118 灰色に染まる

 一瞬にしてシャルルに接近し、アルフは剣を振るう。

 周囲に発生する炎をも巻き上げ、無数の斬撃を伴いながらシャルルに一撃を加えんとする。


「ハァァア!」

「ッ! 魔法の効きが、悪い……!」


 ガキンと、剣と大鎌の柄がぶつかり合う。


 炎は相殺されてかき消されたが……これまでと違うのは、シャルルの『思ったことを現実にする魔法』で、アルフがほぼ止まらなくなるなった点だ。

 アルフの『思ったことを現実にする魔法』が、ミルの力により強化されたことで、安定して対抗することができるようになったのだ。


「……ただ、何もできない訳では無い」


 剣を弾き飛ばし、シャルルは後ろに飛び退く。


「僕の古代魔法の本質は、音を操る能力だ。そして今は、そこに感情と『思ったことを現実にする魔法』を乗せて強化している……その力を見せてやる」


 その言葉と同時に。

 シャルルの音符や五線譜を象った大鎌が、赤く染まり。

 同時に、空が暗闇から夕焼けよりも赤い色へと染まる。


赤の鼓動レッド・ビート……!」


 音を奏でると、シャルルが赤色のオーラのようなものを発する。

 同時に、その速度と攻撃力が跳ね上がる。


「ぐぅっ……!」


 ギリギリ攻撃を受け止めることはできたが、そのあまりの重さに吹き飛ばされる。

 何とか受け身だけは取るものの、そこを超スピードの追撃が襲いかかる。


「どうした! その程度か!? ミルから力を貰っておいて、程度にも勝てないのか!?」


 怒りに身を任せた、勢いのある攻撃。

 しかしその激情が、アルフに対する怒りの感情が、パワーとスピードをより増大させているようだった。


「くっ、そぉ……!」


 目の前に現れ、大鎌を振るってきたシャルルの表情は、目を大きく見開き、歯を食いしばった、怒りに満ちた表情で。

 その大鎌を剣で受け止めたアルフの腕も、プルプルと震えている。


「そんな、ことには……させないッ!!」


 が、蒼炎がアルフの周囲で大きく燃え上がり、その勢いと同じように、シャルルを押し返す。


「ミルから力を貰っておいて、負けるわけにいくかよッ!!」


 アルフの、本気の叫び。

 弱いから、ミルに頼って、それでも勝てないなんて。

 そんなのは、ミルを裏切ることになる。

 それは許せない、絶対にしたくないこと。


 だから、無限に力が溢れてくるのだ。


 真っ赤に染まった大鎌と、真っ青に染まった刀身を持つ剣が火花を散らす。

 最初は圧倒していたシャルルだったが、少しずつ少しずつ、アルフが押し返してきている。


「たとえ、お前にだって! 負けるわけにはいかない! それが俺の、プライドだッ!」

「くっ……!」


 間一髪の激しい攻防が繰り広げられる。

 速度を増していくアルフの攻撃により、シャルルの髪の一部が斬られ、舞い。

 シャルルの頬に掠める一撃により、ツーッと血が流れる。


 両者譲らず、近接して斬り合い、服や装備を切り裂き、皮を斬り、光速をも超える鍔迫り合いを続ける。


「お前はッ、必ずここでッ、潰すッ!」


 シャルルの激情はさらに燃え上がり、時間が経てば経つほどに、攻撃の威力もスピードも上がっていく。


「くっ、押されるな……!」


 だが対するアルフは真逆で、時間を経るほどに、心は冷えて冷静になっていく。

 負けたくないという想いは変わらずとも、激情は薄れていく。

 少しずつシャルルに追いつけなくなる、が。

 何故か、不安はなかった。


 スピードとパワーで殴り合えないと判断したアルフは、上手く攻撃を受け流し続ける。

 猛攻を凌ぎ、上手く相手の体勢を崩させる。


「斬りッ、裂くッ!」


