119 支え合う二人

灰色の音階グレイ・スケイル


 その言葉と共に、シャルルの足元に、五線譜のようなモノが円状に描かれる。


 いや、それだけじゃない。


 シャルルと全く同じ姿をした灰色の影が二体出現し、それらにも本体と同じ、円状の五線譜が足元に展開されている。

 そして、本体を含めた彼らの身体から、灰色の蒸気のようなものが湧き上がる。


「全部乗せか……いや、他にも色々ありそうだ」


 この時点で、アルフには今回の戦いがどうなるのか、ある程度理解できた。

 本当に、これまで戦ってきた全色のオーラが揃っているようで。

 分身、弱体化、身体強化等、シャルルはその全てを、同時に発動している。

 流石に一つ一つの効果そのものは弱くなっているように見えるが、それでも、強力なのは間違いない。

 それに、見たことのない色のオーラは、見たことのない能力を示していると考えると、厄介なことこの上ないだろう。


「さぁ、行くぞ」


 シャルルが宣言する。

 瞬間、分身を含めて三人が消え、アルフを全方位から攻めたてる。


「フッ……!」


 まずは小手調べといった感じに、シャルルは大鎌を軽く振るう。

 振るうと同時に、音が奏でられ、その音が、音符へと変わって足元の円状の五線譜へと吸い込まれていく。

 ともかく、攻撃自体はスピードこそかなりあるが、受け止めれるのなら容易だ。


「ッ!」


 そう考えた瞬間に感じとったのは、背後からの殺気。

 受け止めればやられる、そんな未来が、肌感覚だけで分かる。


 アルフは咄嗟に回避を行い、シャルルの横を抜ける。

 それとほぼ同時に、ピアノのような音と共に、わずかな風が彼の髪を揺らした。


「三対一、しかも全員身体強化されてるのか……」


 シャルル本人含めて、相手しているのは三人。

 青色のオーラを纏っていた時より人数は二人も少ないが、その分、赤色のオーラを纏っていた時のような身体強化が、分身含めて全員に施されている。


「流石だ! まぁこの程度じゃやられないよねッ!」


 キキィッ!


 大鎌と剣が擦れる音が響く。

 上手くいなして、三人の攻撃を回避し続ける。

 だが回避したとしても、空振りにさせたとしても、そんな音ですら音符へと変わり、シャルルまその分身の足元の五線譜へと吸い込まれる。


「もちろん、だっ!」


 上手く反撃の機会を作り、回避した後の低い姿勢から斬り上げる。


「フッ、いいのか?」


 後ろに飛び退きながら、シャルルはそう問いかける。

 そう、今のアルフは、あまりにも無茶な体勢で攻撃を行っている。

 その隙を突くように、真後ろから二人の分身がアルフを斬り裂こうと大鎌を振るう。


「……なんだ? お前、忘れてないか?」


 ゴウッ!


『なっ!』

『……ッ!?』


 これまで以上の勢いある、炎を纏った斬撃により、分身は吹き飛ばされる。

 これまで使ってきた剣では、まともに出せない威力。


 しかし、アルフには、


「まぁ、これまで普通の剣しか使ってないからな。大剣とレイピアのことは忘れるよな」


 まだ二種も、武器がある。

 いつの間にか、その手に握られている武器は大剣へと変わっていた。

 普通の剣よりも長く重いそれを振り回すことで、普段以上の威力を引き出したのだ。


「……そういえは、それがあったな」


 斬り結びながら言葉を発する二人。


 これまで欠片も使ってこなかったから、シャルルの脳内からは完全に消えていた。

 そう、アルフは三種類の武器を扱う。


 これにより、いつどこで武器を持ち替え、立ち回りを変えるのか、といった要素も考える必要が出てきた。


「そう易々と、かわせると思うな!」

「うおっと、こりゃ面倒……」


 今度は攻守逆転し、一気に距離を詰めたアルフが大剣を振り回す。

 単純に質量分の重さが乗った攻撃は、まともに受け止めるとどうしてものけぞってしまう。

 普通の剣よりは遅いとはいえ、それでも重い上に攻撃も充分素早いので、回避するのも一苦労。


「ここッ!」

「クッ……!」

「隙っ! 多すぎ!」


 大剣による大振りの攻撃の中に、要所要所でレイピアによる超速の刺突を織り交ぜていく。

 緩急が生まれ、回避困難になっていく。


 シャルルの脇腹の肉が軽く抉れ、血が噴き出す。

 他にも首筋をよぎる刺突、その鋭い風により、首の皮がわずかに切れる。


「……ここかな」


 ガキンッ!


