25 覚醒

 ギルドへ寄って軽く情報を集めた後、アルフは家へ帰ってきた。

 軽く扉越しに聞き耳を立てるが、奇妙な物音などはしない。


「ただいまー」


 おそらく危険は無いことを確認すると、アルフは家の扉を開ける。


「おかえりなさい、ご主人様」


 彼の声を聞いたからか、トテトテと小走りで玄関までやって来て、ミルが出迎えてくれる。

 その表情は、今までの出迎えとは大きく異なり、薄くではあるが笑みを浮かべている。

 わずかではあるが、こうして普段も感情を見せてくれるようになっな彼女に対して、


「ただいま、ミル」


 アルフは、思わず頭を撫でる。

 ステータスを持っていた頃のアルフならまだしも、今の彼の精神力は、ちょっと我慢強い程度だ。

 自分のことを慕ってくれる絶世の美少女であるミルを前にして、甘やかさないという選択肢は無かった。


「どうだ? 何か変なこととかなかったか?」

「はい。今日は誰も来ませんでした」

「そっか、それはよかった……って」


 そう言ってミルから視線を上げると、そこには二人のやりとりを、隠れながら見ているセシリアとリリーがいた。


「何見てんだよ……」


 二人で仲良くするのは問題無いが、それを誰かに見られるというのは、アルフ視点からしてみると問題だ。

 流石に他人に見られるというのは、恥ずかしいというもの。

 アルフは目をそらし、ため息をつく。


「ごめんなさい。お二人の様子が微笑ましくてつい……」

「あ、私も……ごめんなさい」

「いや、それくらいいいよ……恥ずかしいけど、大したことじゃないし」


 とはいえ、恥ずかしいだけで、別に何か実害があるわけではないので、アルフとしては放置することしかできないのだが。


 そうしたやり取りを交えながら、リビングへ向かい、椅子へ腰掛ける。

 大したことはしていないが、一息ついてから、伝えなければいけないことを伝える。


「ふぅ……とりあえずセシリア。ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いい?」

「ええ、構いませんが……何かありましたの?」

「手紙をクロードに届けてほしいんだけど……ちょっと待ってて。今書くから」


 アルフはそう言うと、適当な紙を持ってきて、スラスラと書いていく。

 かなり急いでいるのか、普段は綺麗な文字が続け字になっており、多少読みにくくなっている。

 そうして二分ほどして、彼は手紙を書き終えた。


「よし終わり。悪いけど、これをクロードに渡してきて。あと、その時セシリアも一緒に手紙の内容を確認しといて」

「え? は、はい、分かりましたわ……」


 突然どういうことだろうと困惑するセシリアデパあったが、手紙を受け取ると、急いで家を出ていった。




◆◇◆◇




 アルフの家から約十分歩いたところにある、クロードの家。

 セシリアはそこまでほぼノンストップで走っていき、五分と少しでたどり着いた。


「く、クロードさん……いますか?」


 流石に休まずに来たとなると、セシリアも息切れしてしまっている。

 乱れた呼吸でクロードの家のドアを叩きながら、途切れ途切れにクロードへ呼びかける。


 すると数十秒で、扉が開き、クロードが出てきた。

 普段とは違うセシリアに、彼は扉を開けるやいなや尋ねる。


「セシリア、何だよそんな慌てて……」

「とりあえずこれを読んでください」


 そう言って、セシリアはアルフから預かった、一枚の紙を渡した。




===============================


 緊急事態


 今日の薬草採取にて、道中で偶然シャルルと出会い、様々な情報を貰った。その情報によると、僕達は危険な目に遭うかも知れないことが分かった。クロードやセシリアも、狙われる可能性がある。


 まず第一に、クロードが殺したはずのエリヤの死体がどこかに消えた。シャルルですら認知できなかったらしい。

 そして第二に、“キメラ”という教会直属の研究組織が僕達の命を狙っているという話だ。これが最も危険で、下手したら僕達だけでなく、ログレスの教会跡のことについて、クロード達も口封じに殺される可能性がある。


 とにかく、何か襲撃などが起こる可能性が高いので、気をつけておくべきだ。


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 相当急いでいたのだろう、書き手の名前が書かれていない。