 そうしてシャルルが大きく体勢を崩した、が。

 執念なのか、強引に腕を振り抜き、大鎌を振るう。

 これまで以上の威力と速度、だが。


「ここだ!」


 大きな予備動作による隙で、袈裟懸けに切り込み、致命打となる一撃を打ち込む。

 その一撃は、シャルルの攻撃を受ける前に、彼の肺にまで到達し。


「ッ、ゴボッ……ォ、フ……」


 吐血し、言葉を発することができなくなる。

 ふらつき、思わず地面に片手をついてしまう、が。

 すぐにシャルルは自分の肉体を再生させた。


「フゥ、ふぅ……」


 同時に、彼の熱が沈静化していったのか、大鎌の赤も空の赤も、本の黒へと戻っていく。


「アルフ……僕は、理解できない。勝てないから、ミルを頼るなんて」


 喋り口調も、落ち着きを取り戻している。


「強さもそうだけど、僕は何より、お前の勇気を買ってたというのに……残念だよ」


 その言葉と共に、空と大鎌は青色に染まる。

 その青は、藍よりも濃いと思わせられるほどのものだった。


青の哀歌ブルー・エレジー


 その言葉と共に、シャルルの足元に、円状になった青色の鍵盤が出現する。

 大鎌を振るうことにより、その鍵盤は押され、音を奏で始める。

 それは、悲しみを嘆く暗い歌のようで、


『お前は弱さを認めるのか?』

『弱いお前を誰も認めない』

『いつか失望される』


 アルフの耳元に、いや頭の中に、声が響くようになる。

 そして、それを言っているのはシャルルではなく。


「今度は、この五体を倒せってか?」


 その周りに現れた、シャルルの形をした真っ青なシルエット、それが五体。

 それらは、今のアルフを否定するかのような言葉を発し、アルフの心に直接投げかけてくる。


「……? ッッ!」


 最初は眉をひそめる程度だった。

 だが、青いシャルルの分身のような存在が襲いかかってきて把握した。


 分身は、あの赤いオーラを纏っていたシャルルよりは明らかに遅い。

 そのはずなのに、全てを攻撃に対応することができない。


「クソッ、面倒な呪詛だな……」


 身体が重い。

 身体が動きにくいどころか、思考速度すらもが遅くなっているように感じる。


 この広すぎると言っても過言ではない空間を存分に使い、何とか分身の隙間を潜り抜ける。


『逃げるのか、臆病者!』

『そんなんだから、大切な人を傷付けることになるんだ!』


 五人を上手く捌き切るのは、アルフでも難しい。

 パワーとスピードは先程のシャルルよりも低いが、代わりに技量は高く、搦手も多い。

 全方位からやって来る攻撃、しかもそれは多彩で、リズムもズラしてくるから、全てを回避することはどうしてもできなかった。


「チッ、避けきれない……!」


 本体のシャルルは動かず、こちらに攻撃してくる様子もないが、彼の奏でる音が、アルフの動きと思考を鈍らせていく。

 五人もいると、攻撃する隙が無い。

 どこから攻め入るべきか、相手をじっと見て、考えていると。


『臆病者がっ!』


 ザシュッ!

 動き回って回避に専念していたはずが、いつの間にか、脚が止まりかけていて。

 脇腹を、深く深く大鎌が斬り裂いた。


「ッ……!」


 内臓がまろび出る。

 腰の部分で両断、というのは何とか避けられたが、背骨は砕かれて、辛うじて繋がっているといった状態。


 アルフは思わず膝をつく。

 痛みから来る混乱のせいか、思考が急激に加速していく感覚がした。


「違う、冷静になれ。相手は五人、勝つためには、見極め……」


 すぐに混乱を抑え、腹を再生しながら敵の攻撃を回避し始める。

 しかし、他事に集中してしまうと、


『逃げるな!』


 グシャッ!