 シャルルは呟くと、アルフの大剣に大鎌を勢い良く打ちつける。


「雷轟」


 バチバチバチッ!!


「グ、ぅあっ!?」


 突然響き渡る電撃の音。

 それは、シャルルからでも、その分身からでもなく……アルフの腹部から直接響き渡った。

 そして、彼の腹部の肉を焼き焦がし、粉々に灰へと変えてしまった。


「ふふ、音符と五線譜が何の意味も無いわけないだろう?」


 すぐにシャルルと距離を取り、再生したものの、何が起きたのか。

 そう考えていると、そのシャルル本人が説明し始めた。


「僕達は攻撃により、五線譜に音を溜めることができる。それを放出することで、炎や雷、氷といった多彩な攻撃ができるんだよ」

「ご丁寧にどうも! 音の攻撃なら、聞かなきゃいい!」


 音による攻撃、音を利用した攻撃なのであれば、聞かなければいい。

 アインと戦った時のように、アルフは即座に鼓膜を破り、自らの耳を破壊し、耳を聞こえないようにするが。


「炎舞」


 今度は炎が、アルフの左腕の肉を焼き切る。


「……は?」

「残念、聞く聞かないは関係無いよ」

「は? とんでもなく面倒だな……」


 聞いても聞かなくても、攻撃が発生し、そして当たる。

 しかも理由は分からないが、回避する間もなく、まるで身体に直接刻み込むかのように、攻撃が当たるのだ。

 おそらく、ある程度の相殺はできたとしても、完全な回避方法は存在しない。


「でもこの程度、骨すら砕けない威力なら、別に……」


 バラ、バラ……


 威力は低い、ダメージもすぐ治せる。

 そうアルフが言おうとした瞬間、雷撃を受けた腹部と、炎の斬撃を受けた左腕が、灰のような色へと変わっていき、崩壊していく。


「ッ……これは」

「音の攻撃に当たると、身体は崩壊していくよ。まぁ君なら回復するのは容易だろうけど……」


 シャルルはそう言いながら、大鎌を軽く回し、アルフに向ける。


「再生しながら、僕の攻撃を捌けるかな?」


 ギン、ギィン!


