103 77秒の奇跡

「……ご主人、さま」


 アルフは死んだ。

 その様子を、ミルは間近で見せつけられた。

 ふるふると、身体を震わせ、見開いた目から、涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「さぁて……邪魔者はいなくなったし」


 そして残ったアインは、ミルに近付く。


「ミル……ボクのモノになるか?」

「……っ」

「なるか?」

「……なら、ない」


 アインは、ミルを我が物にするためだけに、ここまで動いてきた。

 だが未だに彼女の心は、アルフにある。

 ミルには、アルフの本性を、酷い所をたくさん教えてやったのに。


「ハァ……面倒な。カーリーならともかく、クロードはどう頑張っても倒せねぇし、ジェナジェーナスもいやがるってのに……仕方無い」


 アインにとっては、あまり取りたくなかった最終手段。


「コア使うか」


 可能ならミルは、コアを使って洗脳などせずに自分のものにしたかったが、そんなことをする時間はもう無い。

 どこからともなくコアを取り出すと、アインはミルに対し、命令を行う。


「さぁ、“コイツを飲み込め”」


 そう言って、ミルにアインコアを手渡すと。

 ミルは、プルプルと腕を震わせながら、コアを乗せた手を口へと近づけていき……そして、勢い良く飲み込んだ。


 ゴクリと。


 口から喉へ、喉から胃へ。

 最初は何ら異変は無かった。

 だが約三十秒後、コアが胃まで落ち、身体と同化を始めたと同時に、


「くっ、うぅぅ……ぅああっ!?」


 ミルは頭を抑え、苦しみ始める。


 バチバチと、脳を狂わせる電流のような痛みが、ミルを襲う。

 同時にコアからナニカが、ミルの体内に流れ込み、彼女の脳が、思考が、書き換えられていく。


「ゃ、あ、ダメ……けさ、ないで……ごしゅじんさまは……ぐ、ァァアアア!!」


 大切な記憶が、薄れていく。


 これまでのご主人様との生活の記憶が。


 ご主人様と共にした苦楽の記憶が。


 ご主人様との幸せな思い出が。


 段々と消えていく。


 なくなっていく。


 なくなる。






 ご主人様への想いが、薄れていく。


 ご主人様と初めて会った時の、助けてもらった時の驚きが。


 ご主人様に命を賭して助けてもらった時の困惑も。


 ご主人様に対して芽生えた忠誠心も。


 そして、何よりも、自分のことを大切にしてくれたご主人様への愛情も。


 段々となくなっていく。


 きえていく。


 いや、ちがう。






 ご主人様?


 なんでそんなゴミカス違うごしゅじんさまは


 あんなの最悪なチガうあんなヤサしく、ななないチが、ぁ、は、なィナあいイ


 アんなのニんゲンじゃな、ぁぁあら、ちが、ワナ、ゃ、め……


 や


 ヤだ


 やめテ


 ワタ、わたひ、わたシノ……キ、おく……




 きえ、ちゃう




 たすケ、て……ゴみ……ちが、ゴしゅ、ジン、さ




 しに、タく、ナ、ぃ……












「イヤァァァァァァァァァァアアアアアア!!!」

「ッ!?」


 思わずギョッとしてしまうアイン。


 ミルの叫び、それと同時に周囲の空間は破壊されていき、同時にこの最上階を覆う結界すら破壊していき。










 どこまでも続く、雲一つ無い青い空が、現れる。


 周りは瓦礫だらけ、建物一つ無い殺風景な景色。


 だがそこには、太陽が二つあった。


 一つは普通の太陽、そしてもう一つは……


「まさか……コアを、古代魔法発現の衝撃で破壊しただと!?」


 純白の衣装を身に纏い、頭の上には光輪を浮かべ、三対の天使の翼のようなものを生やし、光を放つミルだった。

 まるでその姿は太陽、別の表現に変えるのであれば、天使のようであった。


「豁サ縺ォ縺溘¥縺ゅj縺セ縺帙s 豸医∴縺溘¥縺ゅj縺セ縺帙s 遘√?縺比クサ莠コ讒倥r諢帙@縺ヲ縺?∪縺 遘√?縺比クサ莠コ讒倥↓謨代o繧後∪縺励◆ 遘√?縺比クサ莠コ讒倥↓縺吶∋縺ヲ繧偵>縺溘□縺阪∪縺励◆」


