102 遺品
アルフは、死んだシャルルに近付く。
頭は落ち、身体は地面に倒れている。
しかしながら、彼の古代魔法によって作られた武器や衣服……遺物は、残っていた。
「借りるぞ、シャルル」
そしてアルフは、彼の遺した五線譜と音符を模した大鎌を握った。
「……想いが、伝わってくるよ」
触れたその瞬間に、アルフの脳裏に流れるのは、武器の制作者であるシャルルの魂、あるいはその心だ。
心の底からミルを、妹を想っていたことが、伝わってくる。
「さぁ、覚悟しろアイン!」
瞬間、世界が変わる。
そこは、アルフの作り出す赤い街……ではない。
まるで、シャルルがかつて作り出していた、コンサートホールのような空間だ。
空間には、アルフの怒りを表すかのように、大音量の激しい音楽が鳴り響いている。
「ッ、こいつは……“止まれ”!」
叫ぶアイン。
命令を下し、アルフの動きを止めようとする。
しかし、
「ウォぉぉぉおおおお!!」
「なっ――」
止まらない。
感情の激動の影響だろうか、アルフのスピードとパワーはさらに上がり、武器による斬撃も恐ろしく鋭いものとなっている。
左手の大鎌と右手の剣で、まるで舞を踊るかのように乱舞し、アインを斬り裂いていく。
特に右手の剣は、相手がどれだけ硬かろうと、確実に切断する代物。
最初の一撃で、アインは左腕を持っていかれた。
「クソッ……“とまれ”ッ! “止まれ”、“とまれェェェェエエ”!!」
大鎌から放たれる、音波による斬撃も厄介。
アルフの古代魔法の影響もあるのか、威力がシャルルの時よりも高くなって、かなりダメージを受けるようになっている。
「くっ……なんなんだこれは」
アルフが洗脳されない。
先程やったように、アルフの近くに空間を開け、直接耳に届くようにしているはずなのに、それでも効果が無いのだ。
だがアルフは、シャルルほどの技量は無いので、自らの周囲に音の防壁を形成することはできない。
シャルルはアレを当然のようにやっていたが、実はとんでもないほどに精密な技術を要求されるのだ。
では、何故アルフは洗脳されないのか。
単純に、アインが何を言っているのか、分からないのだ。
一応、アインが何かを言っている、程度のことはアルフも認識できている。
だが、その言っている言葉は、周りがうるさすぎて聞き取れないのだ。
言葉の意味を認識できなければ、理解できなければ、アインの古代魔法は発動しない。
「クソが……クソがクソがクソがっっ!!」
古代魔法が思うように機能せず。
さらには無駄に足掻いて目的を邪魔してくるアルフ。
作ってきた仲間は全て死に、残るは一人だけ。
苛立ちが、頂点に達する。
そして……
「――今!」
間が、できた。
コンマ一秒にすら満たない間。
さりとて、この神の領域とも言える戦闘では、その短い間は隙となる。
ザシュッ!
アインの左腕が、落ちる。
「ッ!」
驚きつつも、即座に腕を生やして再生するが。
アインは明らかに動揺していた。
「畳み掛ける!」
すぐにアインは回避に専念しようとするが、
「なっ……!?」
身体が、思うように動かない。
ガクンと、身体に力が入らなくなったような。
割合で言うなら1%とかその程度だが、1%力が入らなくなるだけでも、普段の動きは大きく崩れてしまうものだ。
二発目、三発目、四発目。
アルフの剣撃に当たれば当たり、ダメージが嵩む。
だがそれ以上に、ステータスが削れていく。
一撃につき約1%程度の減少、一発一発は軽くとも、数を重ねれば大きなものになっていく。
何十発と、攻撃に当たる。
当たれば当たるほどにステータスが減り、動きが悪くなり、さらに当たり……そんな無限ループを、アインはワープすることで、何とか脱した。
「クソ、ステータス……かなり下がりやがった」
===============================
体力:2978542
筋力:3070953
知力∶3048861
魔力:3974239
敏捷:2850563
耐性:3125870
===============================
アインは減ってしまったステータスを見て、歯を噛みしめる。
元々は各ステータス数百万くらいはあったアインのステータスが、アルフの連撃により大幅に減少してしまった。
今あるのは、元々の半分くらいのステータスだろうか。
「これじゃあ……ッ!」
今の攻撃も何とか回避できたらしいが、アインの動きは明らかに悪くなっている。
「倒す……ここで、終わらせる!」
アルフはさらに攻撃の勢いを上げていく。
シャルルの遺した大鎌も、いつしかアルフの古代魔法と共鳴して赤く染まり、それによる攻撃すらもが、ステータスを減らすようになっていた。
「ぐ、ぉぉお……」
不規則な、型にはまらない乱舞のような斬撃の嵐。
それも、規格外のステータスを持って生まれ、それを活かしてあらゆる武術を修め、達人の域にまで達したアルフの攻撃。
そんな人類最強とも言える存在の攻撃を、絶不調のアインが回避できるわけがなく。
アインは攻撃を回避しきれず、受け続けてしまう。
再生はできるが、ステータスはどんどん減っていく。
ステータスが減っていけば、やがて再生は追いつかなくなるし、そもそも再生に必要な魔力も無くなるだろう。
「なら――」
だが何か思い付いたのか、アインは自ら上半身と下半身を切り離し、身体を二つに分裂させる。
そしてどちらもが一瞬で再生し、二人になる。
「「二人ならどうだ!」」
二人になり、アインは襲いかかる。
が、どちらも動きが悪くなっているのは変わりない。
それに、先程のアルフの連撃もあって、ステータスもかなり減ってきている。
「消えろ!」
ズガァァン!