 それも、内容からしたら仕方無いと、そう思えるものだった。


「マジか。俺達も狙われるかもってことか……」

「そう、みたいですね。私だけなら、命だけは大丈夫かもしれませんが、攫われる可能性も……」


 特に“キメラ”は、教会直属の研究組織だ。

 故にログレスの外にあった教会跡で出会った化物と同じ行動ルーティンである可能性もある。

 そうなってくると、特にクロードは、死ぬ可能性が一気に高くなってしまう。


「……とりあえず、アルフ達と合流しよう。こういう時は、可能な限り他の人と一緒にいるのが一番だ。行くぞ」


 そして冒険者であるクロードは、この場においては最適な回答を出し、アルフの家へと向かうのであった。




◆◇◆◇




 そうして、アルフの家に五人が集まる。

 昼の間は何も起こることなく、夜になって夕食も済ませたが、何か起こることはなく、寝る時間も近づいてくる。


 だが元は三人で住んでいた家だ、五人だとかなり手狭な様子。

 とりあえず、クロードとセシリアが寝るための部屋が無いのは、覆しようのない事実であった。


「来てくれてありがとう。正直かなり助かる」

「いやいや。教会の化物を倒せるのはお前だけだし、礼を言うのは俺達の方だ。こっちこそ、本当に助かる」

「あー……あいつら、俺の武器以外では死ななかったもんな」


 とりあえず、一番の危険は教会の化物だろう。

 異常なほどの耐久性に加え、毒などはおそらくほぼ効かない。

 そして攻撃力も、高いステータスを持っているのであれば問題無いが、クロードくらいのステータスだと、何とか逃げ回るので精一杯。

 アルフ達を襲うということは、おそらくまとまった数がやって来るのは確実だろうが、それを倒せるのがアルフしかいないのだ。


「ふぁぁ~……ねみ。でも、見張りしないといけないし……」

「あ、見張りやりましょうか?」


 せめてもの恩返しに、クロードは見張りをすると言っていたが、やはり夜になってくると眠い様子。

 それを見たリリーが、代わりにやると言い出した。


「え? いやいや、リリーは子どもだし、ちゃんと寝ないと……」

「私、今はこういう姿ですけど、人間じゃありませんよ?」

「えっ、あー……そういえばそうだったな」

「人間じゃないから、眠くならないし、お腹が減ることもない。だから、私が見張りします」


 実際リリーの体質的に、見張りというのはとても適した役割だった。

 元々の彼女は教会の実験の産物で、肉の塊のようなおぞましい存在であり、人間ではない。

 そのせいか、あるいはそのおかげか、リリーの体質はかなり特殊だ。


 第一に、肉体を自由に変形可能で、かつ高い再生力を持つためほぼ不死身という点だ。

 どんな姿にもなれるし、いくら腕が吹き飛ぼうが、首が飛ぼうが、原型が肉塊だからか、実質無傷と言ってもいい。

 彼女を殺すには、焼いて灰にするくらいしかなく、それ以外では殺すことはほぼ不可能だろう。


 第二に、人間の持つべき欲求――三大欲求を持たないことだ。

 人間ではない彼女が、そういった欲を持つことはないし、実際に眠気を感じることも、空腹感を覚えることもない。

 故に、単純な見張りという、地味に体力と精神を消耗することも、簡単にできるのだ。


「あー……まぁ、分かった。俺も少しは寝る。けど、仮眠したら俺も見張りに参加するからな」


 ここまで適任となると、流石にクロードも頷くしかなかった。

 とはいえ、彼にもプライドとか借りとか、そういうのがあるため、しばらく仮眠をして、起きたら見張りに参加するという形になった。


「それじゃあ、外見て――」


 そう言って、リリーがリビングから出ようとした瞬間、


「――ッ!?」


 彼女は頭を押さえて、崩れ落ちる。

 そして、脳に無数の言葉が流れ込んでくる。


『アルフレッドをころせ』『アルフレッドをけせ』『今殺さないとたいへんなことになる』『今すぐほろぼせ』


 リリーの脳に、暗示のように言葉が流れ込んでくる。

 本来なら、一瞬にして自我を奪われ、アルフを殺すだけの肉人形になるだけなのだろうが、そのアルフが与えた『状態異常無効化』の効果によるものか、ただ言葉が脳に響くだけに留まっていた。


「く、る……!」

「リリー! どうしたんだ!?」

「アインが、アルフさんを殺せって、言ってる……! たぶん、敵が近づいてる……!」

「……分かった!」


 敵が来る予兆なのか、神託があったと言うリリー。

 前回の教会跡での事件についても、似たようなことがあった以上、放置はできない。


「じゃあ行って……いや」


 本来であれば、アルフ単独で相手をし、光属性魔法に長けたセシリアがその援護、クロードとリリーがミルの護衛といった感じになる予定だった。

 が、アルフは一瞬だけ足を止めて考えた後に、ミルの腕を掴む。


「ミルも連れて行く」

「はぁ? いや、ミルは俺とリリーが守るから、連れてかなくても……いや、お前まさか……」

「……ああ。クロードとリリーの強さを疑ってるわけじゃないんだけど……それでも、心配なんだ。離れている時に、もし、ミルに何かあったらって思うと……」


 敵の襲撃の寸前の寸前になって、アルフはミルのことが心配になった。

 敵の一番の狙いはおそらく自分だが、もしミルが狙われたらどうする?