 聞こえてくるのは、彼女の美しい音色のような声による、未知の言語を用いた詠唱。


 何を言っているのか、理解できない。


 しかし、アインは本能的に感じだ。


 この詠唱が完了すれば、致命的な何かが起きると。


「止めなければ――」


 額に嫌な汗をかきながら、アインは跳び、ミルを地に堕ろそうとした。

 その時、


『今だッ!』


 周辺が一気に大洞窟へと変わる。


「なっ、これは――」


 そしてズドォン! という落盤と共に、アインは地中深くに生き埋めにされる。


 が、直後に地面を砕き、地上に出る。


「オラァ!」

「チッ……!」


 そこに、規格外の爆発が。


「刺され、縛れ!」


 無数の血の槍が、襲いかかる。


 それらを何とか回避し、アインは額に青筋を浮かべる。


「四天王……古代魔法すら使えねぇゴミ共が……面倒だけど、古代魔法があれば止まる」


 目の前には、ガディウス、グローザ、アブラムの三人がいた。

 そして、先程一瞬だけ聞こえた、ジェナジェーナスの声。

 四天王全員が、自分を妨害してきている。


『死ぬ気で止めろ! ミルは私が守る! アレが不発に終わったら、今度こそ一巻の終わりだッ!』


「縺比クサ莠コ讒倥?縲√→縺ヲ繧ょ━縺励>莠コ縺ァ縺吶? 荳也阜縺ァ荳?逡ェ蜆ェ縺励>莠コ縺ァ縺吶?」


 ジェナの叫びが聞こえてくる。

 どうやらこの四人は、ミルを死ぬ気で守りきって、あの魔法を発動させようとしているらしい。


「“自殺しろ”――」

「吹っ飛べェェ!!」


 ズゴォォオオン!!


 凄まじい爆破音が、洞窟に響き渡る。


「くっ、“とまれ”――」

「オラオラオラオラ!!」

「なっ、“うごくな”! “とまれ”! “とまれッ”!!」


 止まれ止まれと叫ぶアイン。

 だが魔人族達は止まらない。

 目の前にいるガディウスですら、一切止まらない。


 それもそのはず。


 彼の、いやこの場にいる三人の耳からは、血が流れている。

 つまり、耳がぶっ壊れている、自ら壊したのだ。

 だから全ての音が聞こえない。

 アインの命令も、聞こえるはずがない。


「チッてめぇ等もかよ……」


 ズドォォン!!


 またしてもアブラムの領域により、生き埋めにされるが。


 バキバキバキッ!


「……まずはアブラム、テメェからだ」


 地面を砕き再び地上へ戻ると、アインは一瞬にして、最後方にいたアブラムの前まで移動した。

 あまりのスピードに、フィジカル的には最も強いガディウスですら反応しきれない。


 パァン!


 その勢いのままにアブラムの顔面を殴る。

 瞬間、アブラムの頭は一瞬にして弾け飛んだ。


「縺企。倥>縺ァ縺吶#荳サ莠コ讒倥?∝勧縺代※縺上□縺輔> 遘√?縲∫函縺阪◆縺?〒縺吶? 縺比クサ莠コ讒倥→荳?邱偵↓縲」


 同時に、景色が元に戻る。


「まずは一人目、二人目は……」


 速攻で殺し、次はガディウスに。

 先程と同じように顔面を殴り、一撃で絶命させようとするが、


「グォぉおッ!!」


 ガディウスは悲鳴を上げて吹き飛ぶだけ。


「あ? 思った以上に頑丈だな」


 どうやら顔面攻撃を予測し、腕でガードしたようだ。

 しかもその腕が吹き飛んでいるとかではなく、あくまで変な方向に曲がっている程度。

 これにはアインも思わず驚くが、即座に追撃を開始、しようと思った。


 だがそれは、不発に終わった。


 ズザァァァン!!