 今度は右腕が、胴体から離れ、宙を舞う。


「クソっ、かわしきれない……!」


 思考速度の低下、それによる並列処理能力の低下により、考えれば考えるほどに、アルフの動きは鈍っていく。

 どうやって回避すればいいかと考えれば考えるほどに、攻撃に当たってしまう。


 どうすればいいかと、アルフはドツボに嵌って思考を続けていると、


「ご主人様っ!」


 ミルの声が、耳に入ってきた。


「勇気を出して! 飛び込んで!」

「……っ!」


 そうだ、その手があった。

 考えて抜いて策を弄したところで、思考速度とかが足りないのであれば。

 真っ直ぐ一直線に突っ込んで、全て斬ればいい。

 動きが鈍ってるっていっても、どうせそれでも自分の方が速い。


 傷なんて怖くない、どうせ治るんだから。

 だから、全てを込めて。


 アルフは、大きく踏み込み、脚に力を入れる。

 ドンと、大きな音を出して、炎を発しながら勢い良く飛び出した。


『ッ!』


 反応する間もなく、一体目が頭からは縦一文字に斬り裂かれる。


『その程度ッ!』


 大きな隙だ、当然ながら他の敵がアルフの首を狙うが。


 ガキンッ!


「その程度、効かない……!」


 アルフの勇気に呼応したのか。

 身体が、戦闘開始時よりも明らかに頑強になっている。

 感情が昂っていくほどに、戦闘力が増していく。


「それに、この一撃で決める……!」


 アルフはその場で立ち止まり、剣を空に向けて突き上げる。

 残りの敵四体がアルフに攻撃するが、これまでとは比較にならない硬さで、皮膚を裂く程度しかできない。


「燃え上がれ!」


 蒼い炎が、アルフを中心に天高くまで昇る。

 感情が昂り、より高熱となった炎に敵は耐えられず、悲鳴すら上げる前に、燃え尽きて消えてしまった。


 バリンッ!


 そうして四体の敵が消えると同時に、シャルルの足元に現れていた青い鍵盤は、砕け散るようにして消えていった。


「ふぅ……シャルル、終わりか?」


 アルフは尋ねる。

 だが、まだシャルルが『思ったことを現実にする魔法』を使い始めてから、すなわち戦闘が始まってから三十分だ。

 その内の二十分が、幻覚を見せられて精神崩壊していただけだが、それでも十分だ。

 まだ、余力は残っているはず、残っていないわけがない。


「勇気、か……」


 しかし、そう呟くシャルルの表情は。


「おい、シャルルお前……何が?」


 恐怖に塗れたものだった。


「お前は知っているか? “メッセンジャー”の……“黒き太陽の従者”の恐怖を……!」

「そいつは……」

「奴は狡猾で悪辣だ……! いくら勇気を持って立ち向かおうが、アイツには勝てない! アイツから神の力を借りたからこそ……僕は、その恐ろしさを身を以て思い知った……」


 シャルルの青のオーラは消え去り、緑へと変わる。


緑の語手グリーン・テラー


 いや、そのオーラはまるで煙のようで、シャルルの恐怖を表しているようだった。


『彼の者は、創造神“黒き太陽█████”から最初に産み落とされし神……』


 俯くシャルル。

 喋っている様子は無いが、そんな言葉がどこからか響く。


 それと同時に、アルフの前に黒い靄が現れ……そこからアルフの二倍くらいの背丈の、男性っぽい何かが現れた。

 人型で、燕尾服を着ているようだが、それ以上は分からない。


 男性だと、そう断定できない理由は。


 その男の皮膚がすべて真っ黒で、表情すら見えない、伽藍堂のような顔だったから。

 そして腕部と頭部はうねり、まるで触手のようなモノの集合体だったからだ。


『████████』


「なるほど、今度はこいつと――」


 ポタ、ポタ……


 瞬間、アルフの全身から血を吹き出て、垂れ流しになる。

 目撃した、ただそれだけで。


「あ、は? えっ……なに、が――」


 グシャッ!