 再び始まった攻撃。

 シャルルやその分身達の攻撃をいなし、何とか隙を作ろうとするものの。

 どうしても、再生に手間取ってしまう。

 ジワジワと侵食していくように続く肉体の崩壊、それを食い止めるためには、ある程度意識を割く必要があり、思考が分散される。


「ハッ……!」

「く、そぉっ……」

「遅い! その程度で、かわせると思うなよ!」


 相手が三人な上、強化も入っているから倒すに倒せない。

 大鎌による攻撃だけでも、再生を意識しながらだと回避するのが精一杯。

 そこに、ほぼノータイムで放たれる魔法攻撃が加わってきた。

 これもシャルル本体だけでなく、その分身も使ってくるから、単純に攻撃の量は倍近くになる。


「ぐ、うっ……」


 どんどん動きが鈍くなっていき、攻撃を回避できなくなっていき。

 アルフの身体は傷まみれに、出血も増えていき……音による攻撃を受けた箇所は、どんどん崩壊が進行していく。


「ねぇ、気がついたかな?」

「がぁっ、んぅっ……なに、がだ!」

「君の足元にある円状の五線譜に、だよ」

「え……は?」


 シャルルに言われて反射で足元を見る。

 するとそこには、シャルル達のと同じような五線譜が展開されていた。

 だが、おそらシャルルやその分身の攻撃を受けたことで溜まったのだろう。

 そこに刻まれた音符の量は……桁違いだった。

 それを見た瞬間、アルフは青ざめる。


「ッ! まて、お前まさか……」

終幕フィナーレ!」


 そして、その予想は見事的中し。

 音色は一気に解き放たれ、唐突にフィナーレが訪れる。


 同時にアルフの肉体は、これまで溜め込んできた音符による演奏で破壊された。

 音符を使った魔法は、音符を溜めれば溜めるほどに、威力が増していく。

 アルフの五線譜の中に溜め込まれていた大量の音符は、一緒に襲いかかり、炎が、氷が、雷が、嵐のように襲いかかり、彼の肉体をバラバラに破壊し尽くした。


「く、ぅ、ぁぁ……」


 辛うじて頭部と心臓は守り切ったとはいえ、致命傷を受けた。

 音符が全て消費されたからか、肉体の崩壊も止まったが、そんなのどうでもいいくらい、欠損が酷かった。


「ご主人様!」


 ミルも慌てて駆け寄り、アルフの胸に手を当てる。

 光がどんどん集まり、それに呼応するように、アルフの再生能力が活性化していく。

 しかし、


「くぅっ、ゲホッ、ゴホッ……!」


 途中でミルは、胸を押さえて苦しそうにうずくまる。


「ミル……!」


 何とか再生させた腕を伸ばす。

 シャルルも、声自体は上げていないし、何もしてはいないが、不安そうに離れた場所から見ている。


 おそらくは、古代魔法の出力を上げたことによる反動なのだろうが、普通の古代魔法なら、こんなことは起こり得ない。

 その理由は、ほぼ全ての古代魔法は、それに耐えられるよう、使用者自身の身体能力も底上げしてくれるからだ。


 しかしミルの古代魔法には、そんな機能は無い。

 アルフを強化するという、たった一つのことしかできない。

 自身の身体能力は、強化されない。

 故に、出力を上げすぎると負担がかかるのだ。


「ミルには、この古代魔法は相当辛いのか……」


 アルフも、ミルが苦しみ出した理由が古代魔法なのだと、すぐに理解した。

 彼女を苦しませないためにもこれ以上、使わせるべきではないだろう。


「いや、でも今のシャルルは……」


 しかし、使ってくれないと、勝てる気がしない。

 勝つためには、より強力な古代魔法を使ってほしい。

 情けない思考ではあるが、圧倒的劣勢に立たされている以上、そうでもしないと大逆転は起こらないだろう。


「ミルの負担が、少なければ……いや、そうか……」


 もしミルにこれ以上の強さの古代魔法を使わせるのだとしたら、彼女の負担を何らかの方法で減らしてあげないといけない。

 だが、アルフはその方法をちょうど……持っていた。


「ミル、お願いだ。全力で、古代魔法を使ってほしい」

「ハァ、ハァ……はい!」


 そうしてミルは、さらに翼を生やし、大きく広げる。

 一対だった純白の翼は三対へ、まるで熾天使なような神々しさを放つ姿へと変わっていった。

 これがミルの最大出力、しかし、長くは保たない。




 本来であれば。




「そして俺が……それを、支える」


 アルフは、ミルの胸元に手を当てて、蒼い炎を放つ。

 炎はまるでベールのようにミルを包み込む。

 火傷などするはずがなく、むしろ心地良い暖かみすら感じる炎に、ミルの肉体と心と魂は、安息を取り戻す。

 そう、アルフの再生力が、ミルに付与された。


「ミル、お願いだ……! シャルルを、倒したい! でも俺だけの力じゃ無理だから……力を、貸してほしい!」

「はい! ご主人様……その想いに、全力で応えます!」


 ミルが放った光は、アルフを、そしてミル自身を包み込む。