「ッ!」


 後ろから、血液がまるで濁流のように押し寄せてくる。

 グローザの、血を操る魔法。

 にしては、量が多すぎる……というか、人一人が賄える量を軽く超えた、狂った量だ。


「ちょっ、おいグローザ! それ……死ぬ気かよ!?」

「今しかない! 命を賭けて! ここで、確実に、アインを止める!」


 よく見てみると、グローザの片腕が無くなって、そこから大量の血液が流れ出ている。

 自身の魔力を血液へと変え、体外にどんどん放出しているのだ。

 しかも、アブラムの死体の血液を吸うことで、魔力を回復させている。

 まだ死んでから一分くらい経っていないので、辛うじて死体の血を吸っても、魔力の回復はできる。


 グローザの種族特性を全て活かした、大量の血液による物量作戦。

 これにより、今この状況限定ではあるが、グローザが、この戦場の中で最も危険な存在と化した。


 だが代償として、魔力が尽きれば、出血多量で死ぬ。

 それに、この状態でいられるのも良くて数分程度。

 本気で使えば、一分程度しか保たないだろう。

 そんな、命を引き換えにした、一度限りの大技だ。


「飲み込め、飲み込め……血の海よ!」


 大量の血で、アインを飲み込む。

 血は螺旋に渦巻き、肉を根こそぎ抉り取らんとする。

 が、流石はアインと言うべきか、その高すぎるステータスのせいで、ほとんどダメージは無い。


「無駄だ無駄……ッ!?」


 しかし、身体に、衣服に付着した大量の血液。

 それらにより、動きが縛られる。

 凝固させられ、身体が固定化され、動けなくなる。


「邪魔を……するナァァァアアッッ!!」


 そして、アインの苛立ちは頂点にまで達する。

 本気の叫び、それと共に、雷が落ち、暴風が吹き荒れ、空気は爆発し、あらゆるモノが燃えていく。

 怒りでアインの魔力が大量放出され、あらゆる現象が引き起こされる。


 拘束が解かれたアインは、天を見て吼える。


「ミル! お前は止める! やらせはしないッ!」


 もうガディウスとグローザは無視し、宙に浮かぶミルへ向けて跳躍する。


 とんでもない跳躍力、もう、止められない。

 いや、止めなければ。


「させない!」

「ッ、ぐぉォッ!?」


 ミルに掴みかかる寸前。

 何も無かったはずのそこにジェナが出現し、アインを蹴り飛ばし、地面へと打ち落とす。


「言っただろう、ミルは私が守ると!」


 宙に浮かぶジェナ。

 ガディウスとグローザも健在……いや。

 暴れ狂う血液が、ただの血液へと戻る。


 見てみると、グローザは倒れていた。


 これで、残るは二人。


「あと、二人……邪魔、すんじゃねぇ!」

「ッ!」


 またしても、超速の殴打。

 ガディウスは辛うじて反応するが、今度は腹部。


「ゴフッ……ァァア!!」


 バァン!


 体内で内臓が破裂され、肉が破壊され、腹に大きな穴を空いて。

 大量の血を口から吐き出して、それでもなお。


 ズドォォオオン!!


 倒れることはなく、目の前の敵への攻撃を止めない。


「テメェ……ゴフッ、ゴホッ……テメェは、がナらず、ココで……!」


 そう言いながら、一歩前へ踏み出すガディウスだったが、流石に限界だった。

 地面に膝がつく。

 身体が震えて動かない。


「ようやくか」


 あまりのタフさに溜息を吐きながら、ガディウスを背にするアイン。


「残るはお前だけだ、ジェナ」


 空に浮かぶジェナに向けて言う。


「……否、終わりだ。全てな」


 だがジェナは、戦闘の終わりを宣言した。


「縺比クサ莠コ讒倥? 縺ゥ縺?°遘√r繧ゅ≧荳?蠎ヲ 縺薙l縺セ縺ァ縺ョ繧医≧縺ォ謨代▲縺ヲ縺上□縺輔>」


 同時に、ミルの詠唱も終わる。


 それと共に、天から光が降り注ぎ、ミルの周りに純白の羽が舞い。

 世界は、白に包まれる。




◆◇◆◇




 死にたくありません


 消えたくありません


 私はご主人様を愛しています


 私はご主人様に救われました


 私はご主人様に、すべてをいただきました


 何もかもがからっぽだったあの時の私に


 ご主人様は色々なことを教えてくれました


 文字を教えてくれました


 読み書きと計算を教えてくれました


 優しい人達を教えてくれました


 そして私に、心を教えてくれました


 いつしか、心の底からの忠誠心が芽生えました


 それはいつからか、恋心へと変わりました


 それに、何度も助けられました


 お願いですご主人様、どうか助けてください


 私は、生きたいです


 ご主人様と一緒に


 ご主人様と一緒の日々は、とても楽しかったです


 ただ一緒にご飯を食べて


 お話をして、散歩をして、買い物をして


 たまに、事件に巻き込まれたりもしたけれど


 すべて、ご主人様と一緒にいたから、幸せでした


 ご主人様


 どうか私をもう一度


 これまでのように救ってください




◆◇◆◇




 パサパサパサ……


 光がおさまると同時に、ミルの翼が無数の羽へと分かれ、崩れていく。

 頭の上に浮んでいた光輪は消え、浮遊能力はなくなり。

 地面に向けて落下していく。

 まるで、役目を果たしたと言わんばかりに。


 重力に従って落ちていくミル。

 そんな彼女を、光に包まれた何かが、受け止めた。


「ミル、ありがとう……でも、また助けられることになるなんてね」


 そして光は、蒼い炎と共に晴れる。


 彼を中心に暖かな風が吹く。

 まるで、彼の降臨を祝福するかのように。


「クソッ……くそくそクソクソッッ!! なんでッ……なんで生きてるんだよアルフッ!!」


 現れたのは、死んだはずのアルフ。

 これまでとは違う点があるとすれば、装備、それと炎の色だろう。

 赤と橙を基調とした熱そうな色合いの装備は、蒼白へと変わっていた。

 同時に炎も、さらに熱を持ったからなのか、赤い炎から蒼い炎へと変わっている。

 かつて、巨大キメラと戦っていた頃のように。


 忌々しい仇を見たかのように、アインは呪詛を吐き捨てる。


「……ミルに呼ばれた。助けてってさ。だから、戻ってきた、それだけだ」


 そしてアルフは、ジェナを呼ぶと、疲れて動けないミルを託した。


「すぐに終わらせる。しばらく頼む」

「分かった。必ず勝て」


 ジェナはそう言って、アルフの背を軽く押した。


「ああ。この戦いを、見届けてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る