24 後悔の記憶
普段より遅い時間に起きたアルフとミルは、セシリアの生暖かい視線を浴びながらも、朝食を食べていた。
朝食は朝ということで、パンとスープという簡単なものだが、その食べるのに集中することができない。
「……」
特にミルは、今まで感じたことのない、善意とも悪意とも言えない変な視線のせいで、少し恥ずかしそうにしている。
時折セシリアの方をチラッと見るものの、そうするとセシリアはすぐに視線を外すので、ミルは何も言えずにモジモジしていた。
「……セシリア」
「何ですの?」
「変な目で見るのを止めろ。俺はともかくとして、ミルが明らかに嫌がっている」
「えっ、いや、私はそういうわけじゃ……」
反射的にアルフの言葉を否定するミルだが、下手な作り笑いを浮かべているのは、誰が見ても明らか、嫌がっているのは確実だ。
セシリアの態度を見かねたアルフは、普段と比べるとかなり鋭い口調で言う。
普段はまず言うことのない強い言葉に、セシリアとリリーは思わずアルフの方を見てしまう。
「ご、ごめんなさい……あんなに仲良さそうに寝ていたので、つい……」
流石にその態度や気配の変化に気づけないほど、セシリアは鈍感ではない。
大したことではないといえばないが、普段あまり怒らないと思っていた人に怒られたからか、彼女は頭を下げて謝った。
「まぁ、分かればいいんだけど……ん? ちょっと待って?」
軽い怒りがおさまると同時に、セシリアのある言葉が思い返される。
「ミル、セシリア。もしかして……見た?」
ちょうどすぐ前に、セシリアは確かに『あんなに仲良さそうに寝ていた――』と言っていた。
つまり、寝室でミルと一緒に寝ていた所を、見られていた可能性がある。
男女の関係やそれっぽいものなどという恥ずかしいものを見られた、あまり見られたくないものを見られたとなると、アルフもあからさまに動揺してしまう。
「………………はい」
「ウソでしょ……」
アルフはバタンと、テーブルにぶっ倒れる。
ミルと一緒に寝るという行為自体はいいが、それが見られるとなると話は別だ。
「ご主人様!? だ、大丈夫ですか……?」
急にテーブルに突っ伏したアルフを見て、隣に座るミルは思わず声をかけ、肩を軽くたたく。
「ウン、ダイジョウブ……ダイジョウブダカラ……」
「……もしかして、私と一緒に寝るの、嫌でしたか?」
「えっ」
ミルが少し落ち込んで俯きかけたのを見たアルフは、慌てて身体を起こす。
自分は嫌じゃないのに、嫌だと思わせてミルを悲しませるだなんて、アルフは嫌だった。
彼はミルの肩に手を置き、目を見つめて、慌てていながらも真剣な面持ちで言う。
「そんな、嫌なんかじゃないよ! ミルと一緒にいられるだなんて、多分みんな羨ましがるよ! 実際僕も嬉しいし!」
その言葉には、ミルもリリーもセシリアも全員が驚き、特にセシリアは顔を赤くし、目を丸くする。
直接的ではないが、今のアルフは「ミルのことが好きです」と言っているようなものなのだから。
だがアルフも、落ち着いて正気に戻ったら、顔を真っ赤にして頭を抱えるのであった。
◆◇◆◇
色々あったが、朝食を食べ終えたアルフは、薬草採取へと向かう。
採取地点は、王都から少し出て先にある森の中にある、薬草の群生地となっている集落跡だ。
「でも、何だこの音……笛?」
しかし、違う点が一つ。
いつも通り、魔物の数もかなり少ないし、いたとしても弱いものばかり。
だが森に入った時から、常に木管楽器系の何かによるものであろう音が聞こえてくるのだ。
おそらくかなりの安物なのだろう、時折外れた音になってしまうが、技量は感じられる。
その音は、集落跡に近づけば近づくほどに、大きくなっていく。
「誰なんだ? しかもこんな場所で練習? だなんて……」
アルフは大剣を出現させ、何が出てきても良いようにと、警戒しながら進む。
そうしてしばらく歩いていると、集落跡に残る建物が見えてきた。
そして、アルフは見つけた、ある建物の屋根に座り、音を奏でる人物を。
「あっ!」
「……ん? おっ、アルフじゃないか」
そこにいたのは、端正な顔立ちをした、にこやかに微笑む長い銀髪の男性。
その男は、貴族のようにも見える黒を基調としたゴシックな服装に、それに似合わない白の大鎌を背負っている。
間違えようもない、そこにいたのはシャルルだった。
その手には、確かに木管の笛があった。
「まさかこんな場所に……王都にいるもんだと思ってた……」
「王都に宿はとってないからね。普段から人里離れた所で野宿さ」
特級の冒険者ともあろうシャルルが、わざわざこんな場所にいるとは、普通は思わないだろう。
特級である以上、お金はかなりあるはずだから、普通なら良い宿に泊まるもののように感じる。
なのに彼は、あえて人のいない場所で夜を明かすらしい。
シャルルのいる建物の屋根にアルフも跳び乗り、適当に腰掛ける。
「というか……音楽とか、そういうのが好きなんですね。なんというか、意外な感じが……」