 何が起きたのか混乱した、その時には。

 アルフの四肢はねじ切れ、バタリと地面に倒れた。


縺溘□縺ョ髮鷹ュ壹□ただの雑魚だ

「なんだ……コイツ……」


 喋っている言葉は分からないが、意味だけは何故か分かる。

 しかし神になっても人の心を、人の理性を捨てなかったアルフには、あまりにも恐ろしく感じてしまった。

 世界の全てを知ったとて、実際に対面した時の恐怖は、その時にはじめて知るのだから。


縺、縺セ繧峨sつまらん

「ッ!」


 本能だった。

 アルフは一瞬で肉体を再生させて、


「きゃっ!?」


 アルフは全ての力を使ってミルに駆け寄って抱き抱え、逃げる。


 ジュゥゥ……


 その瞬間に、さっきまでアルフとミルがいた場所に、クレーターができた。

 まるで、何かによって溶かされたかのような音を立てて。


「俺よりも、シャルルよりも桁違いに強い、悪辣な相手か……」


 おそらくこれは、シャルルの恐怖の具現化。

 圧倒的な力と悪辣さで、人々を堕落させ、破滅へ導く最悪な神。

 その悪辣な性質通り、この中で一番弱いミルを、狙っていた。


――キャハハハハ!!


 化物は高笑を上げ、叫ぶ。


螳医▲縺ヲ縺ソ縺帙m守ってみせろ!」


 ズシッ……!


「ッ!?」


 同時にアルフは、まるで巨大な何かに押し潰されるような感覚と共に、地面へ倒れ込む。

 身体を動かすことはおろか、声を出すことすらままならない。


 その様子を見てケタケタと、化物は笑う。


豁サ繧定ヲ句ア翫¢繧死を見届けろ


 そうして、見せつけるように腕の触腕を変形させていき……複数の鉤爪のようなものが付いた巨大な触手へと変貌した。

 ブンと、勢い良く振られたそれは、アルフを一切傷付けることなく、そのすぐ後ろにいるミルに向かう。


「ひっ……!」


 これまでの力を見るに、明らかに手加減した……というより、わざわざ恐怖を煽るために、見える速度に調整した、一撃。

 巨大な触手が、ミルに当たる、その寸前に、


 ジュッ……


 触手は、一瞬にして焼き切れ、灰となった。


縺サ縺ほう……?」


 化物が伸ばした触腕を戻し、視線を向けた先には。


「させ、ない……それだけは……!」


 右腕を化物に向けて伸ばした、アルフがいた。

 しかしその腕から溢れる炎は、これまでとは比較にならないほどに燃え上がり、辺り一面を火の海へと変える。


 剣を持って、ゆっくりと立ち上がるアルフ。

 その間も、化物による攻撃は続き、腹は貫かれて大穴が空き、首は千切れ吹き飛ぶが。

 飛び散った肉片は熱を帯び、爆ぜ、化物を傷付ける。


 ゆっくりと立ち上がったアルフ。

 ゆらゆらと身体を動かし、俯いた顔を上げ、化物を見据え、


「お前ごときが……」


 ゴウッ……!


「ミルに手出しできると思うな」


 閃光のような一撃で、化物を斬り裂いた。

 動きは認識すらできず、真っ青な炎が軌跡に残るだけ。

 縦に、頭頂部から真っ二つに斬り裂かれた化物は、一瞬にして肉体を灰にさせ、消えてなくなった。


「は、え……嘘、だろ……?」


 さっきまで恐怖に震えてながら音を奏でていたシャルルも、これには目を愕然と見開いている。


「ミルを傷付ける敵に、負けるわけにはいかない。ただ、それだけだ」


 そんな彼に、アルフはまっすぐな目で答えた。


「…………そうか。あの神が言っていたのは、そういうことだったのか」

「うん」


 その場に座り込んだシャルル。

 彼はゆっくりと、話し始める。


「上級の、強大な力を持つ神でも、下級の神には手を出さないと言っていた……その理由が、今分かった」

「ふーん? まぁ確かに、神と神は基本不干渉らしいしね」

「そうだよな、そりゃそうだ。アルフ、お前のような奴は……下級の神は、力が不安定であるが故に、怒らせたら上級の神すら軽く凌駕する力を発揮する」


 生まれた時から神だった者と、そうではない者、神にはこの二種類が存在する。

 そしてシャルルは、前者を上級の神と、後者を下級の神と分類しているわけだが。

 当然下級の神は、元々神たった存在より力は弱く、不安定だ。

 元々神ではなかった存在が、神の力を完璧に扱えるわけがないのだから、当然だろう。


 だが、力が不安定であるが故に、怒らせたら上級の神すら軽く凌駕する力を発揮する。

 今回のアルフの場合は、ミルを傷付けようとしたのがトリガーとなった。

 本来ならどう頑張っても、勝つどころか傷一つ付けることすら敵わない相手が、その敵の手により、ミルが傷付きそうになったことで、一瞬で敵を消し飛ばすほどの力を得たのだ。