 あるいは、自分を狙うと見せかけて、他の人、クロードやセシリアを優先的に狙ってきたらどうする?


 低い可能性を引き、ミルを危険に晒すことを、アルフは恐れていたのだ。


「はぁぁぁ……」


 これには思わず、クロードも大きくため息をつく。

 気持ちは分からなくはないが、あまりにミルを溺愛しているというか、過保護というか……思わず笑ってしまうくらいである。

 以前も今も、アルフにとってミルは、庇護の対象だ。

 だが今のミルに対しては、以前の“庇護の対象”とは意味合いが変わってきているように、クロードは感じた。


「ああ、まぁ、うん……セシリアから聞いてたけど、とんでもないほど過保護になってんなぁ……」

「あ、いや、ごめん。ダメだったら別に――」

「いや大丈夫、連れてけ」


 本来なら、可能な限りイレギュラーは潰しておくべき。

 一応冒険者であるクロードは、そのことを身に沁みて理解している。

 だが今回だけは、アルフのわがままを通した。


「そんなに心配なら、むしろミルを連れてった方が戦いに集中できるだろ?」


 そう言ってクロードは、アルフとミルの背を押す。


「とりあえず、頑張れよ。死なないように気をつけろ、とだけ言っとく」

「……セシリアとリリーも、それでいいの?」

「ええ。ミルちゃんにとっても、一番信頼できる人の側にいる方がいいかもしれませんわ」

「……でも、気をつけて。多分アインの思考回路的に……ミルも狙われるから」

「ああ。みんなありがとう。行ってくるよ」


 そうして、アルフはミルを連れて、家から出た。




◆◇◆◇




 王都からそれなりに離れた街にある教会の地下室にて。

 そこに、一人の女性が閉じ込められていた。


「ミル……ミル……! なんで、なんで治っている……!」


 それは、殺されたはずのエリヤだった。

 クロードの手によって殺された彼女の死体は、とある人物の手によって、教会直属の研究組織の一つである“ネクロア”へと引き渡された。

 死後まもない間に、アインの力を与える“コア”と呼ばれる物体を、心臓を抜き取って移植した結果、蘇生を果たしたのだ。


「許さない……許さない許さない許さない……! 奴隷ごときが私より綺麗だなんて、そんなことは許されるはずがない……!」


 だが一度は死んだ身体であるが故に、どうしても欠陥がわずかに生じてしまう。

 彼女の場合は、ミルに対する異常なほどの執着が心の表層に現れた。

 心のタガが外れ、怒りが、憎しみが顔に出てきている。


 そしてもう一つ、エリヤは死んだことにより、ステータスを失っている。

 今は動いているし、これ以上肉体が腐っていくことはないが、実際のエリヤの肉体は死体である。

 いわば、とてもきれいなグールといった状態なのだ。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 エリヤはステータスを失ったことで、同時に密かに付与されていた、魔法封印の呪いも消えてしまっていた。

 それにより、昔から今まで、創造神アインが最も恐れる事が起きてしまった。


「アルフレッドォォ……なんで邪魔しやがったんだアルフレッドォォォォオオオオッッ!!!」


 枷が外れた心は、嫉妬心と殺意のままに、動き出す。

 ただ、ミルを醜い姿へと変えるために、アルフレッドを殺すために。


 頭部は肉は裂け、骨は崩れ落ち、脳は剥き出しになる。

 肋骨は花の花弁ように開き、赤紫の毒々しい心臓が剥き出しになると、剥き出しになった脳と結合する。

 手足の肉は骨から離れ、心臓や脳を守るように、螺旋を描きながら回り出す。

 そして骨は一度はバラバラになるが、再集合し、そして……宙に浮かぶ、巨大な二本の腕となった。


「アルフレッド……今すぐ、殺して……ミルを、壊してやる……!」


 凄まじい意思の力は、時に自然法則すらをも歪め、世界を変えうる巨大な魔法となる。

 エリヤは死んだことでステータスを失い、魔法の封印が同時に解け、この世界を変えうる魔法――古代魔法を使えるようになってしまった。

 そして、タガが外れたことにより、彼女はいとも簡単に、それを発動してしまった。


 アルフと違うのは、理性があるかないか。

 欲望に飲まれた彼女は、人間の姿でいることすらをも止めて、他人を傷つけることなど厭わずに、ただ己のためだけに殺し、傷つけるようとする。


「ふひっ、ふひひひひひっ!! ひゃっハッハッハッハッハッハッハッ!!」


 どこから声を出しているのか、エリヤだった異形の存在は高笑いを上げ、その地下牢獄から姿を消してしまった。

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