「そうかい? いや、確かに冒険者が音楽を嗜むとか、そういうことはほぼ無いからね。僕みたいなのは珍しいかもしれない」
シャルルは手に持っていた笛を専用の袋て、腰に付ける。
「拾い物なんだけどさ。この笛を吹くと、っ……妹の寝付きがよくなってね」
「へぇ。シャルルに妹が……」
「うん。五歳か六歳くらい下……僕の数え間違いがなければ、今は十四歳のはず」
どうやらシャルルには、妹がいたそうだ。
両親は共に最悪で、母は当時の王都の東区のスリ集団の一員で、父は一応冒険者だったらしいが、酒に溺れたならず者。
シャルルは高いステータスであったため、半ば強制的に母の所属するスリ集団に入っていたが、妹はそうはいかなかった。
妹のステータスは、言ってしまえば平凡そのもので、将来性も完全には見込めないので、専門の奴隷商に売って金の足しにしようとした。
だがシャルルは、それを許せなかった。
高いステータスであるが故に聡明だった彼は、奴隷商に売られかけた妹を奪い取り、実の母親を殺して逃走。
そのままスリ集団を抜け、無法地帯の裏路地で暮らした。
「実は昔はシャルルって名前じゃなかったんだよね。実はこれ、三つ目の名前なんだ」
「あっ、そうなんですか?」
「一つ目の名前は、裏路地で会った優しいおじさんに付けてもらったなぁ。それと妹の名前も。まぁそれも、王都を出る時に捨てざるを得なくなったけど」
「王都を出る時にって……何か、やらかしたんですか?」
「ああ。まぁ簡単に言えば、一晩で二百人くらい殺したんだよね」
数年は、冒険者として普通に暮らすことができた。
シャルルのステータスは高いので、たとえ子どもであろうがそこらの魔物なら余裕で倒せるし、頭も良い。
だがシャルルの妹は、大人がたじろぐほどの美少女だったようで、攫われることもしばしば。
彼はその強さで、何度も何度も襲い来る敵を退けてきたが、ある日、拠点に帰ったときには、妹は攫われていた。
「ということは、つまり……」
ここまでの話を聞けば、シャルルが何をしたのか、簡単に理解できる。
「アルフの予想してる通り。犯罪者の集団を、奴隷商を、ひたすらに殺した。ステータスだけは高かったから、妹を攫った可能性がある奴を脅して、殺して……でも流石に百人単位で死ぬと、いくら国に半分放置されてた東区でも、調査に入る」
「それで殺しがバレたから、名前を捨てて王都を出た……」
「ま、そういうわけだよ。その時はまだ九歳くらいで、声も高いし髪も長くて女性っぽかったから、なんとかバレずに済んでるんだよね」
その後は、遠い街で新たに冒険者を始めた。
容姿が女性っぽかったので、その街のギルド町に、シャルロットと名前を付けられた。
それからしばらくして、男性と判明した時に、名義を変更してシャルルとなったわけだ。
「昔は良かったなぁ。貧乏だったり敵が多かったりで、色々と辛かったけど、っ……妹と一緒にいられて、幸せだった」
「……」
「妹がいなくなってからは、何もかもがつまらなくてね。生きるために冒険者はしてたけど、やる気が出ない。何もかもが虚しくて……気づいた時には、笑ってたなぁ……」
妹を失い、思い出のつまった最悪な故郷を出て、冒険者になったシャルルだが、その心は虚無だった。
生きる意味も見出だせず、ただ生きるために、せめて死なないように生きて。
そうして冒険者を続けていたら、十四歳で特級になっていたが、虚しさが消えるわけもなく。
そしてスキルを得て、周囲の音を聴けるようになってからは……虚しさを紛らわせるために、悪人を騙し、騙り、陥れ、それを嘲笑うようになった。
「でも……」
でもログレスであることを聞いて、再び王都へ戻ってきたことで、再び心は動き出した。
シャルルは憑き物が取れたかのように、笑みを浮かべる。
今までの、ミルを攫った時のような貼り付いた作り笑いではなく、自然な柔らかい笑みを。
「生きててよかったって思えた。今までの苦しみも、すべて無駄じゃなかったと感じた」
そう言いながら立ち上がり、軽く伸びをするシャルル。
気持ちよさそうに目を細め、腕を交差させて引っ張り、背中の筋肉を伸ばす。
簡単に身体をほぐすと、彼は真剣な面持ちで、再びアルフの方へ向く。
「さて、ここからは真面目な話だけど……王都のチンピラの他にも、教会直属の研究組織“キメラ”が、君達の命を狙っている」
「……!」
「さらに言うと、昨日君達が殺したエリヤ……その死体が、何の痕跡も残さずに消えた」
「は?」
それは、アルフ達に近づく危険についての情報だった。
教会直属の研究組織“キメラ”については、ログレス付近の教会地下で、名前だけは聞いている。
文献によると、その目的は『アルフレッドを殺すこと』、つまりアルフは狙われる可能性が非常に高い。
さらに言うと、エリヤの死体が消えたというのも、嫌な予感しかしない現象だ。
もし死体が教会に渡れば、これまた教会直属の研究組織の一つである“ネクロア”が死者蘇生させて、生き返らせてしまう可能性が出てくる。