 もちろん、その力も長くは続かないが……下手したら地雷を踏んで殺される可能性が高い。

 だから神同士は不干渉、互いに互いの身を守ることを考え、何もしないのだ。


「……それだけ、ミルへの想いが強いってことか」

「古代魔法は、心が原動力だからね。あの化物を倒せたんだ、自分で言うのもアレだけど、相当強いと思うよ」


 あそこまでの力を出せたのは、単にミルのサポートがあったからというわけではない。

 もちろんそれも理由の一つだが、一番は……アルフの想いが、とびきり強かったからだ。

 強い想いこそが、魔法を強くするのだから。


「……そうか」


 シャルルは、ゆっくり立ち上がる。

 恐怖に満ちた表情はもう無い。

 緑色のオーラのようなものも、ほとんど消えてなくなっている。


「本当に、。もう、今ならお前のことは認められる……と、思う。アルフ……君ならミルを守る事ができると」


 大きく息を吐きながらも、シャルルは、アルフのことを認めた。

 だが、その表情はひどく曇っていた。

 これまでの、怒りや悲しみ、恐怖のような感情はあまり見えないものの……それら全ての感情が混ざり合ったような、複雑な表情をしていた。


「そう、確かにできる……君達が結ばれることを、これからの未来に希望が見える……できる」


 全てのオーラが消えてなくなった、そう思ったのとほぼ同時に。

 シャルルの身体から、これまで見たことのない、別の色のオーラが湧き上がる。


 水色、黄緑、黄、橙……何となく、ポジティブな感情を思わせるような色が。


「けど同時に、本当にそれでいいのかと、不安に思う」

「シャルル……」

「僕は未だにあの神をている。それに、君がミルを放置して消えたことにし、を抱いている……」


 それに続いて、今度は緑、青、紫、赤と、オーラが湧き上がる。

 どれも少量ではあるが、確かに目に見える。


「……僕の古代魔法は、感情を込めるほどに強くなるだけじゃない、性質も変わる。さっきまで戦ってた君なら、分かると思う」

「そうだね。感情によって、魔法の効果も違った。赤なら強化、青なら弱体化、とか……」

「そう。そして今の僕は、全ての色が揃っている」


 赤、橙、黄、黄緑、緑、水色、青、紫。

 シャルルの持つ音符や五線譜を象った大鎌、その刀身が、八色に染まり、虹のように変わる。


「多分これは……葛藤、なんだろうな」


 すべての感情が混ざり合い、心がぐちゃぐちゃ、何をどうすればいいのか定めることができない。

 それが、今のシャルルの心情なのだろう。


「なぁ、アルフ」

「何だい?」

「今から僕は、この葛藤を音楽にして、君にぶつける。だから……君にはこれを、真正面から受け止めてほしい」

「もちろん」

「……言っておくけど、始めたらもう止まらないぞ?」

「そんなの承知の上だ」


 その言葉を聞き入れたシャルルは。


 わずかに微笑んで、ゆっくりと目を閉じた。


「そうか。なら、始めよう」


 そう言うと、シャルルは大鎌を軽く振り回す。

 怒り期待喜び黄緑信頼恐れ水色驚き悲しみ嫌悪……全ての色が混ざり合い、その刀身は……


 灰に、染まる。


 オーラも全て混ざり合い、灰色に変わると、シャルルはゆっくりと目を開け、大鎌を見る。


 そうして、灰に染まった大鎌をもう一度振り回すと。

 今度は音が響き渡る。

 これまでと比べたら心が乗っていないように聞こえるが、それ以上に、これまでで一番の、豊かな音色だ。


「八つの音は、全て揃った……さぁ、演奏を始めよう」


 シャルルは、その楽章の名を言う。


灰色の音階グレイ・スケイル

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