分裂した二人の内の一人に、アルフは剣と大鎌を同時に、勢いよく振り下ろす。
同時に火柱が燃え上がり、熱風が吹き荒れる。
「……は?」
分裂したアインの片方は、その一撃で身体が消し炭となり果てた。
分裂したとしても、ステータス的には強さは変わらないはず。
なのに何故、アルフは一撃で倒した?
一撃で倒せるはずがない。
「まさか……!?」
アインは慌てて、自分のステータスを見た。
===============================
体力:1086210
筋力:1007412
知力∶1147559
魔力:2095473
敏捷:998530
耐性:1000719
===============================
そして、数値に震える。
その数値は、百万近くまで落ちていた。
アインのステータスが落ちたことで、動きが悪化、それによりアルフの攻撃を受け、ステータスが落ち、さらに動きが悪化、この無限ループ。
それにより、こんな数十秒程度で、ステータスが大幅に減少してしまったのだり
もちろん、未だに充分に高い数値ではある。
しかし、今のアルフの剣撃を、余裕を持って全て回避しきれるほどのステータスではなかった。
「まずっ……」
そして、もう一方の残ったアインも肉体も、先程と同じ攻撃で左半分が持っていかれた。
「くッ……この、クソ、がァァァアア!!」
さらに右腕が千切れ、後方へ吹き飛び転がり。
「終わりだ……!」
そして、本体に向けて最後の渾身の一撃が、振り下ろされた。
◆◇◆◇
アルフが形成した真っ黒な球状の空間。
それはミルを巻き込まないように形成されていた。
「ご主人様……」
アインの古代魔法により、玉座に何もせず座り続けることを強制されたミル。
彼女は、目の前の真っ黒な球状の結界を見つめ、アルフの無事を祈っていた。
あの中にいるのはアルフとアインの二人。
出てくるとしたら、その二人の内のどちらかなのだ。
ミルは祈る。
アルフが無事に出てきてくれることを。
自分を、助けてくれることを。
ビキビキッ!
そして、ついに結界に、ヒビが入る。
ヒビはあっという間に広がり、結界は破壊され。
「勝ち切った……んで、いいのかな?」
その中から出てきたのは、アルフだった。
アインの姿はどこにもない。
いるのはアルフ、あるのはシャルルの死体と、アインの千切れた右腕くらいだ。
アルフはミルを見る。
が、すぐに駆け寄るのではなく、周囲を見渡し、警戒する。
アインを殺し損ねていないか、生き残っている可能性はないか、入念に確認している様子だ。
「……ミル」
そして、ゆっくりとミルに歩み寄る。
「ご主人様……私、動けなくて……」
「縛られてないのに? いや、アインの古代魔法か」
アルフはミルの胸元に手を当て、彼女に対して再び“状態異常無効化”を発動する。
すると、彼女にかけられた命令が、消える。
「これで動けるはず」
「えっ……ぁ、身体が……動く……?」
まず、腕が動いた。
それを見て、ミルはゆっくりと腰を上げようとする。
すると、これまでは力すら入ることがなかった身体に、力が入るようになり。
ゆっくりと、自らの足で立ち上がる。
「……ご主人様!」
「ミル……身体は大丈夫だったか? アインに何かされなかった――」
「――“何もするな”」
瞬間、アルフとミル、二人の身体は硬直する。
文字通り硬直して、動かない。
「!?」
「……ッ!」
二人の後ろ、シャルルの死体の付近に落ちた右腕。
あまりにも自然にありすぎて、アルフすら完全に忘れていた、アインの残骸。
そこからアインは、ジワジワと肉体を再生させていた。
「ハァ……ハァ……随分と、とんでもないことしてくれたなぁ……!」
アルフが何もしていないのに不自然に吹き飛んだ右腕。
アレは、アイン本人がわざと吹き飛ばしたものだった。
全ては、何とか生き残るため、あわよくばアルフを殺すため。
「まぁいい……まだ結界は、気合で維持している……」
再生を終えると、アインはゆっくりと立ち上がる。
そして、動けないアルフの横に立つ。
「とりあえず……ミル、“玉座に座ったら動くな”」
「え、あ、な、なんで……!?」
ミルは強制的に身体が動き、再び玉座に縛り付けられる。
そして、残ったアルフに、自殺を命令する、ところなのだが。
「お前に死ねって命令したいところだけど……同じ人に新しい命令をしたら、その前の命令の効力が切れるのが厄介な所だ」
それをやってしまえば、最初にアルフにかけた“何もするな”という命令が切れてしまう。
この命令が切れたら、アルフが“状態異常無効化”を使える余地が出てきてしまう。
それを、防ぐ必要がある。
「お前と戦う前に気付けてよかったよ。とにかくお前は、ボクの手で直接殺す」
アインは掌の上で複数の色の小球を混ぜ合わせる。
全ての属性の要素を重ね合わせることで、混沌と破壊を生み出す、とてつもなく危険な魔法。
危険なだけに、アインもかなり集中している。
そして、虹色に輝く球を形成すると、それをアルフへと当てる。
「――!」
悲鳴は、なかった。
悲鳴を上げる時間すら無いほどに、あっという間に、アルフの身体を構成する全ては、沸騰・蒸発し、何もなくなった。
遺ったのは、アルフの古代魔法の残骸たる衣服と武器だけだった。
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