文献を見た感じだと、アインの力を用いた死者蘇生を研究しているらしいから、可能性はあり得る。
「アルフなら分かっているだろうし、言わなくてもそうするだろうけど……死ぬ気でミルを守れ。離れ離れになりたくないのなら」
「分かってる」
「……君に全て託すと決めたんだ。死なせたら許さない」
そう言うと、まるでワープするかのように、シャルルは姿を消した。
残像すら残さない高速移動は、アルフすら認識することができない。
「……相変わらず凄いなぁ。とにかく、さっさと薬草採取しないと」
ここで少々話し込んでしまったが、本来の目的は、クロードの依頼である薬草採取。
彼はクロードから貰った袋いっぱいに薬草を詰め込み、王都へ戻るのであった。
◆◇◆◇
王都へ帰還したアルフは、クロードの家へ行き、薬草を届けた。
中身を確認すると、彼は領収書をビリビリに破り、アルフの払う予定だった代金を帳消しにしてくれた。
本来ならそれだけで帰るところなのだが、アルフはあることを知りたかったため、少し寄り道をすることに。
そこは、冒険者ギルド。
ギルドの冒険者の一部がミルを狙っているらしいので、あまり姿を出すのも良くないというか、危険ではあるが、セシリアが家にいる今のうちに、色々と聞いておきたかった。
扉を開け、ギルドに入るアルフ。
だがギルドは、もうすぐ昼だというのに妙に静かで、それがむしろ不気味だった。
普段は併設されている酒場にたむろしていることの多い柄の悪い冒険者も、今日は全くと言っていいほどいないのだ。
「あ、すみません」
「アルフさん、久しぶりですね。依頼の受注ですか?」
カウンターに知っている受付嬢がいたので、アルフはその人の方へ向かい、尋ねる。
大体の受付嬢は、奴隷であるアルフにももう慣れたのか、普通の人と同様の対応をしてくれるようになった。
この人の場合は、一回目から同じ対応だが。
「いや、ちょっとある人物について、聞きたいことが……」
「ある人物? どんな感じの人ですか?」
「えっと、セシルって人なんですけど」
「セシル……あー! 聞いたことあります! ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、その受付嬢は小走りでカウンターの奥にある扉の中へと入っていく。
そして一分ほどした後に、分厚い一冊の資料を持って戻ってきた。
「セシルという人物については、こちらに」
「どれどれ……って、うわっ……」
その資料に書かれた内容は、アルフですら驚愕するものだった。
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『セシル』
・年齢不明
・男性
・七級冒険者
・一級犯罪者として指名手配中
年齢は不明。長い銀髪で、身体の成長具合から、十歳程度と考えられる。ステータスは、敏捷が三万超えと飛び抜けて高く、知力も一万を超えている。他のステータスも八千程度はあり、幼いながらも、それだけで一級冒険者を超える実力を持っていると言える。
手鎌を用いた戦闘を行い、高い敏捷のステータスと小柄で軽い身体を活かした奇襲攻撃を得意とする。現在一級冒険者であるマルクとの決闘を行った記録があるが、三秒も経たずにセシルが勝利している。
補遺1∶3114年の11月2日、東区の犯罪者集団、奴隷商、冒険者を対象とした大虐殺を行った。被害者は最低でも二百人以上と推定されており、被害者の中には一級冒険者も存在していた。現在、一級冒険者が一名、二級冒険者が四名、三級冒険者が五名、他の冒険者が七十五名の死亡が確認されている。
補遺2∶調査の結果、ミルという妹がいることが判明した。事件を起こしたのは、ミルが何者かに攫われ、奴隷商に売られたことが要因であると推測されているが、断定できる情報は無い。
補遺3∶事件から五年が経過しても発見されないため、王国による捜索は打ち切られた。これ以上の調査を行ったとしても、発見できる可能性は極めて低いため、ギルド主体の調査を永久中止する。
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まだ十歳程度にも関わらず、最低でも二百人を殺して消えた人物、セシル。
ミルは女性だと聞いていたが、髪が長いしまだ変声期を迎えていなかったなどの理由で、間違えていたのかもしれない。
「それにしても……急に何故この人のことを? 何かあったのですか?」
「まぁ、少しだけ。この人の居場所を探してほしいという依頼を、個人的に受けてまして……」
「はぁ、なるほど。でも気を付けた方がいいですよ? 見ての通り、かなり危険な人物なので」
「それは分かっています。あ、情報提供ありがとうございます」
アルフは知りたい情報を得ると、さっさと家への帰路を急いだ。
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