 いや、それどころか、灰色の世界すら飲み込み、全てを白へと、染め上げていく。






 そうして約二十秒、光がおさまった。


「……久し振りだ、この感覚は」


 光が晴れた先には。

 頭の上に青色の光輪を浮かべ、一定の純白の翼を生やしたアルフが、立っていた。

 ミルによる強化、それが究極まで行き届いた証拠だろう。


「ご主人様……気分は、どうですか?」


 そして、ミルの方も。

 まるで天の羽衣のように、蒼炎を纏っている。

 古代魔法を最大出力で発動しているはずなのに、苦しんでいる様子すらない。


「大丈夫。これまでで一番の、最高の気分だ」

「ふふっ、よかったです」


 二人が支え合う。

 アルフがミルを支え、そして支えられたミルが、アルフを支える。

 二人で一つ、二人だからこそ、この力を手にすることができたのだ。


「……なるほど、それが君達の出した結論か」


 最後まで二人を見届けたシャルルは、アルフに近付き、そう言う。


「支え合う、か。これまでは、ミルに頼りっぱなしだと、君のその考えを忌避してたけど……本当は重要なこと、だよな」

「ああ。どんな苦難でも、二人で乗り越えていく。これはそんな覚悟の意志だ」

「ふふっ、そうか……なら今度こそ、乗り越えられるよな?」

「当然!」


 ドンと、アルフは勢い良く踏み込むと、そのままシャルルに斬りかかる。


「ははっ、いいねぇ! とんでもなく速い! けど……負ける気がしない……ッ!」


 これまでの数倍近いアルフのスピード。

 なんとか動きを認識し、ギリギリ大鎌で防ぐのがやっとだというのに。

 シャルルは、笑みを浮かべている。


「さぁ、を倒してみろ! お前とミル、二人で!」


 その言葉と同時に。

 曇天の空は、一瞬にして晴天へと変わり、虹がかかる。

 葛藤は消え、曇り無き心でアルフを迎え撃つ。


 数百メートル、シャルルは一瞬で距離を取り。


「らァァアッ!!」


 そこから全力の、大鎌による飛ぶ斬撃を連続で放つ。

 澄み切った心故か、威力も速度もこれまでとは桁違い。

 距離が離れているというのに、アルフですら回避することは難しい、というかほぼ不可能。

 剣を振り回すことで、何とか一部を相殺できる程度だ。


「熱く、燃え、上がれッ!」


 そして追い打ちをかけるかのように、シャルルの心情を表すかのような、音楽で作り出した真っ赤な炎の塊がアルフを襲う。

 それも回避できず、彼は炎の中に飲み込まれてしまう……しかし、


「その、程度ッ!」


 アルフは、身体を焼き焦がしながら、大量の切り傷を作りながら、炎の中から姿を現す。

 覇気のこもった叫びを上げて、剣を振るい、シャルルの攻撃を相殺していく。

 相殺できずに傷ついても、足は一歩も止めることなく、肉体を超高速で再生させて、突き進む。


「雷鳴、轟けッ!」


 そして炎よりも速い雷が、今度は襲いかかるが。


「ぐぅっ! けど……いくら壊れようが、俺は負けないッ!」


 腹の肉が完全に焼き焦げて灰になるほどの威力。

 まともに回避することすらできず、さすがのアルフでも一瞬だけ足を止めるが。

 それでも、止まらない、足を動かしてシャルルへと迫る。


「凍てつけ、隆起せよ! 氷の世界ッ!」


 大地が轟き、氷山が形成され、シャルルへの道が閉ざされる。

 それでも、止まらない。

 障害を回避して、あるいは真正面から突き崩し、斬撃をも受け止めてなお、止まらない。


「うぉぉぉぉオオオッッ!!」


 渾身の蒼炎を纏った一撃で、最後の障害を破壊したアルフは、ついにシャルルの眼前へと迫る。


「ッ!」


 鬼気迫る、本気の表情。

 シャルルはその顔に一瞬、目を丸くして、顔を強張らせた。


「これでっ!」


 アルフはそんな彼に、剣を振り下ろす。


「終わりだぁぁァァあッ!!」


 肩から、勢いよく袈裟斬り。

 腰まで剣と蒼炎で斬り裂いて。

 そうして、シャルルの身体は、二つに分かれ、崩れ落ちる。


「ふふ、そうか……」


 しかし、敗北したシャルルの表情は、


「それが、君達の絆の証、なんだな……」


 とても穏やかで、満足げなものだった。




◆◇◆◇




 気付いた時には、そこはシャルルの家だった。

 特に家具とかが壊れている様子も無いし、埃が特別舞っているとか、そういうわけでもない。


 ただ、シャルルは疲れ果てていたのか、肩で息をしながら、その場で仰向けになって倒れていた。


「……改めて。認めるよ、アルフ」


 わずかに口角を上げて、シャルルは続けた。


「君なら、ミルを幸せにできる。幸せにしてくれる」


 その表情には一点の曇りも無い。

 晴れわたった表情で、一片の迷いすら無いように見えた。


「はい。ミルは必ず、幸せにしてみせます」


 その言葉に、アルフは応える。


「ハハッ……それは父親とかに言うことだろ? 僕に言ってどうする」

