリヤの化物の作り出した領域に飲み込まれていないらしい。
だからアルフの領域が破壊された時点で、元の普通の状態に戻ったのだ。
「でもクロード、また似たようなことがあるかもしれませんわ?」
「いやまぁ、それはそうだけど……ぶっちゃけ、対処できる?」
だがクロード達がそれを知ることができるはずもなく、今後同じようなことが起きた時に、何をすべきかを考える。
だが正直な話、情報があまりにも不足していて、どのように対処すればいいのか分からない。
「……ぁ」
そんな話し合いをしていると、ふとリリー声を出す。
「これ、ダメ……!」
「ん、どうしたんだ?」
一瞬で、彼女の顔から血の気が引いていく。
彼女の脳内に響いてきたアインの言葉、それには恐ろしい内容が含まれていた。
『リリーを何としてでも殺せ。古代魔法を発現させる可能性がある存在は何としてでも消せ』
このままでは、自分だけではなく、クロードとセシリアまで巻き込まれてしまう。
自分の身体は丈夫だから、せめて二人だけは助けないとと、彼女はすぐにこのことを伝えようとする。
「みんな! 早く逃げ――」
ズガァァァァアアン……!
だが、その時にはもう手遅れだった。
三人は一瞬、自分達にかかる重力が強くなったかのように感じだ。
その刹那、まるで上から圧縮するかのように、建物はぺしゃんこに潰されてしまった。
リリーは、クロードは、セシリアは、勢いよく迫り来る瓦礫から逃れることはできず、凄まじい重量のそれに埋もれてしまうのであった。
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