「いや、ミルの血縁は多分、シャルルだけだろうし……ここは、言っとくべきかなと」

「……ま、そう言われればそうか」


 結婚という言葉は直接聞いてはいないが、その表情を見れば、認められたということは確実だと分かった。

 アルフは内心で、ほっと胸を撫で下ろした。


「あの、ご主人様」


 そんな話をしていたら、ミルが後ろから声をかけてきた。

 振り向いてみても、別に普段通りの、給仕のメイド服の彼女だが。


「ミル、どうした?」

「いえ、あのですね……」


 なんだか少し恥ずかしそうに、モジモジと、緊張した面持ちで話し始める。


「その、ご主人様に、みせたい場所が、あるんです。ついてきてもらっても、いいですか?」

「え? うん、そりゃ大丈夫だけど」

「ありがとうございます……それでは、ついてきてください……!」


 そうしてミルは、シャルルの家を出ていく。


「それじゃあ、俺は行きます」

「ふふ。頑張ってね」


 アルフも軽く彼に挨拶してから、ミルへついていくのであった。




◆◇◆◇




 夕方の林。

 少しずつ薄暗くなっていくが、魔物の気配も無い、そんな場所だ。

 ミルはアルフの手を引っ張り、林の中の道なき道を進んでいく。


 それから約三十分だろうか。


 ようやく、開けた場所に出た。


「ここは……」

「どうですか、ご主人様? 綺麗ですよね?」


 そこは、王都を一望できる丘の上。

 特に今は、綺麗な夕焼けを一望できる、とてもいい時間なのだろう。

 空気も澄んでいて、そ夜になれば、きっと綺麗な星空が見えるのだと、容易に想像できた。


「ここ、ミルが見つけたのか?」

「お兄さんに連れてきてもらって、それで見つけたんです。ここなら魔物もいないし、安全だからって」


 そう言うと、ミルは二つ並んだ切り株の片方に腰掛ける。


「ここで毎日、古代魔法の練習をしてたんです」

「古代魔法の、練習?」

「はい。もしかしたら、私の力で、ご主人様を呼び戻すことができるかもって。お兄さんと、それもジェナさんに手伝ってもらいながら、色々やってたんです」


 ミルが、何故あそこまで古代魔法が使えていたのか。

 それは、自分を呼び戻すために、必死で頑張っていたからに他ならない。

 アルフが帰還する半年ほど前から、古代魔法の練習を始めていたのだという。


「毎日、古代魔法を使って、ここで祈りを捧げて……結局、効果があったのかは分からなかったですけど……それでも。さっき、あの力でご主人様をお支えすることができて、とても嬉しかったです」

「……そう、か」


 毎日のように祈りを捧げ、自分の帰還をひたすらに願ってくれていた。

 眠っていた時の記憶はほぼ無いので、何となく、本当に感覚的なものではあるが。

 確かにあの時、何かが自分を包みこんだような感覚が、あったような気がする。


 あくまで、気がする程度ではあるが。


「祈りは、伝わっていたよ」


 アルフは何故か、確信を持って、そう言えた。

 理由は無い、ただの直感だけど、伝わっていたと、断言することができた。


「そう、でしたか」


 そこから一分ほど、穏やかな沈黙が続いた。

 周囲には弱い風が吹き、髪をわずかに揺らす。


「なぁ、ミル」


 アルフは、ミルと向き合う。


「出会ってから、何だかんだでかなり長い時間が経ったな」

「そう、ですね。今思うと、長いようで、あっという間でした」

「あの時は本当に色々あった。楽しいことも、苦しいことも、たくさんあった。全てが、大切な思い出だ」


 アルフはわずかに顔を上に向ける。

 が、十秒ほどして溜息を吐くと、アルフは苦笑いを浮かべながら、ミルを見つめた。


「こんな場面だし、カッコいい感じの言葉を言いたかったけど……やっぱり、普通のしか思いつかないや」


 そう言って、アルフは立ち上がる。


「ミル。君がずっと側で支えてくれたから、俺はここまで戦うことができた。本当にありがとう」

「えっ……い、いえ! ご主人様を支えるのは、当然のことで……」

「心優しくて、健気で、可愛らしくて……ミルがいたから、力が出せた。これからも……これまで支えられた分、君を守り、大切にして、幸せにする。だから……」


 地面に片膝をつき、懐からジュエリーボックスを開けて、ミルへ差し出し。


「俺と、結婚してください」


 自らの想いを、伝えた。


「……ふふっ」


 そんなアルフを見て、ミルは。

 わずかに頬を赤らめて、瞳を潤ませながら、笑みを浮かべて。


「はい……!」


 涙混じりの声で、そう返した。

 そんなミルの手を取り、指輪を嵌めるアルフ。

 アルフも涙を浮かべながら、ミルの手を取った。


「これからも、よろしくね」


 そうして二人は、互いに抱き合い、口付けを交わすのであった。

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